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猪木正道「日本の運命を変えた七つの決断」について。

今回は、人様にお薦めした割には細部を全然覚えていないという情けない事実に直面して再読した猪木正道「日本の運命を変えた七つの決断」(文春学藝ライブラリー)について、感想と考えた事を以下で書き留めておきます。


■作品の印象

解説で奈良岡先生も指摘されているように、明快で解り易く断定的な筆致で描写されている反面、その内容は決して浅くはないです。各々の人物や歴史の流れについて、著者が思考を重ねた末の結論が語られているのだと伝わって来るのが良いですね。巻末でご子息の武徳先生が紹介されている「客に対して一方的に話し続ける独壇場」に相席しているかのような気分になります。

本文は160ページ程度の短いものですし、これだけで第一次世界大戦後からポツダム宣言受諾までの歴史を把握するには少々頼りないようにも思います。少々言い訳がましくなりますが、細部を覚えていないのは、特にこの作品でのみ指摘されているような重要な描写が無いからだと思いました。逆に言うと、描写されてしかるべき歴史的に重大な事柄も概ね押さえられていると思います。それ故に「あれが書いていなかった」というマイナスの印象も残っていないのかなと。

自分が猪木正道・高坂正堯の両氏とそれに連なる方々の著作を好むのは、彼らの明快で深みのある分析や人柄の伝わる文章という要素ももちろんですが、現在直面する諸問題に応用できる事が大きいのだなと今回改めて思いました。言い換えると、いつ読んでも古臭さを感じないという美点があると思います。それについて、以下で少し詳しく書いてみましょう。


■第一の決断:ワシントン会議と加藤友三郎

限りなく上手い結果に終わったこの決断について、後世の我々が参考にできる点は正直あまり無いのではないかと思います。一点だけ気になったのは「何よりも加藤友三郎は、日本海海戦の栄光を背にしており、わが全海軍を統制する力量を備えていた」(p.158)という描写でした。作中で述べられているロンドン条約との比較だけでなく、武勲を政治的に利用された東郷平八郎の晩年を思うと色々と考え込みたくなります。同時に、第一次世界大戦に本格参戦しなかった=近代戦を経験しなかった事の影響は本書でも触れていますが、武勲を立てる機会という点からも考察しておくべきかなと思ったのでした。


■第二の決断:ロンドン会議と浜口雄幸

決断は正しかったのに将来へ悪い影響を残したこの決断の責任を浜口雄幸に求めるのは、酷ではあるが仕方がないとも思いました。著者が指摘した三つの要因(p.159)のうち、海軍大臣の統制力不足、および統帥権干犯という政治問題に発展した事の二点は、それぞれの当事者を責めるべきだと思います。しかし、残りの一点である経済対策の失敗はまさに現在にも繋がる問題で、これに足を引っ張られて外交上の正しい決断が後の政治に悪影響を及ぼすのだから難しいものです。

井上寿一「政友会と民政党」(中公新書)はタイトル通りに戦前の二大政党を扱った作品ですが、その中で石橋湛山が浜口内閣に対し概ね「外交賛成、経済反対」という姿勢だった事が紹介されています。そして石橋は外交・経済いずれの場合でも、浜口が充分な論議を経ずに決断した事を問題視していました。果たして議論を重ねたところで反対者が納得するかというと確かに疑問ですが、少なくとも同時代に浜口の決断が拙速ではなかったかと指摘する言論があった事は現在にも参考になると思います。


■第三の決断:満州某重大事件と田中義一

端的にまとめるなら「身内を庇い自国の恥を隠蔽しようとして嘘を重ねても碌な事にはならない」という間違った決断ですが、現在でも国内外を問わず多々見られるのが困ったものですね。特に、社会的に重い立場の方々がとるべき行動ではない事は自覚して頂きたいものです。。


■第四の決断:二・二六事件と昭和天皇

これも上手くいった事例ですが、正しい決断をした先帝ではなく、同時に顕わになった陸軍の「動機さえよければ何をしてもよいという危険な発想法」(p.65)に注目すべきでしょうね。「国を思う精神から出たもので」などという弁明は現在でもよく耳にする事ですが、その危険性を再度認識しておくべきだと思います。


■第五の決断:「国民政府を対手とせず」と近衛文麿

章のタイトルとして名前が挙げられているのは近衛ですが、広田弘毅もかなり酷いんですよね。p.72で紹介されている日英両国で蒋介石政権の幣制改革の援助をする案を政府が拒絶したのも外相だった広田の関与が大きいですし、総理として作った「国策の基準」はp.76で詳説されているような問題点を抱えていました。とはいえ自国の能力を超えた目標を掲げたり、敢えて敵を増やすような事を言い出すのは現在もよくある事なので、重大な危機に繋がらぬよう願いたいものです。ちなみに、本書で指摘はないですが、「国策の基準」にも参加している馬場蔵相の経済政策の拙さは、倉山満「検証 財務省の近現代史 政治との闘い150年を読む」(光文社新書)などが参考になるかと思います。

近衛の声明は戦争を終わらせるという視点を欠いたこの上なく愚かなもので、間違いなく我が国の外交史のトップに君臨する汚点だと思いますが、これは逆に酷すぎて参考にならない気もします。むしろ、防共を呼び掛けていた我が国が蒋介石を屈服させる為に彼の支配地域を破壊して回った事で、その地域において中国共産党の勢力が浸透していったという歴史の皮肉(p.92)にこそ学ぶべき点が多々あるように思えました。


■第六の決断:三国同盟・南仏印進駐と近衛文麿

この辺りも同様に参考にならないほど酷いと思います。「あれだけミソをつけた人物が、なぜ、これほど信頼されるのか」(p.100)「外国の政府や国民の考え方や行動様式について希望的観測にふけるのは、わが国民性の欠陥というか、日本歴史の業というか、わが国のたいへんな弱点だと思う」(p.109)という指摘や、「期待可能性の理論」(p.110)などは、現下の問題を考える上でも役に立つと思いました。本書では後者の理論により、近衛が総辞職をした時点で誰が後継になっても常人には戦争回避は不可能だったという状況判断から、東条に開戦の責を問わない(決定的に近衛に責がある)としています。


■第七の決断:ポツダム宣言受諾という聖断

この章だけは、決断に至るまでの経緯を丁寧に紹介している事もあり、過去のドラマを手に汗を握りながら見ているような心持ちになりました。強いて言えば、阿南陸軍大臣に対する考察において立場の違いという視点から彼を評価し、一方で彼の主張を思考実験の材料とした上で退けた描写(p.139)には、人物評価の一つの方法として参考になるのではないかと思いました。


■最後に

著者のあとがきを引用して、この文章を締めくくろうと思います。
「大衆が政治的決断に直接間接参加している現代においては、政治家ばかりでなく、一人一人の国民が正しい決断を行う能力を身につけなければなるまい」(p.166)
敢えて言えば、政治家なり誰か有名な人なりの決断をそのまま我が事として語るのではなく、自分で決断した事を自分の言葉で語れるような「一人の国民」でありたいものですね。

以上、今日はこれにて。


*「期待可能性の理論」の本書での援用例といくつか参照ページを追記し、細かな表現を一部修正しました(10/1深夜)。

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