推薦図書の憂鬱

何となく最近考えていた事で、ネタっぽい要素もありつつそれなりに真剣なお話。


まずは近頃の体験談から。自分は基本的に雑食なので勧められれば何でも読んでみる傾向がありまして、世間一般と比較しても先入観や偏見などは持っていないつもりです。だから漫画やライトノベル、2ちゃんねるまとめなども、「面白かった」と言う人があれば時間の許す限り読んでみるのですが。。

それらは確かに面白いものもあればイマイチなものもあり、そうした感想を(相手の感情を損なわない範囲で)報告したり、時には議論めいた事をする時もあります。他人が熱中しているものを必要以上に貶したり、そもそも内容の深さよりもエンタメ要素が求められているジャンルの作品をあれこれ批評するのは違う気もするので踏み込んだ評価は避けますが、何であれ読んだものについて人と語り合うのは楽しいものです。


さて、物事には方向性というものがあります。この場合だと勧める側と勧められる側が居て、それらは適度に入れ替わるのが健全だと思うのですが。。。

哀しい事に、自分が読んで面白いと思った作品を人に勧めたとして、それを読了して貰える可能性が低いのが、最近の密かな悩み事だったりするのであります。悩み事と言うと大げさですが、少し寂しいなぁ〜という感じでしょうか。


例えば、既にバブルは弾けたとはいえ今でも各出版社が力を入れている新書について。スポーツや芸能関連の作品ならば少し反応は違いますが、普通に真面目そうなテーマの作品だと、そのジャンルが何であれ、以前と比べて反応が鈍いなと思うケースが増えた気がします。

ましてや、興味が高じてそうした新書の巻末に記されている参考図書にまで手を伸ばした場合。残念ながら「凄いね」的な感想で話は終わり、該当書を読んで貰える事は最近ではごく稀になった気がします。。


そうした書籍の魅力を伝え切れていないのかもしれない、という個人に属する問題点はひとまず棚上げするとして。ここで問題提起をしたいのは、一般に読む事が推奨されるような書籍、いわゆる推薦図書の価値が、この数年で更に暴落しているのではないか?という問題です。

なお、話を散漫にしない為に、推薦図書という存在の是非についてはここでは問いません。以前に少し書いた気もしますが、ある人にとっては人生の糧となる作品が、別の人にとっては人生を誤らせる程の影響力を及ぼす事はままあります。故に(特に相手が成長途上である場合には)勧める側には慎重さと経験が求められるわけで、そうした可能性を思いやる事なく推薦図書のリストを押し付けて読書嫌いを増やす結果をもたらす方々は害悪と言っても言い過ぎではないとも思うのですが、それについては、これ以上は(笑)踏み込みません。


さて、この問題に対する反応として、例えば以下のようなものがあります。曰く「別に一般に読まれなくても、自分が面白いと思うものを読めば良いのでは?」と。しかし、面白いと思ったものを人と共有したくなるのは自然な感情だと思いますし、また、何かのテーマについてより詳しく知りたいと思う場合、その知りたい気持ちが真剣であればあるほど、他人の介在を求めるものだと思います。つまり、学びという行為における独学の危険性は、それなりの年齢の人にとってはその長所とともに十分に認識されている事だと思います。

あるいは別の意見として、「ブログや通販サイトの感想など、他者の意見を参照できる機会は以前より遥かに増えているのに、何故身近な人の感想を敢えて求めるのか?」というものもあります。しかしこれも、こちらの意見に対して何らかの指摘してくれるわけではない事、仮に自分がブログ等に感想を書いたとしても反応自体が稀な事、などを考えると、気の置けない人の率直な意見を求めたくなるのも道理ではないかと思うのです。

更には「そんなに誰かと語りたいなら、地域の読書会とか大学の専門の先生に渡りを付けるとかすれば?」という意見もあります。それは確かに魅力的な提案ではありますが、既に上級者の域に達するようなジャンルであればまだしも、初心者から中級者に脱皮しようかというレベルだと、やはり敷居が高いのではないかと思います。つまりここで問題にしたいのは、独学で読書を継続でき機会があれば上級者の仲間入りも果たせそうな人達ではなく、読書の習慣と熱意はあれどもそれが挫けてしまいそうな人達をどうすべきか?という事なのです。


昨今は趣味の多様化が進み、更にはデフレ傾向が長く続いた事もあってか「無理して真面目な本を読んでも得るものが少ない」→「気楽に読めて楽しいものが良い」という風潮が一般的なのかもしれません。真面目な本を色々と読んでいるはずなのに行動がアレな上の世代がニュースを賑わす昨今ゆえに、読んでも無意味と思われているのかもしれません(苦笑)。それで良い人はそれで良いと思いますし、無理強いをしようとは思わないのですが。。。

こうした傾向が続くようであれば、特定の分野に詳しい専門家と一般人の間を埋める人材が更に減り、両者の隔絶が更に顕著になるので、社会の諸問題を扱う際に対策を進めるのが難しくなるのではないかな?という大げさな心配事にまで至ってしまったのでした。


話を戻して、個人的に残念な気持ちと世間の傾向を危ぶむ気持ちとは、分けて考えるべきなのでしょう。前者については、残念ではあるけれども読みたいものを読むという姿勢を変えるつもりもないのでまぁ良いとして。後者ですが、一個人がどうこう案じたところで仕方のない事ではありますが、真面目な本を読もうと思えば読める方々が、世間の傾向ゆえに読まずに過ぎる傾向にあるのは、やはり長期的な問題点として認識しておくべきではないかな?などと思ったので、考察の経緯を含めて書き残してみた次第であります。


以上、今日はこれにて。

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