新年

明けましておめでとうございます。今年はカレンダーの恩恵に与り、丸五日もネットから遠ざかり今頃現れるという体たらくですが、本年も宜しくお願い致します。


さて、十年一昔と申しますが、2004年はネット上でブログが盛んになりだした頃で、様々な場所で色んな方がネットの未来を好意的に予測していたものでした。しかしながら、その時に語られたブログの魅力、すなわち特定の専門家や有名人とは違う普通の市井の人がその知識や見識をブログを通して表明できて、しかもコメントやトラックバックを通じた双方向のやり取りによって更に議論が深まるという可能性は、数年ももたず幻想として終演しました。

結局のところ、著名人以外の人がブログで多くのページ・ヴューを獲得するには、余程の実力があるか、或いは、既にこの頃に定型化したフォーマットに従って無理矢理にでも話題を持続させ続けない限りは難しい事が明らかになったのでした。そして双方向の可能性は、例えば有名ブログのコメントの大半が自己顕示欲の表出以外の意味を持たない、本文とは関係ないマシマロのようにスカスカなものだという事実によって、今も簡単に確認する事ができます。

良質な読者を獲得するのが困難という状況は書き手の精神に良くない影響を与える事が多く、初期には目を見張るような素晴しい内容を秘めていたブログも徐々にその輝きを失い、受けを狙っては失敗するという悪循環に陥って、最悪の場合にはある日突然消滅するという哀しい結末に至るのでした。つまり、先に挙げたブログを有名にできる素養:飛び抜けた実力か定型化した戦略を発揮する事に加え、ブログを持続させるには精神的な強さ或いは鈍感さが必須である事も明らかになったのでした。


数年遅れて、SNSの可能性が喧伝されるようになります。一般に開かれているブログに対して、ある程度の閉鎖性を前提としたSNSは書き手とコメンテイタの両方の敷居を下げ、ブログ時代の最初期に期待されたほど深くはないにせよ、定期的な交流が面白い動きに繋がるのではないかと期待されました。

しかしながら、SNSもすぐに消費以上の意味を期待できない事が明らかになりました。確かに以前であれば出会う事が難しい人と繋がれるメリットはあったものの、「直接会わなくても出来る事を増やせるツール」という以上の意味は、大半の使い手にとっては必要のないものだったのかもしれません。

そして、消費する存在に止まっていた事の弊害は近年徐々に現れていたのですが、遂に昨年大きな流れに繋がりました。一つには急激な勢いで成長したLINEによって。もう一つはSNS興隆からの年数が重要な意味を持っていたと思うのですが、現実生活そのものや使い手の意識の変化によって、各種SNSやブログからの大移動が発生しました。より正確には、しばらく併用していた人たちも遂に去って行った、という事になるのでしょう。


このような流れの中で、ブログやSNSを続ける意義が何処にあるのか?それは難しい問題だと思います。例えば「自分は長文を書くのが好きだから、短い刹那的なやり取りよりも長く継続的な交流を求めたい」などと反駁する事はできますし、それに嘘はありません。しかしそれが止まる理由には弱いのは明白で、より多くの人たちが文章を読んでくれる場で、彼らが移って行き誘ってくれている場で書く方が合理的なのは確かです。もしかしたら近い将来、そのような事になっているかもしれません。

しかし。前世紀的なセキュリティ意識を引き摺る自分がフェイスブックやLINEをできる限り敬遠したい気持ちに加えて、仮にそれらを利用する事になっても今の場所から完全に去って行くのは避けたいと思うのは。。この場所での年月を可能な範囲で大切にしたいから、という以上の理由は無いように思います。

こうした自分の考えを他人に押し付けようとも思いませんし、むしろネットでの関係を現実以上に重視して無理をするよりは、一時的であれ恒久的であれ慣れ親しんだ場を去るという選択をして欲しいものだと思います。自分にしてもネットにまで手が回らないまま時間が過ぎて行くという状況にいつ陥るか判らないわけで、ただ思うのは、仮に誰かが久しぶりに戻って来た時に、「○日前までか□月前までか、確かにこの場に居たんだよ」という事を伝えられたら良いなぁと。


年末から連日呑み続けている酒のせいか、軽い挨拶のはずが妙に重い話になってしまいましたが。。。今年も自分に無理なく相手にも嫌な思いをさせる事なく、ネットを介したやり取りが出来れば良いなと思っています。

改めて、本年も宜しくお願いします。


以上、今日はこれにて。

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テーマ : なんとなく書きたいこと。。 - ジャンル : 日記

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