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吉本隆明さんの死去に際して

16日の朝、特に何を意識するでもなくテレビを点けてみたら、吉本隆明さん死去のニュースが流れていました。あまり朝はテレビを見ないだけに不思議なものですが、お陰で昨日は彼の著作内容を時おり思い出しながら過ごしていました。残念ながら昨夜はネットに来る余裕もなく、今日も何年かぶりで映画を三本も観て疲れているものの少し仮眠も取れた事だし、あまり先延ばしにすると書かないままになってしまいそうなので以下で吉本さんについて思い付くままにつらつらと記しておきます。


さて、昨年に吉本さんの著作をいくつか読み返した事は年末に書きましたが、そもそも自分が吉本さんの著作ときちんと向き合った切っ掛けはロス疑惑を巡る吉本さんと鮎川信夫さんの議論でした。これは少し珍しい経緯だと思うのですが、少しだけ深入りした「共同幻想論」を除く50年代~60年代の著作は何となく避けて来たのに、吉本さんも過去の人として扱われつつあった80年代の論争に何故か惹かれてしまったのは、我ながら妙な事だと思います。その後、鮎川さんとのやり取りを遡る事から吉本さんの全体像を把握しようと努め、その流れは昨年に読み返した際にもそのままなぞりました。

自分の浅い理解としては、思想家としての吉本隆明は50年代までの著作に向き合わない限りは見えて来ない気がします。それは思想家という言葉の定義であったり思想家として認定するラインの位置によっても違ってくるとは思いますが、彼の人生を通しての比較として、60年代の特に後半以降とそれ以前とではやはり意味合いが異なり、その時期以降の発言は(読者を絞った場での発言は例外として、一般の場での発言については)ある意味で普通の事しか述べていない感じがします。故に自分は、50年代の著作内容に触れていない印象を受ける吉本評をあまり信用していませんし、60年代以降の発言からその一部を切り取るのみで全体的な趣旨を蔑ろにする類いの批評もあまり評価していません。

後者についてもう少し詳しく書くと、60年代後半以降の吉本さんの言論の価値は発言にあるのではなく、むしろその姿勢にあると思います。つまりは、社会の中で一市民として生活していく意思であったり、普通に生活していく事そのものに真摯に向き合う立場から発言し続けた事に価値があったのではないかと思っています。かつて70年代中頃に鶴見俊輔さんと対談した時、「昔は口下手を存在の迫力で補っていたのが、ずいぶん表現が上手くなったね」といった事を言われて照れるやり取りがありましたが、さすがに鶴見さんは吉本さんの本質を捉えておられるなぁと思った事が記憶に残っています。

対談の話のついでとして、例えばフーコーとの対談は彼らの希望以前に周囲がセットした感がありありで、お互いが平行線のままだった記憶があります。その詳しい内容について蓮見さんが通訳をしていた事ぐらいしか思い出せない自分が情けなくなりますが、例えば同じフーコーが対談した我が国のある知識人の場合、良くある海外礼賛の裏返しとしての自国文化の低評価を対談相手からそれとなく修正して貰いながらも気付かないという哀しい場面がありました。戦後の知識人がなした悪癖の典型のような話ですが、吉本さんはそうした底の浅い思考とは無縁で、表現の瑕疵は時にあれども考察の対象に向き合う姿勢がぶれる事はなかったなと思います。

我が国の知識人に対しては、例えば頑張って外国語で論文を書いて世界で認めて貰おうと努力する方々について、「向こうが読みたいと思うものは勝手に翻訳されるし、翻訳されないという事はその程度という事だ」といった批判を投げかけていたのを思い出します。その時は具体例として柄谷行人と蓮見重彦の両氏を挙げていたと記憶していますが、残念ながら柄谷さんにはその真意は伝わらず、一方で蓮見さんは吉本さんの意図を理解したと考えています。話のついでに要らぬ事を書くと、団塊の世代を批判する流れから吉本さんを批判するのは筋違いで、それはあの世代の読み手が言説の理解よりも利用を優先したと思っているからなのですが、理解に対する姿勢こそが彼を吉本隆明たらしめていた根本だったと考えるといっそう妙な気がしますね。吉本さん自身も自分の思想を理解してくれる層はごく少ないと認識しており、言説を曲解された連中のせいで悪評を得るのはお気の毒な事ですが、そうした事も吉本さんは思考の肥やしにしていたのが面白いところです。

時代、あるいは世代という事を考えると、我が国では戦後すぐの学生はよく思想の本を読んでいたのが、60年安保の頃には少し幅が狭くなりつつもまだその手の読書は盛んで、学生紛争の頃には随分と選択肢が狭まり該当本を読み切れない生徒も増えてきて、そして70年代は60年代の裏返しもあって静かな形での読書がか細く続けられたものの、80年代以降は思想が衰退の一途を辿り、今や壊滅状態と言っても決して過言ではない状況にあります。そうした戦後の流れの中で、吉本隆明という存在が果たした役割はまさに時代に適合したもので、時代の要請に応えた思想家だったと言えるのではないかと思います。

最後に繰り返しになりますが、吉本さんから自分が学んだ事は、一個の市民として考証の対象に向き合う姿勢でありました。昨年の地震の後でも科学が進歩を続けていく事への絶大な信頼をベースに反核論を一蹴するなど、姿勢のぶれない主張を世に送り続けて遂に逝った故人に感謝の気持ちを捧げつつ、今日はこれにて。

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