スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

教育関連の雑記

教養って結局、何なんだろう?という話を昨日していて面白かったので、今日は何となく教育絡みの話を殴り書きしてみます。取り上げるテーマとしては、寄付金とか学力とか秋入学とか大学の生き残りとか英語とか、その辺り。ただ、深く考えて書くというよりは、今年に入ってちらほらと話題になっていた事について、とりあえずまとめておく感じですので、興味を惹かれた方はお気軽に反応を頂けると嬉しいです。

では、スタート。



■寄付金の話

先週だったか、iPS細胞で有名な京大の山中教授が、京都マラソン完走を宣言して研究への寄付を呼びかけているというニュースがありました。政権交代による事業仕分けで研究費が削減された影響もあり、大学では2009年から年間5億円を目標に寄付を募っていたそうですが、現在のところ3年で3億円にすぎないのだとか。

とりあえず思うのは、国内トップクラスの研究で一般にも広く知られているという恵まれた状況の山中先生でも資金集めが難しいという現状は厳しいなぁ…と。国立大学が独立行政法人になって以来、地方大学が厳しいのは勿論、有名大学ですら文系や一部理系の研究費が雀の涙なのは周知の事実ですが、せめて最高峰の研究室ぐらいは末端が心底から羨むほどの環境を誇って欲しいものですが。。

これに対する反応として、例えば研究者なら自分で費用を獲得しろよという意見もあると思いますが、特に米国を念頭において考えると彼我の寄付を巡る環境の違いがあるわけで。特に企業やOBとの関係性という点では我が国に独特な伝統もあって、当事者はお互いに言いたい事があるとは思いますが、いずれにせよ状況が劇的に変化するとは思えず。特に、現在のような不況ではお上からの分配金の影響がどうしても大きくなるわけで、しかし今の政権では期待を寄せるだけ無駄なのはこの2年で充分に判りきっている話ですし、困った事だなぁと。

一応の希望としては、かつてオバマ大統領誕生の際にネットでの資金集めが話題になりましたが、個人による寄付の習慣が根付きにくい我が国でもITなどインフラの発達によって敷居が低くなりつつある現状を利用する事ぐらいでしょうか。上記の話がまさにそれですが、しかし手軽さという点でまだまだ改善の余地があり、有名な研究にお金が集まるだけで多くの無名の研究が潤わないのも自明なので、その辺りを何とか出来ないものかなぁ…と思いつつ。袋小路に陥って出られなさそうなので次の話題に行きましょう。



■学力の話

これも最近だったか、大学生の学力テストの結果が云々というニュースがありました。聞くところによると、任意の偶数と奇数を足すと必ず奇数になるという証明→「(2m)+(2n+1)=2(m+n)+1」が三割しかできなかったという話ですが、これも難しい話だなぁ…と。ちなみにこの問題ですが、実質的には数学の解法を問う問題というよりは暗記問題ですよね、というのも微妙に気になるところだったり。

さて、大学生という存在を社会でどう定義するかは時代によって変わって来ると思いますが、例えば戦前生まれの方々が大学生だった頃の学力と比べると、我々の大多数は大学生の頃そのレベルに及んでいなかった気がします。(そういえば蛇足ながら数年前の事、とある団体の名簿を見る機会があって、最古参の方々の経歴が「○○帝国大学卒」となっていたのですが、あれは重みが違ったなぁ…とか思い出したり。)まあ、低レベルの手前と一緒にすんなと言われれば謝りますが(苦笑)、豊かになって大学進学率が増えるほどに平均のレベルが低下するのは当たり前だと思うわけで。

そこで社会が大学生に求める学力水準が問題になるわけですが、等しく全員に高等教育(これの定義も問題ですが、差し当たっては大卒レベル)を修めさせるのは無謀でしょう。例えば、世界でもトップレベルの専門家を育てるための教育と、国民の平均的な知的水準を底上げする為の教育ぐらいは分離して考えるべきかなと思うわけで。そして問題は、前者は上記の寄付の話でも分かるように育った人材が国内で報われる未来を提示できていない事。後者については、それを目標とした教育プログラムが、特に6・3・3・4全体を俯瞰した上での教育方針が議論されていない事ではないかなと。ついでにもう少し厳しい事を言うと、こうした議論をリードする有識者の方々が自身の大学在学中の成績や昨今の発言から推察される現状の知的レベルを棚に上げて、下の世代に多くを求め過ぎる議論はどうなのかな?とも。

いわゆる勉強ができない生徒たちに対する案としては、現場に介入するような細かな意見や、やればできる的な空論を除けば、さっさと働かせろという類の暴論しか出ていない気がします。性急に結果を求めて近視眼的に無駄を排除しようとする議論が昨今の流行りですが、個人的には。結果的に単なるモラトリアム期間の延長にしかならないとしても、若い世代が社会に出るまでの年月は長い方が良いと思っていますので、大学進学率や成人年齢は下がって欲しくないなと考えています。

この流れで教育論などに発展させると話が広がり過ぎるので自粛しますが、自分は教育の要諦=見本となる先人+刺激し合える同窓が全てだと思っているので余計に、下らない議論しか出来ていないのに偉そうに教育を語る方々は…などと、自覚があるのと世間への影響力が皆無という違いを除けば(苦笑)自分と同じ穴の狢であるところの方々を責めたくなる今日この頃なのでした。と強引にまとめて、次。



■秋入学の話

秋入学についてはどちらでも良いというか、何とでも対処できそうな話で。マイナーチェンジで対応できる話を、何故に大事にしてシステム全体を変更しようとするのかなぁ?というのが正直なところだったりして。少なくとも「みんなでやろうぜ」という話ではなく、秋入学を売りにして海外志向の学生を集める大学もあれば、小中高からの流れのまま春入学で大学生活に入れる点を売りにする国内重視の大学もあって良いのではないかなぁ…と。

国内外の他大学と変わらない教育システムで一律に勝負をするよりは、大学ごとに独自性を維持した方が学生&社会への効果が高いのではないかなと個人的には思います。特に海外の大学を意識した改革については、「日本の大学を選ぶ必然性」が更に低下するリスクが馬鹿にならないだろうと。一方で、自分と同様に海外の基準に全てを合わせる必要はないと主張して反対する方々の中には、単に楽をしたいだけではないかと邪推したくなるような方々もおられまして、この辺りが難しいところ。何もせず今のままでという意見には自分は反対で、何らかの改善がなされるべきという点では秋入学導入賛成派と意見が一致するんですよね。。その上で、改善の方向性や手段などは多様化した方が良いと思っているわけで。

なお、多様性の話については、すっかりブームが下火になった感のあるサンデル教授も話題にしていたので省略(参考)。ちなみに先日NHKで放送していたものを途中から観たのですが、ゲストの方々の発言が酷くて哀しくなりまして。衛星中継で番組に参加していた日米中の学生たちは普通に考えると幾つかの課題図書を読了した上で議論に臨んでいるはずですが、それをゲストにも課すべきだよなぁ…といった感想を書くのはいい加減に脱線が過ぎるのでこの程度で。



■大学の生き残りの話

例えば、地方の大学など学生の学力レベルも低く研究でもろくなものが無い大学はどんどん潰してしまえという意見があります。これには半ば同意したい気持ちもあるのは確かですが、上記の教育の底上げという話や多様性の話を考えると、単に潰してしまうよりは存在を利用する方が良いのではないかなと思います。

具体的には大学生世代の底上げに加えて、少なくとも社会人教育の役割ぐらいは取り入れた形での改善があると良いなぁと思いつつ。少し飽きて来たのでこの話はこれで(苦笑)。



■英語の話

英語教育も難しいテーマですが、どの程度までマスターするかという程度問題なのが現実でしょうし、個々人の必要に応じて、場合によっては英語の勉強を放棄する選択肢もありなのではないかなと思ったりもします。ただ、英語が苦手な研究者としては益川先生の例がありますが、とはいえ専門分野の論文などは普通に読めるレベルでしょうし、高等教育という点では必須なのも間違いないところ。要は教育目標を絞り込みにくいのが厄介なところで、単純な苦手意識や日本語が廃れる等の極論から反対する意見も問題ですし、小説の読解や流暢な日常会話を目標にするのは疑問だし、専門的な文章の読み書き能力を求めるならば従前の文法重視の教育を部分的に改善する程度で良い気もするし、教える側としては頭が痛いテーマだろうなぁ…と。

また、楽天が社内でのやり取りを英語にするという話が去年だったか出ていましたが、あれも会社の方向性を見据えての決定なのだから部外者がとやかく言う事でもないですし。会話は経験と度胸でそれなりに出来るようになるけれども、話の内容や思考力が伴わないと意味がない…というのは正論ですが、さりとて全員が全員、論理的思考や応用力などを高いレベルで獲得できるわけでもなく。結局は得意分野をそれぞれ磨いて補い合おうぜってな結論にしかなりそうにない気がしたりして。ええ、すみません、飽きて来ました(苦笑)。



■まとめ

という事で予想通りに乱雑な内容にしかなりませんでしたが、端的にまとめると、「上がしっかりして欲しい」に尽きるんですよね。教育の問題は大学生までを対象にして社会人は除外されている気がするのですが、卒業後も学び続けて後進に自ら範を示すという方々があまりにも少ない事が、根本的な問題なのではないかなと。

寄付金の話はトップが頑張ってくれよという意味では変わらないですし。学力の話はまさにそうだし。東大が主導する秋入学の話は、官僚育成という自身の役割を維持しながら世界を意識した教育方針をまず自ら出すべきで、他大学を巻き込んで制度改変に突き進むのは違和感を感じますし。そうした上位ランクの大学の方針が見えない事には地方大学が生き残りの方向性を打ち出すのは難しいでしょうし。英語が苦手でも何とかなっている様子の有識者が声高に英語の必要性を訴えても説得力は無いでしょうし。

まあ、居酒屋での放談レベルの話にしかなっていませんが、色々と考えるところはあるなぁ…という感じで書き残しておくものでありました。


以上、今日はこれにて。

関連記事

テーマ : 子育て・教育 - ジャンル : 学校・教育

コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。