震災に耐えた皿

 年末の大掃除の時期になると、おばさんはいつも、食器棚を見つめながらため息をついていました。

「ちゃんとセットで購入したのに、震災で割れてしまって、今は半端ものばかり。でも、捨てるにはもったいないし、罰が当たりそうだし、どうしたものだか。いっそ、使っているうちに割れてくれたら、心置きなく処分できるのに。」

 昨年も一昨年も、おばさんは同じようにぼやいて、そして気を取り直して大掃除をしたのでした。


 今年、おばさんは意外な時期に、このセリフをつぶやく事になりました。現地で苦しんでいる人たちの悩みとは比べるべくもないとはいえ、震災からおよそ二十日が過ぎてニュースが少し落ち着いた頃に、ふと食器の事を思い出したのです。

「半端ものばかりだし、いっそ割れてくれたら…。」

 すると、どうした事でしょう。半端ものの代表とでもいうべき大皿が、生意気な口を利くではないですか。


「おばさんね、そんな気軽な事を言うけどね、俺っちはあの震災に耐えた皿だぜ。ここにいる他のみんなもそう。あの震災を生き延びた連中なんだ。そんな簡単にくたばるわけないだろ。」

「あれまあ、お皿が口を利くとはどういうわけなんだい。でも、確かにお前さんの言う通りだねぇ。あれだけ揺れたのに、みんなは生き残ったんだったね。」

「そうそう、むしろ英雄として崇められてもいいぐらいだぜ。」

「調子にお乗りでないよ。収納で場所を取るし、揃ってないから使いにくいし、その辺りを何とかして欲しいもんだよ。」

「家の事はおいらにゃ分からんし、そこで知恵を絞るのがおばさんの仕事だろ。」

「家の事は知らんとか言う亭主は、最近だと嫌われるよ。割れてくれとはもう言わないから、何か良い方法を考えておくれ。」

「まったく、生意気なおばさんだ。俺っちが喋れる事にもっとビックリしろってんだ。」

「ああ、忘れてた。不思議なもんだねぇ。他の食器も喋れるのかい。」

「いんや、これだけ喋れるのは俺様ぐらいなもんさ。でも、おばさんの言っている事は大体みんな解ってるぜ。」

「あら恥ずかしい。変な事を聴いてはいないだろうね。もし聴いていたら、今すぐ忘れな。」

「はいよ、忘れるよ。」

「口は悪いけど、なかなか素直だね。これからはもっと頻繁に使ってあげようかね。」

「そりゃありがたい事で。でもま、他のみんなも使ってあげてくれよ。あと、おばさんは長生きしてくれよ。」

「ああ、分かったよ。ありがとね。」

「どういたしまして。」


 そんな事があって以来、おばさんは約束通り、半端ものの英雄たちを上手く他の食器セットに添えて、使ってあげるようになりました。しかし、何度となく話し掛けたにもかかわらず、大皿は再び喋り出す事はありませんでした。


 大皿と話してちょうど一月が過ぎた朝。おばさんは大盛りサラダで大皿を使おうと思い、食器棚の前に立ちました。観音開きの扉を開けて、使いやすいので手前に置いてある食器セットを脇にどけて、お目当ての皿を取り出そうとしました。そして、そこで初めて、大皿が綺麗に真っ二つに割れている事に気付いたのでした。それを知った時のおばさんの悲嘆の声は、その場にいた半端ものの英雄たちが揃って黙秘を貫いたため、伝わっていません。


 今年の冬、おばさんは、例年とは違ったため息をつく事になりました。しかし、食器棚の近くでは、去年までとは違った暖かい空気が満ちていたのでした。

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