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風雲児たち幕末編18

あんまり時間がないので、年末に発売されていたのに見落としていた「風雲児たち幕末編18」(みなもと太郎、リイド社)を読んで思った事を少し。とはいえ、このシリーズは普通に名作ですので、今さら取り立ててどうこう言う事はないのですが。。個人的に印象に残った事を少し書き残しておきます。


この巻の主人公はもちろん吉田松陰で、敵役あるいは黒幕としての井伊直弼の存在感があるわけですが。そうした大きな部分とは別に、梅田雲浜と松蔭との意識のズレが引き起こす悲劇、そして松蔭の自爆的とも言える自白といった辺りに、歴史の大きな流れと彼ら個々人の苦悩との対比を感じて考えさせられるものがありました。ちなみに、後者の下りを読みながら河上徹太郎「吉田松陰」を思い出していたのですが、いつの間にか講談社文芸文庫で再発されていたみたいで嬉しい事です(このシリーズはお値段が張るのが難点ですが…)。

残念だったのは、相手側である井伊直弼の歴史的な立ち位置と苦悩とが深くは描かれておらず、思い込みで突っ走っている人物像に終始していた事でしょうか。松平定信なども似たような傾向がありましたが、井伊直弼に対しては特に作者の強い思い入れ、ある意味では怨念と言えるかもしれないほどの嫌悪感が感じられて、馴染めない部分がありました(正確には安政の大獄への嫌悪であろうと思いますし、その感情は充分に理解できる事ではあるのですが…)。そうした傾向は例えば司馬さんなどからも時おり感じる事ですし、名作を残すほどの方々にはその種の偏向性は不思議ではないですが、バランスという点では少し残念だったなと思いました。


もう一つ印象に残ったのは、父親であるシーボルトと再開を果たしたイネの価値観崩壊の場面。父親がヨーロッパ随一の医師であるという誇りを胸に過ごして来た人生が、「30年前に医学は捨てた」という一言で一気に否定されてしまった悲劇。これはシーボルトを責める事ではなく、そしてイネ個人に責任を帰するには彼女の人生は過酷過ぎるものでしたが。。

人生のある一時期において、ある一つの事にすがりついて苦しい時をやり過ごす事は、仕方が無いどころか大切な事だと思います。しかし、一番苦しい時期を乗り越えた後は、それを徐々に相対化して行くように心掛けなければ、それが心の支えとして強いものであればあるほど崩壊時のリスクが青天井に高まって行くわけで。その点で、深く考えさせられる場面でありました。


以上、ひとまずこれにて。

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