音楽やわ、その2:30年前

10年前の話に続いて、今回は30年前の話。イルカ「雨の物語」について書く。この曲は昭和52年=1977年の春に発表された。彼女の名を音楽史に燦然と輝かせる「なごり雪」はこの2年前の事であり、それゆえにこの時期の曲は、ある種「七光り」のような邪推を受ける事も少なくない。が、先入観を交えずこの曲を聴くと、それが全くの誤解であることが分かる。



YouTube - 雨の物語 (PV) / イルカ

この映像、そしてこの曲から、何を連想するだろうか?冒頭のシーンやイントロの音から、これに先立つ10年ほどのアメリカのポピュラー・ミュージックを思い出す人もいるだろう。間奏の演奏からは、後の安全地帯やあみんのデビュー曲への繋がりを感じる人もいるだろう。人によっては、映像にあるちょっとしたしぐさから、彼女の育ちや来し方を思い浮かべるかもしれない。悠久の時の流れの中から、ある一時代が、きっぱりと切り取られている事に愕然とする人もいるかもしれない。


☆☆☆


趣味嗜好を説明する際には、時として、嫌いな点を語る方がよほど他人に伝わる事がある。自分が70年代フォークで嫌いだったのは、情のみが露骨に前に出ているような楽曲であり、かつ、そればかりを強調して人に押し付けようとする傾向だった。あるいは見当違いかもしれないけれども、それに先立つ10年前に、教条主義的にマルクスを聖典と崇め中身をまるで理解していない方々もこんな感じだったのかと思ったものだ。そうした傾向は、少なくとも平成に入るまでは露骨に健在だったように思う。今となっては、それも善し悪しかと思うのだけれども。


この曲には、そうした傾向は全くない。情を強調しようにも、全編を通して抑揚が効いているので付け入る隙がない。個々の歌、演奏、歌詞などを取り出してそれだけを見ると、至らぬ部分を指摘できたりもするのだけれど、それは部分に過ぎない。作品としての完成度は極めて高く、それは作詞曲、編曲、歌、演奏に関係した方々の力量と見通しが、高いレベルで共有できていた事を物語っている。


☆☆☆


ネット・メールが全盛の現代にあって、人々はかつてないほど文字に依存し、それで全てを理解しようとする傾向に陥り易い。音楽作品も例外ではなく、特に歌ものについては、歌詞のみに偏重した語られ方が大多数という印象がある。その一方で、歌い手の中には言葉は悪いが歌詞の意味を理解しているとは思えないような、ただ頑張っているというアピールのみを露骨に行う歌い方を、感情を込めて歌うと表現して憚らない人もいる。

とはいえ、単純に彼ら歌い手を責めるのは気が進まない。彼らにそれを期待する周囲の存在があり、そうした過保護な扱われ方への反論を持ち出さない点を責める事は妥当であっても、彼らが「試みていない」事を「できない」と決め付けて否定までするのは、さすがに違うという気がする。

王道としてはやはり、文字の羅列を超えて歌がその作品世界の情感を伝えている楽曲を褒める事であり、その素晴らしさを伝える事だと思う。そして、この作品はそれに値すると、個人的には感じている。



YouTube - 雨の物語 W78-2

この、歌詞が表示されている映像を見ていると、もちろん作品世界の理解の助けにはなるのだけれども、それ以前に歌だけで充分に感覚が伝わっていたのが実感できるのではないだろうか。そして、このようにして受け取った情感は、露骨に情を強調したものを遥かに凌駕して、心に残る。


☆☆☆


人には、年を重ねてやっと理解できる事柄がたくさんある。子供の頃の自分は「大人になれば分かる」と言われるのが嫌で、だからできる限りそれを言わないように心掛けているのだけれども、ある年齢に達してやっと気付く事、気付いてその事の意味に愕然とする場面は多々ある。もちろん、ある程度の想像はできるのだけれども、実感として迫ってくるか否かの違いは大きい。

そうした事を初めて体験するのは、よほど特殊な環境でもない限り、二十代前半では難しい。おそらく、「十年一昔」という言葉を実感できる事がその入り口であって、それは人によっては四十前後でも難しい。だが逆に、早熟の人も少なくはない。そしてそれを実感した時。以降の人生においてそれは二十年になり。四半世紀、三十年、四十年になり。半世紀になって干支が戻る。


この曲は三十年前の作品であり、当時の彼女に「としえちゃ~ん」と声援を送っていた人も、やはり三十年の時を経ている。歌い手本人もまた、同じだけの時を経ている。年月の重みは彼女の作品への理解と表現力を深め、しかしながら変わらないのは、作品に対する彼女の姿勢である。



YouTube - イルカ 雨の物語 なごり雪

人は、過ごして来た時間をリセットしてやり直す事は出来ない。無かった事にもできない。彼女は三十年前から一貫して、歌と向き合うその時点に至るまでの人生を背負って、かつその重みをできる限り人目に曝さぬように、しかしながら伝わる人には伝わるように心掛けながら、作品と関係しているように思う。



YouTube - イルカ 雨の物語

表現を抑える事の意味をよく知っている人たちの競演は、最後に紹介するのに相応しいのではないだろうか。


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なお、余談ながらこの作品は、後に何人かのミュージシャンによってカバーされている。個人的な印象としては、作詞曲の伊勢正三さんの歌はストレートに受け取った。研ナオコさんの歌は一番バランスがよく上手い。中森明菜さんの歌はじっとりと来る。が、それは彼女の持ち味であり、特に境目への意識は際立って高い。YouTubeで聴けたのはその三者だったが、それぞれに持ち味が出ていて良かったと思う。そしてそれは、オリジナルの質の高さを保証するものでもあるのだろう。また、それらカバー曲の演奏はそれぞれの時代の特徴が出ていて、興味深いものがあった。



以上、今日はこれにて。


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コメント

BKOが一貫した

BKOが一貫したの?

No title

ここ最近は、サボる事に一貫しておりました。。。
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