ネタ政治学

何となく、今回は最近書いていないような事を書いてみようという事で。
え、皆さま本日は、ネタ政治学の世界へようこそお越し下さいました。以下は、洒落の分からない方はご遠慮頂けますと幸いです。



■総論

政治とは、それぞれの国の歴史・伝統・文化・風習その他の多くの要素に影響を受けるもので、すなわち、ある国の政治システムを別の国において無理矢理に働かせるよりも、その国の事情に即したやり方のほうが良いのではないかと考えられます。

ゆえに我が国におきましても、例えば支持率の低下など厳しい事を言われる機会が増えてきた現政権ですが、それは我が国の伝統に則った基準で再評価すべきではないかと思うのであります。(与党拍手)



■各論

我が国の政治といえば、やはり思い出すのは平安時代。華やかな宮廷政治が行われた時代の事を振り返ってみましょう。

当時は非常に安定した社会で、戦などという恐ろしいものは身の回りには気配すらない時代でありました。もちろん貴族間での出世競争はありましたが、腕に物を言わせるような無粋な事が起こりようはずもなく。真に平和な毎日でありました。

たとえ奥州で戦乱が発生しようとも、都の貴族が「単なる私闘」と言えば単なる私闘として処理され。たとえ客観的な証拠が何一つなくとも、都の権力者が「陰謀があった」と言えば、それは陰謀として処理されるのでありました。

ここで、現政権を思い起こしてみましょう。たとえ欧州で混乱が発生しようとも、財務大臣が「日本ではなくギリシャの問題で良かった」とさえ言えば、以後は話し合いに加わる必要もなく。たとえ具体的な証拠が揃っているように思えたとしても、首相が「知らなかった」と言えば、それは無罪として処理されるのであります。まことに、近年まれに見る、我が国の古きよき伝統に忠実な政権であると言えましょう。

なお、この伝統が「目の前にリンゴが存在するがゆえにリンゴがあるという主観が生じるのではなく、リンゴがあるという主観ゆえにリンゴの存在を確信する」というフッサールの独我論を1000年近く先取りしている事は明確であるにもかかわらず、決して学会には発表しない我が国の研究者たちの奥ゆかしさには、僕らは思わず涙ぐむ次第であります。



■結論

ことほどさように現政権は伝統に忠実なのでありまして、どうしてそれを西洋渡来の非伝統的な基準で評価する事が出来ましょうか?鳩山内閣の評価基準は、やはり伝統に則したものでなければならないのではないでしょうか?(与党拍手)

古来より、天の意志は大自然が具体的な形として政権にその是非を伝えると考えられてきました。善政が行われている政権では、自然の恵みが豊富に得られ平和を満喫できると言われています。

さて、では現政権はどうでしょうか?今年に入って鶴岡八幡宮では樹齢が800年とも1000年とも言われる大銀杏が根本から倒れ、宮崎では家畜の疫病が猛威を振るっています。これは、現政権が天から認められていないという証拠...あれ?フォローになってないな。ごにょごにょごにょ。

え、まぁ、とりあえずの落ちが付きましたところで、本日の講義はここまでとさせて頂きます。・・・抗議は止めて下さい。・・・いくらご公儀だとて、これまでの好誼は一体・・・(fade out)。



以上、今日はこれにて。



p.s.なお、更なる向学心に燃える方は、こちらもご参照下さいませ。
・ネタ化学:「つん読を分析すると(なんちゃって論文風)


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コメント

きょうは主観ゆえ

きょうは主観ゆえ私闘したかった。

No title

私闘も止むなしと思えるほどの強力な主観を持っているのは悪い事ではないですが、最終決定の前にもう一度視野を広げて再検討した方が良いですよと。
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