梅田三番街・アメリカン珈琲店の閉店

ローカルな話で申し訳ないですが、今日は表題の件について。


先日、たまたま近くを通りかかった時に、電気が付いていないので変だと思い近付いてみたところ、入り口に閉店の貼り紙がありました。3月の26日だったか28日だったか、そのどちらかの日付で店を閉められたとの事でした。

その貼り紙にも書いてあったのですが、このお店は阪急梅田駅が現在の形に拡張して、梅田三番街がオープンした当初から営業していたお店でした。万博の前年なので昭和44年、西暦で言うと1969年でしょうか。今から40年も前のことです。

当時は、喫茶店と名乗ってはいてもインスタント・コーヒーを出す店も少なくなかった頃です。挽きたての豆で淹れるのが売りの自動販売機すらある今とは隔世の感がありますが、大阪で本格的な珈琲を出すお店として評判を呼んだアメリカン珈琲店は、当初は曾根崎町にてオープンしました。この三番街店は曾根崎町の本店に対する支店という形でしたが、ほどなく曾根崎町の本店がなくなり(移転だと思うのですが詳細は分かりません)、アメリカンと言えばこのお店という認識で今に至ります。

噂話として、バブルの頃に広げすぎた支店を何とか整理して、収益を見込める支店に絞って経営を行っているといった話を何度か耳にしましたが、どこまで正確なものなのかは分かりません。例えば、ホワイティにも昨年までアメリカン珈琲店があったのですが、メニューや値段が微妙に異なり、どの程度の繋がりがあるのか良く分からずじまいでした。

更に言うと、ここまで書いてきた話も又聞きなので、所々で事実誤認があるかもしれません。ただ、信憑性は別にして、こうした昔話を書き記しておく意味はあると思いますので、正確性などは大目に見て下さいませ。


ここ数年で、半世紀から一世紀近い歴史に幕を下ろしたお店を幾つか見てきました。この珈琲店もそうですし、親が昔通ったという(自分も成人後に何度か行った)ステーキ店、あるいは定食屋、本屋、果物屋(→ある果物屋さんの閉店)などなど。本屋はいずれもコンビニになり、食べ物関連のお店は今もシャッターが下ろされたままです。

話を珈琲店に戻すと、最近は売り上げにほとんど貢献していなかったので、何ら偉そうな事は言えないわけですが。。親の昔話に出て来るお店の中で、今も健在という数少ない場所の一つだったので、仕方がないとは思いますがやはり寂しい気持ちがしますね。

少し気になるのは、店内の部品はもとより、閉店の日付から二週間がたった今でも、珈琲豆がそのままの状態で残されたままでした。昔から続いたお店が閉店して新しいお店が入るという事は、寂しくはあるものの仕方のないことですが。お店の方々が、別の支店で頑張るにせよ、全く別の事を始められるにせよ、彼らのこれからに幸あらん事を望むものであります。


以上、全体を通してちょいと暗めのイントネーションで申し訳ないですが、今日はこれにて。


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コメント

きょうBKOと、

きょうBKOと、誤認すればよかった?

懐かしい。

No title

>JFK

閉店が誤認だったら良かったのですが。。。


>匿名さま

こんなニュースで申し訳ないですが、懐かしんでいただけて何よりです。
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