つぶやき日記2

どうも最近、長いものを書く気があまり起こらないので、今日はだらだらと、幾つかの話題を適当に書き記しておきます。


■サリンジャー

写真が若い時のものだったのが印象的。山田詠美さんだったかな、作者の写真によって小説の説得力が云々という話があったような。どうしても写真は晩年のものになりがちだから、こういうのは珍しいかも。未発表作はあると思うけど、それを世に出すか否かは専門家が信念に従って決めたら・・・とか考えてて、カフカとマックスを連想したり。


■小沢健二

先日、ツアーの公式サイト↓を見ていたら、シャッフル中のiPodからくるりが流れ出してちょっと嬉しかったり。
http://hihumiyo.net

ちなみに歌詞↓。こういう偶然って良いですよね。
ぼくらが旅に出る理由
ハイウェイ


■また変なものを見付けてしまった。。。

18禁なのでお嫌いな方はスルーして下さいまし。
やっぱり、↓こういうタイトルを付けるようなノリは好きだなぁ。
そして、例によって内容は保証しませんのであしからず。
志村!うしろ!


■オーウェル「1984年」の現代的意義?

昨年、「ソ連が崩壊して20年も経つのに、今さら読む意義はあるの?」という声を聞いて。模範解答は「他に読みたい本があるなら、そっちを読めば?」なのは間違いないのですが(突き放しているわけではなくて、必要性を認識したり興味が湧いた時に読めば良いだけの話なので)、自分なりの解答を考えておりました。

で、長々と書くはずが年を越してしまったので、今の考えをシンプルに。「歴史は繰り返すから」という返事で言い尽くせないかなぁ?とか考えております。もちろん異論・反論は大歓迎です。


■Newspeakの話

で、個人的に引っ掛かっているのがNewspeakの扱い。というより、これだけでも読む理由になるんですよね。「1984年」が執筆されたのは1948年。で、まさにこの時期の日本では旧かな・旧漢字から現代かなづかい・当用漢字(新字体)への変更が行なわれていたわけで。ちなみにGHQの陰謀というのは正しくなくて、大正期以来の国内推進派が出した提案がGHQの意向に一致した、という感じだったと思います。

更に言うと、60年代に簡体字を採用した中国、漢字教育を廃止した韓国も含め(詳しくないけどベトナムも多分そう)、過去との文化的断絶にどう対処するか、という問題に向き合わざるを得ない時期が来ているのかなぁという気がしますね。その意味でも、Newspeakを通してオーウェルが言語についてどう考えていたのかを読み取る事は意味があるのではないかなと、そんな事を考えたり。



全くもってまとまりのない記事ですが、今日はこの辺で。
以上、読んでいただいてありがとうございました。


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コメント

きょうはマックス

きょうはマックスっぽい返事した。

No title

それは、故人の意思を反故にして作品を世に問うぞと、そういう事なのでありましょうか??
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