約束された場所で、淳、その他の雑感

年内に、できればいくつか本の感想を書きたいと思っているのですが、今日は最近のものではなく、10年近く前の作品について、簡単に書いてみます。


6月に村上春樹「1Q84」(新潮社)の感想書いて以来、今でもたまにそれを求めて訪問されたらしき方がおられるのですが、「じゃあもうちょっと何か書いてみようか」と思いつつ。気付いたら、今年もあと二週間を切ってしまいました(苦笑)。なので少々手抜きをして、昔の本の紹介で誤魔化しておこうと、そんな感じです。



■村上春樹「約束された場所で」(文春文庫)

「アンダーグラウンド」(講談社文庫)が件の地下鉄の事件の被害者へのインタビューなのに対して、本書は、かの教団の信者(および元信者)へのインタビューから成り立っています。

で、本編を読むのはなかなか重いので余裕のある時にどうぞ、という感じで。今回取り上げたいのは、本書のラストに収録されている「河合隼雄氏との対話」です。

60ページほどの内容ですんなり読めると思いますが、興味深い話が多く、「1Q84」へ応用できる話題もあります。この部分を読むためだけでも本書を購入する価値はあると思いますし、村上氏の小説は肌が合わないと感じておられる方にも、他の作品よりはお薦めし易いと思います。


さて、いきなりネタバレをしますが、本編のハイライトをご紹介しましょう。ネタバレをしてもその価値は変わらないというか、実際に本書でそれを確かめるのは楽しい事だと思いますので、絶対に事前情報は読みたくないという方のみ飛ばして下さいませ。

それは276ページの河合氏の発言なのですが、まずは状況説明から始めましょう。「何が本当の悪か」というテーマに差し掛かった時に、村上氏が軽い混乱のような、今ひとつご自身の中でまとめ切れていない様子を見せ、それに対する河合氏の解釈を求めます。(もちろん、いわゆる正解を出せるような性質の問題ではないですが、暗闇の中でどちらを向けばいいのかすらも分からないような混乱状態に近い心理状況を垣間見せます。)

しかし、それを受けた河合氏の発言は、「その答えはやはり村上さんが自分で出すしかないですね。」というもの。更に続けて「村上さんが今度書く作品(小説)というのは大変だろうなって思います。」などとのたまいます。

これは、2ch風に言えば、「河合隼雄キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!」といった感じでしょうか(笑)。このタイミングでしれっとこの発言ができるのは本当に凄いと思いますし、事前に分かっていてもやっぱり爆笑してしまいました。


年長者の親切という事は確か、鶴見俊輔・上坂冬子「対論 異色昭和史」(PHP新書)の感想を書いた時にも触れた気がしますが、この場面でのお二人のやり取りは、戦前世代(昭和一桁)と団塊の世代の、上手く行った関係の典型なのだろうなと思います。

ただ、やはり心理系の職はどうもartというか、個人の資質によるものが多く難しそうだなぁとか思ったり。あと、河合氏の発言は分かり易いし面白いのですがそれなりに危険性があるというか、ある程度の素養を秘めていないと暴論としてしか使えないような傾向がありますね。もっともこれは、達人の所作ならだいたいそうだという話もありますが。。


他に引っ掛かるのは284ページ、河合氏の「被害者の方まで「変な人間」にされてしまう」という発言。この視点はその後も尾を引いて、291ページの「その人が以前から自分の中に持っていたある種の個人的な被害のパターンと呼応」(村上氏)という辺りや、更には奥野修司「心にナイフをしのばせて」(文春文庫)辺りにも繋がって来ますが、何とも簡単に一言では整理できない性質のものですね。


ところで、この対話でも時折話題として出ていますが、個人的にも本書と意識の上で繋がっている事件があります。10年以上前の神戸市須磨区における事件ですが、自分は本書と前後して事件に関連した一冊のハードカバーの作品を読み、そして、本書が文庫になった時に同時発売され、一緒に購入した文庫があります。以下、それについても簡単に。



■土師守「淳」(新潮社)

少年法の問題、マスコミ報道の問題、特に被害者及びその家族がどのように扱われるべきか、という点を世に問うた本書は、残念ながら現在でもその価値に変化はないと、個人的には思います。本書が過去の話としてその価値を失うような世の中になる事をこそ、この著者は望んでおられるのだと思いますが・・・。

更に残念な事に、amazonで検索した限りでは、文庫版も含め、本書は既に新刊としては入手できません。bk1ではまだ大丈夫ですが、時間の問題という気もします。もともと、下記の書籍よりも発売は先だったにもかかわらず、文庫化では後塵を拝し、そして先に姿を消そうとしている本書ですが、何とかなって欲しいなと無力ながら訴えてみる次第であります。



■「少年A」の父母「「少年A」この子を生んで・・・父と母悔恨の手記」(文春文庫)

一般に、被害者よりも加害者に興味が行くのは人間心理として仕方のない事だと思います。本書が雰囲気として提示している加害者のご両親の傾向というか、この事態に至ってなお自らは見過ごされているある特質というか、それをどう捉えどう解釈するか、が、本書の読者の唯一にして最大のテーマでしょうね。

厳しい事を言うと、本書に作品としての価値は無いと思います。が、このご両親が死角になって認識できなかった事柄というのは、ある意味では誰にでも起こり得る事で。それが実際にある出来事にまで発展した時には、悲劇以外の何物をも生まない事を考えると、この社会に生きる大人としては心の片隅に記憶しておくべき事柄なのかもしれません。あるいは不謹慎な喩えかもしれませんが、事故の確率はさほど差はなくとも、命に到る率が高いが故に自動車や電車よりも飛行機を怖れる人の心理に近い、何かしらの理不尽さがそこには感じられる気がします。


御巣鷹山での日航機墜落事故やら、台湾での遠東航空機墜落事故などを連想して、更に書き継いでもいいのですが、長くなったのでこの辺で。



■まとめ

自分は、幸いにして、と言っていいのか分かりませんが、地下鉄の事件にしろ須磨での事件にしろ、自分はもちろん直接の友人を含めても、それに関係した人はいませんでした。つまりは完全に第三者の立場なのですが、リアルタイムでの事件の報道などはあまり見る気がしなかったとはいえ、同時代に起きた身近な事件として記憶に残っています。

とはいえ、自分にしても普段からこれらの事件について気に留めて生活しているわけでは全くなく、それゆえに偉そうな事を言えるわけでもないですが。ただとにかく、事件自体が風化して、関係者の方々(特に被害者の方々)が過去に生きる事のない状況になって欲しいと願いつつ、事件の意味については風化させるべきではないと考えています。社会では多く逆の傾向が見受けられますが、この事件は更に10年が経過した時にはどう扱われるのか、それを検証するためにも、今思い出した時に書き記しておいた次第であります。


何やら重い内容になりましたが、今日はこれにて。
読んで頂いてありがとうございました。


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コメント

きのうBKOの、

きのうBKOの、部分みたいな発売するつもりだった?
だけど、意識したかもー。

No title

いやいや、部分を切り売りして糊口を凌ぐほどには、幸いにして追い込まれておりませんので。。。
でも、意識してもらえるのは嬉しいですし、もしもの時はご購入をヨロシク(笑)。
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