正統派っぽい日記

平成二十一年九月八日、晴


朝。先週の金曜日から、紀伊国屋書店が阪急三番街にてバーゲンブックフェア(70%~30%OFF)を行っている。初日に行けなかったのは痛恨で相当数が売り切れたらしいが、それでも先日、数冊を購入した。今日はその中から川副国基「声で読む 小林秀雄」(学燈社)を持って出た。

同シリーズには「徒然草」「現代詩」などがあったが、それらは学参でもっと良いものがあるように思えた。シリーズの中で小林秀雄だけがいささか浮いている感を受けて面白く、6割引なので購入してみた次第。


朝の眠気の残る頭で読み始める。何とか30ページほど読んでみて、悪い意味での受験国語。小林の芸術的な面を完璧に除外した作りになっている。つまりは表面的で深みがない。高校時代に無理矢理読まされた事を思い出した。

国語が抜群にできる友人などは一読して忽ちその意を解したが、凡人でも丁寧に二度読めば何とか理解できる。理解できると、存外にこれが面白い。が、楽しみ過ぎると設問が解けない。小林秀雄は受験から離れて読むのが良いと改めて思った。


夜。少し読み残していた赤松啓介「夜這いの民俗学・夜這いの性愛論」(ちくま学芸文庫)を読む。解説の上野千鶴子が言うように、著者の語りを、騙りかもしれない部分も含めて楽しむべき作品。明治の最終盤~大正初期の空気が味わえる。

もともとは二冊の作品をまとめたもので、同じ様な描写が何度も出てきたり、学問的にどうかという指摘も出そうだが、普通に老人の語りを聞いていると考えると自然に受け止められる。なかなか楽しかった。


帰宅後。朝の読書が物足りず、安吾との対談を読みたいと思って「小林秀雄対話集」(講談社文芸文庫)を引っ張り出す。期待通りの内容。「お前も少し酔って来たな。(笑)」(小林,p.26)の前後が最高で、「仲良く喧嘩しな」的な可笑しみがある。正宗白鳥との締め「もう酔っぱらって来たからだめですよーー正宗さんの奥さんはいい奥さんだなあ。」(p.92)なんて事を言う小林が好きだなと思う。

この対話集に出て来る人々は、誰も21世紀を見なかった。江藤淳が一番長生きで、あれは1999年だったか・・・と思う。対談時は20代。彼がアメリカに留学して日本語に飢え、図書館で数ヶ月前の文藝春秋(それも小林の文章ではなかったか?)を読んで涙した時代とは隔絶の感がある今日。それは進化なのか、退化なのか。

一番早くに世を去ったのは安吾。1955年に数え50歳にして、突然この世を去った。小林は長寿に恵まれたが、考えてみると彼は自身の研鑽によって共に語れる人を少なくし、更には、多くの知人を見送る事でも少なくした。蓋し宿命と言うべし、の心境だったかもしれない。



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かなりの背伸びをして頑張ってみましたが(苦笑)、こんな感じで今日はこれにて。
読んで頂いてありがとうございました。


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