頭脳と手足

先日ネタに使った立花隆「巨悪v.s.言論」(文春文庫)は、主要テーマとは別に色々と面白い事が多かったので書き留めておきたいと思っているのですが、とりあえず思い出した事。


実は上巻を読みながら平行して高橋洋一さんの新書を読んでいたのですが、共通して感じた事として、「実行部隊の軽視」というか。作戦立案こそが最重要で、極端な言い方をすれば「こちらの言うとおり従順に動け」的な扱いをしているようにすら感じられました。

で、これを書き留めておきたいと思ったのは、この傾向が彼らだけではなく色んなところで見受けられるからで。軍師好きが多いというのもその一つの表れなのかもしれませんが、「手を汚すのは下司な者たちの仕事」といった伝統が根強く生きているのかもしれません。


頭脳と手足とは頻繁に使われる比喩ですが、この秀逸な喩えで考えると。手足は大抵の場合は頭脳に対し尊敬を抱きます。もちろん、頭脳が駄目な場合には誰よりも早く見切りますが、頭脳が優秀である限りは大丈夫です。

逆に頭脳としては、手足は自分の指令を守っているに過ぎません。言いつけを守れない手足は確実に軽蔑されますが、過不足なく命令を遂行した手足に対しても、尊敬の念を抱くのは難しい事です。

しかし、少し想像力を働かせて。仮に手足の不手際によって自分が立てたプランが確実に成し遂げられなかった時。全てを手足の責任にできるのであれば問題はないと思えるかもしれませんが、大抵は頭脳の責任もそれなりに問われます。となると、当たり前のように任務を果たしてくれる手足の有難味が表れてくるわけで。


例えば、三国志における趙雲は、目立つという点では関羽・張飛に劣りますが、上司(孔明)の指示を過不足なくやり遂げるという能力ではぴか一で、使う側からすればこれだけ有用な部下はそうそう居ないと思うわけで。


という事でまとめると、自分でプランを立案して部下を使う立場に至った場合には、部下が納得できるような作戦を出して彼らからの尊敬を得る事はもちろんですが、それと同時に、こちらの指示を問題なく遂行できる部下をきちんと評価し敬意を表する事が重要ではないかと。そんな事を思ったのでありました。


以上、今日はこれにて。
読んで頂いてありがとうございました。


関連記事

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する