コメントについて

前回、友達を大事にしない記事を書いた罰が当たったのか、昨日・一昨日と実に酷い二日間を過ごしてしまいまして。町で見かけた迷い気味の外人さんの道案内を買って出るなど善行を積んで、何とか今日は良い一日で終わる事が出来そうです。桑原桑原。。。


さて、友達を大切にしないといえば、数日コメントを見逃していたのもそれに当たるわけで。ブログを始める前はあまり気を付けていなかったので分からなかったのですが、相当のアクセスを誇るブログでもコメントが付かない記事が多いという傾向を学んで。それ以来、正直あまり新規コメントの確認をしていませんでした。でも、確認なんてすぐにできるわけで。今後は気を付けて過ごす所存でありますので、皆様お気軽にどうぞ。「実は見てるのさ」的な爆弾発言もOKですが、でも個人情報はばらさないで下さいね(笑)。


で、コメントついでに他所でのコメントについて。今年に入って以来、数箇所で密かに活動している・・・と言っても全部合わせても両手で足りる程度しか書き込みしていませんが(笑)、それについて少し考えていた事。

自分がコメントを書きたいと思う時というのは、もちろん記事から何らかの刺激を得た事が誘引となっているわけですが。その時の気持ちとしては、「できるのであれば、その記事に関して書き手と1時間ぐらい話してみたい」ぐらいの勢いだったりします。って、引かないで下さいね(笑)。実際にはやりませんし。

とにかく、記事を拝見して、それについての考察を深めたり、連想した事をまた考えたり、疑問に思うことをあれこれ検討してみたり。。。で、そんな中のごくごく一部をコメントに書くわけですが、どうにも足りないわけです。だって、長く書いても直接のやり取りだとせいぜい30秒で終わる話ぐらいしか書けないですし。


で、そんな時にはトラックバックがあるじゃないか、みたいな事を思うわけですが。どうも何というか、あまり好きになれないシステムなんですよね。他の方とトラックバックのやり取りをした事が無いので印象論ですし、確かに便利さは理解できるのですが。。。

トラックバックで自分がやりたい事の一部を実現できるのは確かですが、一部の事には目を瞑らないといけない。その中には、相手との距離感だとか、相手との対話の姿勢というか、そうしたものが含まれるわけです。気にし過ぎなのでしょうけれど、トラックバックを前提に書く記事は孤独というか。それは寂しいのが嫌という意味ではなくて、極端に言うと独善に繋がる可能性のある孤独という感じで。


ま、単に頭が古いと言われればその通りですし、人とのやり取りという要素を重視し過ぎるのが原因なのでしょうけれど。なかなか難しいな~と思いながらも、少しずつネット環境に身を馴染ませようと考えている今日この頃なのでありました。

で、他人との関係性はネットに限らず意識すべき事柄なわけで。普段の人間関係でも、向き合う事を重視し過ぎて「ウザイ」なんて陰口を叩かれないように気を付けたいものであります。それも何だか寂しいものですが、時代の流れには逆らえないですし、仕方の無い事なのでしょうね。。。



以上、ダラダラと書きましたが、今日はこれにて。
読んで頂いてありがとうございました。


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