有朋自遠方来 不亦楽乎

今日は早めに寝ようかと思っていましたが、ついでなのでもう一つ記事を書いておきます。前回と対になるような事なので。ただ、こちらはちょいとダークな気配もあったりします(苦笑)。


少し前の話になりますが、昔の友人が出張でこちらに来ると言う事で、唐突に連絡があって会う事になりました。少なくとも5年は会っていない人で、年賀状なども途絶えていたのですが、やはり会うと懐かしいものです。というか、仕事が長引いて時間の余裕が全然なかったのですが(苦笑)、あまり深い話が出なかったという事も逆に良かったのかもしれません。


・・・と、ちょいと書き方として含むものがありそうな感じになってしまいましたが、その友人の話はこれで終わりだったりして(笑)。特に何もギクシャクしたものはなかったのですが、その時にふと思った事。

「やっぱり、本当に仲のいい友人の人数よりも、知人程度の友人の数の方が、人生においては重要なのではないだろうか?」


何だか思春期的な思いつきで恐縮ですが(苦笑)、「友達って結局なんでしょうね?」みたいな事を断続的に考えていたので、一般論とか受け売りの箴言とは違った感触で、頭の中に浮かび上がって来たのであります。



個人的な話になりますが、昨年、付き合いを止めた友人が居ます。それについて、どこかに書き残しておきたいとは思っていたのですが、ここで書こうと思います。その人を悪し様に言いたいとかではなくて、自分の決断とその理由を、公の場でも読めるような形で残したいと思ったからです。

限りなくこっそりと更新しているブログなので特に問題はないと思いますが、一応この記事に関してはコメントとトラックバックは禁止しておきます。何かあれば、メールにてどうぞ。ただ、当人の事は想定しておりませんので、(まずないと思いますが)偶然が重なって「これ自分の事ちゃうかな?ブログ主は○○?」なんて事になったら、お手柔らかにお願いしたい所存であります(苦笑)。


こちらの視点から端的に言うと、助けて欲しい状況で助けてくれず。それでも長い付き合いなので特に責める気は無かったのですが(こちらがしんどい状況なのにフォローまでしてたし)。共通の友人には「唐突に突拍子もない事を言い出して」と、何故かそんな話になっていて。

ただ、それについても、「こちらが高圧的過ぎたのかも」と、まずは反省しました。正直に言うと、それまでに何度か「内心どうかと思う」ような目に遭っていたので、(あまり表には出さないものの)ちょっとした苛立ちみたいなものがありましたし、だから「それぐらいしてくれるだろう」という決め付けのような気持ちがあったと思ったからです。


決定的だったのは、次に何人かで会った時に、「お前が100%悪いねんで、自業自得や」的な見下しをされた事。これは被害妄想などではなくて、その日の扱いは本当に酷いものでしたし、会う前後に他の友人に送ったメールなどもそんな態度で書かれていたそうです。これはさすがに温厚な(笑)自分でも切れるぞ、と。

前回の話に関連しますが、自分を決定的に貶めてまで引き下がる事はできませんし、かといって、ここまでされてなお矜持を保ちながら責任を引き受ける事も、自分にはできませんでした。この後にも少しだけやり取りはありましたが、結局友人関係を切る事にしたのでした。


別に損得で友人をやっているわけではないので、助けて貰えなかったのはあまり問題ではありません。ただ、そうした厳しい状況なのに(助けなかった言い訳と考えるのは、さすがに穿ち過ぎかもしれませんが)こちらを貶めて自己の無謬性を主張し、挙句には石もて追われる我が身を目の当たりにしたら、友達を続ける気にはなれないですね。ま、人を見る目がなかったというか。苦しい時ほど他人の本性が良く見えるという事なのでしょう。


もちろん、向こうには向こうの言い分があると思います。でも、途中の段階までは、こちらも「それでいいから丸く収めよう」としていたわけです。何だかんだで長年の付き合いで、共通の友人もいるわけですし。しかし、相手の言い分を100%認めて謝ってなお、犯罪人さながらの扱いを受けたという辺りが、今の自分の限界でした。これを教訓に、より懐の深い人間にならなくては、と思いますが、切れてしまった気持ちは元には戻らないわけで。


あまり暗い話はブログに書きたくないのですが、まぁそんな事があったと。やはり誰かに読んで貰いたいと言うよりは自分の為という意味合いが強い記事でありますが、ここまで読んで頂いてありがとうございました。

以上、きょうはこれにて。



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