ダブル村上

最近80年代後半から90年周辺のアルバムをよく聴いていて、その当時の音楽だけでなく小説とか政治とか社会とか、そうしたものを振り返っている瞬間があったりします。で、たまたま「ダブル村上」について考えていたら、本屋さんで「MURAKAMI 龍と春樹の時代」(幻冬舎新書,清水良典)を目にしたので読んでみたのでした。


まずはさくっと一般論。テーマとしては興味を惹かれるものの、主な問題点は、

・比較が無理矢理という事もあって、熱心なファンには物足りない
・かといって、ガイドブックにするには内容に触れすぎ
・著者が用意した情報量が明らかに龍さん<春樹さん

という感じで、ちょっとオススメしにくい作品でした。


で、以下は個人的な感想(&ひとりごと)。

端的に言って、著者とは小説の読み方が違うんだな、という印象でした。これは別にどちらが良いとかではなくて、単に求めるものが違うというか。変な意味ではなく、国語の教師としてなら無難という感じ。

もう一つ違いを感じたのが時代に対する見解というか解釈の部分で、本書では二人を比較するのと同程度の熱心さで当時の時代背景を振り返っているのですが、それについて繰り返し検証した気配が感じられないのが気になるところ。結果、ありがちな文士的一般論というか、少なくとも自分にとっては違和感を覚える事がしばしばありました。


もしも自分が二人の作品を比較するとしたら・・・。特定のテーマに合った作品を選ぶだけで、後は別々に論じる事になると思います。例えば、

・「コインロッカー・ベイビーズ」と「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」
80年代における各々のベストだと思う作品を比較する

・「テニスボーイの憂鬱」と「ダンス・ダンス・ダンス」
80年代という時代を一番反映していると思う作品を比較する

で、それぞれについて論じた諸々が、二人の明らかな違いとして明示されるのではないかと。要するに、無理に共通点で括ろうとした点が失敗だったのではないかと思ったのでした。



さて、個人的には、文学というものは三島さんの事件を象徴に1970年前後でその役割を終えたと思っていたりして。その時期に一度パラダイム・シフトがあって、それから80年代後半に再度のパラダイム・シフトがあって。後者の象徴は「ノルウェイの森」とか「サラダ記念日」辺りかな?とか。

面白いのは、こうした分水嶺の時期が、例えば音楽界でも70年頃と90年前後ですし、政治・社会においても佐藤長期政権から三角大福中とか昭和から平成とか、何かと重なっているように感じられるのが不思議なところです。


話を戻して、今発表される小説と1970年以前のものとではやはり違うと思うのですが、それは何が違うのか?色んな要素があるのでしょうけれど、一つには作品を読む上でのバックグラウンドの違いがあるのでしょう。

前回紹介したAAを使った作品が極端な例になると思うのですが、あれはやっぱり漫画をある程度読んでいないと面白さが解らないわけで。おそらく親の世代以上だとまず無理っぽい反面、普通に国内で小中高と過ごした成年男子諸君にはそれなりに通じそうですし、そうした読者の体験の違いが、世に出る作品の違いに影響を与えているのかもしれません。

その辺りの事を考えながら、同じ様なタイプの作品で時代が違うものを読み比べてみるのも面白いかもしれないですね。例えば「ノルウェイの森」(1987)と「草の花」(1954)とか(熱心なファンの方からクレームが来そうですが)。



そんな感じで最後のほうは雑談になってしまいましたが、内容はイマイチながら色々と考える事があったという点では良い読書でありました。
以上、今日はこれにて。
読んで頂いてありがとうございました。


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