ヒット曲の基準

先ほどふとテレビをつけたらCDTVが15周年とかで、この15年間のCDシングルTOP100を放送していました。で、何となく見入ってしまったのですが、ほとんどの曲を知っているのは凄いなぁ・・・とか自分で思いつつ。

考えてみれば、自分たちの世代はCDバブルの時期を経験しているわけで。単にブームに乗っただけのどうしようもない曲も沢山ありましたが、今となっては懐かしさの方が先に出る辺り、自分も年を取ったという事なのかもしれません。


こうしたランキング番組については、売り上げが唯一のヒットの基準になるのではないかと危惧した時期もあったりして。その心配は、少なくともレコード会社において概ね現実になった印象を受けますが、利益を出す事を求められる企業の性質柄、それは仕方のない事だったのでしょう。

一方で、リスナーの意識を探ってみると。ヒット曲を人工的に作るという意図が透けて見える事への反発とか、ランキング上位の曲を良いと思えない事とか。ネット時代で購入の形が多様化した事もあって、店頭での売り上げのみを基準にできなくなっていたり。そもそも今の曲とミリオン連発のバブル期の曲とを、数字で比較してもいいのか?とか。

そうした理由から、むしろ基準としては一段低く扱っている印象すら窺えます。ま、単なる願望だったり、自分の周囲だけという落ちもありそうですが(笑)。


さて、カラオケやら着うたやら、売り上げ以外の基準も考慮して、より実態に沿ったヒット・チャートを作ろうという動きは昔からありますが、ふと思ったのは、ここ10年ほどですっかり定着した野外フェスの影響は案外大きかったりするのかな?と。売り上げやらの数字には表れないけれども、「フェスの会場で観客が沸く曲」という基準は、自分がその場に立ち会っているだけに、実に分かりやすい基準になっているのかな、と。

こうした「売り上げは目立たないけれどもライブでは定番」「少し聴いただけではピンと来ないけれどもライブで映える」という曲はファンの間では有名だったのでしょうけれど、フェスを通して、その存在をファン以外の層にまで広めやすくなっているのだとしたら、それはいい事だろ?(@傘がない)などと考えていたのでした。


もう一つ考えていた事は、少なくとも90年代から世紀が変わる頃までは、自分の好みを追うのは勿論として、好みではないヒット曲も聴く事を心掛けていたんだなぁ・・・と。その意図は、実際にちゃんと聴いてから批評をすべきだという事が一点。それと、自分が世間一般から遊離しない為に、という点も重要だったりして。で、その視点がすっかり抜けていたのが問題だったなぁ・・・と。


という事で、最近多い気もする反省タイム。前回に携帯メールの事を書きましたが、やはり今の自分の感覚は少しずれている感じで。そうなると傾向として、三振かホームランか、という両極端になりやすいんですよね。で、とんでもない空振りをして他人に誤解を与えてしまう、と。分かっていても治らない、というか、少し大人しくしていれば自然に元通りになるので、あまり深刻に捉えていなかったりするのですが。


そんなわけで、最近ブログも開店休業状態だったわけですが。一対一にならざるを得ない(携帯含め)メールでのやり取りよりは、不特定多数を意識して書くブログの方がマイナス面は少ないかな?と思ったので、リハビリがてら記事を書いてみたのでありました。


時間が経ってから読み返してみて、感覚が戻って来ているな、と感じられる文章になっていますように、なんて願いつつ(笑)。今日はこれにて。
以上、読んで頂いてありがとうございました。



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