ポーの一族

少女漫画に疎い自分でも名前だけは知っていた、萩尾望都さんの「ポーの一族」を週末に読みました。小学館文庫で全3巻です。


読後の印象は、3巻にエッセイを寄せておられる有吉さんと似た様な感じで。永遠の時を生きる彼らバンパネラ(吸血鬼)の孤独。そして、思いがけない事情から、14歳という中途半端な理由で時を止めることになった主人公エドガーらの苦悩。それらが実にリアルで、他人事とは思えないほどに真に迫って来るだけに、一度読み出したら止められない魅力がありました。

生き続けている彼らと違って、過去に、永遠に失われた人たち。それを、生き続けているが故に、何度も繰り返し意識し続けねばならない。残された者の孤独を、味わい続けねばならない悲劇。ましてや、その対象が同属ならば。積み重ねた年月は、あまりにも重い。
更に、それを和らげようにも、他の人間との交流には常に高いハードルがあり。心惹かれるほどに、愛するほどに、身を引くべきか、それとも他人と縁を切らせて自分たちの仲間に引きずり込むか、という極端な二択がいつも付きまといます。

そして、大人とも子供ともつかない微妙な年代で居続ける事による葛藤。一番不安定で、しかし人生で一番楽しいかもしれない時期が永遠になる事で、諦めを覚えた大人とはまた違った懊悩に悩まされ続ける日々。永遠であるが故に、生き続ける事に意味を見出す事がこの上なく難しくなり。しかしながら、思考を休止して、適当に食欲を満たしながら静かに毎日を送る事を良しと済ませる事もできない、中途半端なお年頃の登場人物たち。

バンパネラの孤独、というだけでも充分に作品になるぐらいに深みのあるテーマなのに、そこに更に思春期的な要素をミックスさせ、かつ一層の深みに達するに至ったこの作者の構成の見事さ。そして、幕引きの上手さ。言葉でどう書いたところで、この興奮を伝え切れないのがもどかしいですが、作品の完成度をこの域にまで高めた事が、奇跡的とすら感じられます。しかも、今から30年も前に、既に。


また、作品を通して伝わって来る、作者の知識・教養の豊かさと確かさ。そして絵自体は勿論、コマ割りから絵の見せ方から言葉の使い方に至るまで、あらゆる面で高い水準を誇っている事。一体この30年間に、どれぐらいの数の人が模倣したのやら?などと思ってしまうほどに、何もかもが素晴らしかったです。

正直、名作とは言われていても、ここまでの作品だとは思っていませんでした。この作品をものにしてなお描き続け、しかも今でも現役で、更に作品の評価はいずれも高いそうですし。この作品を何度も繰り返し味わいたいのは勿論ですが、全作品を読んでみたいと思わせられる作家さんに出会えて。それが何よりも嬉しいと同時に、もっと早くに読みたかったという残念な気持ちも抱いてしまう辺り、人間とは欲深いものであります(笑)。


ところで、少し気になって各話の最後に書かれている日付を元に、年代の古い順に並べてみたのですが、収録順は案外バラバラなんですね。100ページを越える長編を各巻の冒頭に持って来る為、だけなのか?それとも、より深い意図があるのか?

少し意外だったのは、2巻の「メリーベルと銀のばら」(6)が3巻の「小鳥の巣」(5)よりも後の作品だった事(数字は各話を古い順に並べたもの)。「メリーベルと銀のばら」と「エヴァンズの遺書」(7)が「小鳥の巣」よりも先であれば、エドガー&メリーベルとエドガー&アランで奇麗に二分できるのですが、そんなに単純ではない、という事なのでしょう。「ポーの一族」(4)のラストからの繋がりを考えると、この順の方がスムーズですし。

で、書きながら気付いたのは、エドガー&アランが確立する「ポーの一族」以降が、語源から考えて、作者が描きたかった本編だったのかな?とか。

そんな事を考え出すと、また読み返したくなって来るわけで。本当に罪な作品であります。かつてOASISのNoel GallagherがBeatlesの"A Day in the Life"について、「何万回聴いても、そのたびに新しい発見があって飽きね~ぜ」とかのたまわっておられましたが、名作ってのはそういうものなのでしょうね。時代の違いも、そして既知である事も、たいした問題にはならないだけのクオリティを備えている、という感じでしょうか。


などと、だらだら蛇足を交えながら書いて来ましたが、そんな感じで。読んで頂いてありがとうございました。
今日はこれにて。




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