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ネット、PC、バンドについてつらつらと

最近PCが重くなってきた感があったので、気分転換をかねて先日久しぶりに色々といじくって。要らないファイルを削除したり、余計な設定を無効にしたり、そのついでにブラウザを変更しました。といいつつ、今までの習慣とは恐ろしいもので、無意識にIEを立ち上げていたりするのですが。SleipnirというSaGa2辺りに出て来そうな名前のブラウザを採用。タブブラウザを使う事が第一の目的だったので他のソフトでも良かったのですが、RSSも使いたかったり、あれもこれもと考えていたらこれが無難かなとかそんな感じで。


たまにお邪魔しているブログで「RSS禁止!覗き見みたいな事をして、更新されたら行ってやるなんて思考停止で偉そうな事をされてまで来て貰いたくない!」なんて過激な意見がありました。それはまぁ解らないではないというか。

最近になって拍手が増えた過去の記事があって。→ひとりごと

多分、自分がここで書いた事と同じ様な気持ちで、自分よりも遥かにネット上で嫌な目に遭って、そんな事を書かざるを得なくなったのだろうと思いつつ。RSS経由でお邪魔するにしても、書き手がその文章に込めた想いの程が深いほど、それに見合うだけの真剣さで拝見したいものだ、とか考えつつ。


自分よりも若い世代のコミュニケーションを見ていると、やっぱり周囲と上手くやるとか、そういう点を重視していない部分が感じられて。空気読めないなんて略語が流行していたけど、極端に言うと読めないのではなくて読む事を放棄しているような。だからコミュニケーションが妙に薄っぺらく、誤解と偏見がその隙間を埋めている感じ。

ネットでは、表情なり口調なり、実体としての相手の情報が制限されて文字だけが頼りという状態。ならば若い世代にとっては実世界以上にコミュニケーションの問題が出て来そうなものだけど。情報が単純化される事で問題がそれほどの問題ではなくなるというか。「放棄」という選択が吉と出ている印象。

逆に自分のように色んな事を考えてしまうと、実社会ではそれほどの問題にならなかったり、問題になってもフォローできたりしても、ネット上だと由々しき問題になるのかもしれない。とか考えたり。参考になる材料がネット上では乏しいので、途方に暮れるって辺りが的を射たまとめになるのかも。

あとは、もちろん実社会でも実は上手く行っていない事もたくさんあると思うけど、人のフォローをあてに安心できる部分があるからか。ネットでは個人で何とかせねばと思う気持ちが強いのかもしれないし、要するにネットに対する不信感を拭い去れない旧世代と、ネットの存在が当たり前の新世代という二元論で充分なのかもしれない。


それはともかく、空気を読めない人のほうが強いと思う今日この頃。「読まない」だとやはり一段劣ると思うし、「読んでしまう」と損な役回りが待っている事が多い。ような気がします。それは実社会の話なのだけど、ネットにおいては逆になるような。だとすると、実社会では読めても、ネットでは読むのが難しいとか、そんな感じなのかも。それよりはいっそ読まないほうが良いとか。それは繰り返しになるので置いておいて。

某巨大掲示板とか、空気を読めるようになるまで「半年ROMれ」なんて決め台詞があったけど。半年どころか何年経っても難しいという印象は変わらない。しかしあの場所も、最近あんまり覗いてないから分からないけど、何年か前に比べたらライブ感が無くなったような。結局、検索キーワードで1位になるまでの上り調子の頃がやっぱり一番面白かったんでしょうね。



某所にて、興味深いお話だったので思わずコメント↓。


こんばんは。本当に興味深いエントリーで、語っちまう事をお許し下さい(笑)。

昔バンドでリードギターの重要性を訴えて理解されず、1曲ずっとハイハットでリズムキープしてました。自分がバンドを動かすという指揮者みたいな感覚も悪くは無かったのですが、やはりドラムが埋没しちゃうんですよね。ソロの場面で中途半端になるというか、全力でやったら戻る時に頼れる音がなくて困るというか。リズムキープとソロを同時にできたら天才ですし...。

また、ハイハット頼りだとドラムさえ聴いていれば...となって、他の音を疎かにする気がします。プロとアマで程度は違うとしても、自分優先になってバンドとしては歪になる、みたいな。


天然がもてはやされ、無知を晒して笑いを取る事が良い様な雰囲気はありますね。無知な部分を少なくしたいと自分などは思うのですが、ほどほどで良いってのは個人の勝手ですし。無知を認めたがらない人も多いけど、年々解らない事が増えている気がするので、気持ちは理解できなくも無いかな、とか。

長くなりましたが、無知にせよバンドにせよ、書くと簡単そうですが実行するのは難しいです。。



すっかり忘れていた過去の事を、ふと思い出す。

要は、自分のプレイで精一杯どころか、「今俺上手く弾けたよね?」なんて構って欲しい気持ちがありありの様子が少し嫌で。自分だって決して上手くないし、演奏が下手な事を責めたかったのではなく。下手なのに取り繕って全力を出さない事、バンドとしての音を意識できていない事を問題にしたかったのだけど。

自分もなかなか練習できなくて、基礎のおさらいで精一杯で曲の練習が不十分だったけど。課題曲の練習よりも基礎を優先したのは、せめて足を引っ張らないようにという事で。個人ではなくバンドとしてどんな音を出すかを重視するべきだと思っていたけど、大勢で集まって個人練習をしていた様な哀しい印象。そんな記憶。


単にみんなで集まって楽しくやりたかっただけという人と、やるからには...と考える人と。真剣にやるというのが口だけとは思っていなかったから、それなりの姿勢で臨む事を余儀なくされたのは他の人も同じだったと思うのだけど。口だけというか、自分の実力が判っていなかったんでしょうね。見込み違いだった時点で流しておけば良かったのに、妙な責任感で問題を指摘したのは反省すべき点。って今日まで忘れていたけど。。。

で、真面目にやると言われて、じゃあ最低限これぐらいは...と考えていた時に気付かなかったのは、最低限の基準が人によってまちまちだという事。特に、仲良くなった頃にはその基準は似たり寄ったりだったから、余計にそれが盲点になっていたような。


深夜だけに暗い話に流れがちだけど、ただ、この過去の話で自分が得た事については、それほど暗いとか嫌な感じではなくて。

文字にすると、音楽を演奏する事と音楽を聴く事の相互作用を実感として得られた事、って感じになるのですが。色んな音楽を聴く事で聴覚がより成熟して、それは実際に楽器を手に練習する事と共に、自分の演奏レベルを向上させる事ができるとか、そんな感じ。プロとかに比べるとレベルは全然違っても、原理としては変わらない様な気がします。それをあの時に実感できたわけで。

実感の効果は折に触れて思い出していたのに、その契機になった出来事を度忘れしていたのは・・・案外深層心理では気にしていた、とか?深層心理を自ら持ち出すとドツボにはまるだけなので、単にどうでもいいと思っていたから、って事で済ませますが。それだと友達甲斐の無い奴って事になるわけで、自己反省とはやはり割に合わぬ行動であります。


と、よく分からないままに書いてきましたが、夕方に仮眠を取ったとはいえ疲れているのは確かなので、今日はこれにて。
読んで頂いてありがとうございました。



p.s.ペットのひみつ日記

よんだ2008.04.02
fool on the...を読んだ
ご用心下さるのかー

ご安心召されい。って、時代物に熱中しているかのような口調が面白いね。




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テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

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