久間章生防衛相の辞任から原爆問題を考える

久間章生防衛相が、広島・長崎の原爆容認とも取れる発言の責任を取って、辞任を発表しました。

発言の内容はそれほど断定的なものではなかったみたいですし、言葉尻を捉えて感情的に批判する報道の仕方にはいささか疑問もあります。

しかしその一方で、政治家である以上は発言に責任を持つべきで、昨今の「分かりやすい説明こそが最優先」という風潮が明らかである以上、誤解を与えかねない言い回しは絶対に避けるべきだったでしょう。



さて、基本的に、原爆投下の問題は、

1.そもそも原爆という大量破壊兵器を使用する事の是非
2.原爆と終戦との関連性はどの程度か?
3.当時のアメリカ、日本の両国における指導者たちの責任は?
4.そして現在、取るべき姿勢は?

といった具合に、順を追って考えるのが良いという気がします。


まず1番について。

一般市民を大量に殺傷するだけの兵器を使用する事は、どんな理屈を付けても正当化できません。これはハッキリしています。

ただ、ここで話を終えてしまっては現実的ではない、という点が重要です。少なくとも、政治家は勿論、政治への関心がある方ならば、理想の世界に生きないで欲しいものです。


2番について。

かつて米内光政が「原爆は天佑だった」と発言していますが、少なくとも終戦という決断をするきっかけの一つであった事は間違いないでしょう。

更に言うと、原爆とソ連の参戦という二つの要素が終戦を決定付けた事も、それらの是非はさておき、確かだという気がします。・・・A

では、果たして、原爆投下が無かったら戦争は続いていたのか??

歴史的な経緯から、アメリカは勿論、日本でも、ソ連の参戦の効果を過小評価する事はとても都合の良い事だった為、「原爆があったから戦争が終わった」という意見は根強くあります。

また、「原爆投下がなくソ連が参戦した場合」「原爆投下はあったがソ連が参戦しなかった場合」「原爆投下もソ連の参戦もなかった場合」を仮定したとしても、結局は堂々巡りで結論が出ないと予想されます。

となると、とりあえず上記Aぐらいの認識で考えてみるのが良さそうです。


そして3番について。

まず、今から振り返っても、「日本が降伏して終戦」というゴールは動かしようがなかったと思います。

そして、アメリカにとっては「原爆を実戦で使用する事」がもたらすアドバンテージはとても大きかったので、「原爆ができるまで戦争を終わらせるな」なんて非人道的な事も考えたのだろうと思います。許されない事ですし、非常な憤りを感じますが。

ついでに、ソ連にとっても、「対日参戦する事」の効果がとても大きかったのは確かです。満州や南樺太でのソ連軍の振る舞いを考えると、はらわたが煮えくり返りますが。


そして日本。

基本的に海軍は開戦当初から一撃講和論を考えていたみたいですが、あの真珠湾攻撃を受けたアメリカが適当なところで講和するとは思えないわけで、日本が少しでも優位な立場に立ってから講和、という方法は絵に書いた餅だった気がします。

そもそも時間が長引くほど不利になる事は確実で、状況改善の可能性も殆どありませんでした。結果、無為に時間を費やすか、無謀な手段を講じて状況の悪化を手助けするか、という最悪な二択を繰り返す事になりました。


精神論の塊だった陸軍は、一撃講和論を念頭に置きつつも徹底抗戦の姿勢を貫く事を主張していたみたいです。

陸軍の問題点としては、自分たちの分析や作戦を頑なに主張し、時に暴力をちらつかせてまで強制していた点が挙げられますが、全ては見込み違いを認めたくないが故の行為だったのかな、と考えています。

覇権国のアメリカを始め、どんな国でも作戦立案段階での間違いは数多くあるのに、一つでも間違えるのは恥と考えるその時点で、致命的な問題があった気がします。


その他の政治家たちは、事実上、暴力を背にした陸軍の言いなり状態でした。そんな彼らにとって、より大きな暴力(原爆&ソ連軍)の出現が状況打開に大いに役立ったのは確かでしょう。

そもそも、彼らの能力以前に、第一次大戦後の世界情勢をまったく理解できていなかった先達たち、日露戦争を曲解して自己満足に浸る軍部や、政争に明け暮れて実権を軍部に奪われた二大政党、暴走する軍の若手、などが導いた打つ手なしの状況は、かなり過酷なものではありました。

しかしそれでも、どう考えても彼らの責任は重大で、信頼できる部下に語った言葉がここまで独り歩きしてしまった米内には多少の同情は感じるものの、やはり天佑などと客観的な発言をしてしまった事は大いに疑問であり、腹立たしいですね。


天皇陛下の戦争責任については、思うところは色々とあるのですが、功罪相半ばする、といった中立的な考えに今のところは落ち着いています。詳しい話は省略。


最後に4番。

とにかく、上手くこのカードを使う、という事に尽きますが、むしろ、いつでも上手く使える状態を保ちつつ、決して使わない、という形に早く到達すべきでしょう。伝家の宝刀は、抜いてしまえばただの刀に成り下がるわけで。

それなのに、アメリカに阿るだけの自虐的な発言をしてみたり、逆に今頃になってストレートに原爆の罪を問おうとしてみたり、何だかうんざりしますね。

例の、無視すれば済むはずの、アメリカ下院の慰安婦問題決議案と絡めたがる人もいるみたいですが、無駄に発想が豊かな人は困ったものです。



えらく長くなった上に、どう考えても面白くない記事ですが、読んで頂いてありがとうございました。

今回はこれにて。
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