ネット上の情報は、どの程度信頼して良いものか?

いつの頃からか、エイプリル・フールが「嘘を吐いても良い」から「嘘を吐かねばならぬ」日に変貌を遂げ、語り手のセンスの差が痛々しいほどに明らかにされる、そんな切ない一日を間近に控えた今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?読み手を困惑させる嘘を吐くくらいなら、敢えてこの日も正直に過ごす、そんな人物や団体があってもいいじゃないか、人間だもの。そう思う人が一人でも多く増えてくれる事を願っております(笑)。

まぁ、そんな前置きはさておき。表題の件について。


今や大手マスコミだけでなく、ごく普通の一般人がネット上で私見を開陳できる時代となりましたが、今も昔も変わらず肯定論と否定論が並立しています。大まかな傾向として、前者は多様性を、後者は信憑性を挙げてそれぞれの結論へと導く事が多い気はしますが、とはいえ多様性を有効的に掬い取るのは難しく、同時にネットの情報が嘘ばかりというわけでもありません。

それらネット上の情報を個別に精査すれば、それぞれの意見について評価を下す事は可能です。が、ここではそうした細かい話ではなく、総体として「ネット上の情報は、どの程度信頼して良いものか?」あるいは「本当に重要な情報は、ネット上には出ない」と言い切って良いものなのか?それを少し考えてみたいと思います。


この手の話は自分にとって今日が初めてではなく、また巷でも同じような議論が数多く成されている事と思います。そして、上記のような断言をされる方も、今日が初めてではありません。とはいえ自分としては、発言者の意図は理解できると思いつつも、やはり今日も違和感を感じずにはいられませんでした。

サンプルが少ないので論理が飛躍して聞こえるかもしれませんが、この手の主張をされる方は何らかの専門職に従事しておられるケースが多い気がします。そして、ある特定の分野に詳しくなるほどに、それが世間で語られている事に首を傾げる場面が多くなるのは、多くの方に同意を頂ける事ではないかと思います。しかし、一人の人が複数の専門分野において、一般に語られている事に正しく疑問を持てるほど精通できるかというと、それは難しいと言わざるを得ません。


こうした事を踏まえた上で私見を述べると、

・ネット上には、重要なものから嘘八百まで色んな情報が存在する。
・専門的な知識や経験のある分野では、それら玉石混淆の情報を整理して上手く利用する事ができる。
・しかし、人は往々にして自分の能力を過信し、その道の専門家に劣るものではないと思い込みがちである。
・その結果、自分が思い描く結論に都合の良い情報ばかりを選び取るという罠に陥る。

ここに至って、冒頭で肯定派と否定派がそれぞれ重視していた二つの事、すなわち多様性と信憑性はともに失われ、「ネットの情報は当てにならぬ」という結論が、肯定派は「未だ」、否定派は「やはり」という冠が付くという違いはあれども、共通のものとして採択される事になるのではないか?と思ったのでした。(よくよく考えると、こうした展開に陥るのは、ネットに限った事ではないのですが。)


以上の話では専門分野の知識を個別のものとして考えた為、現実と齟齬を来す部分も多々あります。ざっくり言ってしまうと、情報を取捨選択して自分の中で再構築し表明するという一連の思考プロセスの基礎がなっていないと、どれほど特定分野の知識を貯め込んだところで無駄なのですが、その基礎を疎かにする人は少なくなく、その基礎に思いを致す事さえ稀な人がほとんどです。

自戒を込めて書きますが、表題の問い「ネット上の情報は、どの程度信頼して良いものか?」は、ネット上で発言している人はもとより読む専門の人であっても他人事ではなく、むしろ各々の情報に対する基礎能力・専門能力が直接的に問われていると考えるべきかと思ったのでした。


以上、久しぶりに真面目に頭を使って満足したので、くだらない漫画でも読んで寝ようと思います。信頼できない、くだらないものにも存在意義はあるのかもしれない、というのはまた別のお話。では皆様、良い夢を。