今年読んだ本

それほど時間の余裕は無いのですが、せっかくなので今年の読書遍歴を大まかに振り返って書き記しておきます。


さて、昨年の大晦日に小室直樹さんについて書こうとして、結局は時間切れで果たせなかったのですが、その時に挙げようと思っていた作品は山本七平さんとの共著「日本教の社会学」でした。七平さんが小室さんの著作を後押しする事で、徐々に文壇でも認められるようになって来た頃の作品ですが、破天荒ながらも奥が深い彼らの魅力が楽しく味わえる一冊だという理由でした。

今年に入って、その流れから山本七平さんの著作をいくつか読み返し、特に角川の新書になっていた一群の作品をゆっくり読みました。それは読んでいる時点では興味深くも切ない話でしたが、そこで得た旧日本軍の印象が、後にあの震災での政治家や専門家たちの言動と哀しいまでに重なって見えたのは、とても辛い事でした。ちなみに、この角川の新書バージョンは註に幾つかの難があるなど編集が少し残念なので、興味を惹かれた方はご注意下さいませ。


そんな感じで昭和後期の作品を渉猟していると、次第に吉本隆明さんの存在が気になるようになりました。これは、ある程度は自分で意識的に二人を対比させて七平さんの著作を読み進めた事もあるのですが、気付かぬうちに自然に意識を向けさせられた感じもありました。まあ、避けては通れない存在という事になるのですが、吉本さんの再読に取りかかり始めた頃に、あの震災がありました。

その時に読んだ「「反核」異論」には、何とも暗澹たる気持ちにさせられたものです。80年代と比べて進歩どころか劣化している現状をニュース等で目の当たりにしながら、四半世紀以上前に現状の問題点から批判までが全て言い尽くされている著作を読むという絶望感は、なかなか哀しいものがありました。ちなみに、吉本さんは東工大の電気科学科卒、小室さんは京大理学部数学科卒という事で、お二人とも理系出身なのが興味深いところです。


その後、吉本さんと鮎川信夫さんから現代詩に少し逃避して、いくつか地震・津波・原発関連の本を読むうちにますます逃避傾向が昂じて、民主党代表選で更に嫌気がさして、講談社学術文庫の歴史シリーズや、海外の書き手による中公文庫の歴史もの、ちくま学芸文庫の科学系の読み物などに逃げておりました。


それらの少しまとまった読書で思ったのは、震災や政治に止まらず、現在の我が国の「言論」(これは、ジャンルが何であれ、公に語られ或いは議論されている事の総称という意味合いで使っています)で不足しがちなのは、一つには論を積み上げるという能力の低下であり、もう一つはそれの発展として現れるはずの思想の欠如ではないか、という事でした。

特に後者については、戦後に「思想」という言葉が纏う事になったある種の胡散臭さが引き起こした側面もあると思いますが、ざっくり言えば、語り手がその「言論」の中できちんと自分の言葉で語っている箇所の割合が、年々少なくなって来た印象を受ける、という事です。


どんなジャンルであれ、年月の経過によって新発見などの進歩があり、普通に考えると半世紀近く前の著作などは新しい代替物が登場しても不思議ではないはずですが、何というべきか。料理で言うと、材料は昔と比べ物にならない贅沢品が揃っているのに、調理の腕では遥かに及ばない感じというか。語り手個人の成熟という点で、ジャンルを問わず全般的に上手く行っていない印象を強く受けたのでありました。

来年は、この辺りの現状とそれを引き起こした要因を意識しつつ、もっと教養を磨かないとなぁ…と思いつつ、物語も最近は不足がちだしなぁ…という不満にも配慮しつつ、エロ要素が足りていないのではないかという欲求にも適当に対処しつつ、色んな著作を読めたら良いなと思っております。


以上、そんな感じの一年でしたという事で、今年はこれにて。
来年もまた、宜しくお願いします。

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震災に耐えた皿

 年末の大掃除の時期になると、おばさんはいつも、食器棚を見つめながらため息をついていました。

「ちゃんとセットで購入したのに、震災で割れてしまって、今は半端ものばかり。でも、捨てるにはもったいないし、罰が当たりそうだし、どうしたものだか。いっそ、使っているうちに割れてくれたら、心置きなく処分できるのに。」

 昨年も一昨年も、おばさんは同じようにぼやいて、そして気を取り直して大掃除をしたのでした。


 今年、おばさんは意外な時期に、このセリフをつぶやく事になりました。現地で苦しんでいる人たちの悩みとは比べるべくもないとはいえ、震災からおよそ二十日が過ぎてニュースが少し落ち着いた頃に、ふと食器の事を思い出したのです。

「半端ものばかりだし、いっそ割れてくれたら…。」

 すると、どうした事でしょう。半端ものの代表とでもいうべき大皿が、生意気な口を利くではないですか。


「おばさんね、そんな気軽な事を言うけどね、俺っちはあの震災に耐えた皿だぜ。ここにいる他のみんなもそう。あの震災を生き延びた連中なんだ。そんな簡単にくたばるわけないだろ。」

「あれまあ、お皿が口を利くとはどういうわけなんだい。でも、確かにお前さんの言う通りだねぇ。あれだけ揺れたのに、みんなは生き残ったんだったね。」

「そうそう、むしろ英雄として崇められてもいいぐらいだぜ。」

「調子にお乗りでないよ。収納で場所を取るし、揃ってないから使いにくいし、その辺りを何とかして欲しいもんだよ。」

「家の事はおいらにゃ分からんし、そこで知恵を絞るのがおばさんの仕事だろ。」

「家の事は知らんとか言う亭主は、最近だと嫌われるよ。割れてくれとはもう言わないから、何か良い方法を考えておくれ。」

「まったく、生意気なおばさんだ。俺っちが喋れる事にもっとビックリしろってんだ。」

「ああ、忘れてた。不思議なもんだねぇ。他の食器も喋れるのかい。」

「いんや、これだけ喋れるのは俺様ぐらいなもんさ。でも、おばさんの言っている事は大体みんな解ってるぜ。」

「あら恥ずかしい。変な事を聴いてはいないだろうね。もし聴いていたら、今すぐ忘れな。」

「はいよ、忘れるよ。」

「口は悪いけど、なかなか素直だね。これからはもっと頻繁に使ってあげようかね。」

「そりゃありがたい事で。でもま、他のみんなも使ってあげてくれよ。あと、おばさんは長生きしてくれよ。」

「ああ、分かったよ。ありがとね。」

「どういたしまして。」


 そんな事があって以来、おばさんは約束通り、半端ものの英雄たちを上手く他の食器セットに添えて、使ってあげるようになりました。しかし、何度となく話し掛けたにもかかわらず、大皿は再び喋り出す事はありませんでした。


 大皿と話してちょうど一月が過ぎた朝。おばさんは大盛りサラダで大皿を使おうと思い、食器棚の前に立ちました。観音開きの扉を開けて、使いやすいので手前に置いてある食器セットを脇にどけて、お目当ての皿を取り出そうとしました。そして、そこで初めて、大皿が綺麗に真っ二つに割れている事に気付いたのでした。それを知った時のおばさんの悲嘆の声は、その場にいた半端ものの英雄たちが揃って黙秘を貫いたため、伝わっていません。


 今年の冬、おばさんは、例年とは違ったため息をつく事になりました。しかし、食器棚の近くでは、去年までとは違った暖かい空気が満ちていたのでした。

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クラシコ2011

ネットで最安値のお店で買い物をしたら、数時間後に更に500円ほど値引きがあった今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?精神衛生上、購入を決めた後は値段を見に行ったらダメですね。と、それはさておき。

きちんと試合を見る時間が年々減っている昨今ですが、とりあえずこの試合はちゃんと六時起きでテレビ観戦したので、記録を残しておきます。という事で、以下はレアル・マドリード対バルセロナ、通称クラシコの感想文です。


■昨シーズンの復習

さて、先日の試合の話をする前に。昨年11月のバルセロナ5-0圧勝の試合は感想を書きましたが、昨シーズン後半のクラシコ×4について、時系列に沿って少し復習してみましょう。とはいえ、バルセロナは大枠ではあまり変化がなかったので、主にレアルについて。

リーグ戦では、ペペを中盤の底に起用して4-1-4-1で守備意識を高めたレアル・マドリード。ペペの前にはシャビ・アロンソとケディラを並べて前線は左右にディ・マリアとロナウド、トップにベンゼマという布陣で引き分けに持ち込みました。

それから数日後の国王杯決勝。布陣は同じ4-1-4-1でも中盤の底にシャビ・アロンソを据えてペペとケディラをその前に並べ、更に前線はロナウド1トップで左右のサイドにディ・マリアとエジルという布陣。中盤と前線とでそれぞれ攻守のバランスを変更したこの試合は、前半はレアル、後半はバルサの印象が強く、結果は延長に挙げたロナウドの得点でレアルが優勝。リーグ戦と比べて、ペペの役割が面白い試合でした(後述)。また、バルサが後半に行ったマイナーチェンジも面白いものでした(後述)。

更に一週間後のチャンピオンズリーグ第一戦。ケディラの位置にラスを入れた事と、エジルとロナウドの位置が入れ替わり易い以外は国王杯と同様の布陣で挑んだレアルでしたが、60分頃にペペが赤紙を頂いて敗戦。第二戦はイグアイン1トップの下にカカーを置いて、その下にシャビ・アロンソとラスを並べた4-2-3-1で小細工なしの真っ向勝負を選んだものの引き分け。結局、準決勝敗退が決まりました。

ちなみに、今シーズン冒頭のスーペル・コパでの二試合はあまり集中して見られず、目潰し攻撃ぐらいしか印象に残っていなかったりして。。。


スタメン

レアルは4-2-3-1の真っ向勝負リターンズ。シャビ・アロンソの相棒がラスだった事を除けばほぼ予想通りのスタメンでした。一方のバルサはセスクを中盤左に入れ、前線は中央にアレクシス・サンチェス、左にイニエスタで右にメッシという基本布陣。とはいえ変化が激しいので、ブスケツ&シャビが中盤低めでその前に左からイニエスタ、セスク、メッシを並べた4-2-3-1とか、あるいは中盤が左からイニエスタ、セスク、ブスケツ、シャビでその前にメッシという4-4-1-1と解釈しても、特に間違いでは無さそうな形。つまり、境界が非常に曖昧な形でした。で、それが前半の苦戦に繋がります。


■前半の攻防

クラシコ史上最速というレアルの先制点はバルデスの楽しいミスでしたが、前線から積極的にボールを奪いに行ったレアルの攻勢で始まった前半。更に、右サイドに居る事が多いメッシが守備を見事にスルーしていたので、守備に奔走されるシャビ。前者の理由により速攻が活き、そして後者の理由により遅攻でも左サイドからの攻撃が有効に機能していました。

この状況を受けて、3バックへのシステム変更を図るバルセロナ。試合開始から、攻撃時にはアウベスの位置を上げて3バックで組み立てていたのですが、15分ぐらいからは守備時にも中盤の位置に上がる場面が多くなり、何とか表現するなら3-1-4-2っぽい感じに。もしくは中盤がダイヤ型の3-4-3で両ウイングが中盤に下がった形というか。これによって、相手左サイドからの攻撃に対して数的不利に陥るケースは少なくなりました。

しかしながら、中盤の守備を突破すると相手サイドバックのスペースが使いたい放題のレアル。ベンゼマが頻繁に左サイドに流れて起点を作りロナウドを中央のよりゴールに近い位置に押し出す事で攻撃を有効にし、更に守備の綻びを未然に防ぐ頭のいい動きを披露していました。ついでに言うと、中盤のスペースを埋める動きも頑張っていたので、監督としては使いやすい選手だろうなと。

そして25分頃、ベンゼマからボールを受けたロナウドがシュートを見事に外す場面。3バックの守備での役割分担が曖昧で、ゾーンから人への切り替えが遅れたのが一点。そしてブスケツが前線に上がったスペースを埋める動きを怠った(多分セスク)事も重なって決定機を作られましたが、何とか命拾いしたバルセロナ。ここでブスケツが動きます。

30分過ぎぐらいから、開き直って守備時にはセンターバックに入る事にしたブスケツ。結果、4-4-1-1で中盤が左からイニエスタ、セスク、シャビ、アウベスという形。攻撃時にはブスケツが一列上がったり、あるいはプジョルが高い位置に上がって、変わらず3バックで組み立てます。ちなみにこれによって、恒例のプジョルによるロナウド封じがより明確になりました。

これで守備の安定を取り戻したバルセロナは攻勢に出て、メッシの中央突破から同点に持ち込みます。とはいえ問題が無いわけではなく、各選手の動きがどことなく緩慢だったり、左サイドでイニエスタとセスクがお互いの良さを消し合っていたり、ハーフタイムでの変更が求められる要素は幾つかありました。

なお、レアルの守備ですが、基本は4-3で守る形。で、それだけでは点を取られるのは時間の問題なので、前線の3人のうち最低1人は守備に加わる事。基本的にはエジルかベンゼマが守備に走る展開ですが、仮にディ・マリアが最前線まで上がった場合には彼ら2人ともが守備に加わってね、という感じ。前線からプレスをかけて、中盤にボールを運ばれたら前線の選手が後ろから襲いかかって、中盤の選手と挟み込んでボールを奪おうとする場面が多く見られました。ただ、前線からの守備は、中盤との連携が思わしくない事もあって大抵20分ほどで体力切れになるという麗しいレアルの伝統がありますので、センターラインまで引いて4-5で守る場面も徐々に多くなって来ました。


■後半について

最近のバルセロナの特徴はシステムに捉われない自由な動きで相手の守備を翻弄する事ですが、攻撃時のそうした傾向は守備時には混乱となってデメリットとなる事が多いのは当然の帰結です。で、昨シーズンのバルサはボールを奪われた時に周囲の選手が一斉に相手に襲いかかってボール奪取を図る事で、つまり相手から攻撃の為の時間をできる限り削り取る事でカバーしていたわけですが、3バックの併用により各選手の役割がぼやけ易く、攻守の切り替えが遅れ気味になっています。この辺りが先に述べた選手の動きの緩慢さに繋がる理由の一つだと思うのですが、後半は前線に見られたシステムの変化を確認する事で対処して来たグアルディオラ監督でした。

守備時にブスケツをセンターバックに入れる4バックでの各人の役割を明確にして、特にセスクを中盤の低めの位置に、イニエスタを左サイドのより高めの位置に、両者の距離を少し離す事を意識させた指示によって、前半見られた問題点の多くを解決した監督の手腕は見事というか何というか。。。更に、守備時にピッチ上で黄昏れているメッシを中央に配した事で、シャビ・アロンソやラスが攻撃参加をしにくい状況を強いた辺りも凄いなぁと。

試合の流れの中でポジションチェンジがあった場合、仮にそのまま相手の攻撃が始まると、今いる位置に即した守備の役割を求められます。それはバルセロナであれ同じ事で、例えばこの試合でも1トップのアレクシス・サンチェスはサイドに流れた時にはサイドの守備を真面目にこなしていましたし、セスクも(上記のようにサボりがちな場面はあったにせよ)中盤のスペースを埋める事を意識しながらプレイしていました。

で、後半の10分ぐらいだったか、結果的にコーナーキックに繋がったレアルの攻撃を見事にスルーしていたメッシの態度はなかなか面白かったです。レアルとしては、バルサが本格的に手を打つ前に、例えばロナウド、ディ・マリア、ベンゼマ辺りを集めて強引にサイドを制圧するとか、メッシのサイドからの攻撃をもっと意識したら良かったのになぁ…と思った場面でした。

その後は特に書く事もなく、ややラッキーな形ではあったもののバルセロナが勝ち越して更に追加点も加え、レアルの選手交代は後手後手に回り、ここ数シーズンとあまり代わり映えする事なく試合は終了しました。


■おしまい

真っ向勝負を望むファンが多かったレアルですが、結果はいつもの通りという哀しい試合でした。普通に3センターにして試合に臨んで欲しかったなぁという印象で、モウリーニョはレアルの監督史上始めて、本拠地でクラシコに4試合連続勝利なしという結果に終わったそうです。

最初に昨シーズンの復習をしましたが、この試合の後半でイニエスタが活躍した切っ掛けは、セスクとの距離を意識させた事でした。そして昨年の国王杯でも、後半からメッシとイニエスタの距離を離して、メッシにより右サイドを意識した動きをさせる事で自分たちの流れに持ち込んでいました。こうした既視感は、つまりバルセロナが過去の経験を活かしている証でもあるのですが、ではレアルはどうなのか?

11人で前線から激しい守備をする、2006-2007辺りのリバプールのようなチームはさすがに望めないとして。ロナウドの守備を免除してそれをカバーするだけの組織を作り上げる事は、それほど贅沢な要求であるとは思えません。しかし実際には、守備をサボりがちの選手が複数存在するチームでクラシコに臨んで敗れるという繰り返しです。それでも、相手の自滅があったり運に恵まれたりすれば勝利する事もあると思いますが、やれる事をもう少しちゃんとやって欲しいなと思ったのでした。もちろん、今現在の両チームの状況では、やれる事をやっても引き分けに持ち込むぐらいが精一杯かもしれませんが、それでもそれはやらない理由にはならないだろうと思うわけで。

例えば、最初に書いた昨年の国王杯でのペペの動きは、守備における自由という点で興味深いものでした。スパレッティ監督によるトッティの0トップを受け継いだメッシの0トップは、攻撃時に彼の発想を自由に発揮させる事を目指したものです。最近のファン・ペルシーや少し前のルーニー(こちらは4-4-1-1のトップ下)なども同じ発想ですが、ペペの場合は守備における自由を選手に与えるというある種の逆転の発想が感じられて、その洗練を楽しみにしていました。しかし。。。

今のバルセロナに対するには、そうした新しい発想を生み出すぐらいの意気込みがないと難しいのではないかと思います。果たしてモウリーニョにそれが可能なのかは判りませんし、従来の手法のみであっても、使えるものは全て使って勝利を目指すのであれば、それでも構わないとも思います。少なくとも、この試合のような無策ぶりよりは。個人的にどちらのチームに肩入れする気のない自分としては、強い2チームによる内容の濃い試合を見たいという気持ちが強いだけに、今のレアルの姿勢はとても残念だなと思ったのでした。

また、この試合のバルサの選手たちの動きが緩慢だったのは、「真っ向からサッカーで勝負をすれば勝てる」という高所からの意識があった事も理由の一つだと思います。その意識が仮に続くのであれば、遠からずチームは崩壊を迎える事になるわけですが、それよりも前に、今の充実のバルサに一矢報いる試合を、レアルには求めたいなと書いたところで、今日はこの辺りでお仕舞いにします。


以上、今日はこれにて。

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