George Harrisonのこと

気付いてみれば、George Harrisonが亡くなってもう10年が経ったのだとか。それを昨夜、ネット上の見知らぬ人に教えられて、今日は彼の事を時おり思い出しながら過ごしておりました。という事で、まとまりなくつらつらと文章を書いてみましょう。


10年前、Georgeの訃報を知ったのは、たまたま入ったコンビニの中でした。FMのDJがリスナーに向けて、意識的に淡々と伝えたそのニュースは、自分の中に「彼らもそんな年齢になったんだなぁ…」という実感を残して行きました。早いとはいえ暴漢の手によらぬ自然死であり(ちなみに、死の数年前に彼もまた自宅で重傷を負っています)、そういえば、ずっと先の事だと思っていた64歳のPaulも、既に数年後に迫っていました。彼らも年を取ったのだ、という奇妙な感想を抱えながら、家路に就いたのを覚えています。


さて、ここで一曲。



少し前に「ベースラインが最高の曲」というアンケート結果がニュースになって、Beatlesの曲ではTaxmanが入っていました。その結果に対して、自分がいくつか読んだ中では、Come Togetherを推薦する意見が多かったように思います。これらの曲を挙げた方々の気持ちはよく解るので特に反対というわけではないですが、個人的には、Beatles曲でベースを弾いて一番楽しいのは、案外にこの曲ではないかなと思ったのでした。

この曲のベースは、常に作品に寄り添って耳に聴こえてきます。というよりも、ギターもドラムも全ての楽器は、この曲においては整然と一つの方向を向いて、どの場面でも適切な大きさで展開されています。それらのベクトル配列の美しさが一体となって溶け込み完成したこの曲は、この曲を世に出す為にBeatlesの活動があったと言っても大げさではなく聞こえるほどの説得力を、内に秘めているように感じます。並みいるLennon/McCartneyの名曲群を向こうに回してなお、自分と同様の感想を持つ方々は、多数派ではないにせよ少なくはないだろうなと。


更にもう一曲。いずれも超有名曲で申し訳ないですが。。



彼の死後に行われたConcert for Georgeは、とても楽しい集まりでした。特にこの曲の演奏場面は、これ以降Georgeに言及する際には繰り返し何度も放送されたので、普段は洋楽に興味のない方でも馴染みのある映像ではないかと思います。生身のGeorgeが居ない事以外は、何の不満もない楽しい集まり。では、生前のGeorgeが体験した最後の集まりはどんなものだったのか?

それは、11月の上旬だったと伝えられています。かつてのBeatlesの三人は、親しい友人たちと共に食事を楽しみ大いに笑い。そして、別れの時間が近付いて来ました。彼らを気遣った友人たちが一人また一人と部屋から姿を消し、そして、三人だけが後に残されました。おそらくは、言葉などまるで追いつかないほど濃密な人生の記憶を、彼らだけで改めて共有したのでしょう。


この話は自分に、1300年も昔のあるシーンを思い出させます。西暦649年、死期を察した唐の太宗は後事を託すため、病の床に長孫無忌を招き入れます。既に房玄齢も杜如晦も魏徴も亡く、玄武門を始め創業以来の苦難を知る最後の重臣であった彼は、共有する過去の記憶の奔流により泣き崩れ、太宗もまた何も言えず、黙って彼を退出させるしかできなかったと伝わっています。

なお、日を改めて長孫無忌と褚遂良を招き後事を託した太宗でしたが、彼が心配した通りに二人は10年を経ずして左遷され、不遇の死を遂げます。ある女性の立后に強硬に反対した事が原因ですが、誰あろうその皇后は、後の則天武后でありました。


脱線ついでにもう一つ。先ごろ亡くなったSteve Jobsの最期の場面は、彼の妹Mona Simpsonが行った追悼演説で紹介されています。中でも印象的なのはこの部分。

He told me, when he was saying goodbye and telling me he was sorry, so sorry we wouldn’t be able to be old together as we’d always planned, that he was going to a better place.

(稚拙拙訳:彼は私にこう言いました。「もうすぐさよならだ。ごめんね。」という言葉の後に、こう言ったのです。「いつも言っていたように、一緒に歳を重ねて行く事ができなくなって、本当にすまない。僕はこれから、この世ならぬところに旅立つよ。」と。)



できなかった事を、あるいは成し遂げた事を死の床で振り返って、彼らは全員、歴史上の人物になってしまったのだなぁ・・・などと嘆息したところで、今日はこれにて。

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続・アニメの話。

何となく昨日の続きで雑談を継続してみます。アニメの話というよりは漫画の話になりそうですが、というのもこの曲の事を思い出したもので。



アニメは見ていないのですが、この曲は作品世界とよく合っていて良かったなぁと思います。で、検索で出て来たこの動画がよく出来ていて、3分20秒~の場面は「私のことだけ考えて」のシーンだろうし、その次は「一日でいいから…」だろうし、我ながら漫画のセリフがすんなり出て来る辺り少しキモチワルイですが(苦笑)、この曲は捨て難いなぁと思ったのでした。


さて、そうした漫画のセリフを手掛かりに今この作品を振り返ってみると、やっぱり「昭和だなぁ…」と思う部分があります。ただ、リアルタイムではどうだったかというと、それ以前とはやはり少し違っていたわけで。当時の感覚としてはむしろ、昭和が遠くなって行く感じを受けたような気がします。

なかなか上手く表現し難いですが、例えば大学入試で今はセンター試験というのがあって、その前には共通一次があって、そして共通一次以前の時代がありました。その分類で言うと、この作品は共通一次の時代だなぁと思うのです。それ以前の作品、特に設定が類似した作品でのパターンからすると異端のようにも思える展開が、これ以降はある種のスタンダードになり、そして年月の経過とともに現在よりも過去に近くなりつつあるというか。

あるいは、日本の音楽界において荒井由実さんの位置づけはフォーク/ニューミュージックになると思いますが、では彼女の登場以前と比べてどうかというと、やはり一般的なフォークとは違う妙な部分を感じるわけで。それが結局、彼女が作品を発表するにつれて彼女の曲がある種のスタンダードを作り出し、それが後のJ-Popに繋がったという点で、高橋留美子さんのこの作品と歴史の中での位置付けががよく似ているなぁと思ったりします。また、それ以前のパターンからの逸脱の方向性という点でも、かなり似ている気がするなぁ…と。



ついでに面白いのは、お二人ともが後に、先の分類で言えばセンター試験の時代に合った代表作を発表しておられます。ただ、残念な事にその時代には、そもそもの本稿の発端になったアニメのテーマソングは、急激に膨張したJ-Popに飲み込まれてしまった後でした。

90年代のアニメソングとして、例えばシャ乱Q「シングルベッド」とかWANDS「世界が終わるまでは…」とか川本真琴「1/2」とかJUDY AND MARY「そばかす」辺りが挙がるのですが、少なくとも個人的には、これらの曲はアニメソングとは思えずJ-Popという認識になってしまいます。

逆に70年代にまで遡ってみると、ヤマトやハクション大魔王や科学忍者隊(←冷静に考えると凄い組み合わせだなぁ…)などで分かるように、アニメと主題歌とが密接な関係にあった時代でした。つまり、昨日から言及している幾つかの曲は、ちょうど過渡期に当たることになります。アニメのタイトルが歌詞に組み込まれる程ではないにしろ、曲を聴けばアニメ作品を連想する(それは、自分のように当該作品を見ていなかった者ですら!)、ある意味では奇跡的な蜜月の時代だったのでしょう。


最後に、YouTubeで動画を検索していると、例によって関連動画がわんさか出て来るわけでして。そこで意外だったのは、GU-GUガンモの歌詞がラブコメっぽかった事。オバQ的なほのぼの作品かと思っていたのですが、ラブコメ要素のある作品だったのかな??まあ、キテレツで「はじめてのチュウ」が使われていたりするわけで、どうなのか分からないですが。。作品としても、今回のめぞん一刻、かぼちゃワイン、みゆき、奇面組などなど、そう言えばラブコメ要素が多かったなぁ…と改めて思ったのでした。

この辺りも深めて考えるとキリがないですが、70年代に恋愛をテーマの一つに据えた作品群とは違いがあるなぁ…と。で、自分にしても、漫画のセリフが今でもすんなり出て来るぐらいに、これらの作品から色んな事を考えたわけですが。ラスコーリニコフに向かってソーニャが語りかけた言葉についてあれこれ考えていた世代が「低俗作品に拘っても…」云々と言いたくなる気持ちも解らなくはないけれども、やってる事はあんまり変わらないんじゃないかな~?などと偉そうな事を思ったのでありました(笑)。


前日に書いた話で少し触れていたアニメや漫画からの卒業という話にも発展させたかったのですが、何だか長くなってしまったので今日はこの辺で。


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アニメの話。

昨日・一昨日と「名曲だと思うアニメのオープニングテーマ/エンディングテーマ」という話題があって、ちょっと考えてみて困ったのは、全話はもちろん過半数を視聴した作品ですら殆ど思い浮かばない事。。作品は見た事がないのに曲だけは知っているというパターンは幾つかありますが、それだと何だか物足りない気がして、結局以下の二曲を挙げてみました。今日はこの作品についての雑談です。







この作品「名探偵ホームズ」は、おそらく自分が全話通して見た唯一のアニメだろうと思います。それもリアルタイムの放送時ではなく、たまたま何かのきっかけで知ったビデオテープ全7巻の「名探偵ホームズ大全集」を購入して見たのでありまして、恥ずかしい過去というか何というか、とりあえず笑っておきましょう。ははは。。。

当時はアニメに対する偏見が未だ根強く、更にオタクという言葉が暗い印象をまとっていた頃でした。この作品の良さを誰かに告げるたびに、「いいかげん、アニメなんて卒業したら?」的な事を言われたりオタク予備軍的な目で見られたりしたものです。しかし、結局自分は今に至るまでこれ以外にアニメのボックスセットを購入した事がなく、逆に当時批判的な発言をしていた友人が今や深夜アニメに凝っていたりするのだから、世の移り変わりとは不思議なものです(苦笑)。

Amazonなどでレビューを少し読んでみると、「宮崎駿」という名前が強調されすぎている感じを受けますが、彼が担当していない約20回も含め、総じて作品への愛情が感じられる丁寧な作りが好印象でした。そして今回の話の発端に戻りますが、特にエンディングテーマの一節「24時間 頭の中でなにかが Danceしている人なんだから」という表現に惹かれたのを覚えています。


ちなみに、曲だけで選ぶのであれば、今思い付いたのはこれかなぁ。。



アニメとしては対青葉再試合の辺りを少しだけ見た記憶しかなく、コミックスで接した作品という認識になるのですが、特にオープニング曲には勇気づけられたものです。

作品としても野球の奥深さを教えてくれる名作で、例えばイガラシくんがキャプテンの時に、内角が得意な相手選手に対して近藤投手が外角一辺倒の配球を面白く思わず、茶目っ気を出しそうになる場面。更には敬遠を嫌がる彼に替わってマウンドに立つ場面。そして彼らをスタンドから見守る前キャプテンの丸井くんに「俺っちの時にあの我慢があれば…」と言わせる場面など、現実に応用できる場面が多々ありました。あまり思い出したくはないですが、北京で岩瀬投手が本塁打を打たれた時の配球などは、まさに一つ目に挙げた場面と重なります。


…とまあ、作品の細かい話はさておいて、今日はアニメについての雑談でありました。この文章を読まれた方におかれましては、もしも一曲だけ選ぶとすればどのアニメのどの曲を選ぶのか、良かったら教えて下さいませ。

以上、今日はこれにて。


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