再利用その4

これで打ち止め!つぶやき再利用シリーズ第4弾。今回は英語と日本語のお話。



英語推進派に対する日本語擁護派≒英語苦手な方々?(^^;)の反論で、時どき聞くのが日本語の優秀さ。曰く、「英語以外で大学レベルの学術的なやり取りを表現できる言語はなかなかない。」ってのは、他の言語については分からないながら、確かに日本語表現の奥深さに頷く部分もあるんだけど。
2011年3月11日 2:53:23

最近の大学の実情には詳しくないけど、ちょいと不安なのは、そうした方々が想定している水準が、徐々に低下している可能性は?という点。日本語で流通している大学生向けの専門書とか見ていると、日本語でここまで説明できる凄さに嬉しおののき感心するんだけど、どの程度が読んでるんだろ?とか思う。
2011年3月11日 3:00:17

今のところはまだ、伝統的な名著が再発されたり継続的に出版されているので助かっているけど、「ああ、絶版か…」と哀しい気持ちになるケースもたまにあるし。で本題に戻ると、日本語で表現出来てるし、とか言って仮にその水準を維持してたとしても、英語世界の発展が続けば差が広がるわけで。
2011年3月11日 3:09:20

結局、日本語の優秀さを誇りたい人ほど英語を勉強せざるをえないはずで。英語でやり取りされている最先端の内容を、日本語で表現しようと心掛けながら吸収しないといけない。そして、大学生や社会人が読みたいと思える形で紹介しないといけない。さもないと、相対的・絶対的なレベルの低下は免れない。
2011年3月11日 3:16:47

この辺り、言語が下手に優秀なほど気が付くまで時間が掛かってやばい状況に陥りそうな気もするけど、どの程度の方々が危機感を共有できているんだろうな?と思ったり。まあそんなわけで、偉そうな事を言うだけじゃなくて、アカデミックには何の貢献もできないけど、自分も英語を頑張ろうと言っときます
2011年3月11日 3:22:25


テーマ : ひとりごと - ジャンル : 日記

再利用その3

更に続いて、つぶやき再利用その3。今回は文章を通したやり取り、という事について。



そういえば、これだけ色んな人が色んな媒体を通じて文章のやり取りをしていて、文章、というよりも言葉の意味が、当事者たちの間で決定的に共有できていないケースを見るのは切ないなぁ、とか他人ごとのように言ってみたり。
2011年3月9日 3:31:07

自分が最近こっそり自覚しているのは文章が冗長な事で、これは意識的に修正しようと思っているのですが。何というか、「敢えて言わないで含みを持たせる」というのが通じない事が多くて、どうしても予防的に饒舌になってしまうという傾向はある。まあ、言い訳なのですけれども。
2011年3月9日 3:33:31

その他に、定型文として、あるいは修辞としての表現を、そのまま文字通りに受け取られて…ってのも時どき見かけます。でも、これもやっぱり先回りする感じで、ちょっとギャグ的な補足を付けておく方が良いんだろうなぁと。文字制限があれば別だし、そこまでやれっかよと言われればその通りですが。
2011年3月9日 3:41:13

今までのはある意味では上から目線で、自分の表現を相手が理解してくれないケースでしたが、もちろん逆のケースもあります。それは場の雰囲気から感じる事が多いのですが、自分の言葉の定義が浅いのか、微妙に理解が追いついていない感じがするな~といったケースもちらほら。
2011年3月9日 3:45:20

で、結論としては、表現力が上の人が常に配慮するよりは、気付いたうち余裕がある方が適度にフォローを入れる法則にすると一番ロスが少ないかな、と。そこで難しいのは、制限された文字数による情報しかない場合。気付く率がより低くなって齟齬があちこちで起きてもおかしくないのに割に平和な不思議。
2011年3月9日 3:53:41

別の話に流れそうなので強引に収束させると、傍目から見て齟齬がありそうなのに衝突にまで至る率が少なくて済んでいる。だから情報量が少ない媒体でも破綻なく継続できている。これは日本的な空気の問題なのか?という事と。その空気を怖れる必要はないのか?という事。あ、疑問で終わっちゃった。
2011年3月9日 3:58:33

昔、手紙・電子メール・携帯メール・会話という辺りで、言葉のニュアンスの違いをどうすべきか微妙に悩んだことがあるのですが。結局は「まあ適当に」という結論でした(笑)。で、ツイッターの言葉遣いですが、上記4つのどれとも違うし、時には会話よりくだけた調子になる時もあり、変なものだなと。
2011年3月21日 3:09:02


テーマ : ひとりごと - ジャンル : 日記

再利用その2

続いて、つぶやき再利用その2。今回は専門家についての考察。



かつては専門分野の数も少なくて、それぞれの専門についても基本的に修めておくべき量というものも今より少なくて、でもそれ故か、特定の分野の専門とみなされるような人、特に大学教授なんかになると、専門とする分野での深みはかなりのものがあった気がする。そういえば、大学の数も違ったのかな。
2011年3月3日 3:35:33

さらに昔の日本で言えば源内とかの時代では博物学者なんてのが可能だったわけですが、前世紀に入ってもなお、特定の分野での泰斗と言うべき方々は、専門外の分野に言及する場合でも、発言に深みを感じる事が多かった気がする。勿論、凄い発言ほど残りやすく残念な発言は消えやすい傾向はあるけれど。
2011年3月3日 3:38:52

つまり、安易に「昔は凄かった」という結論にするつもりはないんだけど。一つの分野を究めるというか、特定のラインを超えた深みを獲得した専門家というのは、他の分野でも活用できる応用力を身に付けるのではないかという仮説。分野が何であれ基本は大事で、それを身に付ける必要はあるにせよ。
2011年3月3日 3:44:20

自分の専門ではない分野であっても、そのジャンルの基本さえ押さえておけば、それを応用するのは特定の分野の泰斗であれば難しい事ではないような気がする。より正確には、学問の世界に踏み入る方々は、可能ならばそうした領域を目指すべきではないか、などと偉そうな事を思っていたりする。
2011年3月3日 3:48:04

逆に言うと、専門外の事について残念過ぎる発言をする方々には、その本領たる分野でも、実は深みが足りないのではないか?と疑いの目を向けてしまうそうになる時がある。一応の基準としては、言及している分野の知識不足そのものではなく、応用力に問題があるか知識不足の可能性を意識できてない人。
2011年3月3日 3:54:53

ただ、何だかガキっぽい発想ですが、「さすがに専門家は違うなぁ、なる程なぁ」と思えるような姿を見たいという気持ちは強いのですが。。今の世の中ではやっぱり難しいかなぁ…。専門知識×応用力×一般向けの説明能力を高い水準で兼ね備える必要があって、特に知識と説明はハードルが年々上がるし。
2011年3月27日 3:33:24

あと、役に立つ事も多く発信しておられるからあんまり言うのも気が引けるのですが、専門家としての気負いでもって善意で知見を発信される方々の多くは、微妙な部分で信頼しきれない気がする。要は、気負いが勇み足になる可能性が高い。そこを受け手がフォローできればいいんだけど、難しいんだよなぁ。
2011年3月27日 3:40:11

今回の震災関連のニュースで思ったのは、声が大きい人たちの理解の浅さというか。物事を単純化しすぎだったり、恐怖を必要以上に煽ったり、逆に根拠の薄い説明ですんなり安心したり。それは海外メディアでも相変わらずで。で、先程の気負いの話に繋がるのですが、責任感が強い事の副作用もあるなぁと。
2011年3月27日 3:49:14

記事の書き手や報道の伝い手が単に理解が浅いだけならまだ良いというか、対処法は広く理解されていると思うのですが、彼らが責任感の強い方々だった場合の対処法ってあまり考えられていない気がします。間違った方向に突き進んで、そのベクトル量が大きいだけに厄介というか。
2011年3月27日 3:55:36

ついでに話を広げると、物事の理解が深く正確なほど急場に対応できる?という別の問題もあったりして。報道が正確だからといって、例えばそれが一般には有効活用できないような高度なものだったら意味が無いし。まあ、考え出したら難しいけど、我々としては、自然体で情報を受け取る事でしょうかね。
2011年3月27日 3:59:59

前世紀初頭ぐらいまでの薩摩の人材育成方針として、若い頃は専門家として、ある程度の年齢以降は若い専門家集団の上に立つ存在として、という一つのスタイルがあったと記憶しているのですが、その辺りの蓄積を上手いこと復活させられないものかなぁ…とか思いつつ。そろそろお休みでごわす。
2011年3月31日 3:27:48

テーマ : ひとりごと - ジャンル : 日記

再利用その1

世間の空気が一変して大変な一ヶ月になった今月もあと20分を切りましたが、今月のノルマがあと4つも残っているので、手抜き記事を連発します・・・(^^;;;)。

という事で、つぶやき再利用その1。



今回のエジプトの件でネットの過大評価というか、単なるツール以上の価値を与えた論評は少し気になるところ。ツールを扱う人がいて彼らは過去からの歴史を背負っているという視点を欠いた論者が、深い考察なしに集団を礼賛する論調は、やっぱり違和感があります。あと、陰謀論が相変わらず多すぎ。。
2011年2月3日 1:16:40

エジプトの件でも大相撲の件でも思うのは、バランス感覚≒センスというか。指摘すべきはしつつ、それ以上は控えるべきラインを意識して実行しておられる方々は少数派だなぁと。ただ、率としては目立たないだけで、数としては案外におられるんですよね。それを検索とかで拝見すると嬉しくなります。
2011年2月8日 3:14:03



そういえば、有権者の水準を越える政治家は出ないという説は、教育者の水準を越える学生が出ないという話とどう違うんだろう?どちらも天才は例外という点では共通。自分が政治や研究をする能力と、それらを行う他人を選ぶか育てる能力とは違うという点も共通。後者のフリー度が高いだけ??
2011年3月8日 3:15:41

どちらにせよ、出ないと断定するのは間違いで、有権者や教育者の水準±δの領域に収まるってのが正確なところなのだろうなと。何が言いたいかといえば、地道に少しずつでも前任者を上回るようにという繰り返しが重要なんだろうなと。
2011年3月8日 3:18:57

テーマ : ひとりごと - ジャンル : 日記

津波と人間

毎月恒例のブログ更新ノルマ:10記事/月に焦る月末ですが、正直なところ暗い気分になりがちでPCに向かって文章を書くのが億劫な今日この頃だったりします。

被災地から遠く離れた自分などがこんな調子ではいけないのですが、無理をして反動で更に落ち込む羽目になるのも嫌ですし、当分は何を書くにも部分部分に震災関連の記述が出て来ると思いますが、その方が今の自分たちにとっては自然な状態だろうという事で。

そんなわけで、精神面での回復をぼちぼちと心掛けながら、駄文を書き連ねて行こうと思います。

…と、長々と言い訳をしたところで、手抜き記事を行ってみよう!(笑)


この数日来、寺田寅彦「津浪と人間」を何度も読み返しています。そして、そのたびに目に留まる部分があります。それを少し長めに引用します。

 科学が今日のように発達したのは過去の伝統の基礎の上に時代時代の経験を丹念に克明に築き上げた結果である。それだからこそ、颱風が吹いても地震が揺(ゆす)ってもびくとも動かぬ殿堂が出来たのである。二千年の歴史によって代表された経験的基礎を無視して他所(よそ)から借り集めた風土に合わぬ材料で建てた仮小屋のような新しい哲学などはよくよく吟味しないと甚だ危ないものである。それにもかかわらず、うかうかとそういうものに頼って脚下の安全なものを棄てようとする、それと同じ心理が、正しく地震や津浪の災害を招致する、というよりはむしろ、地震や津浪から災害を製造する原動力になるのである。



この部分の記述を、過去を責める為ではなく、未来に向けて役立てたいものですね。。。


以上、リハビリ的に今日はここまで。


テーマ : 読んだ本。 - ジャンル : 本・雑誌

こんな時こそ阿呆な事を書いてもいいぢゃないか人間だもの。

 十数日前に突然その姿をあらわした巨大ナマズが、今度はいつどこに登場しやがるのかと、あろう事か人間様がナマズの挙動に支配される形となった極東の島国へは、その支配からの卒業を支援するメッセージが各国から寄せられているが、このほど新たな衝撃の事実が発覚した。


 世界的に権威のある科学誌「ネエチャン」電子版に昨日付けで発表された論文によると、かの国は実は、長く畜生に支配されてきたのだという。その起源は今を去ること約400年前、タヌキのタヌキによるタヌキのための国家安康を掲げて全国を支配下に置いた、一匹の老狸にまで遡る。

 本邦では古来よりタヌキが人に化けると信じられていたが、新田恵利の子孫を自称したイェーヤシュ・トックガゥアー(1542-1616)、彼はもともと律義者として名を馳せた男だったのだが、彼は何と、タヌキに化ける事に人類として初めて成功したのである。彼の最晩年における見事なまでのタヌキっぷりは、つとに有名であった。


 驚くべき事に、その影響は今にまで及んでいるのである。現代日本において、タヌキ型ロボットが登場する日を首を長くして待ち続けた末に首がのび太という報告は、枚挙に暇がない。この国で用いられる初歩的な暗号文には、「ヒント:タヌキ」という一文が添えられるのが常である。

 なお、タヌキと人類との争いは、映像技術の発達によって広くこの国民の知るところとなっている。未だご存知でない方には、是非ともドキュメンタリー映画「平成狸合戦ぽんぽこ」をご覧になって頂きたい。これは全て真実の映像であり、それを観れば「タヌキだってがんばってるんだよォ」という事が理解して頂けると思う。


 400年に渡って培われてきたタヌキの知恵は、今やタヌキ化学(ばけがく)の体系化に成功しており、例えば水素原子がタヌキ状態に化けるために必要なタヌキ化エネルギーは、電子の質量m、電気素量e、誘電率ε、プランク定数hに対して、m(e^4)/8(ε^2)(h^2)で計算できるという。この事実を目の当たりにした各国の科学者たちは、ショックのあまり、「原始的な模型じゃ、ボーアカン…。」などと意味不明な言葉を口走っているとか。


 これほどまでに後世に影響を与えたイェーヤシュ・トックガゥアーによる政権樹立を、歴史家は彼のイニシャルから、「IT革命」と呼んでいる。それによって今に至るまでに蓄積された情報や技術は、タヌキを甘く見て暢気に皮算用をしているナマズとその一味を、遠からず打ち負かす事になるだろうとの見通しで、識者の意見は一致している。



参考文献;
山岡荘八「徳川家康(1)~(26)」(講談社、山岡荘八歴史文庫)
北島正元「徳川家康」(中公新書)
坂口安吾「道鏡・家康」(富士見書房、時代小説文庫)
山本七平「徳川家康(上)(下)」(ちくま文庫)
王大人「誰も知らないIT革命」(民明書房)


テーマ : ひとりごと - ジャンル : 日記

2台目電子辞書

5年ほど前に親にプレゼントした電子辞書シャープ PW-A8050の調子が思わしくないとの事で、このご時勢にまぁ少しでも消費に貢献しようと、新しいものを買いに行きました。今日はそれについての覚え書きです。


■購入したもの

お店に出向く前から決めてはいたのですが、店頭で触ってもらって問題なさそうだったので、CANON wordtank S510を購入しました。2.8型カラー液晶で、広辞苑・百科事典・漢字辞典・英和辞典・和英辞典の5つの辞書が入っています。これが数千円で購入できるのだから、今更ですが凄いものですね。

ちなみに対抗は、購入した機種が発売された事で投げ売り状態にあったCANON wordtank S501J。こちらは2.4型カラー液晶で、大辞林・百科事典・漢字辞典・英和辞典・和英辞典を始め16種類もの豊富な辞書が入っていますが、まぁこの5種類以外の辞書は殆ど使わないだろうなぁと。値段から言えばこちらに軍配が上がるところですが、単純に液晶画面の大きさを優先して上記のモデルにしました。


■S510を使ってみて

入力キーが50音のモデルを希望する方々は、うちの親たちの世代では少なくないと思うのですが。。高齢者向けに、もう少し配慮があると良いなと思ったポイントを二つ。

一つ目は、入力キーについて。まず、S501Jと同様に、辞書選択キーの広辞苑のところに百科事典も加えてあると良かったなと。つまり同じキーを押すごとに広辞苑-百科事典と辞書が変更できる仕様だった方が嬉しかったなぁと思います。S501Jではその形だっただけに残念なところ。

それから、濁音や半濁音は専用のキーがあって、例えば「づ」なら「つ」を入力して濁音キーを押すやり方。一方で小文字を入力する時は、例えば「っ」なら「つ」を二回押す仕組みで、その違いに少し混乱していた様子でした。「わ」「を」「ん」も一つのキーでまとめられていましたが、これを両立してくれたら嬉しいなと。つまり、濁音・半濁音・小文字に切り替わる専用キーがあって、同時にかなキーを複数回押す事でもそれらの切り替えができる方が良いかなと思いました。

二つ目は、語句を入力するたびにリアルタイムで結果が表示される仕組みについて。例えば漢字辞典を使っている時に、部品読み+部首などの複数の条件を入力したい場合があります。で、部首を入力する時は(これは多くの電子辞書で同じやり方だと思いますが)、その部首の画数(例えばしんにょうなら3画)を入力して、出て来た一覧から選択キーを押して決定します。これは部首選択の別画面が出る以上は仕方のない事ですが、一方で、部品読みのみで検索する場合は、選択キーを押して決定する事なく候補が表示されます。つまり、後者の場合にも選択キーを押してしまうと、当然ですが候補の中のトップの漢字が選択され、その詳細が画面に表示されてしまうのです。。これも時おり混乱を招いていたみたいなので、設定でリアルタイムの結果表示の有無を選択できると嬉しいかもなぁと思いました。検索条件を入力し終えた上で決定キーを押す一手間が加わる事は、我々にとっては面倒かもしれませんが、高齢者の方々にモニターをしてもらって検討してみては?などと思ったのでありました。

とはいえ、持ち運びも簡単で必要充分なこの機種はずいぶんと気に入って貰えたみたいです。特に百科事典には感動している模様で、次々と関連語句をジャンプして切りがない状況を楽しんでいるみたいです。辞書の中の語句を自分で反転させてジャンプするのは少し難しいとの事ですが、百科事典の場合は、独立の項目として記載がある語句が文中に出て来ると矢印が表示されているので、それを選択しさえすれば飛べるのが分かりやすいみたいですね。


■他のお客様

お店で電子辞書を見ていた時、店員さんを引き連れた声の大きな女性の方が近付いてきました。で、聞こうとするまでもなく店員さんとのやり取りが耳に入って来る状況だったのですが・・・。「大学生協の方が安いやん!どういうこと?!」「何を選べばいいのかわからん!」などと騒いでおられました。少し遅れて息子さんらしき方が近付いて来られたのですが、女の子と遊びに行く時にもついて来そうなこの母親では、この先も苦労しそうだなぁ~などと勝手に同情していたのでした(苦笑)。


■おしまい

ついでに自分も何か辞書が欲しくなって、本屋さんでロングマン英英辞典などを購入してみました。噂で聞いてはいたのですが、引くというよりは読んで楽しい辞書だなぁと。紙の辞書を購入したのはロングマン現代英英辞典の4訂増補版以来ですが、やっぱり新しいものを入手するのは嬉しいものですね。何とか有効利用したいものであります。

以上、今日はこれにて。


テーマ : 周辺機器 - ジャンル : コンピュータ

0311

まず初めに、今回の震災の犠牲者とそのご家族に心からのお悔やみを、そして今も苦しい毎日を過ごしておられる被災者に心からのお見舞いを申し上げます。

少し余裕が出来たので、ぼちぼちと日常的な文章を書いて行こうと思います。とはいえ、まずは今回の震災について書き残しておくべきでしょうね。。


■当日

とあるビルの五階にいた時に、ゆっくりとした横揺れを感じました。関西圏では震度2~3程度だったそうですが、ゆったりとしてはいても振幅の大きさを感じさせる不気味な揺れがいつまでも収まらず、どうやら終わった後でも、しばらくは波に揺られているような感覚が続きました。とはいえ、この辺りの印象は、現実を既に知っているが故のバイアスが掛かっているのかもしれません。

すぐさまテレビを見に行くと、NHKでは大津波警報が出ていて、波の高さが5~6メートルに達する可能性も報じられていました。しかし、その衝撃的な数字ですらも、結果としては甘いものでした。津波の怖さはスマトラ沖地震の映像などを通して解っているつもりでしたが、現実に東日本の惨状を見ると、それは浅い理解でしかない事を思い知りました。


被害が少ない自分たちは日常通りに過ごすべきだと考えながら、帰宅後に作業をしつつNHKを流していました。一段落して、テレビに時おり目をやりながらネットでニュースを読んでいた時。どこかの海外メディアのニュース記事でしたが、そこには、今回の震災を説明する、このような数文字がありました。

0546 GMT

オカルトを信じているわけでもなく、単なる数字のマジックに過ぎないと頭では解っていても。今回の地震が、グリニッジ標準時とはいえ午前5時46分に発生したという偶然の一致は、自分の内面を戦慄させるものがありました。正直に言って、恐怖を感じました。

自分は、16年前の震災で、それほど被害を受けたわけではありません。しかしそれでも、関西の機能が大規模に破壊されたあの地震の記憶は、周りの人の話などを通して、自分自身とも不可分のものとして存在しています。

今回、自分の周囲の被害としては、16年前と比べても微々たるものであるにもかかわらず。今回の震災に対して、我が事のように感情移入してしまうのは、こうした理由からではないかなと思っています。


■自分にできる事

今の段階で、自分が震災の被害者に対してできる事は、残念ながら殆どありません。むしろ、普段と変わりない生活を送り。震災のニュースはもちろん、それ以外の時事情報にも、無理のない範囲で耳を澄まし。周囲の人が不安がっていたり、デマを真に受けていたら訂正し、あるいは逆に訂正してもらい。変に経済行動を自粛せず、景気を極端に落ち込ませないためにも、通常通りの消費は行い。震災の被災地や余震の続く地域に住む、友人たちの無事を願い。そして、震災前と変わらぬ趣味の文章を書き記す事ぐらいでしょうか。

「何か自分にできる事を考えて、実行すべきではないか?」という、焦りの混じった思い込みは、その行動の効果のみならず、精神衛生上も良くない事ですが、それでもやはり、時々はそうした考えに傾きかける自分がいます。今回、そうしたバランスが崩れかけている自己を意識して、数日ですがネットを離れた事は、結果的には良かったと思いました。理屈では解っていても実行が伴わない状態を、その経験を、しっかり記憶しておこうと思います。


話を戻して、日常生活を維持しながら被災者の為にできる事は、おそらくは献血と寄付ぐらいではないかと思います。それらは、特に難しいことではありません。前者は献血ルームに行って、後者は郵便局などに行って、その場で指示に従うだけです。

なお、後者の場合は「どこに」寄付をするのか問われますが、自分は、活動報告がきちんと為されており、これまでの実績からも安心できると考えて、日赤に寄付をしました。口座番号などが既に記載されている用紙を手渡されるので、住所氏名金額などを記入して金銭と一緒に提出するだけで済みます。念のため、リンクも貼っておきますね。
【日本赤十字社】寄付・献血・ボランティア|東北関東大震災義援金を受け付けます


■安否確認

90年代後半、神戸市内で震災を経験した友人は、自己紹介で出身地の話になるたびに震災について問われていました。それらはもちろん心配からの問いでしたが、何十回と同じ事を繰り返すのが苦にならないタイプならばともかく、苦手な人にとっては、少々うざったいというのが正直なところだと洩らしていました。

ネット時代の昨今、会った事はなくとも無事を祈りたい知り合い(これは一方通行も含め)の安否や現況を、どの程度なら尋ねても良いものなのか。無事を喜ぶ気持ちを、どの程度の付き合いならば伝えて良いのか。気にし過ぎと言われればその通りですし、返答はその人の判断に任せたら良いというのもその通りですが、大変な時に余計な手間を増やさせたくないという気持ちもあるだけに、ちょいと気になる問題でありました。


■情報の信憑性

風評被害が怖いとは、多くの人が自覚している事だと思いますが、それでも妙な情報に乗ってしまう事はあるわけで。自分でも多少そうした事をやらかしてしまって思うのは、やはり、無謬性を求めるのは効率が悪いという事で。つまり、信憑性の薄い情報を信用しないのも大切な事ですが、それらを100%避ける事を自分にも他人にも求めるよりは、間違いを悟った時には速やかに修正する事を、常日頃から意識しておく方が大切だなと思ったのでありました。

また、自分からすれば間違っているのが明らかなケースでも、それを他人に理解して貰うのが難しいという事についても、色々と思い知らされる場面がありました。NHKなどに出演しておられる各分野の権威ともいえる方々が、基本的な知識が備わっていない相手にどう説明したものかと、苦労されている様子が時おり見受けられましたが。。。「教科書を読んでから出直して来い!」なんて事が言えないわけではない教育現場とは違って、お気の毒な事だなぁと少々同情してみたり(苦笑)。

ちなみに、ちょいと面白かったネタ↓。
【東北地震】閻魔大王ら協力申し出「デマ流した者は舌2枚抜く」 : bogusnews


■おしまい

震災の発生以来、個人的にも世間的にも最大の関心事は原発の状況だと思うのですが、それについては項を改めて、多分、もしかしたら、できれば、余裕があれば、何か書く、かもしれません。。。

とりあえず、今日はこんなところで。


テーマ : 東北地方太平洋沖地震 - ジャンル : ニュース

非常食の話

幸いにして生まれてこの方、防災リュックを背負って家を飛び出すような事態には遭わず過ごして来ましたが。一応の備えとして、インスタントラーメンやカロリーメイトなどを絶やさぬようには気を付けています。

とはいえ一つ問題なのは、伝統的に我が家はあまりインスタント食品を食べないという事でありまして。。最近は随分マシにはなりましたが、ラーメンを作るよりも、だしを作って素麺を茹でて…となる事は依然多く、結果として賞味期限に尻を叩かれる羽目になるわけであります。


さて、年末の大掃除で発掘された、賞味期限が昨8月で切れていたインスタントラーメンについて、発見当時は「半年ぐらい過ぎても大丈夫だろう」と思っていたら、この程その半年すらも過ぎていた事が判明致しまして。。そんなわけで、いつぞや食べたどん兵衛きつねうどん以来、久しぶりに食してみました。


食べるまではハードルが高いものの、久しぶりに食べてみると美味しく食べられるもので。冷蔵庫の野菜を適当に加えて、スープにお好みで柚子胡椒などを加えて卵を落とし、出来上がったサッポロ一番塩ラーメンは、あっという間に胃袋の中に消えて行ってしまいました。


しかし、ここで満足していては元の木阿弥。また数ヶ月後に困った事になるのは目に見えているだけに、悩ましいところであります。解決策として保存食の量を減らすという手は有効ですが、万が一の場合にカロリーメイトばかり食べ続けるのもぞっとしますし。。(ちなみに、カロリーメイトはあまり余らない。)


まあ、いざという時の事を想定しながら定期的に消化しろってのが妥当なところだと思いますが、他の方々はどうしてるんだろうな~と思ったので、書いてみたのでありました。何か良い知恵などがありましたら、教えて頂けると嬉しいです。


最後に、ついでに食べ物の話をもう一つ。

昨土曜日は色々と買い物をしたのですが、その中でも個人的に嬉しかったのは、精米したてのいいお米が入手できた事でした。で、久しぶりにお鍋で飯炊きをしてみまして。炊きあがったご飯は非常に美味で、炊きたてが美味しいのは勿論ですが、冷めても変わらぬ格別の味わいで、何とも幸せな気分に浸っておりました。時折の箸休めにお新香を口にするぐらいで、ご飯だけでぺろっといけてしまうってのは最高ですね。


以上、今日はこれにて。

テーマ : ひとりごと - ジャンル : 日記

京大の話2など

タイトルからして、とある友人から「コラーッ」というお叱りの声が飛んできそうなやる気の無さですが(笑)、連日の報道に心底うんざりしつつ、前回の補足などを簡単に書き残しておきます。


■逮捕者について

前回、自分は「事件が引き起こす影響の大きさに見合った刑罰が与えられるべきなのだろうな」と書きました。その気持ちは今も変わっていないのですが、想定していたのは「数年間のセンター試験受験資格停止」でした。つまり、仮に逮捕者が罰金刑とか、執行猶予付きであっても懲役刑といった刑事罰を受ける事になるのであれば、個人的には違和感を覚えます。。(ちなみに、制限をセンター試験に限定する事で、逮捕者の情報提供を最小限に抑えられ、かつ現実的に殆どの大学に受験できない事になるかな?という意図です。)


自分が考えていた数年間の受験禁止はかなり厳しい措置だと思いますが、抜け道が無いわけではありません。例えば海外への留学もその一つですし、報道から伝わって来る逮捕者の印象として、費用の点では大丈夫ではないかという気もします(実際のところは判りませんが)。

その他にも、例えば防衛大学という選択肢もありますし、曲がりなりにも京大を受験しているのだから、防衛医科大学に挑戦するのも無謀ではないような。。この辺り、詳しい事を調べる気はないので適当ですが、カンニング=犯罪という認識が広まると同時に、それに対する罰が試験関係に限定される方向を願っています。


最後に、言うのも馬鹿らしいですが、逮捕者の個人情報が色々と飛び交っている事には、とても強い違和感を覚えます。東京在住の複数犯などといった飛ばし記事が多かった事にも、普段の報道とは違った妙な盛り上がりを感じました。一方で、特にまだ試験が残っている他の受験生を(更にできれば、来年以降に受験する高校生以下の学生の事も)慮った対応を求める声が、自分が聞く限りは少なかった事も残念でした。


■京大の対応について

前回、「この事件のみを根拠に、最近は京大もレベルが云々などと言い出す輩はどうにかして欲しい」といった事も書きました。これは、京大に限らず、過去に大学生が不祥事を起こした場合に何故か大学まで叩かれる事が多かったのですが、そうした傾向を意識してのものでした。ある程度以上の数が集まると、人間性という点で問題のある人が一定数含まれるのは仕方のない事で、それでもって組織全体を批判するのは間違っているのではないか?という事です。

更に、今回の件は、受験生が引き起こした(と考えられている)事件です。また、前回紹介したネット上にあった京大対策によると、センター試験による足切りの基準は低めに設定されている(二次の比率が高い)らしく。つまり、未だ大学に属しておらず、かつ合格に届かない程度の学力しかない受験生という可能性もありえるのに、それを根拠に大学そのものを酷評できるのか?と思ったのでした。


しかし、数日を経ないうちに少し後悔したのは、今回の大学側の対応が残念だった為でした。警察に捜査の協力を求めるのは構わないと思いますし、今後セキュリティ面を外注する事になったとしても、反対はしません。(今回の事件で入試のコストが急激に跳ね上がった事は、特に中小大学の立場から論じられるべき事だと思いますが、それはここでは触れないとして。)

より詳しく言うと、ネット上のログや携帯の登録者情報の提供といった、大学が依頼をしても難しい部分で協力を要請するのは構わないと思います。(とはいえ、これらの情報が今回すんなりと提供された事自体、念入りに論じられるべき問題ではあるのですが。。息苦しい未来は避けて欲しいものですね。)

問題なのは、今回の逮捕者が特定された時点で、その受験生に自ら向かい合う姿勢が大学側からまるで感じられなかった事。ここを警察に任せている現状は、特に伝統的な京大の気風を考えると、なんだかがっかりさせられます。


問題発生の当初から、京大は自らを100%の「被害者」と主張して、その責任を放棄していました。この場合の責任とは、入試に関わる全ての事柄を円滑に実施する事に対する責任です。識者の中には、これを指して「大学自治の放棄」と捉える方もおられますが、それらの論調は大学に100%の責任を求めている事が多い気がします。

自分の考えとしては、大学は、今回の事件に対して世間が求める責任のうちの幾分かを負担すべきではないか、と思います。その責任の全てを大学に押し付けて逮捕者その他を擁護する意見と、一人の実行犯に責任を負わせて大学の対応に無言の是認を与える意見と、何だか極端なものが多い気がしますが、将来の改善を見据えた結論に落ち着いて欲しいものですね。


■おしまい

実現の可能性は無かったと思いますが、もしも京大が「採点作業を通して、不正な行為を行った者の答案は、大学の名前にかけて必ず見つけ出します!」とか宣言していたら、自分は熱烈な声援を送っていたと思います(笑)。それはとてもリスクが高く、合格発表後に一人でも不正合格者が見付かった時点で権威が地に落ちるので、まずありえない事ですが。。

今の自分が期待しているのは、これも実現の可能性は低いのですが、「仮に合格発表後に不正合格者が見付かった場合、世間が求める我が大学の水準に相応しい学力に達するまで、該当者に徹底的な教育を実施します!」とか言って欲しいなぁと。

いずれもマンガ的な発想で申し訳ないですが(苦笑)、合格者の選別と学生に対する教育という点において、流石だなぁと思える対応をして欲しかったなと。過去形で申し訳ないですが、今後の対応によっては謝る用意はありますよと偉そうな事をほざいたところで、この話題はこの辺で。

もう少し違う話にも発展させたかったのですが、長くなったのでここまでにしておきます。今日はこれにて。


テーマ : 気になったニュース - ジャンル : ニュース