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今年亡くなった方々

月に最低10記事というノルマが実は達成できていなかった事が判明したので、急遽間に合わせのエントリです(苦笑)。

wikipediaにもまとめがあるみたいですが、それをじっくり読んでいる暇はないので、ど忘れして挙げ忘れるであろう方々には非常に申し訳ないと思いつつ、個人的に思い出すのは以下のような方々です(敬称略)。


藤田まこと
谷啓

井上ひさし
ディック・フランシス
佐野洋子
サリンジャー(追加)
レヴィ=ストロース(追加→実は2009年でした・・・)

小林繁
大沢啓二

梅棹忠夫
森毅
小室直樹


いずれも、自分の日常に彩りを加えてくれた方々でした。。
R.I.P.


以上、今年はこれにて。


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テーマ : ひとりごと - ジャンル : 日記

数学受験術指南

ついで森毅さんについて。


■数学受験術指南

森毅さんの著作から何を読もうと考えた時に、梅棹さんほどすぐには決まらなかったので、しばらくぼんやり考えていたのですが、何となくこれではないかなという気持ちが日を追うごとに強くなって来たので選んだのが本書「数学受験術指南」(中公新書)です。

いい加減に時間の余裕がなくなって来たので話を急ぐと、昔に読んだ時には、数学の問題に関する自身の対応について、「あれで良かったんだな」という感触を得たような読後感がありました。で、今年に読み返して思ったのは、「あれは良くなかったな」という事がしみじみ思い出される感じでした。ちょっとこれ以上の上手い説明が出来ないのですが、興味を惹かれた方は本書をじっくり読んでみて下さい。

おそらく、本書を読み通す事はまるで難しい事ではなく、ゆえにざっと斜め読みして気になる文章を引用して感想を付けて、トータルで半時間もあればレビューもどきができてしまうのではないかなと思います。そのようにして多読をこなす事も必要な事だとは思いますが、本書については、当たり前の事しか書かれていないけれども、その当たり前をじっくり読んで欲しいなと思うような作品だなと。


ここで少し作品から話が逸れますが、梅棹さんにしろ森毅さんにしろ、直接会った人に印象を聞くと、だいたい同じような表現が返って来ます。うちの親などに聞いてもやはり「面白い人だった」などと言うのですが、それでもお二人は印象がまるで違うわけで。乱暴に言うと、梅棹さんが数多くの石の中から磨きあげると光るものを直感的に選べる傾向があるとするならば、森毅さんは、光るかどうかは判らないけど、この石にはこんな面白い部分があると言い出す感じというか。文章表現では違いを説明し難いのですが、本質を見抜くという意味での面白さと、発想の着眼点という点での面白さとでもいうような違いがあって、とはいえお二人ともにその逆の事にも秀でておられたので難しいのですが。。面白い方々がたくさん居られた時代の豊潤さを思いつつ、今の時代も、未来の一時点から振り返った時にそんな風に思えるといいなと期待を込めてみたりして。


ともあれ、本書を読んで少し数学の復習をしたくなって、岩波新書の遠山さんの著作などを引っ張り出したり、こちらも色々に繋がるものが多々あったのですが、残念ながらいまいちじっくりとは読めていないので、それについては書き留めないままにしておきます。希望としては、「大学への数学」などを久しぶりに購入して、何人かで集まって読書会とか合宿とかしたら楽しいだろうな~とか思うのですが、なかなかメンバー集めが難しいですね。まあ、そんな時間が何処にあるんだって話ですが、落ち着いたらそんな事もしてみたいなぁって事で、一応書き残しておく次第でありました。


以上、森毅さんについてはこれにて。あとは小室直樹さんについて書きたかったのですが、へべれけタイムが徐々に迫って来たのでこんなところで今年はお終いにします。


今年は例年に増して長文エントリが多くなりましたが、長さにめげずに読んで頂いた方々、ありがとうございました。
では、来年も宜しくお願いします。


BKO拝

テーマ : 読んだ本。 - ジャンル : 本・雑誌

文明の生態史観

今年は色々とダメダメで、なかなか予定通りに事が進まないまま放置する事が多くて残念だったのですが、以下で書こうとしている件もその一つです。訃報を聞いて、追悼がわりに代表作を読んで何がしかの文章を書きたかった何人かについて、時間がないので中途半端なものになるとは思いますが、書けるだけ書いてみましょう。まずは梅棹忠夫さんについて。


■文明の生態史観

梅棹さんで一冊を選ぶとすれば、やはりこの「文明の生態史観ほか」(中公クラシックス)です。個人的には「情報の文明学」(中公文庫)も捨てがたくて、そちらも読み返して楽しかったのですが、その話はばっさりカットで。ちなみに、前者の冒頭に出て来る我が国の人口問題は「若い人が多すぎるため、果たして全員が職を得られるのだろうか?」であったり、後者の冒頭では「情報産業という新しい職種」に対する考察があったり、今さら読み返すには時代が違うのでは?と思う方も居られるかもしれませんが、結論だけで申し訳ないですが今でも楽しめます(笑)。


さて、梅棹さんは旧世界を二つのグループに分けています。日本と西欧が属する第一世界と、歴史上に幾つもの帝国を生みだして来た大陸中央部の第二世界。後者は主に中国、インド、ロシア、イスラームの4つを念頭に置いておられますが、歴史的な細かい誤解はともかくとして、それらの帝国から見れば辺境に属するが故に侵略を免れ、帝国で生まれた文化をじっくりと育む環境にあった第一世界の有利さを高く評価しています。ちなみに、時には侵略を受けるけれども完全に第二世界とはいいきれない地域として、東南アジアと東欧を挙げておられます。

そして、これを現代的に敷衍すると、現在の我が国の経済は、国内で生まれた新たな発見や発明から充分な報酬を得る前に、他国の企業に模倣されている事を連想します。中韓の企業が研究開発費を安く抑えているのは日本企業の発明を再利用する事を重視しているから云々といった内容のNHKスペシャルが確かありましたし、数年前には特許申請のオンライン検索を利用されている事を問題視する報道がありましたが、ここで対外排斥のみを考えるのではなく、それらの発明を「じっくり育むにはどうすればいいか?」という方向性でもって考察する事が、梅棹さんに報いる形になるのではないかなと。

もう一点、逆に過去に話を進めてみると、第一世界と第二世界を決定的に分ける事になった時期が大きく二つあります。近い時期から言うと、西欧では1241年のオゴタイ(オゴデイ)・ハーンの急死によって、ワールシュタットでの敗戦がヨーロッパ全土の侵略に繋がらなかった事であり、日本では1294年のフビライ(クビライ)・ハーンの死によって三度目の元寇が永遠に回避された事ではないかと。そして古代について言うと、732年のトゥール・ポワティエ間の戦いでイスラーム軍を何とか退けたフランク王国の宮宰・カール・マルテルは鎌倉幕府の執権・北条時宗にどこか似ている感じを受けますし、663年の白村江の戦いで唐に破れながらも紆余曲折の末に天平の時代へと日本が辿り着いた事も、決定的な時期だったのだろうなと思います。


なお、本作に関連して幾つか読んだものがいずれも楽しくて、色々と繋がりが生まれてキリがない状態に陥ってしまい、でもよい体験でした。最後に、それらのうちから二作品だけ簡単に。


まずはジャレド・ダイアモンド「銃・病原菌・鉄」(草思社)です。10年前の作品で、かつ2000年代のベスト1という報道がありましたが、そのリストの作成者なのか集計者なのか、いずれにせよ彼らの意図がまるで感じられないリストだったので避け続けていた作品を読んでみようという気になって。結論としては、全文を読む必要はないですが、最初と最後は読んでおくと興味深いものがあるのではないかと思いました。真ん中の各論については興味を惹かれるものだけで良いでしょうし、日本人研究家の手による研究を読んでもさほど遜色はないな、などと偉そうな事を思ったりもしました。ただ、反論の可能性を強く意識しているのは違うなと思いましたが。

この手の「歴史をどこで何によって分けるか?」という著作は色々と出ていて、例えば松岡正剛さんは次にクラーク「10万年の世界経済史」を取り上げておられましたし、リドレー「繁栄」とか、モントゴメリー「土の文明史」やマン「1491」なども類書と言って良いのかもしれません。ちなみに「1491」はコロンブス到着以前のアメリカ大陸についての作品ですが、先ほどのイスラーム軍の話を思い出すと、レコンキスタが終了したのも1492年だって事で、色々とまた面白い考察が出来て楽しいです。まあキリがないのでこの辺で。


もう一冊はトム・ジーグフリード「もっとも美しい数学 ゲーム理論」(文春文庫)です。実のところ、関連があるとは考えずに書店で見かけて購入したのですが、普通に話が繋がって来るのが読んでいて楽しかったです。いわゆる「適者生存」という考え方がありますが、ゲーム理論に従って強者と弱者にある種の均衡が生みだされる描写は興味深いものがありました。また、生態史観との関連性は薄れますが、量子力学との絡みは特に読んでいて興奮するものがありました。恥ずかしながらゲーム理論についてはブームのたびに入門書を読んだ程度で、それらの内容は理解できるものの現実に応用するのは難しそうといった認識に止まっていたのですが、外見がまるで異なるいくつかの分野がゲーム理論を通して繋がりを強めて行く描写のお陰で、あれこれと考えさせられるものがありました。


以上、ひとまずこれにて。

テーマ : 読んだ本。 - ジャンル : 本・雑誌

音楽やわ、その5:ドメスティック85-90-95

数日前に取り上げた安全地帯からの流れで少し考えていたのですが、何度か書いたように自分は、高度成長期以降の我が国には80年代前半と90年代中頃を境に、それぞれ断絶があると思っています。ただ、別の見方として、80年代の途中から90年代の半ば過ぎ頃までが、そもそも他と隔絶された特別な時期だったのではないか?とふと思い付いて、この時期の空気をもう少し丁寧に振り返ってみたいなと。その辺りの差異性を、当時のヒット曲を通して分かり易く示す事ができたら面白いのになぁと考えておりました。

とまあ、難しい話はさておき、以下ではざっくりと、80年代半ば、90年代初頭、90年代半ばという三つの時期において、その当時の雰囲気をよく伝えている気がする国内ヒット曲を、思いつきで一曲ずつ選んで並べてみようかと思います。まあ相当な無理企画ですが、とはいえ、何の制約もなしに選ぶのも難しいので、今回は「女性ヴォーカルのバンド」に限ってみました。また、同時期にヒットしていた洋楽などについても、独断と偏見で少しだけ触れられたらいいなと思っていますが、まあどうなるかはお楽しみという事で。この辺り、興味を惹かれた方や異論のある方は、お気軽に補足等をお教え頂けると嬉しいです。

では、始まり~。



■80年代半ば

YouTube - TOM CAT - ふられ気分でRock'n Roll (Furare kibun de Rock'n Roll)


音楽で食べて行きたい人たちにとって文字通りの登竜門として存在感のあったヤマハのポプコンも、最近では知らない方が多くなって来ている感じを受けますね。何となくですが、イカ天あたりが遡る限度という気がしている今日この頃です。グランプリ受賞なら無条件でデビューとか、過去の参加者たちのその後のニューミュージック界隈での活躍ぶりなどによって、主に昭和50年代に確固たる地位を築いていたポプコンですが、その晩年の映像から。

この曲は、実質的には昭和60年のヒット曲という認識ですが、発売自体はその前年、1984年です。wikiによると、ポプコンでグランプリを勝ち取ったのが10月、シングルの発売が11月との事。作品自体も、それからメンバーのキャラクタも、軽いと言えば軽いのは確かですし、当時でさえ、冷静にモニタ越しに眺めると、観ている方が何故か気恥ずかしいような思いを抱かせるものがあったのではないかと思います。ただ、この軽薄ながらも無邪気に突き抜けた感じが、この辺りの時期でもひときわ異彩を放つ、昭和60年代という浮かれた時代の雰囲気をよく表しているのではないかと。


00年代の、特に後半のJ-Popシーンは、80sの焼き直しだという評価を時おり耳にします。そして確かに、ラジオや有線からは、あの時期の曲調を連想させる曲が断続的に流れて来ていました。純粋に音楽的な意味では、あの時期の曲をイメージした楽曲が多いという批評は妥当なところでしょうね。しかしながら、やはり時代の制約というものが作品には反映されるわけで、そのニュアンスはあの時代の曲とは異なったものとして感じられます。後の未来を知らないバブル期と、バブル崩壊から世紀末を経た現在と、そして四半世紀の間に発達したものの影響と。それらをイメージしながらこの曲を聴いてみると、色々と気付く事があるのではないかなと思うのでありました。


なお、この時期の洋楽ミュージシャンの名前を一つだけ挙げるとしたら、それはVan Halenでしょうか。ちょうど「Jump」などで有名なアルバム「1984」の頃で、この前後の彼らの作品は、我が国への影響という点でも無視できない存在感があります。って、これは要するに伏線なのですが、気になった方はここで一旦ブラウザのスクロールを止めて、次に挙げる曲を想像してみて下さいませ。


次の曲がすぐに見えないように少しだけ文字数稼ぎをすると、この80年代半ばの曲を選ぶ際の対抗、というよりも本命と言った方が正確だと思いますが、それはもちろんレベッカです。彼らの曲を配する事で80年代以前からの流れがスムーズになり、更には後に取り上げる90年代中頃のミュージシャン(これも良かったら想像してみて下さいませ)への直接的な影響も目に見える形になるのですが、逆に、流れが必要以上に規定されてしまうきらいもあります。

今回の企画を縛る「女性ヴォーカルのバンド」という条件からするとレベッカは王道なのですが、時代という点では王道ではない。というと過激な発言になりますが、どちらかというと当時の彼らは時代を少し先取りしていた感があり、ゆえにこそ同時代の多くの若者を熱狂させる部分があったのではないか、と考えております。つまり、この文章の主眼であるピンポイントに時代を切り取る狙いにはマッチしにくいと思ったのでした。そんなわけで、彼らの事は充分に評価しておりますので、ファンの方々におかれましては、「王道じゃないとは何だ!」などと言ってカミソリを送らないで下さいませ(笑)。



■90年代初頭

次にどんな曲が取り上げられるのかを考えながら読む方がどの程度おられるのか分かりませんが、ちょいと構成をミスったかなぁと思いつつ。という事で、この時期については最初に洋楽の話を書いてみます。ただ、次に取り上げる90年代中盤のとあるミュージシャンについては、そのルーツがなかなか特定しにくいんですよね。。一応レベッカというヒントも既に出した事だし、ここではRed Hot Chili Peppersを挙げておきましょう。それから、これは伏線ではないのですが、Kylie Minogueの名前も挙げておきます。この辺りの説明は後ほど。

そして、以後のJ-Popへの影響はほとんどありませんが、この時期に鬼籍に入った大物たちについても少し。すなわち、Herbert von Karajanが1989年に、Leonard Bernsteinが1990年に、そしてMiles Davisが1991年に、それぞれこの世を去った事は、クラシックやジャズには興味のない方でも意識の片隅に置いておくと良いかもしれません。彼らの80年代の作品については辛口の評価をする方もおられると思いますが、実際に彼らがこの世を去った時の、その存在の喪失がどれほどのインパクトをもたらしたか?…その点については、かなりの範囲で意識の共有ができるのではないかと思います。

で、本題。

YouTube - リンドバーグ - 今すく Kiss Me


1990年前後は、印象に残るバンドが割合に多かった気がします。対抗としては筆頭にPRINCESS PRINCESS、次にPERSONZ辺りですが、時期としては80年代後半という意識があるので、個人的には少し選びにくい部分がありました。実質的には90年代かつイカ天出身のPINK SAPPHIREが対抗でしたが、まあLINDBERGだろうなと。この曲のイントロで90年代が始まったという印象が、個人的には強いです。

ちょっと脱線をすると、今では普通に70年代とか80年代という振り返り方をしますが、当時は西暦での年代分けが今ほどは強くなかった気がします。西暦が意識されない事はもちろんなかったにせよ、第一には昭和という元号での分け方があり、その次に戦後○年という意識が強く残っていた気がします。後者が「昭和マイナス20年」で計算し易い事も、少なからず影響したのでしょうね。しかしながら、それらはバブルの狂乱と昭和天皇の崩御で一気に失われ、更には世紀末の最後の10年という事もあいまって、90年代というdecadeは、国内でもこれまでになく強く意識された10年間ではなかったかと思います。この時期は、自分の中では平成が一応は優先されますが、西暦がほぼ同様の存在感を持ちえた時代であり、そして、ミレニアムを経た平成13年からは、西暦が完全に優位になりました。


話を戻して、LINDBERGについて。いわゆるHard Rock/Heavy Metalというジャンルが80年代に盛り上がりを見せますが、我が国の一般リスナーへの影響という点で重要なのは、80年代前半はBon Jovi、後半はGuns N' Rosesになるのでしょう。一方で、主にインディーズを舞台に、このジャンルの洋楽はマニアックなまでに広くフォローされていました(正確には、この時期のこのジャンルに限らず、我が国の非メジャー界隈での無国籍ごった煮傾向は伝統的な美点だと思いますが)。1990年前後という時期は、こうした流れを受けた日本のメジャー音楽シーンで、国内ミュージシャンがどのような作品を提供すべきか?という、差し迫った問題に向き合っていた転換期だった気がします。

この、世に広く知られたヒット曲でも判るように、LINDBERGはHR/HMを意識したバンドサウンドを目指しつつも、それほどこのジャンルに深入りした感じは受けません。と言うより、そうした方向性を露骨には出そうとしなかった、の方がより正確かもしれません。演奏については良くも悪くも堅実という雰囲気ですが、バンドとしてのまとまりは感じます。Van Halenを意識的に組み入れつつもPopな方向性を明確に指し示したこの作品によって、以後のJ-Popの流れが少なからず定まってしまったような、先に書いたように90年代の始まりを告げたという感じを、個人的には抱いています。ただ、これはもちろん彼らを批難する意味ではなくて、前段落で書いた問題に対して、当時のリスナーが選んだ解答がこの曲だったのではないかなと思うのでありました。

ちなみに最後に、バンド好きには好印象な点として、彼らにはメンバー全員が曲作りに参加できるという要素があります。「今すぐKiss Me」はギター、「Believe in Love」はベース、「GAMBAらなくちゃね」はドラムスの方がそれぞれ作曲して、いずれもシングルとして発表されていますが、アルバム曲の数合わせではないという意味でも評価できる部分ではないかなと思います。とはいえ、彼らを当時のバンドブームの一員と捉えるのは少々微妙で、ファン層も違っていたのではないかと。具体的には、特に歌詞に共感するという点で、ドリカム辺りが近かったのではないかなと思っているのですが、反論はもちろん大歓迎です。



■90年代半ば

YouTube - JUDY AND MARY くじら12号


この時期については、対抗は思いつきませんでした。仮にバンドという制約を外すのであれば、先にKylie Minogueの名前を挙げましたが、彼女と同様にEUROBEATからスタートして、キャリアを通じて本格派へと変貌を遂げ、更にはファッション面での影響力も評価されるに至った女性ミュージシャンを候補に挙げたいところですが(あえて名前を書かなくても通じますよね?)、話がどんどん細かくなるのでそれはさておき。


この時期になると、いわゆるメインストリームで「売れている」グループでも楽曲や演奏の質が高まって来て、先行きにも更なる期待が持てるという雰囲気が強くなって来ました。その流れは世紀末にかけて続き、洋楽のトップ・ミュージシャンにようやく手が届くか?という辺りで挫折する事になるわけですが、外向きに上り調子の真っ只中という、今から振り返るといい時代だったなぁと思います。とはいえ、売り上げという面と成長という面で考えると、J-Popのバブルはまさにこの曲がリリースされた1997年に弾けた(と自分は考えている)のですが。。。


話を各論に戻して。少しだけ悩んだのは、彼らのどの曲を取り上げるべきか?という事でした。そして、最終的にこの曲を選んだ理由は、ここが4人のバランスの均衡点だと思ったからです。経験のあるリズム隊に若い二人という構成で始まったこのバンドは、ヴォーカルとギターの成長に伴う変化が最後まで見られたという点で興味深いものがありましたが、バンドとしての高みはこの曲だったのではないかなと。イントロからAメロにかけて曲をリードするベースとギターや、その後から一気に前面に出るヴォーカルや、目立たないながらも二番のサビ前で時おり入るタムが印象的なドラムスや(解散ライブの方が分かり易いけど音飛びがあるのが残念…→YouTube - Judy And Mary - くじら12号)。

各々の演奏力もさることながら、バンドとしてやってて楽しいだろうなぁという演奏が、ライブハウスからドームまでどの規模でも4人でこなせてしまうという点で、彼らは凄かったなと思います。楽曲自体もライブでの再現を意識したアレンジになっている事が多く(例えば「散歩道」イントロのピアニカは、ライブではヴォーカルが演奏していた)、敢えて言えばギターがもう一人欲しいところですが、当時の中学~大学の学祭で、果敢にカバーに挑んで撃沈した人たちは多かっただろうなぁと。特にギターは、もしも自分がスコアを作るなら、ある程度の音を拾ってwith feelingとか書くと思います(苦笑)。

ちなみに、先に書いたように彼らのルーツを限定するのは難しいのですが、強いて言えばRed Hot Chili Peppersの、特にJohn Fruscianteのギターには近しいものを感じています。とはいえ、レッチリがルーツと言うのは違う気がするわけで。。なかなか説明しにくいですが、入れ込んでコピーしたミュージシャンが共通していた気がする、と言う方が正確な気がしますね。

なお、「Over Drive」はギター、「そばかす」はベース、「散歩道」はドラムスの人が作曲してシングルとしてヒットさせていた彼らも、メンバー全員が曲作りに参加できるバンドの一つでした。選曲の時点では考えていなかったのですが、思わぬ共通点が浮かび上がって来るものですね。もちろん、特定の人だけが曲作りをするグループがダメという事はないですし特にそれで評価が下がるわけでもないのですが、何となく心理的に嬉しくなる要素だなと。



■最後に

なかなか強引な試みでしたが、まあ一応こんな感じで書き終える事が出来ました。ちなみにこの後の流れとしては、「バンド」という制約を無くさないと難しい気がします。女性ヴォーカルという制約のみで考えるならば、2000年前後の本命はAlanis Morissetteを連想させる某ミュージシャンでしょうし、対抗は社会へのインパクトという点でも衝撃的だったAaliyahを連想させる某ミュージシャン辺りでしょうか。ともあれ、こうした事を考えるのは楽しいものですね。


以上、書いていて楽しいながらも思った以上に長くなってしまいましたが、今日はこれにて。

テーマ : 音楽 - ジャンル : 音楽

クラシコ補足

以前にクラシコについて書いたもの(→「クラシコ雑感」)を読み直してみて、後半にバルセロナが2点リードという状態で、ディ・マリアをディフェンスラインに追い込むほど攻めていたのかな?という点に少し疑問を感じたので、後半の10分ぐらいを見直してみました。以下はそれについて。


結論から言うと、右サイドバックの位置にケディラが押し込まれた5バック、もしくは、シャビ・アロンソ(たまにケディラ)がセンターバックに吸収された5バックで、ディ・マリアは関係ありませんでした。

興味深い点として、後半のディ・マリアは前半とは違って守備のために後ろに下がる事が少なく、意識的に前線に残っている感じを受けました。これはバルセロナが前半に見せたロナウド対策を踏まえて、ロナウドと逆側のサイドバックが積極的に攻撃に参加するのを妨げる目的があったのだろうなと。また、エジルをベンチに下げた為に、そのままでは反撃の駒が足りなくなるのを避ける目的もあったでしょうね。

後者をもう少し追及すると、去年のインテルはスナイデルとミリートの二人でカウンター攻撃を完成させる事ができました。ただ、今のレアルではまだ、三人いないと攻撃が機能しないという認識なのでしょうね。この辺りが、カカの復帰でどうなるのか楽しみです。

さて、ロナウドとディ・マリアが高い位置を保っているのを見て、バルセロナはどう対応したのか?これも興味深かったのですが、攻撃時にはロナウド側のサイドバックであるアウベスを中盤の高さまで上げていました。これは、左右のサイドバックを比較して、より攻撃が得意な右サイドに攻撃を、より守備が得意な左サイドに守備を任せた形なのでしょうね。この場合、ロナウドには直接プジョルが付く事が多くなりますが、前半の様子からそれでも行けると判断したという要素もあるのでしょう。

それに対してレアルは、アウベスが上がった後を狙うべく、時にはロナウドとディ・マリアの両者がレアルから見て左サイドにいる場面もありました。残念ながら結果は出ませんでしたが、試みとしては面白いなと。後半のレアルは選手交替を除けばほぼ策なしという印象だったのですが、細かいところでは色々と動いていたんだなと思ったので記録しておく次第であります。


ついでに、レアルのサイドバックの守備についてですが、それ以前の中盤の守備が破綻しているだけに、サイドバックの守備を責めるのは酷ではないかなと思いました。つまりは全体の構造的な問題なだけに、監督の手腕が問われる事になりそうです。


最後に、ハイライトを見ただけですが、クラシコの翌週のバレンシア戦では、レアルの布陣はこの日のバルセロナと同じだったような。一応はロナウドとディ・マリアの2トップですが、実質的にはエジルの0トップという感じだったみたいで、ちょっと深読みしたくなりますね。この形でエジル→カカになったら、カウンターという点ではかなりえげつない攻撃ができそうですし、守備でもディ・マリアが頑張る限りは期待できそうですし、彼が疲れたところでイグアイン投入というのもイヤラシイですし、次の対戦を見据えて質を高めて行って欲しいところですね。


以上、今日はこれにて。

テーマ : 欧州サッカー全般 - ジャンル : スポーツ

ふと思ったセキュリティの話

たいそうな話ではないのですが、さっきふと思い付いたこと。


ブログなどのセキュリティは、特に無料サービスの場合は、それほど厳しいものにはならないわけで。パスワードの流出といった被害に遭うことは、可能性としてはあり得る話です。

とはいえ、それは神経質になるほどの率とも思えず。それに別にすごい事を書いているのでもなし、万が一に自分が被害に遭ったとしても、新しくアカウントを取って、連絡が付く限りの方々にお知らせすればいいやと、気楽に考えておりました。

仮に愉快犯が当アカウントを利用して「おっぱいなんてプー」みたいなものを書いたとしても、いつも拙文を読んで頂いている方々なら、「BKOが書いたのではないな」と分かって下さる…と思いたいですがまあ日頃の行いが良くないのでどう取られるかは蓋を開けてみないと分かりませんがそれはさておき(笑)。


仮にブログを乗っ取られた場合に、自分にとって一番ダメージがある行動は何かというと、今まで書いた事を全て消されてしまう事だなぁと。特に、自分の文章についてはそれなりにバックアップがあるのですが、エントリを読んだ方が残してくれたコメントが失われてしまうのは、自分にとっては勿体ないし、相手に対しても申し訳ないなと。そんな事をふと思ったのでした。


という事で、定期的なバックアップを考えないとなぁ・・・と思ったので、このような文章を書いてみたのでありました。なお、うだうだ言ってないで、さっさとバックアップをしろ!というツッコミはご勘弁下さいませ(笑)。


以上、今日はこれにて。


テーマ : ひとりごと - ジャンル : 日記

音楽やわ、その4:武道館ライブ

このシリーズの前回の引きで、90年代初頭のJ-Popについて次は書こうと考えていたのですが、どうも普通のサイズで収められるとは思えず。。密かに諦めつつある今日この頃ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか?

さて、そんな動機があった為に、最近はWOWOWなどで放送される国産ミュージシャンのライブ番組を意識的に録画するようにしていて。作業をしながら流し聞きしていたのですが、今日はその中から、思わず作業の手を止めて見入ってしまった二つのライブについて、簡単に紹介しておきます。なお、タイトルの通り、どちらも武道館でのライブでした。


・the pillows

初の武道館ライブだったそうですが、普段のツアーでのパフォーマンスと特に変わった印象はなく。まあ、慣れたサイズの会場の方が合っているのではないかなぁと思いましたが、悪い意味ではないです。最近のアルバムもそうですが、良くも悪くも安定している感じでした。

印象的だったのは、ライブシーンの合間にインタビュー映像が挿入されるのですが、そこでの発言。昔を振り返って、「10年後にもロックが聴かれているとは思えなかった。」といった事を口にされていたのですが、それについて色々と思う事がありました。で、ふと思い出したのは、それこそ10年以上前のライブで、当時ハイロウズとして活動していた甲本ヒロト(不思議に、この人には敬称をつけたくないと思ってしまいます。清志郎などもそれに近いのですが、何故でしょうね。)の言葉。随分前の事なので、実はまるで違った意味だったかもしれませんが、自分の記憶を再現するとこんな感じになります。

「いつまでロックなんてやってるの?とか言う人もいるけど、僕らはそんな人のために歌ってるんじゃないんだよ。ロックを聴かなくなっちゃう人がいて、でも新しくロックに興味を持ってくれる人もいて。彼らもいつかはロックを卒業するのかもしれないけど、ロックを聴きたいって人はまた出て来るだろうし、僕らはそんな人たちのために歌ってるんだよ。」

これ、何だかいいなと思いませんか??


・安全地帯

こちらは、番組表で見付けてしまったので一応・・・というぐらいの軽い気持ちで録画したものです。ちなみに安全地帯はシングル曲は聴いていたという程度。昭和の終わりに発売された「安全地帯ベスト」は持っていますが、あのアルバムはもの凄く売れたという印象があります。でも、売り上げとしてはミリオンに至っていないんですよね。売り上げの上限というか、市場の規模が90年代とはまるで違っていた当時の事を思い出しながら聞いていました。

自分が聴いていたのは安全地帯だと「ひとりぼっちのエール」、玉置さんのソロだとヒットした「田園」辺りまでは分かる程度で、最近の曲や昔の曲でもアルバムの曲は全く分からないのですが、ライブ開始から有名な曲を連続して披露してくれたので楽しめました。

作業の手が止まったのはライブ中盤。ステージの手前に5人が出て来て、アコースティックなセットでしっとりと「ワインレッドの心」を演奏。それが終わると、「陽水さん、素敵な歌詞をありがとう」的な発言の直後に、同じく陽水作詞の「恋の予感」が始まり、なかなか感慨深いものがありました。更に、松井五郎作詞の「碧い瞳のエリス」「Friend」を挟んで、「夏の終わりのハーモニー」を披露。陽水パートは観客に歌わせていましたが、みんな歌詞をよく覚えているなぁと思ったのも束の間、案外に自分も普通に歌えました(笑)。

YouTube - 夏の終わりのハーモニー


アップしてくれた方の説明にはありませんが、これは平成4年の正月番組での一コマ。などとすんなり説明できてしまう辺り、自分がいかに無駄知識ばかりを覚えているか、少々恥ずかしい気持ちになりますが(苦笑)。というか、国内ものもそれなりに聴いていたんだなぁ、とか思ったりしつつ。ちなみに、翌年にも正月スペシャル番組があって、出演したミュージシャンが数小節ずつ担当しながら番組で「お正月の歌」を作るという企画がありました。玉置さんは確か鶴瓶さんと一緒に暴れておられた記憶があります。

話をライブに戻して、締めの曲を予想しながら聴いていた終盤。自分の中では二択だったのですが、その一つ「ひとりぼっちのエール」でメンバー紹介があり、玉置さんと他の4人のバンドメンバーとの信頼感や、今までに積み上げて来たものを全員が大切にしている感じが伝わって来ました。そして間髪おかず、もう一つの候補だった「I love youからはじめよう」のイントロが流れた時にも、じんと来るものがありました。↓この動画は当時の、昭和60年代の雰囲気をよく伝えているのではないかと思います。

YouTube - 安全地帯 I love you からはじめよう


しかしながら、この曲で最後ではありませんでした。ラストを締めるべく始まった「悲しみにさよなら」を聴いた時、何だかやられたような気持ちがしました。自分が見落としていた故にという要素もありますが、ライブで披露された曲の数々を振り返っても、80年代の日本の音楽シーンを代表するグループの一つだったなぁとしみじみ思うところがあったので、ここで書き記しておく次第であります。


・まとめ

何度か書いていますが、自分は基本的には国内ものよりも洋楽に興味を向けて過ごして来ました。だから、例えば武道館ライブというとDEEP PURPLEやCHEAP TRICKなどを最初に思い浮かべてしまうのですが。。とはいえ、国内の、特にヒット曲の怖いところは、どこかしらで耳にして過ごしていたという事ですね。それらの作品が時を経て、ぐっと自分に迫ってくる感じを体験する事は、なかなかのものだなぁと思いました。

80年代の楽曲というのは、トータルで言えばそれ以前の作品に比べて劣る、というよりも、伸びしろが少なくなってやや軽薄に流れた感じを受けますが(もちろん例外は多々あり)。リアルタイムで耳にしていた楽曲の力というか、意識的に聴き込んだ作品ではなくても、自分がその曲と一緒に過ごした時代の事を思い出させる強さがあって、侮れないものですね。過去の名作を聴くべきか、それとも今現在の佳作を聴くべきか、という選択は容易に答えの出ない問題で、まあ時間が許す限りは両方が望ましいのでしょうけれども、もっと過去から現在へと繋がる時間軸を意識した形で曲を聴けたらなぁ…とか考えている今日この頃でありました。


そんな感じで、今日はこれにて。

テーマ : 音楽 - ジャンル : 音楽

バックしたの(BlogPet)

BKOは、バックしたの?

*このエントリは、ブログペットの「JFK」が書きました。

我が国(BlogPet)

きょうJFKは、我が国も通学すればよかった?
それでBKOは完成するはずだったの。

*このエントリは、ブログペットの「JFK」が書きました。

クラシコ雑感

何だかんだで楽しみにしていたバルセロナ対レアル・マドリードの通称クラシコですが、早寝早起きでせっかく観たので雑感を書き残しておきます。ちなみに今シーズン初のテレビ観戦。この試合に限らず、おそらく一年を通して試合前に流れると思われる映像を見ていたら、出て来るのがこの2チームの選手ばっかで少し残念でした。


■レアルの守備

結論から言うと、どこでボールを奪うのか意思統一が感じられなかったなと。早い時間帯に試合が動いた不運があったとはいえ、試合が進むごとに前線の3人と後ろの7人が分断される毎年恒例の場面が散見されて残念でした。

システムは4-2-3-1で、3の左にディ・マリア、右にロナウドを持って来た序盤。相手の右サイドバックのアウベスがボールを持つとディ・マリアが付いて中央からベンゼマが流れて来て、前後から挟み込む意図は感じました。ただ、パスコースを切って相手の右サイドにボールを誘導するような動きなどは無く、どうも前線の守備に連動性が見られないレアル。

結局、相手の中盤にボールが渡って7人で守る場面が多かったのですが、アウベスが高い位置に上がるために押し込まれたディ・マリアがディフェンスラインに吸収されて、5バックに見える事もちらほら。ただでさえ中盤が反則気味のバルセロナに対して、中央の薄い5-2で守るのは厳しいですね。


点が入ってからはロナウドの位置を左に戻して、後半頭からはエジルを下げてラスを入れて3センターにしていましたが(少し前のミランで喩えると、ピルロ:シャビ・アロンソ、ガットゥーゾ:ケディラ、アンブロジーニ:ラス)、前線の選手をどう守備に組み込むかは試合を通して解決しませんでした。が、この辺りは手の内を明かす事を避けた印象もあり、何とも言えないところですね。なお、試合前にはスタメン予想もあったラスですが、思った以上に調子が悪かったのはここだけの秘密。

ちなみに前半の問題だった5バックですが、センターバックのぺぺがフォアリベロ的に積極的にメッシに向かう事で改善しつつあったのが面白かったです。この場合の4バックは右からディ・マリア、セルヒオ・ラモス、リカルド・カルバーリョ、マルセロとなり、バランス的にはいい感じ。これをもう少し長い時間見たかったなと(*補足あり→クラシコ補足)。


イグアインがいれば少し違っていたと思いますが、今の充実のバルセロナを打ち負かす為には守備時に4-1-4-1か4-4-1-1に適した選手が欲しいところ。前者なら去年のクラシコのようにイグアインにサイドの守備を厳命してもいけるかもですが、さすがに90分は持たないでしょうし。。素人考えとしては、前者にしろ後者にしろ、守備をサボらないサイドハーフを補強したい気がします。もしくは所謂セントラル・ミッドフィールダー。具体的には、ドイツ代表の7番とかバイエルンの31番とかバスティアンさんとかシュバインシュタイガー選手なんてお薦めだと思うのですが、実現の可能性は知りません。もしも獲得できたら、一気に幅が広がりそうなのですが・・・冬のマーケットに注目しておきます。


■バルセロナの選手の配置

既に書いたようにこの試合の序盤にはロナウドが右にいたのですが、それは完全に予測済みだったのが興味深いところです。ペップ監督も凄いなぁと。説明すると、決まり事はこんな感じ。

・ロナウド側のサイドバックは上がらない。
・攻撃時にはロナウドと逆側のサイドバックを中盤の位置に上げて、3バックで組み立てる。
・センターバックは、守備時にはプジョルをロナウド側に配置する。
・これは攻撃時の3バックで真ん中にプジョルが来るのと同義。

これによって、守備時にサイドバックが抜かれそうになってもプジョルがすぐにヘルプに行けますし、攻撃時には組み立て能力に劣るプジョルの負担を減らす事になります。長所を活かして短所をカバーする実に論理的な配置でありました。


更に、相手の前線が高い位置から守備を仕掛けてきた場合はピッチを縦に長く広げて、場合によってはキーパーを組み込んで、かつ長いボールを極力減らし、中盤のブスケスの位置までシャビが下がったり、両サイドがライン際ギリギリまで広がったり、前線の選手が相手のディフェンスラインの裏を狙っていたり、何でもござれのオンパレードで、対戦相手は頭が痛いでしょうね。

で、中盤にボールが渡ると、ブスケスとシャビとイニエスタのトライアングルを中心にメッシをはじめ他の選手が適宜絡んで、絡んだ選手が空けたスペースには他の選手が走り込んで、個人能力に秀でたレアルの選手たちでさえボールがなかなか奪えない状況を作り出していました。これは中央の話ですが、左サイドならアビダルとビジャにイニエスタと時々メッシが絡み、右サイドならアウベスとペドロにシャビと時々メッシが絡み、その頃中央では他の選手が裏に飛び出す隙を窺っていて、ディフェンスラインから前線まで、ボールの近くでは常に数的有利な状況を作り出す事に成功していました。


とにかく、今のバルセロナが総合力では世界でトップなのは間違いないと証明した試合でしたが、セットプレイでの工夫とか、相手の長所を潰す戦術とか、守りを固める戦術とか、そうした諸々をあまり見せずに勝ってしまっただけに、底が知れないのがまた怖いところです。シャビの後継者という問題はありますが、今シーズンもよほど主力に怪我が重ならない限りは優勝候補の筆頭なのでしょうね。こうした軸が一つあるのは良い事だと思うので(「これこそがサッカーだ!」とか言われると同意しかねますが…)、このまま好調を維持して欲しいものです。


■結論

自分は強いチーム同士が、しかもできれば持ち味の異なるチーム同士が、お互いに高いレベルで凌ぎあう試合が好きで、それほど特定のチームに対しての思い入れはありません。で、今シーズンは他国のビッグクラブがどうも波に乗れない感じで、それが中堅クラブの躍進が理由であれば歓迎するところですが、ビッグクラブの地盤沈下が原因っぽい事を残念に思っておりました。

なので、今シーズン好調なこの両チームがぶつかり合う試合が楽しみだったわけですが。。一方的な試合は好きではないので、後半15分ぐらいから退屈だったのが哀しいところ。

とはいえ、特にレアルの方は手の内をまるで曝していない状態ですので、この敗戦を糧にして自分たちがやれる事を全てぶつけるつもりで、シーズン終盤に再び相見えて欲しいものです。なりふり構わぬモウリーニョv.s.完成の域に達したバルセロナの試合が観られたらいいなと期待を込めて。


そんな感じで、今日はこれにて。


テーマ : 欧州サッカー全般 - ジャンル : スポーツ

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