テルマエ・ロマエ2

最後に、ヤマザキマリ「テルマエ・ロマエ2」(ビームコミックス)について。


1巻が色んなところで話題になって、しかしながらストーリーの概要(風呂に溺れて古代ローマから現代日本にタイムスリップする技師の話)やら表紙絵やらに一抹の不安を感じて躊躇して、少々バクチ的な気持ちで買ってみたら面白かった・・・という自分と同じような経緯を辿られた方は、少なからず存在するのではないかと思います。

ただ、本作の魅力をどう表現するか?と問われると依然として答えに窮するのも確かで。「他人の余計な説明などなくても、読むだけで解る面白さ」と言うよりは、「面白いんだけど、どう面白いのかを説明して/してもらって、スッキリしたい面白さ」という感じがしました。


各話は基本的に一話完結型で、風呂に関する難題が発生→主人公が風呂で溺れて現代日本にタイムスリップ→そこで難題を解くヒントを得るも再び溺れて古代ローマへ→めでたしめでたし、という流れもほぼ同じです。

そして、この作品の舞台になっているのはハドリアヌス帝晩年のローマ帝国なのですが、その治世下における重大事件:バル・コクバの乱や後継者問題も、風呂のお陰で無事に解決!といった辺りからは、本作をギャグ漫画と捉える事もできます。が、それで片付けるのも少し違う気がするわけで。


一つの見方としては、この作品を文明比較という点から評価する事はできると思います。風呂という具体的な文化を手掛かりに、現代日本と古代ローマ、そして直接的には語られないものの現代ヨーロッパとの比較が展開されているのは確かで、それらの違いが読者にある種ユーモラスなイメージをもたらす形で説明されているのも間違いないところでしょう。

海外生活の経験ゆえに現代日本に対して言いたい事を抱え、日本人ゆえに現代ヨーロッパについても語りたい事を抱え、更にはこの時代の歴史考証にも労力を割いたが故に、古代ローマについて伝えたい事を抱えている。作品に出ないバックグラウンドの部分で、こうした事がうかがえる辺りも、この文明比較という見方を後押しします。


しかしながら、作者は比較文明論的なテーマを漫画という形で楽しく伝える意図でこの作品を描いたのか?と問われると、依然としてその答えは否であり、それだけではないと返答したいのが正直なところです。

2巻の冒頭の話でも判るように、作者が時代や文明の違いによる価値判断の相違が存在する事、およびその意味について読者に考えて欲しいという意図があるのは明らかです。しかし、それに加えて、単純に風呂のうんちくを語りたいという意図もあり。読者を笑わせるような要素を加えたい意図もあり。それらを紋切り型の枠の中で表現したい意図もあり。そして何よりも、それら複数の意図が作品の中でランダムに現れる為に、各エピソードの間で微妙な印象の齟齬を来たしつつ物語が進んでいく事が、この作者と作品に特有の印象に繋がっているのではないかな、と。


各話を流れとして捉えようとすると、何故かしらごつごつしたものに出くわします。自分は読みながらそれが不思議だったのですが、その不連続な揺れこそが作者の特徴であるならば、物語の構成が頑ななまでに定まっている事がコントラストとなって、より活きて来るとも考えられるわけで。

という事で、強引な筋立てではありましたが、結論としては。一筋縄では行かない複雑さと紋切り型の単純さが、作品の奇妙な魅力になっているのではないかなぁと。そんな感じでまとめておきます。


以上、今日はこれにて。


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にこたま2

続いて取り上げるのは、渡辺ペコ「にこたま」(モーニングKC)です。先頃2巻が発売されたので、以下は主にそちらについて。しかし、特に講談社から何かを頂いているわけでもないのですが、何だか連続しますね。男女の話という点でも連続ですが、先ほどの「路地恋花」との違いとしては物語のテーマが明らかに重く、しかしながら描写の雰囲気という点では似た部分がある感じがします。


お薦めいただいて1巻を読んだのですが、その印象を率直に言うと、「男が痛い」というものでした。とにかく情けなさ過ぎる主人公(なのか?も少々疑問になって来ましたが…)で、責任を引き受けない事にかけてはかなりのものです。本人に悪意がまるで無いだけに余計に厄介ですが、それを読み手にきちんと伝える描写が良いですね。

責任の分担から逃げるという傾向について、自分なども偉そうな事を言えるかと問われると口ごもる部分もあるのは確かですが、それでもまぁ、大抵の人は多かれ少なかれ、独りで飲み込む部分もあるでしょう。そうした事をしてきた人からすれば、この男の子は大丈夫なのかと思う気持ちになるでしょうし、そのようにして読者は物語に引き込まれて行く事になります。この辺りが作者の上手さですね。


ところで、この作品に限らず、こうした女性が責任のより多くを担うようになる傾向について、自分は最初に1巻を読んだ時には良く分かりませんでした。で、今でも分からない部分は残っているのですが、一応は以下のように考えてみました。

つまり、男の甲斐性という事に関して。それが目に見えて分かり易いものとして提示されるわけではない場合でも、物語に登場する女性が特定の男性に惹かれる理由を期待する心情は読者と、そして作者からも生じるわけです。そしてそこで最初の前提を維持する事は、時代の流れでもあり、そして物語が深化した現状に即した傾向でもあるのでしょう。故に、選択権を女性に委ねてその理由についての責任をも女性側に任せる作品が増えているのではないかな?と。


こうした傾向は一応、フェミニズム的な文脈からは評価される事かもしれません。が、家長制度における陥穽と似た袋小路に繋がりかねない雰囲気を、そこからは感じてしまうわけで。本作品が現状をどの程度まで反映しているのかが気になるところですが、物語の行き着く先が現実の若い世代、特にこの作品でスポットが当てられている20代後半よりもより若い20前後の世代に何かの刺激をもたらすような、それだけの現実感を感じさせる作品に仕上がって欲しいものだとおっさんは思うのでありました。


以上、この作品についてはこれにて。

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路地恋花2

例によって今月も、月に最低でも記事を10更新するぞ!という目標に向かって焦りまくっている状況でありますので、前置きもそこそこに本題に行きましょう。

という事で、最近読んだ漫画の話。まずは麻生みこと「路地恋花2」(アフタヌーンKC)について。


1巻に引き続き、上手いものだなぁというのが率直なところ。上質な内容を維持しているという前向きな意味で前巻と印象に変わりは無いので、以前に書いた感想で十分という話もありますが。。それでは面白くないので、今回はもう少し内容に切り込んでみましょう。


この巻に収められた物語の中で人気を争うのはおそらく、喫茶店のマスター(元小説家)の話と、その次の布小物屋の話ではないかと思います。いずれもストーリーの展開としては定番と言えるものですが、物語の登場人物ゆえの一途さ(p.89「師匠には、私には見えへん ものが見えるのです、そやから 私は」他)などを上手く利用しながら、その定番をきちんと書き切っているのが凄いなぁと。

これはつまり、いわゆるオマージュかパクリかという話にも通じるのですが、作り手が自分の中で消化した上で表現出来ているか否か?という、言葉にすれば短いながらも実践が難しいミッションをきちんとこなせているからなのでしょうね。


この作品はタイトルにもあるように恋物語という体裁ではあるものの、その恋の対象は必ずしも男女関係に止まりません。より正確に言うと、職業専門的な面での尊敬・愛情が先に立って、その後に異性愛がほのかに、あるいはストレートに芽生えるという形が殆どです。それは、それぞれの物語において、主人公が生業にしている職業への取材・理解・表現というプロセスを作者がとても大切にしている証でもあるわけで。

いい年ですので恋話については実を言うとさほど惹かれないというのが正直なところですが、そうした職人的な何かに対する敬意が芽生える様子が読んでいて微笑ましいので、このクオリティが次も維持される事を願っております。


以上、ひとまずこれにて。


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前回の補足:敢えて麻雀に喩えると?

ちょっと間を置いて前回の記事を読み直して。一応の補足というか、相手側の心情をゆるく麻雀に喩えるとこんな感じかな?ってのをふと思い付いたので、ついでに書き残しておきます。「こんな大事な話をネタにするな!」と言われると返す言葉もありませんが、デフォルメする事で伝わり易くなる事もあるのではないかという事で。大目に見て頂けると幸いであります。

では、「今回の対応を麻雀に喩えてみると?」の始まり~。


1.思いがけず七対子テンパイしたので、ドラも無いし中待ちだけど(*1600点)、いつも通りすんなり出るだろうと脅しをかけてみたら、

2.今日に限って強気で向かって来る上に、関係ない脇の人が白と発を露骨に鳴かせたあげく「包アリだよね?(*責任払いの事。この場合、中を捨てて鳴かれた末にあがられると、16000点or32000点の支払いになる。)」とか言い出すし。

3.仕方なく、あがりを諦めて無難に流局に持ち込もうとしたら、ギャラリーがテンパイを維持しろとか阿呆な盛り上がりをして、収拾がつかないから全自動ツモ切りマシーンになっちゃって、

4.相手が中を3枚持っている気配が濃厚な状況で、100%あがれないけどリーチでもしてブラフに賭けるしか手がない感じで、

5.あがられた時の捨て台詞を考えていたら、何故か相手がいきなり2枚ツモって多牌チョンボで終了。「手が勝手に動いて...」とか言ってるんだけど、これってラッキー・・・なの?



一応、対応表↓。

1.なんか船長が予定以上に暴走したっぽいけど、どうせ即時釈放されるでしょ?いちお~圧力をかけとくか。

2.なんかいつもと違って船長を拘留したままだし、安保の適応がなんじゃと余計な事を言うヤンキーの兄ちゃんがまた出て来たし。

3.なんか万博やってるのに、柳条湖事件が起きた9/18と結びついて変な盛り上がりになったら嫌だけど・・・国内のガス抜きの為にも強気で行くしかないな~。旅行キャンセルとか、日本のGDPにどれだけ影響するのやら?(*仮に一人5万円×1万人でも5億/500兆)

4.なんか期間ギリギリまで延長されそうな気配だし、レアアースとか言うしかないな~。肉を切らせて、さて薄皮が何枚断てることやら?

5.なんか急にあっけなく釈放された上に、地検の判断って何?それで現場が暴走とかしないの??それで責任を転嫁できてるの???・・・あ、手渡されるままに、用意してた原稿そのまま読んじゃった。。。


以上、今日はこれにて。


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例の暴走船長の話。

久しぶりに真面目に政治の事でも書こうかと思ったのですが、今夜は餃子を食べた事だしテーマは例の「尖閣諸島沖で衝突事件を引き起こした中国人船長釈放の話」で良いとして、どうもまとめにくいですね。。という事で、まずは箇条書き。

・「那覇地検の判断」と政府の対応について
・日本側が得たものと、その活かし方
・「面子」の問題
・レアアース禁輸について

以上4点をお届けします。



・「那覇地検の判断」と政府の対応について

「地検ごときが!」なんて昨今のフロッピー事件とあいまって検察叩きが更に進んだような意見もちらほら聞きますし、極端なものになると大津事件を引き合いに出す方もおられるようですが、どうなんでしょうね。

個人的には、政府の判断であるのが明らかなのに、責任を地検に投げる首相や官房長官のやり方には違和感を覚えますが。ただ、ここで「政治主導って何だったの?」なんてからかった結果、素人判断で現場が混乱する過去が復活するのも嫌ですし、敢えて指摘しなくてもいいか、という感じでしょうか。

ニュースにならないだけで実は自民党政権よりも致命的な失言が多い気がする民主党政権ですが、今回は一応「変な言質は取られないように」という意識は感じられました。それでもやはり軽率に思える発言や行動はありましたし、そもそも、落としどころの設定がないままに閣内不一致で突っ走った辺りは困ったところですが、小さくとも一応は前進しているのだし今回は不問という事で。って、何だか偉そうな物言いで申し訳ないですが(笑)。


・日本側が得たものと、その活かし方

米国のいわゆる高官筋に当たるような方々の発言は今までにもあったわけですが、尖閣諸島に日米安保第五条が適用される事を国務長官と外務大臣の間で公的に確認した時点で、とりあえず「可」は確定という感じだったかなと。欲を言えば切りがないですが、中国の手持ちの札がだいたい見えた事で、それを生かすも殺すもさほどの差はないような気もします。

後は、今回の騒動についての日本側の見解をきちんと表明する事ですが、どうもこの点については不安がありますね。中国が北朝鮮みたいな事を言おうが、船長が世迷言をほざこうが、その辺りは大人の貫禄でスルーするとして。我が国の取った行動についてはきちんと説明しておくべきで、この辺りを怠っているから付け込まれるという事をより真剣に考えて欲しいものです。そこで更に相手の言い分を逆手にとっておちょくる一節を加えられたら楽しいのですが、今の段階でそこまでは望みませんよという事で。

で、この説明には海外向けと国内向けの二種類があると思うのですが、よく指摘されるのは日本は海外向けに情報を発信するのが下手で、それによって損をしているという事ですね。今回のように現場レベルでは明らかな勝利であっても、その後のプロパガンダで巻き返されてしまう事も多いので、気を付けて欲しいものです。

一方の国内向けですが、何も言っても「日本の面子が!」なんて繰り返す方々は放っておくとして。最近思うのですが、「話せば解る」方々への説明が貧弱な事が、日本の政治の現状に繋がっている気がするのです。故に、国民のナショナリズムを無意味に煽るだけの説明に変わって、論としてしっかりしてかつ読みやすい言説が主流になって欲しいものだなぁと。奇麗事と受け取られちゃうかもしれませんが、その方向に向けて地道に努力を重ねる事が必要なのではないかなぁと思うのでありました。


・「面子」の問題

で、面子についてですが。結局のところ、今回の事件をどう評価するか?と考えた時に、評価を下す人が「面子」をどこまで重視するか?という点が一番の争点になるような気がします。ちなみに以下で言う「面子」とは現実的な利点に繋がりにくい空威張りの事で、つまり「実を捨てて名を取る」域にまで達している場合について考えています。次回以降の交渉が不利にならないという意味での「面子を保つ」事は重要だと思っておりますので、念のため。

個人的には、大義名分論や「面子」重視にナショナリズムが結び付いた末に今回の事を「弱腰外交」と批難する事には一抹の不安を覚えます。現段階ではそこまで心配をしなくても良いとは思いますし、今回の政府の対応を批難する方々を責める気もあまりないのですが、将来的にはとても気になる傾向です。日露戦争後の日比谷焼き討ち事件や、先の大戦前の幣原外交が軍部に「軟弱」と批難された事を連想しますが、特に後者について、改善に繋がる批難ではなくより稚拙な外交しか生み出せなかった批難だった事を思い出して欲しい気がします。

ついでに余計なお世話ですが、「面子」に囚われ過ぎるのは中国の伝統的な傾向でもあるわけで。北宋辺りの歴史を振り返ったら役に立つんじゃないかなぁとか思ったりもしますが、何だかそんな余裕すらなさそうなのが怖いところですね。


・レアアース禁輸について

ちょいと気分を変えて各論っぽいお話も。で、レアアースの禁輸については中国以外の国から調達するリスク分散や、レアアースを使わない方法を開発する事も我が国では進行中らしく、他の先進国の方が肝を冷やしたのでは?という話も聞きましたが。ただ、「日本にはあんまり効かないもんね~!」とか大々的に言ってしまうと円高要因にもなるわけで、難しいところです。水面下で要らぬ技術防衛戦を招く事にもなってしまいますし。。

ここで先ほど書いた海外向けの説明という事を補足すると、当事国に向けた内々の説明という要素もあります。これは大々的に発表するものとは違うので、「分かってると思うけど、レアアース禁輸で日本が受けるダメージよりも、レアアースを使った部品が入ってこない事で中国国内の製造業が冷え込んじゃう方が痛いんじゃない?」なんて低級の脅しもできるわけで。つまり、先ほどはやや理想論的な話でしたが、現実的には、国内向け・海外向け・当事国向けで説明が一致しなくても何ら問題はないという事です。三方を納得させる大統一理論があれば確かに理想ですが、個々を満足させる形での説明で充分ですので、それぞれに対して丁寧に説明する姿勢を重視して欲しいものです。

で、国内向け・海外向けはオープンな話なので問題はないとして。当事国向けの事後処理という点で、そのやり取りをする水面下のパイプについても少し気になるところです。公明党が今回の船長釈放に対して評価をしていましたが、そのルートも含めてどの程度が生きているのか見えにくい辺りが、将来的にどうなのかなぁ?と。これは対米ルートについても同様で、よく陰謀論の方々がアメリカ留学で手先にされて云々という話をされていますが、仮にその指摘が妥当だとしても、質以前に量の面でパイプが保たれているのかが最近少し気になるところで。。ま、これは一般人が心配しても仕方がないので、センセイがたの外遊の成果を期待しましょう。



・まとめ

事件後の処理の仕方でまた評価が大きく変わってくるだけに、現時点でどうこうまとめられるものでもないですが。。

いちおう我が国としては、上で書いたように日米安保の確認と尖閣諸島沖が日本の領海だという意思表明ができたのがプラス点。マイナス点は検察不信の助長とナショナリズム的な不満感が国内で広がった事。ただ、ナショナリズムについては中国の方が深刻で、それに引き摺られて得たものは名ばかりの面子。これで外国資本は経済面での中国リスクを一段高く見積もる事になるでしょうし、中国政府の強硬姿勢や末端の暴走なども増える可能性があるだけに、こちらとしても備えは必要でしょうね。

冷静に考えると、南シナ海に続いて東シナ海でも存在感を発揮して中国の膨張を封じ込めつつ、日本に対しても安保の価値を再確認させた国が一番得というか。文字通りの漁夫の利を得られた気がする辺り、気に喰わない感じもありますが。。現在の東アジアの枠組みでは無難なところかな、という感じですね。

以上、稚拙な意見でありますが、何となく書き残しておくべき気がしたので深夜にせこせこ書いてみました。時間を経て読み直した時に、不安が杞憂で済んでいる事を願いつつ。今日はこれにて。


*ちょいと補足的にネタ記事を書きました。→「前回の補足:敢えて麻雀に喩えると?


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町中を歩きながら(BlogPet)

BKOの「町中を歩きながら」のまねしてかいてみるね

確かです。

*このエントリは、ブログペットの「JFK」が書きました。

BKOで囁き反論したよ(BlogPet)

JFKがBKOはお礼を認証♪
それでJFKは日中が苦笑するはずだったの。
でも、BKOで囁き反論したよ♪

*このエントリは、ブログペットの「JFK」が書きました。

歩行(BlogPet)

JFKは歩行者も疎外しなかった?

*このエントリは、ブログペットの「JFK」が書きました。

町中を歩きながら

確か3年ほど前だったか、京都市内の四条通りなど何箇所かで、交差点での信号のローテーションが変わりました。つまり、

東西車道→南北車道→東西南北歩道

の三交替制になったわけですが、今でも東西の車道が赤になったからと歩き出して、南北方向の車からクラクションを叩かれる人が時々おられます。

意地の悪い見方をすれば、車道の信号が赤になった時の素振りで、その人が地元民かそれともそれを装っているだけなのか?が分かる・・・かもしれません(苦笑)。


このような地元民とそれ以外を露骨に分ける見方は差別だと言われる事が最近は多い気がしますが、かつてはもっと酷い物言いもありました。

例えば、狭い通りで歩道側の信号は赤、しかも車が近付いているにもかかわらず、小走りになるでもなく堂々と信号を渡る方などがたまにおられます。

そうした「歩道が赤信号でも、轢いたら車が悪いの分かってるよね?」といった脅しめいた行動が感じられる方々を見た時に、「あれは南河内か西播磨だな」といった決めつけ、今では地域差別となるのでしょうけれど、そうした囁きがかつてあったのは確かです。

あるいは、交差点からは外れますが、ナンバーが「泉」一文字の車は怖い、といった風評も、同じ類の事でしょうね。


この辺りの地域特性というか地域差別というか、そうした傾向は80年代以降に少なくなって来たと思うのですが、その移行期として、先の泉ナンバーの話が参考になるかもしれません。

つまり、「泉」一文字は怖いけど、「和泉」は大丈夫、というよく分からない説がその頃にありました。未だにその根拠が謎なのですが、地域の平坦化を感じた人たちの実感がある程度の説得力を持っていたからこそ、風評のレベルにまで至った・・・のかもしれませんね。


さて、話を戻して信号が三交替制になった事について。

日中の最高気温の数字にめげず四条通りを西に向かって歩いていると、南北車道の信号が青になって、自転車が南方向に交差点を渡り始めました。が、長い列を作っていた為に苛立ちもあったのでしょう、右折する車に激しくクラクションを鳴らされ、交差点の1/3ほどのところで止まってしまいました。

更に西に向かって歩いていると、今度は東西南北の歩道が青になりました。同じように南方向に向かって交差点を渡ろうとする自転車があったのですが、せっかちに歩き出した東西方向の歩行者と危うくぶつかりそうになり、そのまま待機を余儀なくされていました。

この辺り、自転車は歩行者と車両とどちらの指示に従うべきか?という話になるわけですが、どちらにしても疎外され易くてちょっと可哀想だなぁと思ったり。


個人的には、事故が生じた際に被害が小さくなるという理由で、自転車は歩行者に含める方が良いと思うのですが。実際には自転車は車両と捉えられているのも確かで、それをより厳格に適応するのも一つの手ではありますし、なかなか難しいところですね。

ちなみに自転車は車両と捉えられているがゆえに、お酒を飲んで乗ったら飲酒運転になったりします。ただ、自転車には適応しないという慣例というか漠然とした雰囲気のようなものもあり、条例を厳格に適応すべきかは判断が分かれるところでしょうね。事故の被害に応じて、という辺りが現実なのでしょう。


以上、眠れないままに何となく地域ネタを書いてみたところで、今日はこれにて。


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BKOと政治状況へ存在(BlogPet)

JFKがBKOで人生へ節約したかった。
だけど、BKOと政治状況へ存在♪

*このエントリは、ブログペットの「JFK」が書きました。