スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

尊敬と盲従

間に合うかな?もう一つぐらい書いておこう。
という事で、引き続き独り言。


人の意見を聞く時に、我々はその発言の信憑性を意識的にも無意識にも判定しながら耳を傾けます。で、その判定が積み重なった結果として、「Aさんとは意見が合う」とか「音楽の話ならBさんに聞こう」とか、信頼なり尊敬なりが生まれるわけです。


ただ、こうなった時に難しいのは聞き手ではなく語り手で。適切な意見を表明して、信頼なり尊敬なりを集める程に、発言のリスクは大きくなります。その結果、無難な意見に終始して次第に尊敬を失ったり、時にはそれを取り戻そうとして、よりリスクのある物言いをして余計に墓穴を掘る・・・なんて事も時々見受けられます。


で、自分の傾向として、そうした推移を避けたいが為に、聞き手に「思考停止を許さない」事があります。盲従されるのを防ぐ事で、自分の発言のリスクを少しでも小さくできる上に、発言の内容を高める効果もあるわけですが。問題は、全くもって聞き手の受けが良くないんですよね。

人間性の真理として、責任を避ける傾向があるのは確かなのでしょうけれど、ほんの少しだけリスクを分担して貰えるだけで、こちらの心理的にも発言の内容的にも劇的な改善の余地があるわけで。コスト・パフォーマンスを考えるとかなりのものだと思うのですが・・・難しいですね。


ま、実際のところはそんな感じの理性的な話ではなく。テレビのワイドショーとかに出て来て無責任な事を言う方々の意見を無批判に受け入れて、一応は発言に責任を持つぐらいの意識で話している自分の意見が、それと同列に語られる事に何か釈然としないものを感じるという、かなり感情的な話だったりするのですが(笑)。


ともあれ、聞き手に何かを要求する前に、自分の発言の中身をより良くする方が先というか執るべき道だと思うので、精進する事でしょうね。という事で、真面目な結論が出たところで今日はこれにて。

読んで頂いてありがとうございました。


スポンサーサイト

テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

寛容さが閾値を狭める

久しぶりにつらつらと独り言を書きます。

と、その前にちょっと雑談。ペットが記事を書き出したお陰で今月は既に10件クリアなのですが、割り引いて考えるべきと思いつつ、怠け癖が出てしまうのが困ったところ。来月は自前の記事だけで10件クリアを果たしたいものであります。・・・と書いて、一月後の自分にプレッシャーを掛けておこう(笑)。


で、表題。ま、自分に関することですが。

基本的に自分は、他人に寛容で自分には厳しくありたいと思っております。んで、生来の性格的にも楽観的な部分があるみたいで、他人が恐縮するほどには気にしていない事が大半だと自分では思っているわけですが。

ただ、「気にしていない」のと「気付かない」のとは違うわけで。特に、自分には厳しくありたいと思う事の副作用として、他人の細かい点にも気付いてしまうという傾向があるだけに、困ったものであります。


気付く事それ自体は、すぐには問題にはなりません。また、他人に迷惑を掛けるのはお互い様と思っているので、先に挙げた情緒的な点に加えて理性的な点からも、気にならない傾向が強いのだと思います。


問題は、自分が寛容である事を自覚している事なのでしょう。故に、例えば何度も迷惑を蒙った時に、自分の中では今までの事も含めて考えてしまうので、いつもと同じ程度かそれ以下の事なのに、「いい加減にしろよ」的な爆発に至ってしまう可能性があるのでしょう。


これを一般化すると。

普段から寛容でない人の場合、他人に対して怒ったり不機嫌になる頻度は高いものの、その爆発の程度は軽いし短期間で済むのかな、と。

普段から寛容な人の場合、他人に対してめったに怒ったり不機嫌になったりしないものの、爆発する時は激しく長期に亘るのかな、と。


特に、誰しも「(一時的な怒りでは済まず)もう我慢しきれない」という範囲があると思うのですが、後者の場合はその範囲が前者に比べて狭い気がするのが怖いかな、と。

これは要するに不快指数というものを考えるとして、100になったらほぼ全人類が怒り出すとすると、

・寛容でない人:40で怒り出すけれど、90を超えるまでは収拾可能。(値はいずれも一定。)

・寛容な人:80まで怒り出さないけれど、85を超えると収拾不可能。(値は、前者は回数に応じて低くなり、かつ後者との差=閾値は変わらず5のまま。)

例えば、他の人なら怒って当然の事を何度かされた相手に対しては、65で怒り出す上に70を越えると収拾不可能になる。つまり、相手からすれば「以前には怒りもしなかった程度の事」が、突如として逆鱗に触れる事になる。

数字は少し極端に設定していますが、そんな感じの傾向があるのかな?なんて考えていたのでした。


という事で、収拾不可能な状態になると、これは理性的に裏付けられた感情的な拒否反応を示している状態ですので戻って来るのが難しいわけで、そうなる前に閾値を意識して自らの感情をコントロールした方がいいような気がするなぁとか何とか、そんな事を考えていたのでありました。


以上、今日はこれにて。
読んで頂いてありがとうございました。



注:再読して、言葉が足りず意図が伝わりにくいと思える箇所があったので、少し加筆しております。訂正箇所は、不快指数が登場する段落です。

また、文中の「後者との差=閾値」という部分は少し論理の飛躍があるので、閾値という言葉の意味を厳密に考えると戸惑われるかもしれません。訂正を試みましたが、却って誤解を生みかねないと思えたので、結局このままにしておく事にしました。できましたら、ご賢察を賜りたく存じます。


テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

文章がチェックしたいです(BlogPet)

きょうJFKがお気に入りを発掘しなかったー。
だけど、BKOの提起に経験しなかったー。
でも、BKOと件数っぽい移行した?
だけど、文章がチェックしたいです。
でも、BKOで資金を一覧するはずだったみたい。
だけど、ご時世再読しないです。
それでBKOはBKOは個人披露したいなぁ。

*このエントリは、ブログペットの「JFK」が書きました。

経済について

理想を言えば、「どうでもいい事を思いきり真面目に考えてみる」とか「真面目な事を茶化すような立場から考えてみる」ような文章を書きたいものですが。どうも最近はそんな状態ではないので、むしろ真面目に真面目な事について書いてみます。

という事で、ネタ系の読み物を楽しみにしておられる方はしばらくスルーにて。どうせそのうち書きたくなるでしょうし、しばしお待ち下さいませ。


で、経済について何回かに分けて書きます。これは自分の中での整理の為ですが、何かしら思い違いや知識不足などがあるに決まっていますので(笑)、詳しい方は指摘して頂ければ幸いです。



・年始の日経と中国株

今年の初めの日経、確か1面の左の方に載っていたと思うのですが、「マネー難民」といった見出しの記事がありました。取材を受けた一人はシニア世代で、香港だか上海だかで口座を開いて資産を投資している人。もう一人は二十歳前で、FXに興味がある人。

二人に共通するのは「日本の先行きは良くない」という発想で、後者の方などは「日本は駄目なので円をどんどん売って資産を作りたい」とかなんとか。「日本では儲けられない」ので、個人のお金が難民のように海外を漂流しているとか、そんな論調だったような。記事としては、その状況を奨励とは行かなくとも、ある程度「当然」と考えている様な雰囲気でした。

それを読んで思い出したのが、「株はもっと上がる」「日本企業はまだまだ割安」なんて空気が充満していた2006年の初め。その幻想はライブドアの事件が起こるまでの半月しか続かなかったわけですが、大多数が同じ方向を向く事の怖さというか。2008年の海外株は厳しいかも?なんて嫌な予感を受けたのでした。

結局、中国株は大幅に下がったのですが、特にオリンピックの前に下がった事が一部の投資家には意外だったみたいで。「中国の威信にかけても、オリンピックが終わるまでは株を買い支えると思っていたのに」なんて声があったそうです。



・政府の威信にかけて?

思い出すのは90年代始め。当時、政府は分割民営化した旧国鉄株(確かJR東)の一部を市場で売却する予定で、それをスムーズにこなす為にも、「日経平均が2万円を割らない様に、期日までは日銀が買い支えるだろう」なんて声があったのだとか。

結果は、株の買い支えは行なわれず。株価が2万円を割り込む中で予定の株の売却は粛々と行なわれ、マスコミは「政府の威信にかけて株の買い支えをすべきだったのに、それを怠った責任は重い」とか何とか。欲に血走ったご自分方に責任があるに決まっているのに(苦笑)、思い込みというか、雰囲気に流されるのは怖いものであります。



・恐慌と日本

話を現在に戻して。個人的に今年は97年と雰囲気が似ている気がしていました。ただ、ここまでの株価の下落は当然予想外で、不況の覚悟はあったものの、世界的な恐慌が見られるとは思ってもいませんでした。何とも貴重な体験であります・・・とかいうと洒落にならない状態の方々に怒られそうですが。でも、今の経済の動きは、不謹慎かもしれませんが興味深いです。


さて。今になってサブプライム問題の危険性を指摘するのは簡単ですが、それは後だしだから言える事で。乱暴なまとめですが、「リスクをできる限り抑える為に複雑な経済理論を導入→リスクを抑えた分だけ投資可能額がup→大儲けでウハウハ(って死語ですね)→でもリスクは0じゃないので、地雷を踏んだら損害額は天文学的な数字に」という流れで理解する方が応用が利きそうな気がします。


今のところ日本企業の損害はさほどではないとの事で、海外への積極的な出資や買収などの動きが出ています。また、緊急避難的な意味から急激な円高が進んでいます。というか、ここまで来ると円キャリー(超低金利の円で資金を調達して投資する事)の返済投げを通り越して、大手投機筋の稼ぎ場所にならない事を願うばかりです。

上で述べたFX希望者の人生が終わっていない事を願うばかりですが、世界的な景気後退と原料高を受けて貿易黒字額が減少した上半期に続いて、下半期も円高の影響で企業の業績は悪化するでしょうし、日本経済の底力が問われる展開です。

しかし、三菱UFJの1兆円の増資なんてニュースを聞くと、9000億円と言われるモルガン・スタンレーへの出資状況の内幕を早く覗いてみたいもので。今に至らずとも当時の時点で既に、出資条件によほどの修正条項を付けていない限りは怖くてできない大盤振る舞いだという気がするのですが・・・どうだったんでしょうね。

昨日今日とNHKで特集があったそうで、確かに今は日本企業にとって大きなチャンスですが、リスクの見極めを誤らないで欲しいものであります。



・円高と介入と政治

ここ数年の日本経済は円安誘導の下で回復を期待されて来たわけですが、とは言っても政府は2004年の3月以来、為替介入を行なっていません。で、介入を期待する声もちらほら出て来たわけですが、ここまで円高が進んでしまった後では、いささか機を逸した感もあります。更に、投機筋が寄って来てバブルになる可能性もある中では、実効性に疑問もあります。


ちなみに、前回の介入時は一日あたり1兆円、総額で100兆を越える資金を準備して圧倒したのだとか。景気回復の妨げにならない様に、イラク戦争などによるドル安の気配を妨げる為に介入を開始し、いつしか目的は円の上昇を見越して寄って来たファンドの撲滅に移行して、米財務長官やG7での非難も何のその、それを圧倒的な資金力で打ち砕き。更には、放出した円を放置して市場に潤沢な資金を残す金融緩和へと目的が移行しました。

この時の為替介入について、妙な筋には「伝説」とか言われていますが、目的が複数だったりで単純な評価はしにくいです。ついでに、介入で手にしたドルで米国債を買って、それがかの国の経済を下支えしたという側面もあるだけに、財務長官やグリーンスパン議長(当時)の非難も額面通り受け取っていいのやら?という感じですし。難しいですね。


ところで、上記の為替介入に際して、手元に残るのが外貨準備です。それを10年で半分に減らせとか情報公開をせよとか、このご時世に過激な事をのたまう政治家(野党第一党)がおられるみたいで。我が国のみならず、世界経済崩壊のリスクもあるという事をどれだけ理解しているのやら?相変わらず選挙では「より最悪でないものを選ぶ」しかできないみたいで、困ったものです。

ただ、今のところ、G7の声明など政府から「やれる事はやる」という思い切りの良さは感じられるので、しばらくは応援ですね。



・戦争の経済学

さて、世界経済が復活するには?って事ですが。ここまで酷い事になっているだけに、「戦争」という可能性についても考慮すべきかと、「戦争の経済学」(ポール・ポースト/山形浩生訳,バジリコ)を今月初めに読みました。で、読み始めた時よりも一層悲惨な事になっていたりして。。。

読み物としては面白かったし、個人的にはPMC(民間軍事会社)絡みの話が将来ちょっと応用できるかも?なんて要チェックだったのですが(怖い目的には使わないのでご安心下さいませ(笑))、求めていた答えは得られなかったな、と。答えというか、より不確定要素が増しただけ、という方が近いかもしれません。


ちょっと脱線しますが、山形氏の文章に触れたのは10年ぐらい前に「クルーグマン教授の経済入門」(ポール・クルーグマン,メディアワークス)を読んだのが初めてでした。本書を読みながら当時を少し懐かしんでいたら、そのクルーグマンがノーベル経済学賞を受賞なんてニュースが飛び込んで来て、何とも偶然とは面白いものであります。

そんなわけでクルーグマンも軽く読み返したいと思いつつ、日経文庫すら在庫切れみたいで。家の中を捜索したら「クルーグマンの良い経済学、悪い経済学」(山岡洋一訳,日本経済新聞社)は発掘したのですが、お目当ての方は全然出て来ないのが哀しいところです。まぁ、捨ててはない筈なので、そのうち出て来てくれる事でしょう。



・次回につづく

しかし、当初の予定では、第二回「空売りについて」で主に株の事を取り扱って、最後に第三回でトンデモ論を披露して終わる予定でしたが・・・もしかしたら長引くかも?

ま、とりあえず、今日はこれにて。
読んで頂いて、ありがとうございました。


テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル : 政治・経済

映像作品のセリフについて

どうにもまとめられそうにないので、問題提起ぐらいの気持ちで書いてみます。


緒形拳さんの追悼という事で、二週間ほど前だったか(追記:10/12にTBS系列で放送)に、文化庁の賞を取った「ディア・フレンド」というドラマが放送されました。で、たまたま途中から観たのですが、その時に思ったこと。

「やたらと説明的なセリフが満ち溢れている状況を、どう思っておられたのだろう?」

ドラマは安っぽい上に展開も今ひとつで、悪い意味で「いかにも受賞しそうな」作品だっただけに、余計に気になったのでした。


テレビにしろ映画にしろ、映像作品の最大の特徴は、当たり前ながら映像にあるわけで。にもかかわらず、このドラマでは映像を重視しているとは思えない場面が多くありました。

特に、言わずもがなの事まで登場人物に語らせ、かつそのセリフは冗長で分かりにくく、言葉を推敲した痕跡が全く感じられない場面に出くわすたびに、シンプルな動きを追求されている(ように見えた)緒方さんの本音を伺ってみたいと、そんな事を思っていたのでした。


ただ、今ふと思うのは、もしも尋ねてみても「別に...」というぐらいの返事しか返って来ないような気もします。何というか、諦めているというわけではなく、「それは自分の仕事じゃない」といった感じだったのかも?・・・と。

自分の様に改善を求めたいと思っている立場からすれば、「名の通った大物に意見を表明して欲しい」なんて無責任な期待をどうしても持ってしまうわけですが。「自分の仕事は別にある」という意識だったからこそ、今回自分が気になった様な点にはこだわらず、色んなドラマにも出演されていたのかな、と。

そんな感じで今のところは捉えているのですが、問題提起の意味も込めて記事にしておく次第であります。


以上、今日はこれにて。
読んで頂いてありがとうございました。



テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

MASTERキートン

古い漫画の再読シリーズ。今回は勝鹿北星・浦沢直樹両氏による(と書くと多少問題があるみたいですが、一応クレジットに従って)「MASTERキートン」(小学館)について。

と言っても、今更わざわざ語るまでもなく名作の誉れ高い作品なのですが。個人的にも大きな影響を受けたものです。今回、もう読み返すのは何度目になるのか分かりませんが、それでも楽しく読めましたし、相変わらず考えさせられるものがありました。


初めて本作を読んだのは91年か92年?友達に貸してもらって読んだのですが、とにかく衝撃的で、広い世界を見せつけられたというか。馴染みが薄かった東欧はもちろん、英国などに関しても知らない事ばかりでしたし、湾岸戦争など現実の事件に主人公に絡めて、ニュースとは違った見方を教えてくれたのもこの作品でした。

考古学者にして保険の調査員かつ軍隊経験もありというその設定も見事で、それらの経歴がストーリーの上で上手く絡み合っているのが、今読んでも新鮮さを失わない所以の一つなのでしょう。当時の自分は(今もですが)歴史や考古学に興味を持っていた事もあって、とても感銘を受けたものでした。


今読み返して、例えば推理系の作品などは、人物の登場の仕方で犯人が判ってしまうものもあります。それは、漫画の特性というか、限界によるとも言えるわけですが、その一方で漫画ならではの長所を活かした「見せ方」の上手さもあるわけで。

更に、量的な制約がある中でも展開を二転三転させる盛り上げの上手さ。これもさすがに10巻を過ぎる頃には読めて来るわけですが、そんな可愛げのない読者の意見などは、本作の価値を論じる際には無意味なものでありましょう(笑)。


読者によってお気に入りの話は違うのでしょうが、かつて強い印象を受け、今回読み返しても深く考えさせられたのは、誘拐交渉人の話でした。

人質の安否が気遣われる非常事態に眠りこける主人公。「こんな時に不謹慎な」と憤る地元警察官に、スコットランドヤードのベテランはこう答えます。「彼には8時間ちゃんと睡眠を取る義務がある。」

責任ある仕事を果たす為には「不眠不休でがむしゃらに」では駄目だというこの発想は、自分の性格形成にも大きく作用した気がします。


その他、挙げ出せばキリがないのですが、次点はやはりユーリー・スコット教授の絡む話でしょうか。そのキャラクターを通して提示される「人生の過ごし方」というか。その明確な答えはもちろん明示されるわけはなく、各人が探し求めるべきものではありますが、その基本姿勢とでも言うべきものには今でも感銘を受けます。

主人公にしてもこの教授にしても、彼らは「見たくないものも見ることができる」人たちで、特に主人公は保険の仕事をしているだけに余計にその傾向がありますが、それでも(それだからこそ?)どのように人生を過ごすか、という点で強い意志を持っている辺りに、架空の人物ではあっても尊敬できると思わせるものがあるのでしょう。


以上、あんまりまとまりませんが、そんな感じでこの辺で。
読んで頂いてありがとうございました。



テーマ : 漫画の感想 - ジャンル : アニメ・コミック

拍手御礼(BlogPet)

BKOの「拍手御礼」のまねしてかいてみるね

ここの記事を読んで、何と、記事を読んでありますので。

*このエントリは、ブログペットの「JFK」が書きました。

拍手御礼

ここのところ何かとバタバタしているのですが、そんな自分を更に忙しい状態にさせる出来事が、今週はありました。

といっても、嫌な事では全くなくて。本ブログへの拍手がやたらと多く、何と、月曜日から金曜日の5日間で35もの拍手を頂きました!

で、ブログ一周年記念の際に書いた「拍手一覧」をアップデートするのに忙しかったわけですが(笑)、嬉しい悲鳴というか何と言うか。ありがたいものであります。


履歴を見ると拍手を頂いた時間帯と件数が分かるのですが、それなりに分散しているという事は複数の方から拍手を頂いているという事なのでしょうか?対象の記事が多岐にわたっているので、特定の方が何度も足を運んで、過去の記事を読んで下さった可能性もありますが。どちらにしても嬉しい事です。

ちなみに、アクセス解析はどうにも役に立たないというか、拍手を頂いた時間帯のアクセスがゼロだったりするのが面白いところです(苦笑)。


一応は人に読まれる事を意識した書き方をしているつもりですが、それでも、まず「自分が読んで楽しめる事」「自分が書き留めておきたいと思う事」を重視しているだけに、「このブログを読んだ方はどう思われているか?」という不安は常にあります。ゆえに、拍手を頂ける事は安心にもなりますし、励みにもなるわけで。

という事で、記事を読んで何かしら感じるものがありましたら、今後とも拍手の方を宜しくお願い致します(笑)。こちらも、より楽しんで頂けるものを書こうと心掛けてPCに向かいますので。


以上、簡単ながら大量の拍手への御礼という事で。

読んで頂いてありがとうございました。
今日はこれにて。


テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

布団(BlogPet)

JFKは布団がほしいな。
布団ってどこにあるかな

*このエントリは、ブログペットの「JFK」が書きました。

自転車泥棒

最近はどうにも阪神やら経済やら、暗い話にばかり、やたら詳しくなったもんだ・・・なんて自嘲しても詮無き事ではあるのですが。そんな感じで週末に酔っぱらってすごしていたら、ふと昔懐かしい切ない系の曲が歌いたくなって来て。

という事で、予想通りJ-Total Music:ユニコーンには載ってなかったのでコピーしたのですが、そのうちメモを紛失しそうなので記録しておきます。最後の方は結構適当で、どうも最近根気が続かないのが困ったものでありますが、それはさておき。

で、その前にちょっと雑談。


・歌詞について

男女の違い、という事を言い出すと、どこからともなく現れるナイスミドルなご婦人方に怒られるのが怖いところですが(笑)、男女の成長期の違いは確かにあるわけで。女の子に比べてピークが遅れる為に男の子が味わう羽目になる「取り残された感じ」というか。どうする事もできない、でもどうにもならないこの思い、が蘇るのは自分だけではありますまい。

この感じは、例えばその後、背丈などで追い抜いたぐらいでは消えないものですし、結局いくつになっても男性がガキっぽさを残している事、などとも関係するのかもしれませんが、「永遠に届かないのかも」と思わされてしまう思春期マジックの影響も大きかったりするのでしょうか?なんてよく分からない物言いになってますが、とにかく手島さんが作る曲はこんな感じで浸れる作品が多いですね、って感じで。歌詞を云々するのはあまり好きではないのでこの辺で。

しかし、後のJUDY AND MARYとかもそうですが、メンバー全員が曲を提供できるグループって良いですね。


・イントロについて

イントロで流れているのは、Cアイオニアン・スケールの上昇と下降。なんて言うと難しそうですが、要は#も何もないドレミファソラシドとドシラソファミレド。それと構成音は同じでミから始まる(Eフリジアン)スケール。

で、ここで連想するのは「Hello,Goodbye」でありまして。サビの部分、ギターとコーラス(Hello Goodbye Hello Goodbye~)のメロがドレミファソラシドなのですが、三度目のHello Goodbye~はミファソラ~だったりして。ま、コジツケなのは間違いないですが(笑)、でも多分アレンジを考えている時に、意識はしたんじゃないかな?とか思いながらコピーしてました。


という事で、本題のコード譜であります。
なお、FM7/Cは"FM7 on C"の事です。



自転車泥棒    UNICORN
作詞・作曲:手島いさむ


intro:|CM7|-

CM7  FM7/C  G7/C
遠い昔 ふた月前の夏の日に
CM7  FM7/C   G7/C
坂道を 滑り降りてく二人乗り

Em7 FM9 Em7 FM9 Em7 FM9 Em7 FM9
ずっと   ふざけたままで

CM7     FM7/C   G7/C
手を離しても 一人で上手に乗れてた
 CM7    FM7/C   G7/C
いつのまにか 一人で上手に乗れてた

  F  G  C   Dm7 G7 C C7
髪を切りすぎた君は 僕に八つ当たり
  F G  C    Dm7  G7 C
今は思い出の中で しかめつらしてるよ
  F  G  C     Dm7 G7 C C7
膝をすりむいて泣いた 振りをして逃げた
   F G  C    Dm7 G7 Am7 Dm7 G7 C
とても暑過ぎた夏の 君は自転車泥棒 君は自転車泥棒


CM7   FM7   G7
白い帽子 陽炎の中で揺れてる
CM7/A    FM7    G7   |Em7 FM9|-
いつのまにか 彼女は大人になってた

本気で追いかけたけど 僕は置いてけぼりさ
お気に入りの自転車は そのまま君のもの

髪を切りすぎた君は 僕に八つ当たり
                   Dm7 G7 C C#
今は思い出の中で しかめつらしてる しかめつらしてるよ
  F#  G#  C#     D#m7 G#7 C# C#7
膝をすりむいて泣いた 振りをして逃げた
   F# G# C#    D#m7 G#7 A#m7 D#m7 G#7 C#
とても暑過ぎた夏の 君は自転車泥棒  君は自転車泥棒


outro:|C#7 C#9 C#7sus4|-



以上、今日はこれにて。
読んで頂いて、ありがとうございました。



テーマ : 音楽のある生活 - ジャンル : 音楽

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。