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野球とサッカー

ブログに何らかの批判を書くのは、気持ちのいいものではない上に、書く事で発散できると良いのですが、それほどは意識していなかった不満が自分の中でハッキリ定着してしまう事もあるだけに、どうしたものかと思いつつ。書く事に決めた以上は書いてみましょう。

という事で、野球とサッカーについて。要は、その両方に深い理解のある書き手がもっと出て来て欲しいものだと。そんな事をふと思ったのでした。


・2006年

この年には春先に野球のWBCがあり、この初めて行なわれた大会で日本は見事優勝を果たしました。一方、6月にあったW杯でサッカーの日本代表はグループリーグ敗退。その際に、「中田選手はイチロー選手に及ばない」とか「ジーコ監督の代わりに王監督に指揮してもらえば」とか、意味のない比較を通してサッカーを見下す野球ファンがいました。

残念だったのは、「野球に関する限りは」興味深い分析なりをしておられる方が、そうしたサッカーに関する無知を曝け出す様な、優越心を前面に出しただけの底の浅い言及をしていた事で。蛇足がなければ面白いのになぁ・・・などと思う事がたびたびありました。


・マスコミ

逆に、サッカー好きな方が野球を悪く言うケースで思い付くのは、マスコミに言及する場合などでしょうか。

スポーツ紙の書き方やらアナウンサーの実況について、暗にサッカーの優位をほのめかす様な書き方で「野球とは違うのだから」と述べる方が時々おられます。彼らも、「サッカーに関する限りは」試合の分析など深く掘り下げた文章を書いておられたりして。

要は、サッカーも野球もその他の競技も、もっと言えば経済や政治についても報道の仕方には問題があって、その問題の質はどれも同じ様なものだと思うわけで。それが、「野球ではそれでいいだろうけど」と思っておられるのが垣間見えて残念に思うのであります。


・どちらが頭を使うのか?

それから、時々見かけるこの話題。

野球派:野球は時間をかけた投手と打者の心理戦が面白いけど、サッカーは深く考える前に展開が変わるから、あまり頭を使わなくていい。云々。

サッカー派:サッカーは一瞬で攻守が入れ替わるから瞬時に頭を切り替えなければならないけど、野球は攻守がハッキリ分かれているから頭を使わなくていい。云々。

何というか、どちらも頭を使うべき場面が多々ある、という結論が妥当だと思うのですが。どんな競技でも、頭を使わなくても結果が出る時があるだけに、一度持った印象は、特に興味を持てない競技については拭い難いという事なのでしょうか。


・きっかけ

自分は子供の頃に、それほど本格的にではないものの野球にもサッカーにも熱中した時期がありましたし、「どちらも好き」という方は結構おられる気がするのですが。何故か「野球とサッカーとどっちが好き?」と、一つに無理矢理絞らせる様な質問を受ける事があって。最近もそんな事を訊かれたのがきっかけで、こうした事を考えてみたのでした。


他人が興味を惹かれるぐらいに深い理解を、複数の分野で修める事は難しいからなのか。或いは、それぞれについて深い理解を得られても、分野をまたいだ比較をするには、また別の修めるべき能力が必要だからなのか。

恐らくはその両方なのでしょうけれど、サッカーにしろ野球にしろ、その分野だけではなく全く違った分野にも造詣の深い方が書く文章は、やはり印象が違いますね。逆に、確かに詳しいけれども、もう少し色んな事にも興味を持った方が良いのでは?なんて思ってしまう書き手の場合は、当たり外れが激しい気がするというか。そんな事を考えていたのでありました。



あんまりまとまっていませんが、そんな感じで。

ちなみに、月が変わらないうちに北京のサッカーと、もう一つ全く別の話題についても上梓したかったのですが、どうにもサーバーが重くてこの土日はログインできない時間が多かったのが残念であります。ともあれ、今月はこれにて。

以上、読んで頂いてありがとうございました。



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テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記

ちばあきお作品

何故か目が冴えて来たので、もう一つ。これまた先週末のお話。


最近、昔の有名な漫画を読み返す事が多くなっています。ま、他にも読むべきものは沢山あるわけで、いわゆる一つの現実逃避みたいなもんですが(苦笑)。昔の自分がどんな感想を持っていたのか、正確なところは分からないのですが、受け取り方が昔とは「違っているような感覚」というか。それが面白かったりするので、時間が許す範囲で、引き続き適当に読みたいものです。

という事で、先週末に読んだ、ちばあきお作品について。



・ちばあきお作品

具体的には集英社の「プレイボール」と「キャプテン」ですが。前者が22巻、後者が26巻となかなかのボリュームです。

きっかけは自分の記事。北京での野球のネタで、配球について「古典的なミス」と書いた時。「外一辺倒で勝負すればいいのに、下手に内角に色気を出して裏目に出る」というミスですが、これって色んな作品でもよく取り上げられていたなぁ・・・なんて事を思って。

その時は、具体的にどの作品で、とまでは思い出せなかったのですが。後日ふと、確かちばあきお作品のどちらかで、そんな場面があったような・・・と思い付いたのが、読み返すきっかけでした。

で、結論から言うと、両作品ともにそんなシーンがあったのですが(笑)。読み返して良かったと思ったのは、それとは別の事でありました。


オリンピックの期間中。「感動をありがとう」とか、選手の個人的なエピソードとか。何やら競技そのものよりも付帯状況の方が重要だったり、勝ち負けよりもショーとしての要素が重視されたり。それは今までにもあった事なので特別文句を言い出す事でもないのですが、惨敗した競技(具体的にはサッカーと野球)への不満などもあって、何かもやもやした気分が抜けませんでした。

それが、上記の2作品を読んだ事で、そうした気持ちがすっきり瓦解したのが、とても嬉しい事でありました。


特に「プレイボール」においては、主人公の高校は甲子園を目標とするのは難しいのですが、それでも目の前の試合に向けてやれる事は何でもやる姿勢と、それによって一つでも上の結果を目指す意思がとても素晴らしく、結末を知っていてなお楽しく読めました。

「キャプテン」の方は中学選手権での全国優勝を具体的に目指して、それをやり遂げるわけですが。こちらは金メダルを狙える位置にいる選手たちに、「プレイボール」は当面一位を目指す位置にはいない選手たちに、登場人物たちの心境を酌んだ読み方をして頂いて、それを競技に活かしてくれたらなぁ・・・なんて生意気な事を思うのでありました。


敗北は誰にでも、どんなチームでも起こり得る事で、むしろそれを知らずに過ごす方が難しいわけですが、それゆえに「負け方」が重要だとはよく言われる事です。

しかしながら、「全力を尽くして、それで負けたらカッコワルイ」と思う事がどれほどカッコワルイか、を、本作品を通して、もう一度多くの方に実感して頂きたいものだと。そんな事を思うのでありますが、差し当たっては深く自分自身に言い聞かせたいものであります。


あと、読み返すきっかけになった配球についてですが。イガラシ君を始め多くの登場人物が、「結果から内容を判断する事の危険性」を何度も述べていました。要は、その配球で「たまたまいい結果が出た」のか、それともその配球が「いい結果に結びつきやすいものだった」のか、を考えるべきだという事でしょうか。

自分もそうですが、適切だと思う事をしてなお結果に結びつかないのは良くある事で。そこで「結果が出ないから」とやり方全てを否定してちゃぶ台返しをしたくなるのは尤もですが、適切なやり方は継続させるという判断ができるようになりたいものであります。また、逆に結果に目がくらんで反省を蔑ろにする事にも気を付けたいものでありますが、調子に乗ってしまうほどの大成功をまずは収めたいものであります(笑)。ってのは戯言ですが。



・寄生獣/岩明均/アフタヌーン・コミックス

ついでに、他に今月読んだ昔の漫画について。長々と語る気はないので、記録代わりに、って感じで。

今読んでも充分に通用する、と言うと偉そうな感じですが、名作は時代を超えるという証明ではないかと。自分は10年ぶりに読んだのですが、未読の方はもちろん、昔読んだという方でも、死ぬまでの間にもう一度読み返しても良いのではないかと、お奨めしたい作品であります。



・コータローまかりとおる!/蛭田達也/講談社

きっかけは「ふと目に留まったから」なのですが。初期はいかにも80年代的な陽気さが感じられ、それが90年代に入ると重苦しい雰囲気をまといつつ、そうした時代の違いを作中に敏感に反映させているのが面白いなぁ、とか。細かい言い回しや微妙な伏線が楽しかったりして、一気に読めました。全59巻。



以上、今日はこれにて。
読んで頂いてありがとうございました。


テーマ : マンガ - ジャンル : アニメ・コミック

真夏の大感謝祭

普通、「質より・・・」と来ると「量」なのでしょうけれど、熟成しているうちにネタが古くなるのを避けるという意味では「早さ」を重視するのも一つの手なわけで。そもそも、熟成させたところで必ずしも質が伴うわけではないだけに、「早さ重視→何かあったら後から補足」スタイルも取り入れて行きたいものだと思う今日この頃であります。でも、結局凝ってしまうんですけどね。。。

という事で、先週末にあったネタですが、さっさと書きます(もう週末やん、というツッコミは馬耳東風で)。WOWOWで観たサザンのライブについて。本当は今までの活動を振り返って、「拝啓、桑田様」みたいな手紙文の形で長文を上梓するつもりだったのですが。時間がないので泣く泣く却下。。。



・ライブ前

このライブで区切りをつけて、無期限の活動休止に入るというサザン。と言ってもサザンとしての活動は2006年の夏以来2年ぶりだったりするわけで、これまでとさほど変化があるとも思えないのですが。

個人的に今回のライブに少し気持ちが傾いたのは、そのタイトルが原因でした。「真夏の大感謝祭」という名前は、彼らが10周年の時に行った「真夏の夜の夢-大復活祭」をどうしても連想してしまうわけで。

もちろん1988年に自分はライブに行けるはずもなかったのですが、セットリストといい、内容といい、素晴らしいライブだったという話は年配のファンの方から伺っていただけに、心惹かれるものがあったのでしょう。



・ライブ

サザンのライブを特徴付けていた要素を考えてみると。
1.質の高い楽曲を生で聴ける
2.エンタメとしての盛り上げが上手い
3.男臭いロックなライブも味わえる

個人的な印象としては、20周年の頃までは、この3つの要素が揃っていたと思うのです。しかし年を経るごとに3の要素はポップな雰囲気が取って代わり、それにつれて実際にライブ会場に足を運ぶ気も減って行きました。(ちなみに、初期の彼らのライブは、もっぱら3の要素によってのみ成り立っていたそうで。演奏技術が未熟で1の要素がなく、2の要素も当たり外れが激しかったのだとか。)

そんなわけで、正直に言ってあまり期待していなかったのですが、ライブ後半の流れの中で、かつての雰囲気を少しばかり連想させるものがあって。ロックなノリが「完全に消えたわけではない」のを確認できたのは、嬉しい事でありました。

また、今回アンコールで演奏した「みんなのうた→勝手にシンドバッド」という流れは、往時であれば本編終盤の流れに続いて一気に披露したと思うのですが。それでも、流れを分割してでもこれらのラインナップを演奏したのも、個人的に嬉しい点でありました。


今回演奏したのは全46曲。とはいえ、その半数以上はメドレーで、普通にライブで30曲を歌い切っていた頃に比べると、体力的な衰えも目立ちます。それでも、ロック・スピリットなる精神は心掛け次第だと思うわけで。

昨年のワイト島ライブ。サザンよりも更に一回り上のストーンズは、やはりストーンズでありました。自らの年齢を全く考慮しないのも考えものですが、たとえ時間は短くなっても、昔を連想させるロックな姿を、これからも拝見できる事を願う次第であります。



・カメラ

最後に苦言。やたらカメラの切り替えが目立った今回の放送ですが、一番残念だったのは本編終了後のアンコールを待つ場面。

ライブ中でも観客をアップで抜くシーンが多く疑問を感じていたのですが、特にこの時間は観客を追ってばかりでした。スクリーンではおそらく文字で、
「まだまだやりますか?」→歓声
「でも年だしやめよっかな」→悲鳴
といったやり取りがあったと思うのですが、一度もスクリーンを映す事なく。

何年も独占放送をしているのだから、もう少しやりようがあったのではないかと思うだけに、一応書き記しておく次第であります。


以上、今日はこれにて。
読んで頂いてありがとうございました。



テーマ : 音楽のある生活 - ジャンル : 音楽

星野後継

ここぞとばかりに野球ネタが続きます。北京のサッカーも簡単にまとめておきたいところではあるのですが、どうにも書く気が起きないもので・・・。という事で、来春のWBC監督人事について。まずは北京での敗因を探ってみます。


・敗因

何やら、国内リーグと国際舞台でのストライクゾーンや公式球の違いが投手にプレッシャーを与え、それが敗因だという論調が主流なのだとか。あまり陰謀説は好きではないですが、監督の責任を追及しない不自然な流れがあるように感じてしまうのが正直なところです。


で、誰にでも手に入れられるデータ↓。あまり凝る気はないので、表はhtmlで適当に作りました。カッコ内は延長10回までのスコアで、これは延長11回以降はノーアウト1塁2塁で始めるという妙なルールの影響を除外する為です。

韓国キューバアメリカ日本
韓国-7-48-75-3
キューバ4-7-5-4(3-3)4-2
アメリカ7-84-5(3-3)-4-2(0-0)
日本3-52-42-4(0-0)-


予選4強のみ予選合計決勝トーナメント
韓国20-1441-229-4
キューバ13-13(11-12)52-2312-5
アメリカ15-15(10-11)40-2210-14
日本7-13(5-9)30-146-14



これを見れば分かるように、日本は予選リーグを通じて最少失点。決勝トーナメントに進んだ4強の直接対決に限っても、タイブレークを考慮しようがしまいが最少失点を誇っています。

逆に決勝トーナメントでは失点が増えていますが、これは監督が特定の投手にこだわった事、対応が遅れて大量失点を喫した回があった事が大きかったかな、と。


一目瞭然なのは、とにかく点が取れない事。攻撃に関して気になったのは「打線が繋がらない」事で、犠打や盗塁・エンドランなどの数と成功率を調べて4強で比較してみたいところです。面倒なので印象論で済ませますが、こうした攻撃時のベンチからの指示が、他の国と比べると少なかった気がするわけで。

打者について言えば淡白に打ち急いでいた印象で、四球でもいいから繋ぐという意識は乏しかったのかな、と。観ていない試合の方が多いので確証は持てませんが、四死球の数や相手投手の球数、打者の最終カウント(2-1から打って凡退、とか)などを調べると興味深いデータが得られそうです。


何やら細かくなって来たので大雑把な話に戻しますが(笑)、4強との戦いを振り返ってみると。

1.キューバ戦:先制され二度追いつくものの突き放されて敗戦
2.韓国戦:先制するも追い付かれ逆転負け
3.アメリカ戦:0-0からのタイブレークで敗戦
4.準決勝・韓国戦:先制するも追い付かれ逆転負け
5.3決・アメリカ戦:先制して二度追い付かれた後に突き放されて逆転負け

もちろん、終盤に踏ん張り切れなかった投手陣、追加点や勝ち越し点を奪えなかった打線にも問題はありますが、ここまで逆転負けが多いのは采配に問題があると言われても反論できない気がします。試合を観ていて選手との間の意識の差も感じられただけに、WBCで星野監督続投を支持する根拠が乏しいと思うのが正直なところ。

また、「熱血」「闘将」という言葉で語られる事が多い方ですが、どうも個人的には「自分に酔っている」感じがして、発言を素直に受け取れないというか。感情を表に出すと言っても、例えばラモスさんの言葉ほど響いて来ないんですよね。そうした違和感を選手たちも感じているのだとしたら、チームをまとめるのは難しいのではないかと思うのでありました。



・勝手に人物批評

何やら、スポーツ紙によると星野監督+野村ヘッドコーチという案があるそうで。。。ただ、以下で取り上げる監督候補は、誰であれ全権を与えないと難しいと思うわけで。勝負どころになればなるほど意見が対立して空中分解する可能性が高くなるわけで、誰か一人に絞るのが無難でしょう。という事で、候補別に個人的な印象を。なお、王監督は健康問題で候補からは外しました。


1.落合監督

個人的には本命。勝てる試合をものにする采配も、競った試合で勝負を仕掛けられる采配も期待できるかな、と。仰木監督亡き今、勝負勘という点では抜きん出ている気がします。

問題点は、アンチが多い事でしょうか。選手としての実績も申し分ないだけに、普通にしていれば尊敬を集めそうなものですが。。その独特の個性ゆえに、外野はもちろん選手からの人望という点でも今ひとつ不安があります。イチロー選手なりが上手く橋渡しをして、選手の気持ちを盛り上げる事が重要かな、とか思ったり。


2.野村監督

個人的には対抗。緻密な采配と野球を良く知っているという点では圧倒的な存在かと。

問題は、負ける時には理に従って負けてしまう事でしょうか。彼我の戦力差があるならば仕方がないとしても、乱戦・混戦になった時には不安が残ります。また、特定の選手をえり好みする傾向があるだけに、限られた戦力でやり繰りするのは上手くても、代表監督として豊富に選択できる人材を使いこなせるか?という点も少し心配です。外野受けは、落合監督ほど悪くはないと思うのですが・・・。


3.森監督

個人的には大穴。野村さんに匹敵するほどの野球への理解の深さと、西武監督時代の経験は心強い。

ただ、横浜の監督として成果を残せず、結果を残したのが10年以上前という事で、選手たちとの間に相当ギャップがありそうなのが気になるところ。西武監督時代を除けば、選手や一般からの受けが良かったとは言えないだけに、難しいでしょうね。今のところ短期決戦といえば日本シリーズとプレーオフぐらいで、ペナントレースに秀でた監督は出て来ても一発勝負に強い監督は育ちにくい気がするだけに、この人のシリーズ経験の豊富さは捨てがたいのですが・・・。


4.古田監督

個人的にはナシ。捕手としての技量は随一も、それを監督として活かすには経験が不足しているかな、と。

正直に言って、名前が挙がるのが不思議な感じです。ヤクルトの監督時代を振り返ってもチームをまとめる力量が不足していた印象ですし、監督はもちろんコーチとしても、まだ早いとしか言えないような気がします。また、近鉄・オリックス合併に端を発しストライキにまで発展した騒動の際に選手会長だったわけで、フジテレビ以外の外野受けが悪いと思うのも不安材料。



・補足

適当にネット上を散策した限りでは、予選リーグの韓国戦で「7回に和田投手が四球を出した時点で投手交代すべきだった」という意見が主流みたいですね。また、自分は「(7回の頭から)川上・藤川・岩瀬という継投が無難だった」と書いたのですが、その辺りについて、記憶が薄れないうちに補足しておきます。


重要な点は、あの時点でのブルペンの状況。確かこんな感じだったと思います。
1.6回の時点で、ブルペンには川上投手のみ
2.7回に入って、藤川投手もブルペンに

という事で、藤川投手の準備ができていたならば「四球の時点で投手交代」はアリだと思うのですが、8回に投げるつもりでブルペンに入ったような雰囲気を感じました。少なくとも、すぐに登板できる雰囲気ではなかったような。。となると、四球で出したランナーがいる状態でリリーフ経験に乏しい川上投手に交代するよりは、和田投手の継投の方が無難だったと思うのです(結果は最悪でしたが)。


では、ブルペンに問題があったのか?リードした時点で藤川・岩瀬・上原の継投を前提にブルペンに行かせるべきだったかというと・・・。「6回裏二死から新井選手の本塁打で先制して、次の稲葉選手は初球を打って凡退」という事で、時間的な余裕がなかったのも確か。となると、「既に準備に入っている川上投手を含めた3人で1回ずつ抑えてもらう」のが、やっぱり無難だったかな、と。万一どこかで追い付かれても、上原投手を温存できているのは心強いですし。


結論としては、より良い采配を期待するならば「中継ぎ専門の投手を選出していれば・・・」という時点にまで遡らないと実現が難しいと思うわけで。継投を決めた和田投手が四球を出した時点で、以後の采配が後手後手になるのは避けられなかったと思うだけに、問題にすべきはそれよりも前ではないかと思う次第であります。

ちなみに、同点にされた後でも、状況に応じて上手く差配すれば勝てる可能性は充分にあった試合でしたが、それを言い出すとキリがないというかお互い様なので。小さな失敗が結果に響く事も多々ありますが、この試合で取り上げるべきは違う点だと思うのでありました。



以上、今日はこれにて。
読んで頂いてありがとうございました。


テーマ : 北京五輪 - ジャンル : スポーツ

采配と配球と5年前と

真面目っぽい事ばかりを書いていると、いいかげん思い切りおバカなネタを書きたくなって来た今日この頃なのですが。この間記事にした事ですし、簡単にオリンピックの野球について。



・采配

昼間に試合があって、結果は速報で知ってしまったので試合を観ていないわけですが。テキストで流れを追った感じでは、やはり岩瀬投手の使い方を間違えたのが致命的だった気がします。


3~4年前と比べると今ひとつ安定感に欠けるものの、それでも日本を代表する抑え投手の一人である岩瀬投手。とはいえ、実力に関係なく短期決戦でツキに見放されているかのような選手は必ず出て来るわけで。これまでの流れの悪さを考慮するならば、準決勝以降には登板させないという選択が、おそらくは第一のやり方だったでしょう。

もっとも、こうした選択には唯一の正解などあるはずもないわけで。故に、彼の実力を信じて選出時の予定通りに抑えの一角を任せるのも、悪いとまでは言い切れない選択だと思います(個人的には、流れの悪さを考慮して、使うにしてもワンポイント・リリーフに止めておくのが無難だったと思いますが)。ただ、今日の場合は、「同点の場面で」投入したのがいかにも中途半端だった気がしました。

要は、1点リードで7回以降は藤川→岩瀬→上原という予定だったのでしょうが、藤川投手が1失点してしまった時点でプランが崩れたわけで。一度予定を白紙に戻して、8回は田中投手なりを登板させて、「もう一度ふりだしから」というぐらいの余裕が欲しかったところです。結局、岩瀬投手を登板させる事で、「1点でも失えばヤバイ」という監督の追い詰められた心境が明らかになってしまいました。


どんな投手でも失点する可能性はあるわけで、打たれた藤川・岩瀬両投手を戦犯扱いするのは酷だと思いますが(細かい点は後で触れます)、どこかで見たような中途半端な投手へのこだわりが敗戦の最大の原因だったのかな、と思いました。



・5年前

2003年の日本シリーズ。第1戦に先駆けての監督辞任発表で選手の士気を下げ、敵地で2連敗という最悪の流れを甲子園での3連勝で挽回して、この上もない流れで迎えた第6戦。第2戦で打ち込まれた伊良部投手の先発にこだわった采配が、日本一を逃した最大の要因だったと思うのですが(ただ、あの流れで福岡に帰った選手たちに再び勇気を与えたダイエーファンの応援も、敵ながら見事でありました)。

今回と共通するのは、確かに打たれたのは投手ですが、「そこで投げさせるのは・・・」という場面で登板させたのは監督なわけで。星野さんが状況に応じた方向転換が苦手なのは阪神ファンが5年前に身を持って体験した事ですが、結局同じ失敗を繰り返した感があって、何とも残念でありました。


あと、結果論ではありますが阪神がらみで。ベンチに島野さんがいなかったのがやはり痛かったかな、と。選手選考やら守備・走塁コーチやら問題は数多ありましたが、煎じ詰めれば監督・コーチ陣と選手の間の意識の差が埋め切れなかった雰囲気で。選手との橋渡しになれ、敵の特徴を見抜くのが上手い島野さんが健在であれば、もう少し違った結果だったかもしれません。

信憑性は定かではありませんが、「中日にスコアラーを貸して貰えないかと願い出て、激怒された(特に現場から)」という裏話を友人から聞いたのですが、星野さんとしては切実な要求だったのかもしれませんね。



・配球

ヤフーの1球速報で、岩瀬投手がホームランを打たれた場面を見てみたのですが・・・矢野選手らしくもない配球で、思わず絶句してしまいました。。

矢野捕手のリードは基本的にオーソドックスで、それは野村さん直系なので当たり前といえば当たり前なのですが。阿部捕手が序盤でも終盤でも配球が変わらないのに比べて、矢野捕手の場合は基本に忠実とはいえ、状況に応じたリードができるはずで、そこが大きな差だと思っていました。しかし・・・。


相手のイ・スンヨプ選手は、前回の対戦ではチャンスの場面で岩瀬投手を登板させて抑えました。ただ、その時の岩瀬-阿部バッテリーは、調子の悪い相手選手に対して余裕が感じられました。で、テレビで観戦しながら、「岩瀬投手を登板させるほど危機感を抱いている監督・コーチ」と「余裕のある選手たち」の温度差が少し気になっていました。(これは↑上記の島野さんの話に続く。)


話を戻して、この場面では外角一辺倒の配球で良かったはずで。よほど岩瀬投手の球にキレがなかったのでしょうか?見せ球に内角を要求するのはセオリーとしてはアリとしても、ストライクゾーンに投げるのは正気の沙汰とは思えず。WBCの時の彼はとても怖い存在でしたが、今は(言っては何ですが)料理しやすい選手だと思うわけで。外角ばかりの配球に焦れて踏み込んで来ても外角のボール球で打ち取れば済む話ですし、調子は悪くとも一発のある選手に対して不用意な攻め方だった気がしました。ちょっとミスとしては古典的なものなので、気がかりであります。


あと、藤川投手の失点は、フォークが落ちずに甘く入ったのを打たれた、という感じでしょうか?そういうこともあると気持ちを入れ替えて、また頑張って欲しいものです。



以上、今日はこれにて。
読んで頂いてありがとうございました。


テーマ : 北京五輪 - ジャンル : スポーツ

バッハ、誇り、3と5

ちょいと実験的に、真面目にレビューをするのではなく、気ままな雑談に走ったらどんなものが書けるか?という事で。筆の向くままに適当に書いてみますが、宜しければお付き合い下さいませ。今まで書いていたのとどう違うんだ?なんてツッコミはご容赦して頂く方向で、何とぞ・・・(笑)。



・「ベスト・バッハ100」EMIミュージック・ジャパン

特定の曲ではなく、演奏者にもこだわらず、とりあえずバッハが聴きたいとふと思ったので購入した本作。で、数日ひたすら100曲を繰り返し聴いておりました。評価としては、選曲が偏っているモーツァルトや選曲に無理があるベートーヴェンに比べても、このシリーズの中ではお奨めの作品ではないかと。なんて適当な事を一応言って、以下雑談。



・誇り

聴きながら思ったのは、この時代の人たちにとって、「誇り」とはとても身近なものだったんだな、って事。それが今や、「あの人はプライドが高いから」なんて言うと、あまり良い意味合いにはならないわけで。「プライド」に比べると「誇り」という日本語はまだマシな印象ですが、それでも「誇りを持って云々」と、わざわざ口にする必要がある昨今なわけで。

これは、単純に時代が違うという事なのでしょうが、ただ、「昔はよかった」には繋げたくないな、とか思ったり。当たり前に誇りを持って社会で生活する事は、個人の行動の選択を極端に制限していたのでしょうし。身分の差が前提として当たり前に存在していたり、社会状況が異なる事を無視して、誇りの有る無しだけで善し悪しを言うのも変な話です。ただ、「誇り」について、今と昔で違うのは確かかな、と。



・誇り高き勇者

例えばこういう表現を考えた時に。バッハ時代の誇りを求めるとすれば、おそらくオルテガ辺りにまで遡らないといけない。パパスだとやっぱり違う。これはどこに差があるかと考えると、やっぱり、公と私とか、そうした切り分け方が無難なのかな、と思います。

自分はゲームについては有名シリーズを一通りプレイしたぐらいで。故にゲーム性やらを語れるほど詳しくはないので、ここではストーリーに関する事のみですが。5は、要はマーサ&パパスの物語だったわけで。悪い大魔王を倒して平和を取り戻す3と比べると、誇りの持ちようも違って来るのは当たり前なのかな、と。

両作品とも、物語の最終盤(敵の本拠地)で肉親との別れがありますが、それが父なのか母なのかという違いも、こうした物語の差が影響しているのでしょうね。そう考えると、誇りの違いを、時代のせいというよりは環境の差と表現した方が良いのかもしれません。



・誇りが感じられない、誇りを持て

オリンピックが行われている影響で、こうした物言いを耳にする機会が最近は多いです。で、言いたい事は分かるのですが・・・。違和感を覚えるのは2点。

要は、誇りは他人に言われて持つものでもなければ、他人にアピールするものでもない、という事。とはいえ、わざわざそんな事を指摘して空気を悪くする気もないので聞き流しているわけですが。ともかく、自分に関しては慎みたいものであります。



・バロックとドラクエ

話を出したついでに。小さい頃からクラシックに親しんで来られた方などは、ドラクエの曲を聴くと厳しい感想を抱かれるそうですが。普通にドラクエの曲に親しんで、成長につれて普通にクラシックに興味を広げていく人たちにとっては、特にバロック期の曲が身近に感じられて良いのではないかと。そんな事で先日友人と意気投合しておりました。

すぎやま氏の仕事については、確かに引用が露骨なケースもありますが、特にメロディにおいて日本人に受け入れられやすい工夫の仕方が凄いなぁ、とか。アレンジの問題、と言い切って良いのかどうなのか。ともかく、日本語ロックなどもそうですが、「外からのものをどのように処理して、この国に合った形で再構築するか」という問題に、以後のフォーマットにもなるような解答を与えたわけで。想像も付かない苦労があったと思いますが、そうした仕事を果たされたのは何とも羨ましい事であります。



誇り→ドラクエ→中世の騎士道とかアーサー王伝説とかに話を膨らませてもいいのですが、キリがないので今日はこの辺で。
読んで頂いてありがとうございました。



テーマ : 音楽のある生活 - ジャンル : 音楽

采配と配球

あんまり、非難めいた事ばかり言いたくはないのですが・・・。今年初めて真面目に観た野球の試合は、勝てた筈の展開だっただけに残念です。。。という事で、北京オリンピックの韓国戦について。かなり久しぶりの野球ネタです。


今日はお墓参りをして。ついでに、久しぶりに車を出したので、なぜか神戸市北区辺りまで足を伸ばしたりして。帰宅後に、ビール片手にテレビで野球観戦という、オヤジの常道を行く過ごし方をしていたわけですが、何とも哀しい結果でありました。

負けた試合を詳しく振り返るのも腹立たしいので、2点だけ。


・采配

まず、この試合は、2-0で勝てる可能性が高い試合でありました。それを妨げたのは、第一にベンチの采配であると思います。

もしも、早めの継投策に徹するならば。相手の打者が3巡目に入ったところで和田投手をすっぱりと交替させるべきだったでしょう。実際、2巡目に入ってからは打者が慣れて来たのか、ヒットを打たれる事が多くなっていました。

ただ、これは結果的には試合には影響のない部分でありました。その意味でも、和田投手の踏ん張りは素晴らしかったですし、失点の第一の責任は彼にはないと個人的には思います。


試合の結果に直結してしまったのは、7回に和田投手を引っ張ってしまった事。おそらく、阪神の岡田監督や中日の落合監督であれば、すっぱりと7回の頭からピッチャーを交替させていたと思います。そして、1イニングずつ3人の投手をつぎ込んで、試合を終わらせに行った事でしょう。

これは、後ろを投げる投手(具体的には、特に藤川投手)に対する首脳陣の信頼が薄いという事なのでしょう。確かに、彼の様な球は、タイミングさえ合えば腕力のある各国代表の選手にスタンドに持って行かれる可能性は否定できず。とはいえ、絶好調時のように空振りの山を築けないまでも、彼の球に合わせるのはやはり難しいわけで。その上、ソロ・ホームラン1本ならば大丈夫という状況だったわけで、素直に川上・藤川・岩瀬という継投が無難だった気がします。


結局、和田投手を引っ張った事で、フォワボールの時点で交替させられず、同点ホームランという最悪の結果を引き出してしまいました。かつ、元来先発の川上投手を回の途中から、しかも流れの変わった状況で登板させる羽目になり。更に8回途中から岩瀬投手をもつぎ込む羽目になり。勝負所の9回に彼を続投させざるを得ない状況に陥ってしまったのが、なんとも皮肉な感じでありました。


采配についてまとめると、あの展開で投手陣は誰も責められません。また、7回の頭に和田投手を続投させた後の首脳陣の継投策も悪くはなかった。ただ、続投という判断だけは大いに問題で、それが高くついたな、という印象でありました。



・配球

基本的に、阿部捕手のリードについては、オーソドックス過ぎて物足りないと思っていました。ただ、彼の場合は打てる捕手という事で、打撃の調子が良い時には思い切った配球が見られたりして。とは言っても、オリンピックという緊張感の高い舞台では、無難な配球が増えるだろうな、とは覚悟していました。

ま、それはおそらく矢野選手が出てもあまり変わらないと思いますし、肩の強さを考えても矢野選手が先発というのは考えにくいわけで。と言う事で、自分が阪神ファンだから巨人の選手に辛口なわけではないとご理解下さいませ(笑)。


ホームランを打たれた場面。2球で2ストライクを取りながらも、慎重に外角を攻めて2-2に。ファールで逃げられたりしてボールに目を慣らされ。最終的には内角低めで勝負するのかと思っていたのですが、フォークボールを見極められた後の7球目。4球目だったかにファールで逃げられたのとほぼ同じ高さに甘く入ったボールを打たれてしまいました。失投という要素もあったでしょうが、厳しい言い方かもしれませんが、無駄に勝負を長引かせた捕手の責任の方が重い気がしました。


そして9回。悪送球による5失点目ではなく、まだ同点の場面。2アウト2塁でカウント2-2からファールで粘られて。恐らくは、その時の空気を嫌って1球外したのだと思うのですが・・・。

捕手の第一の仕事は、投手をいかに打者に集中させるか、だと思います。間合いを外してタイムを取ったり、様々な配球を指示したりするのは、結局はそれに繋げる為で、それで相手打者を打ち取るという結果を引き出してもらうわけです。

ただ、あの場面では、投手よりも捕手が雰囲気を嫌った感じで。結果、2アウト・フルカウントで走者が自動的にスタートを切れる状況を作ってしまい、ヒットで1点という舞台が出来上がりました。

この時は幸いにしてフォワボールという結果でしたが、「何度粘られようともここが勝負所」という場面で逃げてしまった事(勝負に徹してフルカウント→フォワボールならまだしも)で、流れを相手に渡してしまったかな、と。その場面だけを見れば1塁が空いていたわけで、勝負を避けてもそれほどの損はないという判断は至極妥当なものですが、勝負の神様は(残酷な意味で)公平だな、などと思った次第であります。



とはいえ、あの状況でもすんなり相手に勝たせなかった辺りは、次に繋がる重要な事だと思います。故にしっかりと上を向いて胸を張って、負けた相手には準決勝以降で雪辱を果たしてもらいたいものであります。

以上、今日はこれにて。
読んで頂いてありがとうございました。



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Mステ

とにかく、観たり聴いたり読んだりした事の感想をざっと書く様なスタイルだと、更新の頻度はそれなりになるのでしょうけれど、読み手に優しくないというか、「自分のため」という傾向がより強くなるわけで、どうしたものかと密かに思いつつもトライアルを続ける今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

ま、なる様になるでしょうという事で、今日は録画してあった二週間分のミュージックステーションの雑感でも。しかし、今年はやたらと来し方を思い出させる事が多いでごわす。



・ポニョ

一度聴いてしまったら、ひたすら頭の中でこの曲が回るわけですが・・・。それはともかく、藤岡藤巻がタモリさんと競演って辺りが、何だか感慨深い感じでありました。以下、全く何の役にも立たないうんちく話。


今から30年前に、発表したほとんどの曲が放送禁止になるという、一部マニアックな筋では今でも評価の高い「まりちゃんズ」に所属していた藤岡氏と藤巻氏。この頃にタモリさんと接点があったか否かは寡聞にして存じ上げておりませんが、藤巻氏がその後「すみちゃんとステゴザウルス」で再デビューを果たした際には、オールナイトニッポンの「思想のない音楽会」のコーナーで彼らの「キャンパス・レポート もっとクリスタル」(作詞曲は藤岡氏)を紹介して、この呪われた曲のシングル化に一定の貢献を果たしたとか。番組にもゲストで呼ぶなど、厚遇していたそうです。

ちなみに、「この曲を聴いた社長が激怒してディレクターの首が飛んだ」とか、「カップリング曲を結婚式で歌われたカップルは全て破局した」辺りが呪われた曲の所以だった様な。

そんなアングラ所属の彼らが遂に日の目を見て、タモリさんのメジャーな番組に出ている光景は、やはり時代を感じさせるものでした。リアルタイムでラジオを聴いていた方々はどう思われたのか、感想を伺ってみたいところであります。

しかし、80年代初めのこうした雰囲気を生で経験した世代が芸能界に登場して、彼らがネタにして語った事を(自分が好きな人もイマイチと思っていた人も、およそ全ての方々が、かの時代のアングラな諸々を折に触れて口にしていたような)後追いで遡って経験したのが自分たちの世代なわけで。間にワン・クッションあるだけに、完全には感情移入できない辺りが残念というか何というか。まぁ、代わりにリアルタイムで体験できた事も沢山あるわけで、言っても詮無き事ですが。



・レミオロメン

う~む・・・。やっぱり、ストリングスによるわざとらしい盛り上げ方など編曲に不満を覚えるわけですが。しつこくて申し訳ありません(笑)。

やっぱり、もとの曲をより活かすには、もっとバンドの生音を強調したアレンジの方が良い様な気がするわけで。もっと勢いが欲しいというか。ストリングスを使う使わないに関係なく、(最近の仕事についてはよく知らないのですが)佐久間氏あたりに一度プロデュースして貰ったら面白そうだと思うのですけれど・・・。

やはり、どうも自分の中ではストリングスの意義を見いだしにくい曲(編曲において)が最近は多いです。弦楽器が嫌いというわけではなく、安易な使われ方が多いというか。間奏でギター顔負けのロックなヴァイオリン・ソロが聴ける曲なんてあれば、大絶賛するところなのですが。。。好みの問題も多分にあるのでしょうけれど、難しいものですね。



・サザン

まぁ、まさか渋谷eggmanでソバヤをやった話が飛び出すとは思ってもいなかったわけですが。シェーのパフォーマンスなどが原因なのか、タモリさんが珍しくほろっと来たとか言っていましたし。やはり、この辺りの方々が集まって昔を振り返って雑談をする機会があれば、何としても聴いてみたいものであります。

サザンについては、この夏のライブが終わってから、一度自分の中で整理したいと思っていますが。番組を観ながら、タモリさんと桑田さんの日本語ロックに対する貢献について思いを巡らしてみたので以下雑談。


60年代後半から70年代初頭にかけて、日本の音楽シーンが大きく変遷を遂げた中で、はっぴいえんどが日本語ロックを定着させたと象徴的に語られるわけですが。それはもちろん一つの到達点ではあったものの、来るべき高度成長・洗練・多様化の第一歩でもあったわけで。

そんな中で、70年代後半以降、ハナモゲラ語による日本語破壊の流れを受け継いだ一人が桑田さんでありました。彼らに共通するのは「外国語に聞こえる様な日本語」の追求という点で、桑田さんが完全に自分のスタイルを確立したのは古文の言い回しを取り入れた「JAPANEGGAE」辺りだと思うのですが、日本語と英語のダブル・ミーニングは「ブルースへようこそ」辺りでも既に見られるわけで。桑田さんがタモリさんからどの程度影響を受け、或いはタモリさんはどのように桑田さんの歌詞を見ていたのか、真面目に訊いてみたいものであります。


ちなみに、サザン本体は活動休止という話ですが、桑田さんはまたソロ活動なのでしょうか?一番休みが必要なのはこの人っぽいのに、休めないのだとすれば気の毒な話であります。歌を聴いていても完全に勤続疲労で、誤摩化しながら歌うしかないのが切ないですね。新曲の出来映えについては、まぁ言わぬが花という事で。



以上、マニアックに走る昨今の傾向を充分に反映した内容になった感がありますが。今日はこれにて。
読んで頂いてありがとうございました。



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Don't Think Twice, It's All Right~くよくよするなよ、これでいいのだ

今日は、7日に行われた赤塚不二夫さんの告別式について。



・動画、記事のまとめ

YouTube - タモリ 赤塚不二夫さんへ 弔辞
YouTube - 赤塚不二夫さんの告別式 森田一義氏の弔辞
放送局によって編集に違いがあります。ノーカットで聴いてみたいところですが。。

赤塚不二夫さん葬儀 タモリさんの弔辞全文(産経新聞) - Yahoo!ニュース
赤塚さんとタモリ、ロウソクショーやフンドシ姿で共演(夕刊フジ) - Yahoo!ニュース
弔問全文と、山下洋輔氏が語る思い出。これらはニュース記事だけに、しばらく経つと見られなくなってしまうのかも。弔辞は文章で読むよりは聴くべきものだから良いとしても、思い出話が読めなくなると悲しいですね。



・赤塚不二夫

個人的には、直接的・間接的に作品に触れてはいるものの、やはり過去の巨匠という印象だったりして。山下洋輔氏とか筒井康隆氏とかタモリさんとか、彼らを追いかけると出て来るという感じで、作品よりも人間性の方が印象にあるかもしれません。

そもそも、タモリさんにしても「恐怖の密室芸人」の姿は又聞きだったり、後追いだったりで。昨年末に復刻CDが出ましたが、それで知った方も多いのではないでしょうか?そうした世代の差は如何ともしがたいものですが、ただ、この弔辞は良かったし、色んな事を思いました。


赤塚さんの人としての大きさと、人としての弱さと。多分、「弱い部分は直さないと」みたいな教育では、こんな人は出てこないんだろうな、とか。もちろんお会いした事はないので伝聞で想像するだけですが、この人の「弱さ」というのは相当なものだと思います。ただ、それを素直に出せるだけの「大きさ」があった。というか、その二つは分けられないものなのでしょうね。そして、「弱さ」は彼の欠点どころか、掛け値なしの長所だったわけで。

今の自分たちの世代だと、「弱さ」にしても「強さ」にしても、何かとごちゃごちゃ説明を要したりで。そうしたものを経ないと規定できないぐらい、世の中が複雑になってしまったという事なのかもしれませんが。良く言えば密度が濃くなって、その代わりに深みが減った、といった感じでしょうか。やっぱり、赤塚さんの底抜けの「弱さ」は凄かったんだなぁ、なんて事を思っていました。ちょっと抽象的で説明しにくいので、話を弔辞に移します。



・弔辞について

実は、自分はこの歳にして(ってのも変ですが)、弔辞を読んだ事があったりするのですが。当日、遺族の方から会場で頼まれて。人気のない場所で10~15分ぐらい、言うべき事を考えて。若かっただけに気負いもあってか多少の我は出たものの、素直に思う事を表現するよう志したつもりでしたが。今となっては、そんな漠然とした印象しか残っていなかったり。原稿を作る暇もなく、当日は手ぶらで言上したので仕方がないでしょうけれど、殆ど記憶に残っていない現状を思うと、少し申し訳なかったりします。


報せを受けてしばらくして、それを実感してしまった時とか。ふと何かを思い出してしまった時とか。そんな時には自然に涙がこぼれるものですが。弔辞の文言を考えていた時の涙は、そのどれと比べても、次元の違うものでした。それは、他の弔問客ならば時間を掛けて追い追い整理できるのに、弔辞役の人はその一時で、遥かに多くの事を一気に整理する必要に迫られるから、なのでしょう。故に、弔辞を読む段では、案外普通に言葉が出るのですが。そこに至るまでにタモリさんが独りで振り返った過去の重みに、その振り返っている瞬間に、思いを馳せてみるのでありました。

ちなみに、タモリさんが持っていたのは白紙だったそうですが、アドリブはありえないだろう、と個人的には思っています。生放送のいいともを休まなかったプロ意識を考えても、やはり事前に作り上げて来たものだろうな、と。


しかし、少し前にネットについてやや否定的な事を書きましたが、この弔辞を思い出した時にいつでも聞けるという事だけでも、ネットには充分な価値がありますね。ただ、自分の弔辞を将来自分で聞くか?と言われると。微妙、というか、多分聞かないのでしょうけれど。聞けばおそらく、弔事を考えていた瞬間が記憶に蘇るのは間違いないですが、年月の経過に応じて忘れた方がいい事もたくさんありますし、難しいところですね。ごくたまに思い出すぐらいで、普段は完全に忘れていても故人には失礼に当たるまいと、そう普通に思えるぐらいに時間が経っているだけに。・・・と、何だか湿っぽいので別の話に。



・タイトルについて

タイトルを素直に「これでいいのだ」にするのも気が引けて、ふと思いついたのが「Don't Think Twice, It's All Right」。言わずと知れたBob Dylanの名曲ですが、知らない方にも一度はオリジナルで聴いてみて欲しい曲であります。そしてオリジナルは知っているという方には、30周年ライブの時にEric Claptonがカバーしたこの曲を聴いてみて欲しいところ。彼ら二人はこの曲での競演が何度かありますが、Claptonは相当この曲が好きなんでしょうね。

しかし、味わうほどに、「これでいいのだ」は凄い言葉であります。思わず弟子入りしたくなるほどに(笑)。何かと考える事が多い昨今でありますが、それらが全て吹っ飛んでしまうような存在感で、心に沁みます。亡くなられた後に勝手に弟子入りをするとしたら、いつかは平田篤胤を気取れるように・・・なんてのは大きく出すぎですが(笑)、師匠の名を汚さぬように精進したいものであります。あと、自分が弔辞を読んだ古い友人のためにも・・・なんて言うと辛気臭いですが。まぁそんな感じで。



以上、今日はこれにて。
読んで頂いてありがとうございました。


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妄想ライブ

という事で、たまには思いきりマニアに楽しい事でも書いてみようかと。真面目な事を書くのも楽しいものですが、それとは違った楽しさを求めて、って感じでしょうか。結局どちらにしても読み手に優しくないというのが悩ましいところでありますが。。

さて、本日のテーマは、もしも自分がライブをプロデュースできるとしたら?
第一回目はミスチルであります。



01.ロード・アイ・ミス・ユー(1992)

オープニングを飾るのは、彼らの1st.アルバムの1曲目。CLASHやPOLICEやBYRDSを容易に連想できる曲調は今からすると稚拙に思えるかもしれませんが、昔からのファンほど喜んでくれるのではないかな、と。


02.Everything(It's you)(1997)

まずは盛り上がる為に有名な曲を。アコギ1本とエレキ3本は最低条件。間奏のギター・ソロは田原氏→桜井氏で。


03.終わりなき旅(1998)

更に続いて有名な曲を。普通にCD通りにじゃんごんじゃんごん始まって下さい。エレキ弾き語りで1番→一気に楽器が増える、という構成がとにかく多い気がするのですが、普通が良いと思うのは少数派なのかしら?


04.フラジャイル(1995)

MCを重視するシリーズその1。曲が終わった後のセリフが重要なのです。


05.Surrender(1999)

MCを重視するシリーズその2。「コーヒーが出てくる曲です」で騙される人の割合を知りたい。


06.I'LL BE(1999)

マイナー路線その1。あえてシングル・ヴァージョン。ちなみにカップリングは前曲Surrender。ベースの躍動感とかタムが印象的なドラムとか、結構好きなんですけどね。アルバム未収録で知名度も低いとか。


07.Pink~奇妙な夢(2004)

マイナー路線その2。一般には休憩タイム?UKの香り漂う抑揚の効いた佳作。何故かブランキーの「不良の森」を連想するのは自分だけでしょう。


08.Bird Cage(2002)

マイナー路線その3。同系統ながら前曲よりも揚が激しい。ライブではドラムスがタンバリンまで叩くのです(スティックで)。


09.LOVE(1993)

そろそろメジャー復帰をしないと盛り上がりに不安が出そうなので。LOVEシリーズに移行します。


10.Love is Blindness(1996)

ミスチルには珍しく、間奏でベースの見せ場がある曲。密かにマイナー路線復活なのはここだけの秘密で。


11.SE~フェイク(2007)

当然次は「LOVEはじめました」だろうという大方の期待を裏付けるように、それらしきSEが始まるものの、実はそれは・・・。ギターはサンプリングではなく生音でお願いします。


12.ニシエヒガシエ(1998)

で、引き続いて打ち込み系。とはいえ、生演奏も充実させます。1番の間奏はCD通りにスライド。2番の間奏は「1/42」風に。アコギはオープンG気味で、ソロは二人で受け渡す方が面白いかも。注文多いな。


13.ALIVE(1997)

更に打ち込み系。間奏および後奏はU2っぽく。


14.虜(1996)

で、一息ついてマイナー路線。これまでの流れからして、個人的にこの曲は外せない。知名度なんて知ったこっちゃね~とちゃぶ台返ししたくなるほどこのアルバムの中で好きな曲だったりするのですが、賛同は得られないでしょう。珍しい3/4拍子の曲。


15.花-Memento-Mori-(1996)

CDの順番通りに曲が始まるのもたまには良いかと。昔のアレンジでお願いします。


16.Another Mind(1993)

昔の曲にも光を、という事で優先的に選曲。前曲とはギターのストロークが印象的という繋がりで。ちなみにアコギはギブソン系。


17.All by myself(1992)

特別ゲストで小倉博和氏がガット・ギターを持って登場。CDで弾いているのだから、責任を持って見事なソロを弾きこなして頂きます。


18.星になれたら(1992)

お客さんが帰るといけないので、同じアルバムから有名曲を。個人的には、初期ミスチルを代表する1曲はこれじゃないかと思っていたりして。


19.言わせてみてぇもんだ(2004)

現段階では、CDで桜井氏のギター・ソロが聴ける最後の曲かも?ギター離れが深刻化しています。


20.Heavenly kiss(2000)

で、その前にソロを弾いた曲はこれなのかも?アメリカ西海岸風のギターが特徴的な曲。ホーン・セクションも登場。


21.ランニングハイ(2005)

ラストに向けて盛り上げて行く為にも、イントロのホーンから前がかりにお願いします。


22.ストレンジカメレオン(2001)

後奏のギター・プレイも忘れずにお願いします。イメージはBig Bang Tourで。CDよりもライブの方が印象が良い曲なので、カバー嫌いの人にも生で聴いて盛り上がって欲しいところ。


23.タイムマシーンに乗って(1997)

イントロのギター・リフで一気に盛り上がれる。はず。こういう曲が最近はないですね。


24.シーソーゲーム~勇敢な恋の歌~(1995)

有名な曲を山ほど持っているのだから、それらを連発するライブがあっても良いのでは?という事で以下の4連発。あと花火付き。


25.everybody goes~秩序のない現代にドロップキック(1994)

前曲から間をおかずにこの曲。でも銀ラメのギターで分かる人にはバレバレかも。花火付き。


26.innocent world(1994)

更に畳み掛けてこの曲。イントロは贅沢にオクターバーを使わず2本で演奏して下さい。あと、客だけに歌わせずちゃんと歌って下さい。


27.CROSS ROAD(1993)

イントロに重ねて「今日はどうもありがとう」のMCからスタート。つまりMCを重視するシリーズその3。で本編終了。



E1.Worlds end(2005)

アンコール。メンバー登場後、ドラムのソロ(前奏のフレーズを基本に適当に)から、じゃかじゃ~んとスタート。


E2.UFO(2002)

続いて、ドラムからスタートするこの曲。ライブ映えしそうな気もするので頑張って盛り上げて欲しいところ。


E3.#2601(1999)

更に、ドラムとギターの前振りから一気に盛り上がるハードロックなこの曲。キーはオリジナル(チューニング半音下げ)、もしくは半音上げ(チューニングはノーマル)で。


E4.旅人(1996)

今度はベースのソロ(間奏のフレーズの繰り返し)から、じゃかじゃ~んとスタート。


E5.名もなき詩(1996)

で、最後はCD通りに。ギターのじゃかじゃ~んでスタート。ライブを締めくくって下さい。



基本的に、ロック・バンドとしてのミスチルの良さを引き出せるような曲目を目指しました。故に、聴かせる系の曲は影も形もありません。で、この内容について来てくれる人がどれくらいいるのやら?(笑)

とりあえず、ファンでもないのに最後まで目を通して頂いた方はお疲れ様でした。そして、ファンの方が少しでも楽しめている事を願いつつ。今日はこれにて。
読んで頂いてありがとうございました。


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