1ポンドの悲しみ

石田衣良氏の「1ポンドの悲しみ」(集英社文庫)を読みました。


読む前から予想はしていましたが、こうしたひねりのない恋愛小説は苦手です。

深みがない、という意見に対して、作者やファンの方々は「平凡だけどそれがリアルじゃないか」と反論するのかもしれませんし、それは確かにそうなのでしょう。現実は時に小説よりも奇であり、しかし往々にして小説ほどドラマティックではなく、故に小説は難しいのだと思います。

だから正確に言うと、浅いから駄目なのではなく、「深みもあるように見せかけている(或いは、深みがあると思っている)のに実は深くない」から余計に目に付くのでしょう。


とは言え、好きなものばかりを読んでいてはどうしても偏ってしまうわけで、たまに自分の範囲外のものを読んでみるのも良いものだな、と思ったので、読後感はそれほど悪いものではありませんでした。

個人的には10段階で3程度ですが、それはあくまでも好みの問題でありまして、この種の恋愛小説が好きな方には、Mr.Childrenの「HOME」辺りをバック・ミュージックに読んで頂くと素敵な時間を過ごせるのではないかと思うのでした。


読んで頂いてありがとうございました。
今回はこれにて。

テーマ : 読書 - ジャンル : 小説・文学

仁義なき戦い

何となく馬鹿っぽい事を書きたいと思っていたところで、些細な疑問を思い付いたのは、天の恵みか災厄か?
ここに仁義なき戦いの火蓋が切って落とされたのであります。



テーマ:フリチンv.s.フルチン



甲「それはもう、フルチンの優位を主張しないわけにはいきませんでしょ。外来語を巧みに取り入れて来た日本人の真骨頂とでも言いますか、英語のfullと日本語の(自粛略)を上手く組み合わせたそのセンスには脱帽でございますよ。」


乙「いやいや、ちょっと英語が入っているからといって威張られるのは心外ですな。フリチンのフリはfreeが語源という説があるのをご存じ無いらしい。18世紀の啓蒙主義に端を発した自由を求める気概を受け継ぐ高尚な言葉なのですぞ。」


甲「モノがモノだけに、高尚とか言われても哄笑するしかないでございますよ。」


乙「どうやら、真面目に考証する気はなさそうですな。」


甲「何をおっしゃる!あなたはフルチンの受難を知らないからそんな事が言えるのでございますよ。先の大戦の折、敵性言語は使用不可と言われて、モロチンだのモロダシだのと言い換えざるをえなかったこの苦しみが分からないのでございますか?」


乙「野球で審判がストライクと言えずに良しと言ったとか、そんな話はありましたが、よくもまぁ阿呆らしい捏造をされるものですね。というか、国が戦争をしている時にそんなモノを出している場合でもないでしょうに。」


甲「ふふ、ばれたら仕方ないですが、そんな時だからこそ遊び心が必要なのでございますよ。」


乙「そんな非常時に遊び心で見せられる身にもなって欲しいですな。」


甲「犯罪でなければ問題は無いと思うのでございますよ。」


乙「いかんいかん、すっかり受け身になっているな。そもそも江戸時代に振り魔羅と呼ばれていた事が確認されているわけで、それが明治以降フリチンに転じたと考えるのが自然ではないですかな?」


甲「それがより発音しやすいフルチンになって一般化したのでございますよ。語源はともかく、今や広く人口に膾炙しているのはフルチンで間違いないでございます。」


乙「ええい、ああ言えばこう言う・・・。古来より、人のフリ見て我がフリ直せと言うのを知らんのか?」


甲「そんなフルいことわざを持ち出されても、現在の支持率には影響はございませんでございますよ。」


乙「まったく、口先だけで誤魔化しおって。いい加減に自らのフリを悟ってもよかろうに。」


甲「では、公平に、google.co.jpの検索結果で白黒付けますでございますよ。」


乙「うむ、望むところだ。」


甲「フルチンは108,000件でございますよ。」


乙「フリチンは・・・31,600件か。いや、カタカナだから少なかったのだ。」


甲「強情ですねぇ。ふるちんでは78,900件でございますよ。」


乙「ふりちんは・・・831件!これは何かの間違いではないか?」


甲「往生際が悪いですねぇ。ふるチンは891件でございますよ。」


乙「ふりチンは・・・145,000件!ははは、墓穴を掘ったな。正義は必ず勝つのだ。」


甲「検索結果の上のほうに、『・・・塩をふりチンしたものを・・・』なんてのがございますが?ちなみにフルちんは261,000件でございますよ。」


乙「フリちんは・・・183,000件。うぐぐ。」


甲「ちなみに、google.comでfuruchinは1,400件、furutinは1,430件でございます。」


乙「furichinは99件、furitinは57件・・・謀ったな?」


甲「いえいえ、これでハッキリしましたでしょう?5勝1敗の圧勝でございますよ。」


乙「いや、やはりそんなものはあてにならん。権威ある辞書こそが信用に足るのだ。」


甲「う~ん、ではこれで最後ですよ?広辞苑第5版にフルチンは無いでございます。」


乙「はっはっは・・・って、フリチンも載っていないではないか!」


甲「所詮、広辞苑は難しい言葉を形而上学的に更に難しく解説するだけの辞書という事でございますよ。」


乙「んな事を言ってると岩波書店から苦情が来るぞ?」


甲「庶民には庶民よりの辞書が良いというだけで、他意は無いでございますよ。」


乙「ではそういう事にしておいて、どの辞書にしようかの?」


甲「ここはやはり新解さんに登場して頂きましょう。新明解国語辞典第3版では、フルチンとは『男が陰部に何もおおわない状態。古くはふりまら。』と書かれてあるでございますよ。」


乙「ふむ、さすがは新解さん。で、フリチンは・・・載っていないのは何故じゃ?」


甲「そういう事でございましょう。」


乙「納得いかん!ここは第2版を改良したスーパー大辞林で・・・フリチンは『下ばきを着けず、ちんちんを丸出しにしていること。ふるちん。』とな。何だか直截的だのう。」


甲「フルチンは『ふりちんに同じ』ですか。載っていないよりは遥かにマシでございますね。」


乙「いや、辞書対決は1勝1敗という事だ。次は・・・」



こうして、仁義なき戦いは続くのでありました。



読んで頂いてありがとうございました。
今回はこれにて。

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宮沢喜一元首相の訃報

本日、宮沢喜一元首相の訃報が伝えられました。死因は老衰で、87年の生涯でした。


戦後、当時の蔵相・池田勇人氏が講和条約締結に向けた下準備の為の訪米するとそれに同行して能力を発揮し、その後政治家として主要閣僚を歴任した後に、72歳で首相の座を射止めました。

しかし、経済対策や政治改革で後手後手に回った挙句、野党から提出された不信任案に羽田派が賛成し、解散・総選挙でも過半数を確保できず、圧倒的な第一党であったにもかかわらず、党内の内部対立の隙に8党会派連立の細川内閣に政権を奪われてしまいました。

就任時から「自民党総裁も15代目」と、足利・徳川将軍がいずれも15代で途切れた事を念頭に揶揄されていた事が現実になったわけですが、結局この人は、政治家というよりも評論家としての方が能力を発揮できただろうに・・・というのが個人的な感想で、政治家としては、発言力はあっても責任の少ない立場で使われるという形が一番適していたように思います。

その英語力、経済に関する知見などは一流であっただけに、理論としては正しくとも政治家としてはあまりに無責任な発言を繰り返し、時に道化的な姿を呈していたのが勿体ないというか残念でした。

彼が首班にならなくても済むような、彼を使いこなせる人材が同時代に居たならば・・・と、詮無き事を思うのでありました。


読んで頂いてありがとうございました。
今回はこれにて。

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太陽の塔

ネット上で書評を読んで興味を惹かれたのがきっかけで、森見登美彦氏の「太陽の塔」(新潮文庫)を読んでみました。

その書評を読んだのは2~3ヶ月前なので、はっきり覚えていないのですが、大槻ケンヂ氏の「グミ・チョコレート・パイン」と比較していた記憶があります。


さて、本書はいわゆる青春期の甘酸っぱくも恥ずかしい日々を扱った作品なのですが、舞台が京都という事で、親しみのある地名やお店の名前が出て来て懐かしい感じでした。

そして、前述の大槻ケンヂ氏の作品と比べると、本作の中で時折出てくる現実離れした部分というか、どこか漫画的、オタク的な部分が気になります。

それは悪い意味ではなく、逆に深みの無いジュブナイル作品と一線を画していて好感が持てるのですが、大槻氏の作品が現実に有り得る範囲で恥ずかしさを追求して一線を画していたのに対し、本作は現実離れした部分も利用して恥ずかしさを際立たせているのが面白いです。一般化とニッチ(厳密化)の違いと考える事もできそうで、興味深いですね。


本ですら大量消費される時代にあって、オタク文化も「萌え」「メイド」「2ちゃんねる」などをキーワードに表面的に紹介され、消費され続けていますが、本作からは、それを良しとせず抗っている印象を受けました。その正誤はさておき、作者の意図が感じられて好感を持ったので、他の作品も読んでみようかな、と思ったのでした。


読んで頂いてありがとうございます。
今回はこれにて。

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0607シーズンのバルセロナ

引き続いて、0607シーズンのバルセロナについて。


自分自身は、ファンと言えるほど熱狂的に応援していたわけでもないのですが、前回の記事だけだと単なる負け惜しみと受け取られてしまうかもしれません。

という事で、簡単に振り返ってみたいと思います。


基本的に今シーズンのリーガ・エスパニョーラは「バルセロナの自滅」に尽きると思うのですが、試合の終盤に点を取られて勝ち点を落としたり、リードされた時に挽回できる雰囲気が微塵も見られなかったりと、散々の印象があります。

しかし、リーグ戦では1位のレアル・マドリードと勝ち点は同じで、意外にも、得点も失点の少なさも負けの少なさもリーグ1位でした。

とは言えこれは、バルセロナならばもっとできるはず、という気持ちがあるからこそ、意外に思ってしまうのでしょう。


プロの物書きさんから有名なブロガーの方々まで、いろんな方がその原因を挙げておられます。

・采配:3-4-3システムによる自滅etc,
・慢心:前線からのプレス↓、先制したら気を抜いてしまうetc.
・研究:バルセロナ対策が広く認知された
・疲労:W杯、海外興行などでコンディションが悪いままだった

結局、これらの要素が絡み合って、自滅としか言い様の無い結果に終わったのだと思います。


さて、前回の記事で、勝ち点で並んだ場合には、直接対決での成績よりも、1年間の得失点差や総得点を優先すべきではないか、と述べました。

では、仮にそうだったとしたら、バルセロナは優勝したでしょうか?


もちろん、実際にどうなるかはやってみないと判りません。

しかし、個人的には、そういうルールだったとしても、今年のバルセロナは優勝できなかったのではないか?と思っています。

おそらくバルセロナは、首位から陥落しない限り危機感を持つ事は無いでしょうし、逆にレアル・マドリードは、一度得た首位の座を明け渡す事はないだろうと思うからです。

勝負事において重要視される、いわゆる「流れ」というものが、この2チームの明暗を分けてしまったシーズンでした。



読んで頂いてありがとうございました。
今回はこれにて。

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0607リーガ・エスパニョーラ

WOWOWで6月24日(日)の24時から放送していた、リーガ・エスパニョーラの総集編を観ました。

で、結果を出し続けた終盤のレアル・マドリードは確かに見事だったのですが、順位を決める方法として、勝ち点の次に、当該チーム同士の直接対決の成績や得失点差が適用される事に、少し違和感を覚えました。

これが、勝ち点でも得失点でも総得点でも並んだ場合に適用されるならば納得できるのですが、勝ち点の次に優先される条件となると、長丁場の戦いは何だったのか?と思うのです。


また、例えば、ライバルになりそうなチームとのアウェー試合を2-0で落としていたとします。仮に、ホームでの対決で、後半残り10分で1-0だった時、「もしも勝ち点で並んだら不利になる」と思って攻勢に出るチームがあるか?というと、最終節でもない限り、がむしゃらに点を奪いに行く事はないと思うのです。しかし、それが結果に大きく影響するかもしれない・・・。


現在広く用いられている「アウェー・ゴール」方式は、今や失点を極度に嫌うあまりガチガチの試合になる事が多くなりましたが、もともとはアウェーのチームが引き篭もって試合がつまらなくならない様に、という意味付けもあったそうです。

しかし、長丁場のリーグ戦の最終順位が直接対決の2試合だけで決まってしまい、しかもそれは直接対決をよりスリリングにするわけでもない・・・。


長いシーズンの結果を評価するには、やはり得失点差の方が適切ではないか?と思ったのでした。



長くなったので、後半は後ほど。
読んで頂いてありがとうございました。

テーマ : FCバルセロナ - ジャンル : スポーツ

古代のテクノロジー

6月23日(土)の朝10時から教育テレビで放送していた、「驚異・古代のテクノロジー2」をビデオで観たので感想を簡単に。


今回は、ローマ皇帝カリグラが作ったという、湖に浮かべる豪華な船を取り上げていました。ただ、古代ローマの土木建築技術の凄さは知っていたので、先週ほどの驚きはありませんでした。


先週は、階段状の斜面に水車を何台も並べて、その動力で石臼を回して麦を挽き、大量の食料を都市に供給する光景が圧巻でした。

また、鉄と銅を電極にしてお酢を使った電池が使われていたかも?という説にはワクワクしました。
Fe→(Fe++)+2(e-)
2(H+)+2(e-)→(H2)↑って感じ??

ボルタの電池より何世紀も遡った時期ですので、仮にあったとしても実用的なものではなかったのでしょうが、おそらく江戸時代にエレキテルを体験した人と同様に、ローマの科学者たちも未知の力への好奇心が沸いた事でしょう。


そんな感じで、テクノロジー的にはそれほど驚異ではなかったのですが(自分が既に知っていたというだけで、充分凄い技術なのですけどね)、絶大な権力と富を自由に使える立場になると、25歳でもまだその魔力に負けてしまうのだな、と、妙な部分が心に残りました。

個人の性格による部分が多いとは言え、25歳といえば我が国では被選挙権が認められているわけで、年齢に見合った成熟度に達したいものだな、などと真面目な事を思うのでありました。



読んで頂いてありがとうございました。
今回はこれにて。

テーマ : NHK - ジャンル : テレビ・ラジオ

穴あきジーンズ

今日、いわゆる穴あきジーンズが話題になったのですが、以前にたかじん氏の番組で貶されていたみたいですね。

話を持ち出した人は断固反対派で、「物を大切にしないと罰が当たる」と、たかじん氏に喝采を送っておられました。

ただ、番組で、「これはファッション!」と主張して譲らなかった人がいたらしく、それに対して不機嫌そうでした。


個人的には「良さが解らない」派なのですが、ただ、自分の主張を相手に押し付け合わなくてもいいのでは?なんて事を思って、少し身を引き気味にして話を聞いていました。


しかし、交わりそうも無い両者なのだから、という理由はあるにせよ、意見を戦わす事を避けている自分のような態度が一番問題なのかも、てな事もふと思い付き、とりあえず記録しておこうと思った次第です。



読んで頂いてありがとうございました。
今日はこれにて。

テーマ : 雑記 - ジャンル : 日記

英語でしゃべらナイト07.6.11

少し古くなりましたが、6月11日に初回放送された「英語でしゃべらナイト」を観ました。ポール・マッカートニーが出るという事で、久しぶりに再放送を録画してみたのです。

さて、予想通りポールの部分は大した事のないものでしたが、ゲストで登場した神山繁さんのお話が興味深かったので、日記に残しておきます。


番組の最後で神山さんは、「田園生活を楽しみながらも頭はしっかり働かせておき、いざという時には出て行く」というスタイルを示しておられました。

これは自分が目標とする生き方にとても近いもので、「日常のしがらみからは一歩距離を置きつつも、社会の情勢はしっかりと観察して、日々の生活を楽しみつつも、自分の頭を鍛える事は怠らない」・・・そんなところに辿り着きたいと思うのであります。

今時、「国のため」などと言うと馬鹿にされそうなので口にはしませんが、いくら国のためと頑張ってみても、甘い汁を貪っている方々の懐を更に潤すだけ、なんて結果に終わる事が多いとしても、自分が愛着を持つ国や組織のために出来る事があるならば、それに取り組みたいし、それが出来るだけの能力を獲得したいと思うのです。

神山さんの話を聞いて、改めてそんな事を思ったのでした。


しかし、慣れないせいもあるのでしょうが、かつてNHKの松本アナウンサーが頑張って英語に取り組んでいた頃の方が、番組としては良かった様な気がしました。レギュラーの方々のこれからに期待しております。


読んで頂いてありがとうございました。
今回はこれにて。

はじめに

どこまで続けられるのか分かりませんが、「しっかりした内容の日記をたまに」ではなく、「中途半端でも思った事はできるだけ」書きたいな、と思っております。

まだブログの事がいまいち分かっていないのですが、叩き台のような日記をまずアップして、気になった事があったら、随時後から付け足して行く、という形を目指しています。

では、宜しくお願いします。


読んで頂いてありがとうございました。
今回はこれにて。