Christmas Eve -English Version-

先月の中頃だったか、今季初めて街中で聞いたクリスマス・ソングが山下達郎の"Christmas Eve -English Version-"で、それが定期的に頭の中で流れておりまして、何となく思い立って日本語訳をしてみました。正直に言うとネット上の某友人の二番煎じです(^^;)。彼の翻訳とは完成度が段違いな上に、素直に訳していなかったり拡大解釈を多々含む代物ではありますが、どんな些細な事であれ御意見や御指摘を頂けると心から喜びますので、できましたら宜しくお願い致します。







Christmas Eve -English Version-



|A|E/G#|F#m|E|DM7|C#m7|Bm7|Bm7/E E7|
All alone I watch the quiet rain
Wonder if it's gonna snow again
Silent night, Holy night

独りぼっちの僕の目の前で、静かに雨が降る
また雪になるのだろうか
静かな夜、聖なる夜


☆☆
|A|E/G#|F#m|E|DM7|C#m7|Bm7|Bm7/E Eb7|
I was praying
you'd be here with me
But Christmas Eve ain't
what it used to be
Silent night, Holy night

ずっと祈るような気持ちでいたんだ
君がここで僕と一緒に居てくれたらと
でも今年のクリスマス・イブは
もう昔とは違うんだね
静寂の夜、神聖な夜


|DM7|-|C#m|F#m|Bm7|-|E|E7|
If you were beside me
Then I could hear angels
And I'd give you rainbows,
for Christmas

もしも君が僕の隣に居てくれるなら
そうしたら僕は、天使からの祝福だって耳にできる
そして君に七色に輝くプレゼントを贈るんだ
クリスマスに


|A|E/G#|F#m|E|DM7|C#m7|Bm7|Bm7/E E7|
Somewhere far away
the sleighbells ring
I remember
when we used to sing
Silent night, Holy night

どこか遠くで
そりの鈴がリンリンと鳴っている
覚えているよ
僕らがあの曲を一緒に歌っていた頃を
きよし、この夜


|DM7|-|C#m|F#m|Bm7|-|E|E7|
I keep you inside me
Oh the truth is unspoken,
So my heart won't be broken,
on Christmas

君は僕の記憶の中に居る
その世界では、哀しい現実は語られていないんだ
だから僕の心は決して砕けない
幸せなクリスマスの日には


|A|E/G#|F#m|E|DM7|C#m7|Bm7|Bm7/E E7|
They lit the trees
along the avenue
Twinkling silver with a touch of blue
Silent night, Holy night

街路樹に明かりが灯り
通りは華やかな彩りに満ちていた
でも銀色の煌めきは少し青みがかっている
誰とも話さない夜、神に祈りを捧げる夜


☆、☆☆繰り返し


***

なかなか切ないですね。。なお、歌詞はこれを書き写しました。また、聞きながら訳していて、案外簡単にコードを採れそうだったので、それも書き残しておきました。移行部分に少し改善の余地がありますが、その辺りは適当に処理して下さいませ。


以上、珍しく一日に二つも書き物をしてみましたが、今日はこれにて。

テーマ : 音楽のある生活 - ジャンル : 音楽

音楽やわ、その7:椎名林檎15周年班大会

ほんの一月前にはクーラーをつけねば過ごしていられない状況だったのが、今やコタツから出るのが億劫な今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか?しかし、ぬくぬくした状態でよく冷えたビールを飲むのも良いですね。

というわけで、例によって前置きとは何ら関係なく。昨日お誘いを受けて椎名林檎さんの15周年ライブに映画館で参加して来たので、感想を書き残しておきます。ちなみに、彼女のライブは13年前に大阪の厚生年金会館に行って以来。そして個人的なベスト・アクトは、99年のライジング・サンでの「時が暴走する」です。あれは凄かった。。。


■ヴォーカルと演奏

さて、今回のライブは生楽器をバックにしたもので、エレキを手にバンドをバックにというものではありませんでした。それはそれで残念な部分もありましたが、しかし背後の演奏が充実しているので全く不満が出るわけもなく、楽しんで参りました。

ある意味では当然とも言えるし、よくよく考えると不思議にも思う事ですが、たとえ名義がソロであっても一人で楽曲を完成できるわけもなく。つまりバックの演奏が曲の重要な意味を担っているのは当たり前の話なのですが、しかし一つの作品として演奏からヴォーカル、歌詞からメロディからアレンジまでを視野に入れた批評が少ないのが不思議なところで。

あまり偉そうな事を言えるほど音楽に精通しているわけでもないですが、しかし歌詞だけを取り出して分析している批評を見ると、では他の要素は無意味なのかと反論したくもなるわけで。そしてこの日のライブは、そうした日頃の思いに根拠を与えてくれるような充実感がありました。


デビューの頃から既に、彼女の作品は市販のものであれライブであれ、演奏を重視した成り立ちでした。この辺りは芸術の世界ですら、あるいはそうした専門的な世界ほど、時に実力以上に人の繋がりが重視されたメンバー構成になるものですが、彼女の場合はかなり演奏重視で人選している感じが伝わって来て、好感を持っていたものです。

昨日のライブで林檎さんが演奏したのは、タンバリンを除くとアンコール1曲目「歌舞伎町の女王」でのアコギだけでした。つまり今回はヴォーカルにほぼ専念していた形ですが、かつて行ったライブに比べ立ち居振る舞いが安定していて、声もよく出ていました。昔は一言で言えば才能が剥き出しになったような、つまり良し悪しが分かれやすく歌を通して彼女の奥行きのあるバックグラウンドを簡単に垣間見る事が出来ましたが、今回はそうした部分をきちんとシャットアウトできていて、良い意味で「演じる」という事について成長した姿を見られました。

「演じる」という事は、特にそれを長年にわたって続ける事はとても難しく、かつての林檎さんも自分の演じたい椎名林檎と周囲の求める椎名林檎とのギャップに悩み、迷走している風に思える時期がありました。それを乗り越え、本人の念願とも言えるバンドを結成してなお、彼女のやりたい事とファンが求める作品との乖離は解消せず、今なお存在している感じを受けます。が、この日のライブでは曲目から演奏から彼女自身のパフォーマンスまで、好きなように取り計らっている印象を受け、その精神的な充実ぶりを感じ取れた事も良かった事の一つです。


一方で、個人的に残念だった事も一つだけ。それは「罪と罰」のあの演奏のテンションで間奏(掠れされて居たのだろう〜静寂を破る、の間)に突入して欲しかったのがカットされていた事で、すぐにヴォーカルが繋がった時には天井を仰いだのですが、あの部分こそ演奏の冴え、アレンジの冴えを披露して欲しかったと思います。

なお、どの曲もアレンジはおおむね高評価で、特に演奏メンバーに合わせた形になっているのがとても良いと思いました。ライブを見に行くにあたって過去の楽曲を聴き直していたのですが、カヴァー・アルバムにて草野さんや宇多田さんとデュエットしていた楽曲で、表に出ても裏に回っても面白いなぁと改めて思っていた事が、実際のライブで時にバックの演奏を引き立て、時に演奏をバックに自身が引き立つという意識的な見せ方も、この日楽しめた事の一つでした。


■まとめ

書き出すとキリがないので(気が向いたら追記するかもしれませんが)、最後に短くこの日のライブの印象をまとめると。末席で良いから自分も演奏に加わりたいと思えるような、演奏とパフォーマンスという点でとても充実した良いライブでした。

以上、今日はこれにて。





■追記(12/1 AM2:00)

敢えて書かずとも良いかとも思いましたが、ライブを観ながら頭の片隅でずっと考えていた事なので、やっぱりもう少し追記します。

ライブの間、今世紀以降のJ-Popについて考えていました。というのも自分は90年代後半のJ-Popを高く評価しているからで、それが何故、今日の体たらくに至ったのかを追求したいからです。こういうと語弊があるかもしれませんが、今のヒット・チャートのどうしようもなさは、多くの人の賛意を得るであろう事実だと思います。その一方で、ある程度の蓄積のあるリスナーにとっては、つまり無数の低コストの音源から好みの作品を選べる人にとっては、現在は相当に恵まれた時代だろうとも思うのです。こうした両極端の状況は、音楽に興味を持ち始めた人と、いわゆるヘヴィ・ユーザの断絶にも繋がるわけで、それをどうやって埋めるべきかを考えたいからです。


先日ASIAN KUNG-FU GENERATIONの10周年ライブをWOWOWで見たのですが、そこでBECKの「LOSER」が披露されました。それは正直に言うと少し背伸びが感じられる演奏だったのですが、一方で「彼らはそれが存在する事が当たり前の前提としている世代なのだなぁ」と思ったのでした。手っ取り早く言えばオルタナ/グランジ以降の世代という事になりますが、海外のミュージック・シーンにおけるそうした流れを前提としてデビューした実力派ミュージシャンが多発したのが90年代後半であり、椎名林檎さんもその有力な一人だったなぁ、とライブを聴きながら思い出していたのでした。

彼女の2枚目のアルバムが200万枚を越えてヒットした頃、ファンの中には彼女の「演技」のみを重視して、演奏は勿論、彼女のヴォーカルにすら装飾以上の意味を与えず、まるで彼女が自分自身の代替であるかのような態度でライブに参加している人が居ました。そうした類の人が一定数登場するのは当たり前の事で、そしてそれを非難するのも簡単な事です。では、彼らとは違う多数派のファンは、林檎さんの楽曲やライブ演奏にどこまで向き合っているのか?それが2000年前後の当時、より真剣に問われていた事だったと思います。

例えば同じ頃、EMI繋がりという事もあり、林檎さん自身がファンである事を公言していた事もあって、Radioheadの新作「Kid A」の宣伝に彼女の名前が使われました。それを受けて、彼女のファン(上記の思い込みの激しい系も含め)の間で、件のアルバムを「買った」という話題が増えました。と書くと容易に想像できると思いますが、洋楽も聴いていたファンからすれば、「買うだけじゃなくて聴けよ」となります。彼女のルーツや現在興味のある音楽を聴く事で彼女自身の楽曲の理解も深まるという、真っ当ではあってもコストや労力の居る行動を、ファンとしてどの程度実行すべきか?という問題は、J-Popの充実に比例して重い問題になっていました。そんな事をしなくても、J-Popを色々聴くだけで十分じゃないか?と。


とはいえ、当時はこの程度の隔絶が問題でした。時代は下って現代に至ると、オリジナルすら聴いた事のない、ボーカロイドでしか知らないようなリスナーも出て来ます。念のために書いておくと、個人的にボーカロイドを低く見る意図はありません。むしろ、来たる東京五輪で音楽系のパフォーマンスを考えた時に、国内で人気がありかつ海外にお披露目しても恥ずかしくない基準で選考すると、現時点ではPerfumeかボーカロイドを推したいと思っております。が、話の本題はそこではありません。

定番の喩えとして便利なのでBeatlesを引き合いに出しますが、かつての「遡って聴くのはBeatlesだけで、他の有力バンドは見向きもされない」というぼやきが、今は「遡って聴く事をしない。Beatlesすら聴かれていない」に変化しています。ボーカロイドについて言えば、その存在が問題なのではなく、それが音楽生活を広げるためではなく狭めるようにしか使われていない事を問題にすべきと思うのです。では、それにどう対処するのが現実的なのか?


当然ながら、リスナーに行動改善を訴えかけるのは現実的とは思えません。特に、一部のファンが他のファンに働きかける類の解決策は、結局のところ害にしかならないと予測されます。また、音楽評論家に期待を掛けるには、失礼ながら頼りない感じを受けます。

結論は、ある意味では最初から明らかな事です。つまり、ミュージシャン本人がリスナーに意識改善を求める事。しかも、それをそのまま要求するのではなく、あくまでも作品を通して伝えようとする事。それによって、楽曲の聴き方をめぐる断絶を少しでも軽減するよう意識的に活動する事しかないのではないかと思ったのでした。


昨今の、例えば原発反対といった意見を、ミュージシャンの中にもそのまま「原発反対」として主張する方々が居られます。そうした意見表明は尊重されるべき事ですし、だからそれを非難するつもりはありません。ただ個人的な要望として、せっかくミュージシャンという職で生計を立てられるほどの実力があるのだから、その主張を作品に託す事、そしてその作品を主張とは別に楽曲としても価値を見出せるものに仕上げる事を、試みて欲しいなと思うのです。

話を林檎さんに戻すと、結論としては、彼女が経験して来た音楽や現在惹かれる対象について、それらがより透けて見えるようなパフォーマンスが求められているのではないかと思ったのでした。既に書いたように昨日のライブでは「演じること」に隙がなく、それは昨日のライブ単独で考えるととても良い印象だったのですが、一方で長期的には歌い手と聞き手、あるいは聴き方の違うファンの間にも隔絶を生みやすい気がします。時には演技を離れて、剥き出しの何かを見られるかもしれないライブを行なう事が、広くはJ-Pop全体において、狭くは彼女のファンにおいても、良い傾向に繋がるのではないかと思ったので、敢えて書き残しておく次第です。


追記が長過ぎですが(笑)、そんな感じでこれにて。


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音楽やわ、その6:下手な歌と口パク

昨日ネットで知ったフジテレビの音楽番組における口パク禁止方針について、昼間に少し考えていた事を書き記しておきます。正直に言うと、たまには文章を書かないとなぁ、、、という動機の方がテーマへの関心を上回るので、それほど深い内容にはならないと思いますし、気楽に読んで下さいませ。


さて、まず口パクについてですが、海外でも多いしなぁ……という感想がまず思い浮かびます。とはいえ、海外の有名な方々は「歌おうと思えば普通に歌える」場合も多く、「以前に比べて下手なのが増えた」というおっさんのぼやきは全くもって妥当だとは思いますが、我が国の現状を思うと贅沢な話だなというのが正直なところ。

とはいえ、こうした流れになると「日本人はそもそも歌が下手」という話に陥りがちですが、普通に歌えそうな実力派の方々がテレビなどのメインストリームを避ける昨今の傾向を考慮せねばならず。また、明らかに発声法や歌詞の解釈といった要素をきちんと教えられないまま放置されている歌い手が多い現状を鑑みると、人種的な偏見に基づくそもそも論で片付けるのは違うのではないかな?とも思います。

その辺りの話は膨らませて行くとキリがないので省略しますが、結局は根本的な問題として、テレビによく出る方々の歌唱力が思わしくない事が、我が国における口パク問題を更に面倒な状況に陥らせているのではないかな?と思います。口パクがあるから歌が下手なままでもやっていけるし、逆に口パクを禁止すると視聴者が下手な歌を聞かねばならぬ羽目になる、という堂々巡りが問題なのかなと。


少し脇道に逸れて我が国の歌謡曲の歴史を振り返ってみると、例えば今となっては常識とも言える「アイドルは歌が下手」という認識は、昭和40年前後から徐々に広がり一般に膾炙した考え方である点に注意すべきかと思います。それ以前にも、歌の上手下手に関係なく孫のお遊戯会に接するような扱いも一部ではありましたが、戦後暫くの間までは、「公の場で歌を披露するからには」という意識を徹底させる扱いの方が主流だったと聞いています。

歌以外の要素を売りにする傾向はその後順調に広がり続け、しかしながら業界を代表する歌い手に対しては、厳しい意見も根強く残っていました。トップを張る、という言葉がまだ現実味を持っていた頃の事です。そして、昭和が終わった時に、ほぼ同時にこうした思想の強制も姿を消しました。J-Popの黎明期も、まさにこの時期でした。

現在は録音技術の飛躍的な進歩もあり、テレビ局・歌い手・視聴者の全てにとって「事が丸く収まる」のが口パク、と断じても問題ないような状況に陥っています。


ここで、一つの疑問が浮かびます。すなわち、技術の進歩を一方的に無視する形で、「歌手ならば生歌で上手く歌うべし」と強制するのは、懐古的な原理主義ではないのか?と。

これは難しい問題で、例えばエレキサウンドやオーバーダビングでの録音に対するカウンターとしてアンプラグドやライブ録音・一発録りが流行した事がありました。その時の一般解は、技術を逆戻りさせる事は出来ない、各々の良さがあり少なくとも一方が一方を排除するものではない、といった辺りだと思います。では、口パクは??


話が散漫になりますが、音楽作品の著作権は現在なかなか厳しいもので、その傾向が決定的になったのが2000年代の前半でした。それ以前にはヒット曲が町中で溢れるように流れていたものでしたが、その頃からはテレビCMですらオリジナル曲を流さないケースが増えて来ました。オリジナル楽曲を使うと、使用料の支払いが生じるからです。

そこで著作権の切れているクラシックなどを流してくれれば良かったのですが、個人的に困ったのは、明らかに音程のずれている素人の歌を聞かされる事でした。特に音感に優れているわけでもない自分ですら酷いと思うぐらいだから、音楽を仕事にしている方や優れた資質の方々は大変だろうなと思ったものです。


絶対音感という言葉が前世紀の終わり頃に流行しました。一口に絶対音感と言っても感じ方は人によって大きく異なるそうですが、例えばドレミの歌の歌詞と音名を並べると「ドーはドーナッツーのドー」「ドーレミードミードーミー」となり、歌詞の2つ目と3つ目の「ド」が音名では「ミ」になる事に苦痛を覚える方も居られるのだとか。こうした方々はごく少数である故か、社会として対策を講じるという話を聞いた事はありませんが(理想論としては、流行語になった時にバリアフリー的な視点から、対策とは行かぬまでも議論がもう少し盛り上がっていれば良かった気もしますが)、では相対的な音感ならどう考えるべきか?

ここでは、ある一つの音と一般に定義されている音の高さ(音名)とのズレに敏感なのが絶対音感とすれば、ある連続する音について、それらの音の高さの差(階名)を聴き取るのが相対的な音感としておきます。

自分がテレビCMで気になったのはまさに後者で、そして音楽を趣味としている方々や実際に演奏する方々が、程度の差こそあれ相対的な音感を身に付けているであろう事を考えると、下手な歌(一口に歌が下手と言っても幾つもの要因がありますが、ここでは音程が酷いという要素に絞った意味で)によって精神的に迷惑を被る人の数は、絶対音感のケースを遥かに上回るのではないかと。そして、そうした悪影響に対して、現状の閾値の低さは、妥当なレベルを遥かに下回っているのではないか?と。


何やら無理矢理に理屈を付けて結論に向かっているのが丸解りですが(苦笑)、いくら口パクという歌の下手さをカバーする技術があるとはいえ、下手だなぁと笑っていられる域を越えて酷い歌しか披露できない方々は、以後もう少し問題視すべきではないかな?というのが個人的な意見です。

その上で今回の口パク騒動を考えると、禁止後しばらくの間は「口パクでなくても普通に上手い」方々の魅力を伝えて、そこから口パク補正の見直し、そして最終的には視聴者に届ける作品という視点から、完成度(口パク問題を矮小化させる形で)を重視する方向に向かって欲しいなと。なんとか奇麗にまとめてみたところで、今日のところはこの辺で。


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George Harrisonのこと

気付いてみれば、George Harrisonが亡くなってもう10年が経ったのだとか。それを昨夜、ネット上の見知らぬ人に教えられて、今日は彼の事を時おり思い出しながら過ごしておりました。という事で、まとまりなくつらつらと文章を書いてみましょう。


10年前、Georgeの訃報を知ったのは、たまたま入ったコンビニの中でした。FMのDJがリスナーに向けて、意識的に淡々と伝えたそのニュースは、自分の中に「彼らもそんな年齢になったんだなぁ…」という実感を残して行きました。早いとはいえ暴漢の手によらぬ自然死であり(ちなみに、死の数年前に彼もまた自宅で重傷を負っています)、そういえば、ずっと先の事だと思っていた64歳のPaulも、既に数年後に迫っていました。彼らも年を取ったのだ、という奇妙な感想を抱えながら、家路に就いたのを覚えています。


さて、ここで一曲。



少し前に「ベースラインが最高の曲」というアンケート結果がニュースになって、Beatlesの曲ではTaxmanが入っていました。その結果に対して、自分がいくつか読んだ中では、Come Togetherを推薦する意見が多かったように思います。これらの曲を挙げた方々の気持ちはよく解るので特に反対というわけではないですが、個人的には、Beatles曲でベースを弾いて一番楽しいのは、案外にこの曲ではないかなと思ったのでした。

この曲のベースは、常に作品に寄り添って耳に聴こえてきます。というよりも、ギターもドラムも全ての楽器は、この曲においては整然と一つの方向を向いて、どの場面でも適切な大きさで展開されています。それらのベクトル配列の美しさが一体となって溶け込み完成したこの曲は、この曲を世に出す為にBeatlesの活動があったと言っても大げさではなく聞こえるほどの説得力を、内に秘めているように感じます。並みいるLennon/McCartneyの名曲群を向こうに回してなお、自分と同様の感想を持つ方々は、多数派ではないにせよ少なくはないだろうなと。


更にもう一曲。いずれも超有名曲で申し訳ないですが。。



彼の死後に行われたConcert for Georgeは、とても楽しい集まりでした。特にこの曲の演奏場面は、これ以降Georgeに言及する際には繰り返し何度も放送されたので、普段は洋楽に興味のない方でも馴染みのある映像ではないかと思います。生身のGeorgeが居ない事以外は、何の不満もない楽しい集まり。では、生前のGeorgeが体験した最後の集まりはどんなものだったのか?

それは、11月の上旬だったと伝えられています。かつてのBeatlesの三人は、親しい友人たちと共に食事を楽しみ大いに笑い。そして、別れの時間が近付いて来ました。彼らを気遣った友人たちが一人また一人と部屋から姿を消し、そして、三人だけが後に残されました。おそらくは、言葉などまるで追いつかないほど濃密な人生の記憶を、彼らだけで改めて共有したのでしょう。


この話は自分に、1300年も昔のあるシーンを思い出させます。西暦649年、死期を察した唐の太宗は後事を託すため、病の床に長孫無忌を招き入れます。既に房玄齢も杜如晦も魏徴も亡く、玄武門を始め創業以来の苦難を知る最後の重臣であった彼は、共有する過去の記憶の奔流により泣き崩れ、太宗もまた何も言えず、黙って彼を退出させるしかできなかったと伝わっています。

なお、日を改めて長孫無忌と褚遂良を招き後事を託した太宗でしたが、彼が心配した通りに二人は10年を経ずして左遷され、不遇の死を遂げます。ある女性の立后に強硬に反対した事が原因ですが、誰あろうその皇后は、後の則天武后でありました。


脱線ついでにもう一つ。先ごろ亡くなったSteve Jobsの最期の場面は、彼の妹Mona Simpsonが行った追悼演説で紹介されています。中でも印象的なのはこの部分。

He told me, when he was saying goodbye and telling me he was sorry, so sorry we wouldn’t be able to be old together as we’d always planned, that he was going to a better place.

(稚拙拙訳:彼は私にこう言いました。「もうすぐさよならだ。ごめんね。」という言葉の後に、こう言ったのです。「いつも言っていたように、一緒に歳を重ねて行く事ができなくなって、本当にすまない。僕はこれから、この世ならぬところに旅立つよ。」と。)



できなかった事を、あるいは成し遂げた事を死の床で振り返って、彼らは全員、歴史上の人物になってしまったのだなぁ・・・などと嘆息したところで、今日はこれにて。

テーマ : 音楽のある生活 - ジャンル : 音楽

Beady Eye

今日の1曲目@Zepp Tokyo→スクリーンに映った日の丸をバックにAcross the Universe;


BEADY EYE 'ACROSS THE UNIVERSE' THE BEATLES @ JAPAN CONCERT, 02 BRIXTON 03.04.11

この映像の他に一言でも、付け加えるべき説明があるだろうか?

テーマ : 洋楽ロック - ジャンル : 音楽

歌詞が思い出せなくて気になる曲シリーズ



YouTube - ‪いっぽんでもにんじん‬‏
いっぽんでもニンジン - なぎら健壱 - 歌詞 : 歌ネット

この時期の曲は、「およげ!たいやきくん」もそうですが、歌詞のクオリティが高いというかセンスが感じられるというか、今聴いても面白いですね。

テーマ : 音楽的ひとりごと - ジャンル : 音楽

再現紅白

今月は流石に月に10記事のノルマが厳しいので、放言を再利用して誤魔化しに走ろうかなと。そんなわけで、昨年の大晦日に酔っぱらいながら主に紅白について適当な事を呟いたものを、以下でまとめてみました。

一部には問題かもしれない発言もありますが、酔っぱらった上での個人的な放言という事で、大目に見て頂けると幸いであります。また、時系列は新しいものが上になっているので読みにくいかもしれませんが、ご容赦下さいませ。

では、始まり~。



***


当然のように白組優勝。もうちょい何とかならないものか。
2010年12月31日 23:43:56

SMAPがMJを好きなのは嬉しいし、去年Heal the worldをやったのも知ってるけど、パフォーマンスがイマイチなのはどうしようもないなあ…(泣)。
2010年12月31日 23:38:16

そっか、吉野さんも星野さんも、追悼があるのは嬉しいな。敬意を込めて聴きます!
2010年12月31日 23:11:49

桑田さんの新曲は、ディランていうか、漫画ドリーム的な感じだなぁ。斉藤くんの良さは認めつつ、たまには縁を切ればいいのにとか思いつつ。
2010年12月31日 23:08:15

桑田さん登場!
2010年12月31日 23:00:59

コブクロの80?00年代のデータベースは凄いとは思うけど、国内限定なんだよなぁ…。それで曲を作るなら簡単に作れるってのは分かるけど、広がりがないのが残念。
2010年12月31日 22:35:39

そうか、期待の持てる歌い手として、まだ石川さゆりが残ってた。まさかマーティン・フリードマンは出ないだろうな。出た方が嬉しいんだけど。で、はやぶさの話を広げてくれと。
2010年12月31日 22:30:24

高峰秀子さん死去のニュースが飛び交ってるけど、二十四の瞳での先生の印象が強いなぁ…。安らかにお眠り下さい。
2010年12月31日 22:25:36

加山さんの50周年は凄いな。和田さんも凄いとは思うけど、その凄さを活かせてない印象。
2010年12月31日 22:14:40

関係ない話で、奥飛騨慕情の人が亡くなった事を今、知った。紅白がつまらないと全世代の声。う~ん…。
2010年12月31日 22:07:15

紅白が退屈になって来た。そして越後の原酒が空いた。次は何がでるんだろう?
2010年12月31日 21:58:13

やっぱりPerfumeは凄いな。現在進行形の洋楽とも繋がってるし、オタク世界とも多分繋がってる。しかもそのクオリティを何年も維持している。
2010年12月31日 21:50:52

最近聴いてないけど、aikoが今でも足を出そうとしてるのは偉いな。メロディの不思議な感じはさすがに少なくなったなぁ…。ちょいと残念。
2010年12月31日 21:43:56

なんだこの気持ち悪い曲は?NHK的と言えばそうだけど…。歌のちからは、こんなもんじゃないですよと強く主張したい。
2010年12月31日 21:34:42

天童よしみをみんなが歌ってるなう。
2010年12月31日 21:21:46

徳永さんは普通。でもこの時期は歌詞が丁寧だなぁ。そしてやっぱり新世紀以後の国内ものは、世界の流れを無視した方向に向かっている感じがする。それが良いか悪いかは歴史が決めるんだろう。で、一升瓶が空いた。
2010年12月31日 21:15:55

沖縄の歌は何故か惹かれるものがあるな。ちなみに紅白で楽しみなのは徳永さんとPerfume。桑田さんがどこで出るかも気になるけど、昔の曲をやってくれないかなぁ…。
2010年12月31日 20:55:33

うわ、細川たかしは浪花節かぁ。これはいいな。リアルタイムだったか自信はないけど、なんとも懐かしい。ドリフとかにも出てたなぁ。
2010年12月31日 20:35:10

個人的な意見としては、選ばれた歌い手以外の歌や、下手なコントを見るよりは、一曲を省略なく丸々やる時間に回して欲しいな。しかし日本酒が美味い。
2010年12月31日 20:26:24

平原さんはたまにNHK見てたので分かる。この曲で安心しちゃうラインナップなのが辛いところ。もちろん個人的な意見ですが。
8:15 PM Dec 31st, 2010

やっと分かる歌が来た。河内おとこ節。食べながらつぶやきって難しいし行儀悪いな。少し控えよう。
8:06 PM Dec 31st, 2010

すき焼き開始なう!
7:59 PM Dec 31st, 2010

今年に亡くなってショックだった人リスト、サリンジャーとレビィ・ストロースを忘れてた…。そして今でもまだ携帯で「う」に点々の出し方が分からない…。
7:50 PM Dec 31st, 2010

批判じゃないけど、浜崎さんはなんかくどい割に記憶に残らんなぁ…。そのうちコブシをきかせ出しそう、って友人が言ってたので少し楽しみにしてたんだけど。
7:40 PM Dec 31st, 2010

風呂も済ませて、テレビもドリフから紅白に移動なう。そういえば、大晦日のドラえもん祭りがなくなってて少し残念。。ダウンタウンは、二~三時間なら見たいけど、これだけ長時間だと録画もいいやと思っちゃった(苦笑)。
7:34 PM Dec 31st, 2010


***


何というか、やっぱり酒を呑みながらだからか、文句が多いですね・・・(苦笑)。


以上、ひとまずこれにて。


テーマ : つぶやき - ジャンル : 日記

音楽やわ、その5:ドメスティック85-90-95

数日前に取り上げた安全地帯からの流れで少し考えていたのですが、何度か書いたように自分は、高度成長期以降の我が国には80年代前半と90年代中頃を境に、それぞれ断絶があると思っています。ただ、別の見方として、80年代の途中から90年代の半ば過ぎ頃までが、そもそも他と隔絶された特別な時期だったのではないか?とふと思い付いて、この時期の空気をもう少し丁寧に振り返ってみたいなと。その辺りの差異性を、当時のヒット曲を通して分かり易く示す事ができたら面白いのになぁと考えておりました。

とまあ、難しい話はさておき、以下ではざっくりと、80年代半ば、90年代初頭、90年代半ばという三つの時期において、その当時の雰囲気をよく伝えている気がする国内ヒット曲を、思いつきで一曲ずつ選んで並べてみようかと思います。まあ相当な無理企画ですが、とはいえ、何の制約もなしに選ぶのも難しいので、今回は「女性ヴォーカルのバンド」に限ってみました。また、同時期にヒットしていた洋楽などについても、独断と偏見で少しだけ触れられたらいいなと思っていますが、まあどうなるかはお楽しみという事で。この辺り、興味を惹かれた方や異論のある方は、お気軽に補足等をお教え頂けると嬉しいです。

では、始まり~。



■80年代半ば

YouTube - TOM CAT - ふられ気分でRock'n Roll (Furare kibun de Rock'n Roll)


音楽で食べて行きたい人たちにとって文字通りの登竜門として存在感のあったヤマハのポプコンも、最近では知らない方が多くなって来ている感じを受けますね。何となくですが、イカ天あたりが遡る限度という気がしている今日この頃です。グランプリ受賞なら無条件でデビューとか、過去の参加者たちのその後のニューミュージック界隈での活躍ぶりなどによって、主に昭和50年代に確固たる地位を築いていたポプコンですが、その晩年の映像から。

この曲は、実質的には昭和60年のヒット曲という認識ですが、発売自体はその前年、1984年です。wikiによると、ポプコンでグランプリを勝ち取ったのが10月、シングルの発売が11月との事。作品自体も、それからメンバーのキャラクタも、軽いと言えば軽いのは確かですし、当時でさえ、冷静にモニタ越しに眺めると、観ている方が何故か気恥ずかしいような思いを抱かせるものがあったのではないかと思います。ただ、この軽薄ながらも無邪気に突き抜けた感じが、この辺りの時期でもひときわ異彩を放つ、昭和60年代という浮かれた時代の雰囲気をよく表しているのではないかと。


00年代の、特に後半のJ-Popシーンは、80sの焼き直しだという評価を時おり耳にします。そして確かに、ラジオや有線からは、あの時期の曲調を連想させる曲が断続的に流れて来ていました。純粋に音楽的な意味では、あの時期の曲をイメージした楽曲が多いという批評は妥当なところでしょうね。しかしながら、やはり時代の制約というものが作品には反映されるわけで、そのニュアンスはあの時代の曲とは異なったものとして感じられます。後の未来を知らないバブル期と、バブル崩壊から世紀末を経た現在と、そして四半世紀の間に発達したものの影響と。それらをイメージしながらこの曲を聴いてみると、色々と気付く事があるのではないかなと思うのでありました。


なお、この時期の洋楽ミュージシャンの名前を一つだけ挙げるとしたら、それはVan Halenでしょうか。ちょうど「Jump」などで有名なアルバム「1984」の頃で、この前後の彼らの作品は、我が国への影響という点でも無視できない存在感があります。って、これは要するに伏線なのですが、気になった方はここで一旦ブラウザのスクロールを止めて、次に挙げる曲を想像してみて下さいませ。


次の曲がすぐに見えないように少しだけ文字数稼ぎをすると、この80年代半ばの曲を選ぶ際の対抗、というよりも本命と言った方が正確だと思いますが、それはもちろんレベッカです。彼らの曲を配する事で80年代以前からの流れがスムーズになり、更には後に取り上げる90年代中頃のミュージシャン(これも良かったら想像してみて下さいませ)への直接的な影響も目に見える形になるのですが、逆に、流れが必要以上に規定されてしまうきらいもあります。

今回の企画を縛る「女性ヴォーカルのバンド」という条件からするとレベッカは王道なのですが、時代という点では王道ではない。というと過激な発言になりますが、どちらかというと当時の彼らは時代を少し先取りしていた感があり、ゆえにこそ同時代の多くの若者を熱狂させる部分があったのではないか、と考えております。つまり、この文章の主眼であるピンポイントに時代を切り取る狙いにはマッチしにくいと思ったのでした。そんなわけで、彼らの事は充分に評価しておりますので、ファンの方々におかれましては、「王道じゃないとは何だ!」などと言ってカミソリを送らないで下さいませ(笑)。



■90年代初頭

次にどんな曲が取り上げられるのかを考えながら読む方がどの程度おられるのか分かりませんが、ちょいと構成をミスったかなぁと思いつつ。という事で、この時期については最初に洋楽の話を書いてみます。ただ、次に取り上げる90年代中盤のとあるミュージシャンについては、そのルーツがなかなか特定しにくいんですよね。。一応レベッカというヒントも既に出した事だし、ここではRed Hot Chili Peppersを挙げておきましょう。それから、これは伏線ではないのですが、Kylie Minogueの名前も挙げておきます。この辺りの説明は後ほど。

そして、以後のJ-Popへの影響はほとんどありませんが、この時期に鬼籍に入った大物たちについても少し。すなわち、Herbert von Karajanが1989年に、Leonard Bernsteinが1990年に、そしてMiles Davisが1991年に、それぞれこの世を去った事は、クラシックやジャズには興味のない方でも意識の片隅に置いておくと良いかもしれません。彼らの80年代の作品については辛口の評価をする方もおられると思いますが、実際に彼らがこの世を去った時の、その存在の喪失がどれほどのインパクトをもたらしたか?…その点については、かなりの範囲で意識の共有ができるのではないかと思います。

で、本題。

YouTube - リンドバーグ - 今すく Kiss Me


1990年前後は、印象に残るバンドが割合に多かった気がします。対抗としては筆頭にPRINCESS PRINCESS、次にPERSONZ辺りですが、時期としては80年代後半という意識があるので、個人的には少し選びにくい部分がありました。実質的には90年代かつイカ天出身のPINK SAPPHIREが対抗でしたが、まあLINDBERGだろうなと。この曲のイントロで90年代が始まったという印象が、個人的には強いです。

ちょっと脱線をすると、今では普通に70年代とか80年代という振り返り方をしますが、当時は西暦での年代分けが今ほどは強くなかった気がします。西暦が意識されない事はもちろんなかったにせよ、第一には昭和という元号での分け方があり、その次に戦後○年という意識が強く残っていた気がします。後者が「昭和マイナス20年」で計算し易い事も、少なからず影響したのでしょうね。しかしながら、それらはバブルの狂乱と昭和天皇の崩御で一気に失われ、更には世紀末の最後の10年という事もあいまって、90年代というdecadeは、国内でもこれまでになく強く意識された10年間ではなかったかと思います。この時期は、自分の中では平成が一応は優先されますが、西暦がほぼ同様の存在感を持ちえた時代であり、そして、ミレニアムを経た平成13年からは、西暦が完全に優位になりました。


話を戻して、LINDBERGについて。いわゆるHard Rock/Heavy Metalというジャンルが80年代に盛り上がりを見せますが、我が国の一般リスナーへの影響という点で重要なのは、80年代前半はBon Jovi、後半はGuns N' Rosesになるのでしょう。一方で、主にインディーズを舞台に、このジャンルの洋楽はマニアックなまでに広くフォローされていました(正確には、この時期のこのジャンルに限らず、我が国の非メジャー界隈での無国籍ごった煮傾向は伝統的な美点だと思いますが)。1990年前後という時期は、こうした流れを受けた日本のメジャー音楽シーンで、国内ミュージシャンがどのような作品を提供すべきか?という、差し迫った問題に向き合っていた転換期だった気がします。

この、世に広く知られたヒット曲でも判るように、LINDBERGはHR/HMを意識したバンドサウンドを目指しつつも、それほどこのジャンルに深入りした感じは受けません。と言うより、そうした方向性を露骨には出そうとしなかった、の方がより正確かもしれません。演奏については良くも悪くも堅実という雰囲気ですが、バンドとしてのまとまりは感じます。Van Halenを意識的に組み入れつつもPopな方向性を明確に指し示したこの作品によって、以後のJ-Popの流れが少なからず定まってしまったような、先に書いたように90年代の始まりを告げたという感じを、個人的には抱いています。ただ、これはもちろん彼らを批難する意味ではなくて、前段落で書いた問題に対して、当時のリスナーが選んだ解答がこの曲だったのではないかなと思うのでありました。

ちなみに最後に、バンド好きには好印象な点として、彼らにはメンバー全員が曲作りに参加できるという要素があります。「今すぐKiss Me」はギター、「Believe in Love」はベース、「GAMBAらなくちゃね」はドラムスの方がそれぞれ作曲して、いずれもシングルとして発表されていますが、アルバム曲の数合わせではないという意味でも評価できる部分ではないかなと思います。とはいえ、彼らを当時のバンドブームの一員と捉えるのは少々微妙で、ファン層も違っていたのではないかと。具体的には、特に歌詞に共感するという点で、ドリカム辺りが近かったのではないかなと思っているのですが、反論はもちろん大歓迎です。



■90年代半ば

YouTube - JUDY AND MARY くじら12号


この時期については、対抗は思いつきませんでした。仮にバンドという制約を外すのであれば、先にKylie Minogueの名前を挙げましたが、彼女と同様にEUROBEATからスタートして、キャリアを通じて本格派へと変貌を遂げ、更にはファッション面での影響力も評価されるに至った女性ミュージシャンを候補に挙げたいところですが(あえて名前を書かなくても通じますよね?)、話がどんどん細かくなるのでそれはさておき。


この時期になると、いわゆるメインストリームで「売れている」グループでも楽曲や演奏の質が高まって来て、先行きにも更なる期待が持てるという雰囲気が強くなって来ました。その流れは世紀末にかけて続き、洋楽のトップ・ミュージシャンにようやく手が届くか?という辺りで挫折する事になるわけですが、外向きに上り調子の真っ只中という、今から振り返るといい時代だったなぁと思います。とはいえ、売り上げという面と成長という面で考えると、J-Popのバブルはまさにこの曲がリリースされた1997年に弾けた(と自分は考えている)のですが。。。


話を各論に戻して。少しだけ悩んだのは、彼らのどの曲を取り上げるべきか?という事でした。そして、最終的にこの曲を選んだ理由は、ここが4人のバランスの均衡点だと思ったからです。経験のあるリズム隊に若い二人という構成で始まったこのバンドは、ヴォーカルとギターの成長に伴う変化が最後まで見られたという点で興味深いものがありましたが、バンドとしての高みはこの曲だったのではないかなと。イントロからAメロにかけて曲をリードするベースとギターや、その後から一気に前面に出るヴォーカルや、目立たないながらも二番のサビ前で時おり入るタムが印象的なドラムスや(解散ライブの方が分かり易いけど音飛びがあるのが残念…→YouTube - Judy And Mary - くじら12号)。

各々の演奏力もさることながら、バンドとしてやってて楽しいだろうなぁという演奏が、ライブハウスからドームまでどの規模でも4人でこなせてしまうという点で、彼らは凄かったなと思います。楽曲自体もライブでの再現を意識したアレンジになっている事が多く(例えば「散歩道」イントロのピアニカは、ライブではヴォーカルが演奏していた)、敢えて言えばギターがもう一人欲しいところですが、当時の中学~大学の学祭で、果敢にカバーに挑んで撃沈した人たちは多かっただろうなぁと。特にギターは、もしも自分がスコアを作るなら、ある程度の音を拾ってwith feelingとか書くと思います(苦笑)。

ちなみに、先に書いたように彼らのルーツを限定するのは難しいのですが、強いて言えばRed Hot Chili Peppersの、特にJohn Fruscianteのギターには近しいものを感じています。とはいえ、レッチリがルーツと言うのは違う気がするわけで。。なかなか説明しにくいですが、入れ込んでコピーしたミュージシャンが共通していた気がする、と言う方が正確な気がしますね。

なお、「Over Drive」はギター、「そばかす」はベース、「散歩道」はドラムスの人が作曲してシングルとしてヒットさせていた彼らも、メンバー全員が曲作りに参加できるバンドの一つでした。選曲の時点では考えていなかったのですが、思わぬ共通点が浮かび上がって来るものですね。もちろん、特定の人だけが曲作りをするグループがダメという事はないですし特にそれで評価が下がるわけでもないのですが、何となく心理的に嬉しくなる要素だなと。



■最後に

なかなか強引な試みでしたが、まあ一応こんな感じで書き終える事が出来ました。ちなみにこの後の流れとしては、「バンド」という制約を無くさないと難しい気がします。女性ヴォーカルという制約のみで考えるならば、2000年前後の本命はAlanis Morissetteを連想させる某ミュージシャンでしょうし、対抗は社会へのインパクトという点でも衝撃的だったAaliyahを連想させる某ミュージシャン辺りでしょうか。ともあれ、こうした事を考えるのは楽しいものですね。


以上、書いていて楽しいながらも思った以上に長くなってしまいましたが、今日はこれにて。

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音楽やわ、その4:武道館ライブ

このシリーズの前回の引きで、90年代初頭のJ-Popについて次は書こうと考えていたのですが、どうも普通のサイズで収められるとは思えず。。密かに諦めつつある今日この頃ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか?

さて、そんな動機があった為に、最近はWOWOWなどで放送される国産ミュージシャンのライブ番組を意識的に録画するようにしていて。作業をしながら流し聞きしていたのですが、今日はその中から、思わず作業の手を止めて見入ってしまった二つのライブについて、簡単に紹介しておきます。なお、タイトルの通り、どちらも武道館でのライブでした。


・the pillows

初の武道館ライブだったそうですが、普段のツアーでのパフォーマンスと特に変わった印象はなく。まあ、慣れたサイズの会場の方が合っているのではないかなぁと思いましたが、悪い意味ではないです。最近のアルバムもそうですが、良くも悪くも安定している感じでした。

印象的だったのは、ライブシーンの合間にインタビュー映像が挿入されるのですが、そこでの発言。昔を振り返って、「10年後にもロックが聴かれているとは思えなかった。」といった事を口にされていたのですが、それについて色々と思う事がありました。で、ふと思い出したのは、それこそ10年以上前のライブで、当時ハイロウズとして活動していた甲本ヒロト(不思議に、この人には敬称をつけたくないと思ってしまいます。清志郎などもそれに近いのですが、何故でしょうね。)の言葉。随分前の事なので、実はまるで違った意味だったかもしれませんが、自分の記憶を再現するとこんな感じになります。

「いつまでロックなんてやってるの?とか言う人もいるけど、僕らはそんな人のために歌ってるんじゃないんだよ。ロックを聴かなくなっちゃう人がいて、でも新しくロックに興味を持ってくれる人もいて。彼らもいつかはロックを卒業するのかもしれないけど、ロックを聴きたいって人はまた出て来るだろうし、僕らはそんな人たちのために歌ってるんだよ。」

これ、何だかいいなと思いませんか??


・安全地帯

こちらは、番組表で見付けてしまったので一応・・・というぐらいの軽い気持ちで録画したものです。ちなみに安全地帯はシングル曲は聴いていたという程度。昭和の終わりに発売された「安全地帯ベスト」は持っていますが、あのアルバムはもの凄く売れたという印象があります。でも、売り上げとしてはミリオンに至っていないんですよね。売り上げの上限というか、市場の規模が90年代とはまるで違っていた当時の事を思い出しながら聞いていました。

自分が聴いていたのは安全地帯だと「ひとりぼっちのエール」、玉置さんのソロだとヒットした「田園」辺りまでは分かる程度で、最近の曲や昔の曲でもアルバムの曲は全く分からないのですが、ライブ開始から有名な曲を連続して披露してくれたので楽しめました。

作業の手が止まったのはライブ中盤。ステージの手前に5人が出て来て、アコースティックなセットでしっとりと「ワインレッドの心」を演奏。それが終わると、「陽水さん、素敵な歌詞をありがとう」的な発言の直後に、同じく陽水作詞の「恋の予感」が始まり、なかなか感慨深いものがありました。更に、松井五郎作詞の「碧い瞳のエリス」「Friend」を挟んで、「夏の終わりのハーモニー」を披露。陽水パートは観客に歌わせていましたが、みんな歌詞をよく覚えているなぁと思ったのも束の間、案外に自分も普通に歌えました(笑)。

YouTube - 夏の終わりのハーモニー


アップしてくれた方の説明にはありませんが、これは平成4年の正月番組での一コマ。などとすんなり説明できてしまう辺り、自分がいかに無駄知識ばかりを覚えているか、少々恥ずかしい気持ちになりますが(苦笑)。というか、国内ものもそれなりに聴いていたんだなぁ、とか思ったりしつつ。ちなみに、翌年にも正月スペシャル番組があって、出演したミュージシャンが数小節ずつ担当しながら番組で「お正月の歌」を作るという企画がありました。玉置さんは確か鶴瓶さんと一緒に暴れておられた記憶があります。

話をライブに戻して、締めの曲を予想しながら聴いていた終盤。自分の中では二択だったのですが、その一つ「ひとりぼっちのエール」でメンバー紹介があり、玉置さんと他の4人のバンドメンバーとの信頼感や、今までに積み上げて来たものを全員が大切にしている感じが伝わって来ました。そして間髪おかず、もう一つの候補だった「I love youからはじめよう」のイントロが流れた時にも、じんと来るものがありました。↓この動画は当時の、昭和60年代の雰囲気をよく伝えているのではないかと思います。

YouTube - 安全地帯 I love you からはじめよう


しかしながら、この曲で最後ではありませんでした。ラストを締めるべく始まった「悲しみにさよなら」を聴いた時、何だかやられたような気持ちがしました。自分が見落としていた故にという要素もありますが、ライブで披露された曲の数々を振り返っても、80年代の日本の音楽シーンを代表するグループの一つだったなぁとしみじみ思うところがあったので、ここで書き記しておく次第であります。


・まとめ

何度か書いていますが、自分は基本的には国内ものよりも洋楽に興味を向けて過ごして来ました。だから、例えば武道館ライブというとDEEP PURPLEやCHEAP TRICKなどを最初に思い浮かべてしまうのですが。。とはいえ、国内の、特にヒット曲の怖いところは、どこかしらで耳にして過ごしていたという事ですね。それらの作品が時を経て、ぐっと自分に迫ってくる感じを体験する事は、なかなかのものだなぁと思いました。

80年代の楽曲というのは、トータルで言えばそれ以前の作品に比べて劣る、というよりも、伸びしろが少なくなってやや軽薄に流れた感じを受けますが(もちろん例外は多々あり)。リアルタイムで耳にしていた楽曲の力というか、意識的に聴き込んだ作品ではなくても、自分がその曲と一緒に過ごした時代の事を思い出させる強さがあって、侮れないものですね。過去の名作を聴くべきか、それとも今現在の佳作を聴くべきか、という選択は容易に答えの出ない問題で、まあ時間が許す限りは両方が望ましいのでしょうけれども、もっと過去から現在へと繋がる時間軸を意識した形で曲を聴けたらなぁ…とか考えている今日この頃でありました。


そんな感じで、今日はこれにて。

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ウクレレdeチェリー

せっかくなので一気にまとめておこうという事で初心者の為のウクレレ課題曲シリーズ第四弾。今回はスピッツ「チェリー」です。

例によって、まずは使われているコードの一覧から。今までに覚えたコードで、一曲全て弾けるはずです。サビの最後で、一小節にコードが三つ入っている箇所がありますが、焦らなければきちんと弾けると思いますので、ゆっくりしたテンポで練習を繰り返して下さいませ。

* C *** G *** Am *** Em
|-3-| * |-2-| * |-0-| * |-2-|
|-0-| * |-3-| * |-0-| * |-3-|
|-0-| * |-2-| * |-0-| * |-4-|
|-0-| * |-0-| * |-2-| * |-0-|

* F *** D *** Bb
|-0-| * |-5-| * |-1-|
|-1-| * |-2-| * |-1-|
|-0-| * |-2-| * |-2-|
|-2-| * |-2-| * |-3-|


正確なコード進行は例によってこちら。オン・コードなどを省略した簡易バージョンは以下の通りです。

intro|:C G|Am F|C G|Am F:|

|C|G|Am|Em|F|C|F|G|
君を…
|C|G|Am|Em|F G|C Am|F G|C G|
二度と…
|Am Em|F C|Am Em|F C|
(愛して)るの…
|Am Em|F C|Am Em|F G C|
(ささ)やかな…

間奏|Bb|Bb|A Am|

|F|F|Am|Am|
どんなに…
|F|F|Am|Am|G|F|F|
悪魔の…



なお、更なる向上心をお持ちの方は、FmとD7などを覚える必要がありますが、つじあやの「風になる」辺りを練習してみて下さいませ。(*11/6追記:チェリーで一箇所だけ出て来るAの押さえ方を表示し忘れていたので、追加ついでにFmとD7も載せておきます。更に、実験的にコードの表示を縦長ではなく横に並列させてみました。)

* A *** Fm *** D7
|-0-| * |-3-| * |-3-|
|-0-| * |-1-| * |-2-|
|-1-| * |-0-| * |-2-|
|-2-| * |-1-| * |-2-|



以上、今日はこれにて。

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