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アインシュタインの翻訳について

十日ほど前にブログ設置のメールフォームから質問を頂いたのですが、諸般の事情により昨夜ようやく気が付きました。

とはいえ、その辺りの説明は後回しにして。まずは質問への回答をさせて頂きます。
なお、該当の記事はこちら


まず一点目は、13段落2文目の "had not the common sense of nations~" の節についてです。その前の部分の "it would have been wiped out" から仮定法過去完了のif節の倒置が起こっているのではないかと思っているのですが、この認識は誤りでしょうか?加えて、もしこの認識が合っているとして、この様にhadだけでなくnotまでも倒置されて前に出てくるのは一般的なのでしょうか?



まず前半のご質問は、私もそう読みました。つまり、
"it would have been wiped out long ago (,if) the common sense of nations [had not] been systematically corrupted"
という文章からifを省略してhad notを前に出した形ですね。

そして後半のご質問ですが、一般的ではありません。例えば手元にある「ロイヤル英文法」でも以下のように書かれています。

文語調で条件節の if が省略されて,〈were [had, should など]+主語〉の語順になることがある。
(略)
否定は Had World War II not ended … であって,Hadn't World War II ended … は不可。
(§263 ifの省略)



ではなぜnotも前に出ているかというと、ここからは完全に私の勝手な解釈ですが、二つの理由を考えました。

一つは主語が長すぎるから。
notが否定するべきhadまでの距離が遠くなるので、一緒に前に出したという解釈です。

もう一つは、notの意味を強調したかったのではないかと考えました。
この前後の文章からはアインシュタインの憤りが伝わって来ますが、「これさえなければ」という気持ちが先走ってnotまで前に出てきたのではないかと。

おそらく一つ目の解釈が妥当で、二つ目は少し飛躍が過ぎると受け取られるかもしれません。でもこう考えると、アインシュタインがこの文章を書いている時の様子が思い浮かんで、何だか楽しい気持ちになりませんか?


2点目は14段落4文目についてです。この "coupled though it be with fear" のbeはなぜ原形なのでしょうか?私はshouldの省略かと思っているのですが如何お考えでしょうか?



こちらの質問は完璧にお答えできるので気が楽ですね。
以下はthoughを大辞典で調べて引用したものです。

【4】しばしば even thoughたとえ…でも,よし…にもせよ(even if)
though 節の動詞は古風な文体では仮定法を用いることがある:
I will have my revenge on him,(even) though he be a monarch. たとえ帝王であろうとも復讐する
(小学館 ランダムハウス英和大辞典)



2((正式))[しばしば even の後で] たとえ…(する)にしても(even if)《◆×even although は不可》∥
Even ~ he is [((文)) should be, be] the Premier, he shall hear us. たとえ彼が首相でも, 私たちの言い分を彼に聞いてもらう
(大修館 ジーニアス英和大辞典)



2 たとえ…でも, よし…にもせよ (even if).
★次のように従節内に仮定法の動詞を用いるのは古風な語法:
Even ~ I were starving, I would not ask a favor of him. たとえ飢えてもやつの世話にはならない /
Though he slay [slays, should slay] me, yet will I follow him. たとえ殺されてもついて行く.
(研究社 新英和大辞典)



ざっと確認したところ、中辞典クラスでもオーレックスやプログレッシブには簡単な言及がありました。
つまり結論を一言でまとめると「仮定法現在だから」になるのですが、shouldの省略という理解で大丈夫です。


さて、以下は理由説明……の前に。

まず、質問の文章を許可なく掲載する形になって申し訳ありませんでした。
もしもご迷惑でしたら引用部分を取り下げますので、そう仰って下さい。

そしてメールに気付くのが遅れてごめんなさい。

理由の一つは、メールフォームでお便りが来たのが初めてだったという事。
もう一つは、このブログを始めた頃(2007年!)に使っていたアドレスを最近ではほとんど使っていない事(月一ぐらいの頻度で確認する程度)。

なので、もしまた何かありましたら、お手数ですがメールに加えて「メール送りました」の一言で構いませんのでコメントを残して頂けると助かります。

最後に、私の翻訳への感想および質問を頂きありがとうございました。
自己満足で訳したものを「ついでだし公開しておこう」という程度の気持ちで更新したのですが、誰かのお役に立てて良かったです。

念のためにお名前は伏せたので呼びかけることができないのが少し残念ですが、○○○さんの参考になっていることを願っています。


以上、今日はこれにて。

橋本治さんのこと。

橋本治さんの死を聞いた昨夜の時点では、私に何か書けることがあるとは思えず。今日も一日の大半は、橋本さんを思い出さぬまま過ごしていました。

でも、先程ふと思い立って昔書いたものを読み返しているうちに気が変わって。そして今、こうして文章を書いています。


リンク先の「双調平家物語」の感想を書いたのが2010年の8月で、それ以前も以降も私は橋本さんの熱心な読者ではありませんでした。

「桃尻娘」シリーズを読んだのは第一作の刊行から20年ほど経ってからですし、人生相談は読んだものの桃尻語訳は今なお未読です。

私にとって橋本さんは、継続的に追う対象ではなくて。でも、時おり書店で著作を発見して、「この人の興味は今はこれに向いているんだな」と頷きながら作品を手に取るような、そんな距離感でした。

その意味では、私は追悼文を書くには相応しくないと言えるでしょう。

しかし、橋本さんの「平家」と正面から向き合ったランキングというものが仮にあるとすれば、僭越ながら私も割と上の方を狙えるのではないかと思います。

おそらく全国を探せば、橋本さんの「平家」を何度も何度も読み返した読者さんもおられるでしょう。一方の私は一度通して読んだきりです。

でも読んでいる時は一発勝負の気持ちで、描かれた時代の空気感や人物の動く様を、時には「そういうことか」と頷きながら、時には「それだと少し違和感が」などと生意気なことを思いながら、橋本さんと一緒に追体験したという感覚があります。その感触は今でもしっかりと残っています。

それはつまり、16ヶ月にわたって月一回の濃密な授業を受けた間柄と言っても過言ではないわけで(でも私が橋本さんを一方的に知っているだけなので、やっぱり過言でしょうね)。

その時間を過ごしたことで私が得た最も大きなものは、橋本さんが自らの裡にある疑問を発見してそれを納得に変えるまでの一連の流れを、身を以て体験したことでした。

私が未知のものと向き合った時、その後の行動パターンの中には橋本さん由来のものが確かに存在しています。それは私がこの世に別れを告げるまで、きっと無くなることはないでしょう。


だから私は、好奇心旺盛な先達に感謝の気持ちを込めて、この文章を亡き橋本治さんのために書きました。

毎月1冊ずつの刊行で全16巻。あの16ヶ月、本当にありがとうございました。

阿佐田さん

更新が一月以上空いてしまったので、最近読んだ本の話を簡単に。

できればきちんと感想を書きたいと思っていたのですが、時間がないことに加えて、感想なんぞを書いている暇があるなら何度でも読み返したいと思えるような作品なので、こんな感じの手を抜いた記事にするほうがかえって良いのかもなと思いました。

ということで、ここ何日か繰り返し読んでいるのが以下の二作。

「色川武大・阿佐田哲也ベスト・エッセイ」
「吉行淳之介ベスト・エッセイ」(いずれも、ちくま文庫)

今回紹介したいのは、この二作で共通している部分。つまり、麻雀放浪記の頃に二人が対談を行ったのですが、その時に吉行が「阿佐田さん」と呼びかけた話を二人ともが書いています。

色川は「芸名の方で呼ばれたときは、私もとうとうこれが本職化したのだな、と思った」「吉行さんはあの人流の配慮でいくぶん口ごもりながらそう呼び、そのあとで私の反応をうかがっているような感じがあった」と書いていて。(p.329)

吉行は、仕事が終わったときに「阿佐田さん、と呼ばれたときには、ギョッとしましたよ」と言われて「色川武大としての小説について、志があったわけだ」と解釈しています。(p.317)

両人とも鬼籍に入って久しく、これらのエッセイで昔話として語られたことは、今では大昔のことになるのですが。それでも、時代を経ても通じる面白さというものは健在なのだなと。強引にまとめるならそんな感じです。四の五の言わずに読めば分かる、みたいな感じでしょうか。

以上、今日はこれにて。

流れる星は生きている

去る今月15日に藤原ていさんが亡くなられたとの事で、彼女の代名詞とも言える作品「流れる星は生きている」について、以下で雑談のようなものを書き残しておこうと思います。


読んだのは随分前の事なので描写はうろ覚えですが、今も私の記憶に残っているのは、朝鮮人の青年と再会した時に「どうしてあなたはまだ生きているのですか」と尋ねられた場面です。

最初に読んだ時には「日本人だからだ」「日本人は強い」という子供っぽい感想を持ちました。藤原ていさんと同じ日本人であるという理由で、自分まで強くなったかのような事を思っていた記憶がありますが、子供ならそんな感じですよね。

同時に、その誇らしげな気持ちの中に朝鮮や韓国の人を見下す気持ちがあったかというと答えはノーで、今のように経済が停滞している状況とは全く違う上り調子の時代だったからこそ、「日本人は偉い」とは大人でも言っていましたが、それで別の国の人々を必要以上に見下すようなことは無かったと思います。

逆に当時の教養のある大人たちは、「朝鮮の人も凄い」という認識も持っていたように思います。今にして思えば、彼らは朝鮮のかなり上層の人達を指して言っていただけで、中流以下の人達の事は歯牙にも掛けていなかったと思うのですが。どこの国でも民族でも優秀な人はやっぱり優秀なのだと彼らは考えていたように思いますし、そうした人々を育んだ秘訣を学ぶ事に貪欲だったと思います。


何故か話が変な方向に進んでいますが、ついでなので最近は巷で話し難くなったこの話題を少しだけ続けます。経済成長によって韓国が豊かになった事と、ネットの発達で情報の行き来が飛躍的に増大した事、そして日韓W杯を経て交流が一段と進んだ事で、我々は彼の国の一般大衆の言説に惑わされる機会が激増して、すっかり関係が拗れてしまっていると思います。

私も最近は半島に関する話題を外で持ち出そうとは思いませんし、むしろ可能な限り避けているのが正直なところです。言い方は良くないですが、現状はあちらの中流以下の方々の暴論が行き過ぎた結果だと思いますし、しかしそれは先進国が等しく経験してきた事でもあります。

我が国においても、田中角栄と福田赳夫が総理を争った頃に岸信介が田中を「幹事長としてはピカイチだが総理になるには教養が足りない」と評したそうですが、その田中が総理の座を射止めた辺りが「大衆の反逆」の時期と考えて良いように思います。もちろん角栄の功績はそれとは別にあり、そしてオルテガが想定しているように、大衆か否かエリートか否かは、生まれではなく個人の内面によって判断されるべき事ですが。

こうした傾向は近年、世界の各地で以前よりも更に悪化している印象があります。それに対処し備えるには、やはり個人として培った強さというものが求められるように思いますね。


話を作品に戻します。その後は再読の機会がなかったのですが、上記の場面は時間を置いて時折私の頭の中に蘇ってきて、色々と考えさせられたものでした。

作品では確か、青年の顔つきが以前とは違うと作者が受け取っていたように思います。過酷な戦争の体験が一人の青年の精神を蝕んだ結果だと思いますが、彼の様相を変えてしまった背後にあったものについて考えさせられました。それは、作者が故郷の長野に戻るまでの道中が克明に記されているからこそ余計に、暗い印象を抱かせるものでした。

時間は万人に平等なようでいて実は不平等なもので、ある人が決定的に「時を重ねてしまった」状態に至るのに、長い場合は数十年かかりますが、それが一瞬で終わってしまう場合もあります。そんな人達の事を考え、そしてそうした方々と対峙した場合のことを考えた事は、自分の中での財産になっていると思います。


子供の頃に受けた印象についても、その後に何度か再考しました。日本人が偉いか偉くないかという議論とは別に、ただ単純に藤原ていさんが偉かったという事を受け止めたり。その上で、自分が何をこの作品から得るべきなのかを考えたり。

結局のところ話は単純で、それは個人の価値というものに行き着くのだと思います。作者は正彦ちゃん(作中では2歳なので何となくこう呼んでしまいます)が結婚された時だったか、義理の娘に「もし徴兵が復活したら、正彦の腕を斬ればいい」と告げたといいます。そう迷いなく言い切れる強さと狂気は彼女の中でずっと生き続けて、そして我々に何かを教えてくれているように思います。


ある意味では残念なことに、現在は冷戦期とは違って、日本に生まれたというだけで恵まれているとは言い切れない時代になっています。GDPの規模こそ大きいものの時間当たりの労働価値は以前からすれば考えられないほど低くなり、もはや日本人は偉いなどと言い出し難い状況になっています。

上述したように、藤原ていさんが凄い人だった事と、彼女が日本人だった事とは、我々が凄い事の何らの証左にもなりません。

しかし、彼女が書き残したこの作品を日本語で読める事は我々にとって何よりの恵みであり、個人の精神を涵養する際に我々を大いに手助けしてくれる作品だと私は思います。

この作品がこれからも若い世代に読み継がれて行く事を願いつつ、故人の逝去を悼み謹んでお悔やみを申し上げます。


以上、今日はこれにて。

テーマ : 読書 - ジャンル : 小説・文学

"What I believe" by ALBERT EINSTEIN

先週の重力波観測成功というニュースを受けて、いつか訳したいと思っていたアインシュタインのエッセイに取り組んでみました。至らぬ点や気になる点などがあれば、お気軽に指摘して頂けると嬉しいです。なお、英文はこちらから拝借しました。



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"What I believe" by ALBERT EINSTEIN

「我が信念」アルベルト・アインシュタイン


STRANGE is our situation here upon earth. Each of us comes for a short visit, not knowing why, yet sometimes seeming to divine a purpose.

この地球上における我々の状況は奇妙なものだ。ここで我らは各々短い生涯を送る。それが何故とは知らぬまま。しかし時に、その目的を見抜いているかのように。


From the standpoint of daily life, however, there is one thing we do know: that man is here for the sake of other men — above all for those upon whose smile and well-being our own happiness depends, and also for the countless unknown souls with whose fate we are connected by a bond of sympathy. Many times a day I realize how much my own outer and inner life is built upon the labors of my fellow men, both living and dead, and how earnestly I must exert myself in order to give in return as much as I have received. My peace of mind is often troubled by the depressing sense that I have borrowed too heavily from the work of other men.

とはいえ、日常生活の観点から、我々がよく知っている事が一つある。すなわち、人は他者の為にここに存在しているのだと。とりわけ、その人の笑顔や安寧によって自分まで幸せな気持ちになれる人達の為に。そして同じく、共感という絆によって運命的に結びつけられた無数の名もなき人達の為に。一日に何度も私が思い知らされるのは、私自身の生活が物心ともに我が同胞達の多大な仕事によって成り立っていて、現存している同胞のみならず既に鬼籍に入った先人の業績からも莫大な恩恵を受けているという現実であり。更に、私が受け取っただけのものをお返しする為には本気で努力しなければならないという実感である。そして我が精神の平穏はしばしば乱れる。私が借り受けた他の人の労があまりに膨大で、とてもお返しできないのではないかと落ち込んでしまうのである。


I do not believe we can have any freedom at all in the philosophical sense, for we act not only under external compulsion but also by inner necessity. Schopenhauer's saying — "A man can surely do what he wills to do, but he cannot determine what he wills" — impressed itself upon me in youth and has always consoled me when I have witnessed or suffered life's hardships. This conviction is a perpetual breeder of tolerance, for it does not allow us to take ourselves or others too seriously; it makes rather for a sense of humor.

哲学的な意味では、我々はいかなる自主性も有しえないと私は思う。というのも、我々の行動は外部からの強制のみならず内的な要求にも左右されるからである。「確かに人は自身が望むことを行い得るが、自分が何を望むかを決めることはできない」というショーペンハウエルの言葉に、若き頃の私は感銘を受けた。以来その言葉は、私が人生の過酷さを目の当たりにして悩んでいる時に、いつも私を慰めてくれた。「自主性を持ち得ない」というこの確信のお陰で、私は終身に亘って機能する耐性を得たのである。というのも、自分自身や他人の存在を必要以上に深刻に捉えずとも済むように、むしろある種のユーモアとして捉えられるようになったからである。


To ponder interminably over the reason for one's own existence or the meaning of life in general seems to me, from an objective point of view, to be sheer folly. And yet everyone holds certain ideals by which he guides his aspiration and his judgment. The ideals which have always shone before me and filled me with the joy of living are goodness, beauty, and truth. To make a goal of comfort or happiness has never appealed to me; a system of ethics built on this basis would be sufficient only for a herd of cattle.

自身の存在理由について、或いは人生の意味について延々と熟考することは、客観的に見て全くの愚行であると私は思う。然れども人は皆ある種の理想を抱いていて、それが各々の願望や判断を導く基準となっている。私が抱く理想、いつも我が人生を輝かせ生きる喜びを与えてくれた理想とは、善、美、そして真である。私は決して快適さや幸福を目標にしようとは思わなかった。こうした快適・幸福を基準に構築された倫理体系は、家畜の群れになら充分なのだろうが。


Without the sense of collaborating with like-minded beings in the pursuit of the ever unattainable in art and scientific research, my life would have been empty. Ever since childhood I have scorned the commonplace limits so often set upon human ambition. Possessions, outward success, publicity, luxury — to me these have always been contemptible. I believe that a simple and unassuming manner of life is best for everyone, best both for the body and the mind.

芸術や科学の研究において未到の事柄を追求する際に、目的を同じくする人達と共同で取り組むという意識がなかったならば、私の人生は空虚なもので在り続けただろう。幼少の頃からずっと、人の願望をあれこれと制限する陳腐な事どもを私は軽蔑していた。財産や、外見上の成功や、名声や、贅沢品といったものを私は常に下劣なものだと見なしてきた。私が思うに、簡素で控えめな生活様式こそが万人にとって最上のものであり、肉体と精神の両者にとっても最良のものであろう。


My passionate interest in social justice and social responsibility has always stood in curious contrast to a marked lack of desire for direct association with men and women. I am a horse for single harness, not cut out for tandem or team work. I have never belonged wholeheartedly to country or state, to my circle of friends, or even to my own family. These ties have always been accompanied by a vague aloofness, and the wish to withdraw into myself increases with the years.

社会における正義や責任に対して私が強い関心を抱いている事は、他者との直接の付き合いを望む気持ちが際立って欠けている事といつも奇妙な対照をなしている。私はいわば一頭用の馬具を身に纏った馬であり、二頭あるいは複数での共同作業には向いていないのだ。私は国家や政府に心から帰属していると思った事は一度も無いし、私を取り巻く友人達や、自分自身の家族に対してすら同様であった。こうした紐帯は曖昧で超然的な事由により生じたもので、自分自身の中に引き籠もりたいという願いは年を経るごとに大きくなった。


Such isolation is sometimes bitter, but I do not regret being cut off from the understanding and sympathy of other men. I lose something by it, to be sure, but I am compensated for it in being rendered independent of the customs, opinions, and prejudices of others, and am not tempted to rest my peace of mind upon such shifting foundations.

この手の孤立は時に苦く辛いものであるが、他者からの理解や同情を絶った事を私は後悔していない。それによって私が何かを失ったのは確かだが、その代わりに私は他人の慣習や評価や偏見から無関係でいられた。私は、その手の移ろいやすい根拠で心の平穏を得ようとは思わなかったのだ。


My political ideal is democracy. Everyone should be respected as an individual, but no one idolized. It is an irony of fate that I should have been showered with so much uncalled-for and unmerited admiration and esteem. Perhaps this adulation springs from the unfulfilled wish of the multitude to comprehend the few ideas which I, with my weak powers, have advanced.

私が理想とする政治とは民主政である。全ての人は個人として尊重されるべきだし、誰であれ崇拝されるべきではない。だが運命の悪戯と言うべきか、私は自分にとても釣り合わない身に余るほどの賞賛と評価を浴びたのだ。この手のお世辞はおそらく、微力ながらも(*1)私が提唱した少数の概念を、理解したいという人々の満たされぬ願いから出たものであろう。


Full well do I know that in order to attain any definite goal it is imperative that one person should do the thinking and commanding and carry most of the responsibility. But those who are led should not be driven, and they should be allowed to choose their leader. It seems to me that the distinctions separating the social classes are false; in the last analysis they rest on force. I am convinced that degeneracy follows every autocratic system of violence, for violence inevitably attracts moral inferiors. Time has proved that illustrious tyrants are succeeded by scoundrels.

私がつくづく思い知らされたのは、明確に目標を成し遂げる為に必須なのは自分で考えて自分で指示を出す事であり、それは責任の大半が伴うという事である。とはいえ誰かに導かれる立場であってもそれを強いられるべきではなく、自らの指導者を選択できる事が肝要であろう。社会において階級別に差別する事は間違っているように私は思う。というのも最終的には力が物を言う社会になるからである。暴力に基づく独裁制は全て堕落を生じさせると私は確信している。何故なら暴力は必然的にモラルに欠ける人々を引きつけるからである。歴史が証明しているように、傑出した専制君主の後を継ぐのは悪党なのである。


For this reason I have always been passionately opposed to such regimes as exist in Russia and Italy to-day. The thing which has discredited the European forms of democracy is not the basic theory of democracy itself, which some say is at fault, but the instability of our political leadership, as well as the impersonal character of party alignments.

こうした理由から、今日ロシアやイタリアに存在する類いの政権に対し、私は常に強く反対して来た。欧州における民主制の信用を傷つけている要因は、それこそが元凶だと言う人も中には居るが民主主義の基礎理論そのものではなく、我々の政治的な指導力が不安定であるからである。提携する政党同士が冷めた関係にある事も同様に大きな要因なのだが(*2)。


I believe that you in the United States have hit upon the right idea. You choose a President for a reasonable length of time and give him enough power to acquit himself properly of his responsibilities. In the German Government, on the other hand, I like the state's more extensive care of the individual when he is ill or unemployed. What is truly valuable in our bustle of life is not the nation, I should say, but the creative and impressionable individuality, the personality — he who produces the noble and sublime while the common herd remains dull in thought and insensible in feeling.

アメリカ合衆国の人々は正しい思い付きをしたものだと私は思う。相応の任期を定めて大統領を選び、適切に責任を遂行できるだけの充分な権力を与えている。他方でドイツ政府について私が好ましく思っているのは、病人や失業者に対する個人保障がより幅広く実施されている点である(*3)。我々の忙しない人生において真に価値があるのは国家ではなく、独創的で感受性に優れた個性であり、為人であると。思考が冴えず感受性も鈍い愚劣な群衆を尻目に、気高く卓越したものを生み出す人であると。私はそれを声を大にして言いたい。


This subject brings me to that vilest offspring of the herd mind — the odious militia. The man who enjoys marching in line and file to the strains of music falls below my contempt; he received his great brain by mistake — the spinal cord would have been amply sufficient. This heroism at command, this senseless violence, this accursed bombast of patriotism — how intensely I despise them! War is low and despicable, and I had rather be smitten to shreds than participate in such doings.

この手の議題を語る際に私の頭に浮かんでくるのは、あの不愉快極まる家畜精神の申し子、唾棄すべき義勇軍(*4)の事である。列を組み縦隊で音楽の旋律に合わせて楽しげに行進する彼奴には、軽蔑すらも生ぬるい。脊髄ばかりは十二分かもしれないが大脳が伴っていない輩。命令下にあって英雄気取り、無分別な暴力、忌まわしくも大袈裟な愛国発言。それらの事どもを私がどれほど嫌悪している事か!戦争は下劣で卑しむべきもので、そんなものに関与するくらいなら自分がずたずたにやられる方がましだ。


Such a stain on humanity should be erased without delay. I think well enough of human nature to believe that it would have been wiped out long ago had not the common sense of nations been systematically corrupted through school and press for business and political reasons.

その手の人道上の汚点は即座に消し去るべきである。私は人間性についてよくよく考えた末に以下の結論に至った。もし仮に国家としての良識が、営利的な理由や政治的な理由によって、学校や報道を通して組織的に堕落していなければ、そうした汚らわしい事はとうの昔に一掃できていただろうにと。


The most beautiful thing we can experience is the mysterious. It is the source of all true art and science. He to whom this emotion is a stranger, who can no longer pause to wonder and stand rapt in awe, is as good as dead: his eyes are closed. This insight into the mystery of life, coupled though it be with fear, has also given rise to religion. To know that what is impenetrable to us really exists, manifesting itself as the highest wisdom and the most radiant beauty which our dull faculties can comprehend only in their most primitive forms — this knowledge, this feeling, is at the center of true religiousness. In this sense, and in this sense only, I belong in the ranks of devoutly religious men.

我々に可能な最も美しい体験とは、謎めいた神秘に触れる事である。それは真の芸術や科学の真髄など全ての源である。神秘を前にして心を動かされた事のない人、もはや感嘆する事もなく畏敬の念に打たれる事もない人など、死んでいるのも同然だ。目を閉じてしまっているのだ。人生の神秘に対するこうした洞察は、畏怖の念も伴うのだが、宗教心を引き起こす事にもなる。我々にとって不可解な事が現実に存在するのだと認知する事。我らの鈍い能力では初歩的な形で理解するのが精一杯ではあるものの、それが至高の知として、そして燦然と輝く美の極致として顕現するのだと認識する事。この知識、この感覚こそが真に信仰心に篤い人々の根源を成しているのである。この意味で、そしてこの意味においてのみ、私は敬虔で信心深い人々の階層に属しているのである。


I cannot imagine a God who rewards and punishes the objects of his creation, whose purposes are modeled after our own — a God, in short, who is but a reflection of human frailty. Neither can I believe that the individual survives the death of his body, although feeble souls harbor such thoughts through fear or ridiculous egotism. It is enough for me to contemplate the mystery of conscious life perpetuating itself through all eternity, to reflect upon the marvelous structure of the universe which we can dimly perceive, and to try humbly to comprehend even an infinitesimal part of the intelligence manifested in nature.

自らの創造物を賞したり罰したり、行動の目的が我々自身を基に作られているような神。要するに人間の弱さを反映しているだけの神。そうした神の存在を私は思い浮かべる事が出来ない。同様に私は、恐怖や馬鹿げた自己愛から虚弱な精神にはそうした発想が宿るものだとはいえ、人が肉体の死を克服できるとも思えない。意識ある人生という永遠に不滅の神秘を鑑賞する事、我々がほのかに感知できている驚くべき宇宙の構造について熟考する事、そして自然界にて明示されている知性のほんの一欠片でも理解しようと謙虚に努める事。私としてはそれで充分に満足なのである。


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(*1)いわゆる「弱い力」を意識した言い回しかと思ったのですが、フェルミのβ崩壊の理論は独伊語で1933年投稿・1934年出版、英語で1939年出版との事なので普通に訳しました。

(*2)ドイツでは世界大恐慌への対策が議会の反対勢力や与党内の足並みの乱れなどで遅々として進まず、状況打破を目指してこの文章のわずか一ヶ月前に(1930年9月)行われた総選挙は、左右両極の躍進という期待とは正反対の結果に終わりました。この選挙で第二党に躍進したナチ党は存在感を高め、そして1933年1月、遂にヒトラーは首相となりワイマール共和国は事実上崩壊しました。アインシュタインがこれほど嫌っていた独裁者が、彼の母国で誕生してしまったのです。

(*3)1924年から疾病保険の強制加入者の範囲が拡大され、1927年には失業保険法が制定されました。しかしこれらは恐慌の際に大変な重荷となりました。1928年に65万人だった失業者は(失業率5%)、1930年末には400万人を越えました。

(*4)ドイツ義勇軍(フライコール)は第一次世界大戦後の混乱の中で出現し、治安や軍事面で重要な役割を果たしたのですが異常な残虐行為など問題も多く、混乱の種になっていました。後のナチ党の指導者や党員には義勇軍出身者が多数存在します。文脈からは義勇軍よりもナチ党の突撃隊(SA)を念頭に置いているようにも思いました。


参考:林健太郎「ワイマル共和国」(中公新書)、入江隆則「敗者の戦後」(文春学藝ライブラリー)

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猪木正道「日本の運命を変えた七つの決断」について。

今回は、人様にお薦めした割には細部を全然覚えていないという情けない事実に直面して再読した猪木正道「日本の運命を変えた七つの決断」(文春学藝ライブラリー)について、感想と考えた事を以下で書き留めておきます。


■作品の印象

解説で奈良岡先生も指摘されているように、明快で解り易く断定的な筆致で描写されている反面、その内容は決して浅くはないです。各々の人物や歴史の流れについて、著者が思考を重ねた末の結論が語られているのだと伝わって来るのが良いですね。巻末でご子息の武徳先生が紹介されている「客に対して一方的に話し続ける独壇場」に相席しているかのような気分になります。

本文は160ページ程度の短いものですし、これだけで第一次世界大戦後からポツダム宣言受諾までの歴史を把握するには少々頼りないようにも思います。少々言い訳がましくなりますが、細部を覚えていないのは、特にこの作品でのみ指摘されているような重要な描写が無いからだと思いました。逆に言うと、描写されてしかるべき歴史的に重大な事柄も概ね押さえられていると思います。それ故に「あれが書いていなかった」というマイナスの印象も残っていないのかなと。

自分が猪木正道・高坂正堯の両氏とそれに連なる方々の著作を好むのは、彼らの明快で深みのある分析や人柄の伝わる文章という要素ももちろんですが、現在直面する諸問題に応用できる事が大きいのだなと今回改めて思いました。言い換えると、いつ読んでも古臭さを感じないという美点があると思います。それについて、以下で少し詳しく書いてみましょう。


■第一の決断:ワシントン会議と加藤友三郎

限りなく上手い結果に終わったこの決断について、後世の我々が参考にできる点は正直あまり無いのではないかと思います。一点だけ気になったのは「何よりも加藤友三郎は、日本海海戦の栄光を背にしており、わが全海軍を統制する力量を備えていた」(p.158)という描写でした。作中で述べられているロンドン条約との比較だけでなく、武勲を政治的に利用された東郷平八郎の晩年を思うと色々と考え込みたくなります。同時に、第一次世界大戦に本格参戦しなかった=近代戦を経験しなかった事の影響は本書でも触れていますが、武勲を立てる機会という点からも考察しておくべきかなと思ったのでした。


■第二の決断:ロンドン会議と浜口雄幸

決断は正しかったのに将来へ悪い影響を残したこの決断の責任を浜口雄幸に求めるのは、酷ではあるが仕方がないとも思いました。著者が指摘した三つの要因(p.159)のうち、海軍大臣の統制力不足、および統帥権干犯という政治問題に発展した事の二点は、それぞれの当事者を責めるべきだと思います。しかし、残りの一点である経済対策の失敗はまさに現在にも繋がる問題で、これに足を引っ張られて外交上の正しい決断が後の政治に悪影響を及ぼすのだから難しいものです。

井上寿一「政友会と民政党」(中公新書)はタイトル通りに戦前の二大政党を扱った作品ですが、その中で石橋湛山が浜口内閣に対し概ね「外交賛成、経済反対」という姿勢だった事が紹介されています。そして石橋は外交・経済いずれの場合でも、浜口が充分な論議を経ずに決断した事を問題視していました。果たして議論を重ねたところで反対者が納得するかというと確かに疑問ですが、少なくとも同時代に浜口の決断が拙速ではなかったかと指摘する言論があった事は現在にも参考になると思います。


■第三の決断:満州某重大事件と田中義一

端的にまとめるなら「身内を庇い自国の恥を隠蔽しようとして嘘を重ねても碌な事にはならない」という間違った決断ですが、現在でも国内外を問わず多々見られるのが困ったものですね。特に、社会的に重い立場の方々がとるべき行動ではない事は自覚して頂きたいものです。。


■第四の決断:二・二六事件と昭和天皇

これも上手くいった事例ですが、正しい決断をした先帝ではなく、同時に顕わになった陸軍の「動機さえよければ何をしてもよいという危険な発想法」(p.65)に注目すべきでしょうね。「国を思う精神から出たもので」などという弁明は現在でもよく耳にする事ですが、その危険性を再度認識しておくべきだと思います。


■第五の決断:「国民政府を対手とせず」と近衛文麿

章のタイトルとして名前が挙げられているのは近衛ですが、広田弘毅もかなり酷いんですよね。p.72で紹介されている日英両国で蒋介石政権の幣制改革の援助をする案を政府が拒絶したのも外相だった広田の関与が大きいですし、総理として作った「国策の基準」はp.76で詳説されているような問題点を抱えていました。とはいえ自国の能力を超えた目標を掲げたり、敢えて敵を増やすような事を言い出すのは現在もよくある事なので、重大な危機に繋がらぬよう願いたいものです。ちなみに、本書で指摘はないですが、「国策の基準」にも参加している馬場蔵相の経済政策の拙さは、倉山満「検証 財務省の近現代史 政治との闘い150年を読む」(光文社新書)などが参考になるかと思います。

近衛の声明は戦争を終わらせるという視点を欠いたこの上なく愚かなもので、間違いなく我が国の外交史のトップに君臨する汚点だと思いますが、これは逆に酷すぎて参考にならない気もします。むしろ、防共を呼び掛けていた我が国が蒋介石を屈服させる為に彼の支配地域を破壊して回った事で、その地域において中国共産党の勢力が浸透していったという歴史の皮肉(p.92)にこそ学ぶべき点が多々あるように思えました。


■第六の決断:三国同盟・南仏印進駐と近衛文麿

この辺りも同様に参考にならないほど酷いと思います。「あれだけミソをつけた人物が、なぜ、これほど信頼されるのか」(p.100)「外国の政府や国民の考え方や行動様式について希望的観測にふけるのは、わが国民性の欠陥というか、日本歴史の業というか、わが国のたいへんな弱点だと思う」(p.109)という指摘や、「期待可能性の理論」(p.110)などは、現下の問題を考える上でも役に立つと思いました。本書では後者の理論により、近衛が総辞職をした時点で誰が後継になっても常人には戦争回避は不可能だったという状況判断から、東条に開戦の責を問わない(決定的に近衛に責がある)としています。


■第七の決断:ポツダム宣言受諾という聖断

この章だけは、決断に至るまでの経緯を丁寧に紹介している事もあり、過去のドラマを手に汗を握りながら見ているような心持ちになりました。強いて言えば、阿南陸軍大臣に対する考察において立場の違いという視点から彼を評価し、一方で彼の主張を思考実験の材料とした上で退けた描写(p.139)には、人物評価の一つの方法として参考になるのではないかと思いました。


■最後に

著者のあとがきを引用して、この文章を締めくくろうと思います。
「大衆が政治的決断に直接間接参加している現代においては、政治家ばかりでなく、一人一人の国民が正しい決断を行う能力を身につけなければなるまい」(p.166)
敢えて言えば、政治家なり誰か有名な人なりの決断をそのまま我が事として語るのではなく、自分で決断した事を自分の言葉で語れるような「一人の国民」でありたいものですね。

以上、今日はこれにて。


*「期待可能性の理論」の本書での援用例といくつか参照ページを追記し、細かな表現を一部修正しました(10/1深夜)。

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岩明均「ヒストリエvol.1」

*作品の評価としては☆4ですが、これは物語の長さからして完結の見通しが立たない故に☆1つを減じたもので、それ以外に目立って減点するような要素は無いと思います。まさに作者のライフワークと呼んで良い作品になっていると思います。

*以下の文章は、この作品のレビューと言うよりは、注釈と個人的なメモと簡単な考察が混ざり合ったものだと説明した方が、より正確かと思います。

*先の巻の内容にはできる限り触れないように気を付けていますが、本巻で描かれた内容には遠慮なく言及しますので、ネタバレを避けたい方は読後にまたお越し下さい。

*歴史的な事実に関しては高校生レベルの知識は既知のものとして、それ以上に細かい内容についても折を見て触れたいと思っていますので、そうした方面からのネタバレを見たくないという方はここでブラウザを閉じて下さい。解説の中で「これは書き過ぎ(ばらし過ぎ)」と思われる箇所があれば、ご指摘頂けると嬉しいです。


以下、話の順に。。


■第1話
・「ヘビ」が全ての始まりか?

・ヘルミアス;
 小アジア西岸の町アタルネウスの僭主。アリストテレスと共にプラトンに学び、生まれ故郷に帰って後、アッソスの町まで勢力圏を拡大していた。ペルシアから離反しマケドニアと同盟してこれを討とうと画策。小アジア全域を再びアケメネス朝の支配下に置く事と、フィリッポス二世の侵攻計画の詳細を得る事を目的としたメムノン指揮下の軍に攻められ、囚われの身となる。しかし彼は拷問を受けながらもアリストテレスを庇い、マケドニアの情報を漏らさず、その発言は最期まで哲学を志す者のそれであった(が、余人には理解しがたい振る舞いかもしれない)。

・メムノン;
 バルシネの夫。兄のメントルと共にアケメネス朝に反旗を翻すが失敗し、マケドニアに亡命する。ペルシア王に敗れたメントルが罪を許され、それと引き替えに派遣されたエジプトで大いに戦功をあげた事で恩赦となり帰国。兄の死後はその職を継承し、小アジア西方の指揮官として反乱の絶えないギリシア植民市の対応に当たっていた。アリストテレスの身柄を捕獲できず。

・アリストテレス;
 父はマケドニア王(フィリッポス二世の父)の侍医。アテネでプラトンに学ぶ。師の死後、反マケドニアの気風が強くなったアテネを離れ、フィリッポス二世の勧めもあってヘルミアスの招きに応じる。数年後レスボス島に移り、テオフラストスと共に生物学の研究に勤しむ。同時期ヘルミアスの姪(もしくは娘)を娶る。フィリッポス二世の要請を受けマケドニアに学問所を創設し彼の後継者(後のアレクサンドロス大王)を教育する為に、小アジア脱出を決意。この作品の冒頭ではスパイ容疑でペルシア帝国から追われている。後にデルフォイにヘルミアスを讃える記念碑を建立する。

・カリステネス;
 アリストテレスの甥にして弟子。共にマケドニアに向かう。後に大王の東征に従い従軍記を執筆する。

・エウメネス;
 主人公。「多分、異民族(バルバロイ)」とは作中の本人の談。フィリッポス二世とアレクサンドロス大王の二代に書記官として仕え、東征時には軍の指揮も任される。大王の死後、ディアドコイ(後継者)の一人として同輩達と戦う。なお、後にスーサの合同結婚式で娶るアルトニスはバルシネの妹である。

・バルシネ;
 アケメネス朝のサトラップ(総督)アルタバゾスの娘。祖母はペルシア王アルタクセルクセス二世の娘である。父が義理の兄弟の間柄であるメントルとメムノンの協力を得てペルシアに反抗するも失敗し、その結果バルシネは父や兄弟そしてメムノンと一緒にフィリッポス二世に保護される。恩赦により帰国して後、叔父であるメントルに嫁ぎ、メントルの死後メムノンの妻となる。メムノンの死後に大王の側妾となる運命にある。


■第2話
・全軍の指揮官;
 第5話にて、「マケドニア王その人ではないか」とエウメネスは推察する。


■第3話
・アンティゴノス;
 高校の世界史で習うであろうアンティゴノス朝マケドニアは、ディアドコイの一人である隻眼のアンティゴノスの子孫が開いた王朝である。彼はフィリッポス二世と同年の生まれとされるが、史上に登場するのは大王の対ペルシア戦以降である。ディアドコイ戦争を通してエウメネスの人生に深く関わる事になる人物であるが、とりあえず作中の現時点では見るからに怪しいおっさんである。


■第4話
・少し気にしすぎな騎馬の人;
 現時点で名前は明かされていないが、エウメネスとの今後の絡みが注目される。


■第5話
・主人公と老婆の別れ;
 「寄生獣」をふと思い出したりして。

・全ての始まりは、「図書室」であった。

・剣を振るう女の夢。


■第6話
・少年エウメネスの家族構成;
 父ヒエロニュモス、兄ヒエロニュモス、母、奴隷カロン。

・馬上の光景。

・クセノフォンのアナバシス;
 クセノフォンはソクラテスの弟子でプラトンと同世代。ペルシアの王位を巡る兄弟の争いに傭兵として参加したものの、兄王アルタクセルクセス二世があっさりと勝利した為に、弟陣営に属した彼は遠い異国から苦労して帰還する事になる。その道中を書き記したのが「アナバシス」で、著者の平易明快な文章はギリシア〜ローマ時代にギリシア語文体の模範とされた。このアナバシスの最中に師ソクラテスが刑死している。ちなみに、五賢帝時代のローマの歴史家アリアノスの代表作に「アレクサンドロス東征記」があるが、その原題は"Anabasis Alexandri"である。

・最後のキュロス王のセリフ;
 ヘロドトスの「歴史」第1巻(クレイオ)の最後に記されているキュロス二世のセリフの概略は以下の通りである。

 キュロス二世は「自分は神の恩寵を受けており、身に迫る危険は夢のお告げの形で全て事前に知る事ができる」と豪語した。戦場に在った王がこの時に見たのは、一族のダレイオスがアジアとヨーロッパに大きく翼を広げる夢だった。王はダレイオスが叛逆を企てていると解釈し、「目の前の戦争に勝ち首都に凱旋してから処分を検討する」とダレイオスの父に告げた。しかし。その夢の真意は「キュロス二世がこの地で命を落とし、その結果ダレイオスがアジアとヨーロッパに君臨する王となる」だったのである。


■第7話
・夢の続き。自分を見る女の眼。女の死。

・夢はその人の「記憶」だけを材料に組み立てられてゆく。


■第8話
・悲惨な扱いを受けるスキタイ人奴隷トラクス。

・ハルパゴスとペルシア帝国の建国;
 以下も上記ヘロドトスの書の要約である。

 メディア王は娘に王位を脅かされると解釈できる夢を見たので、彼女を辺境の大人しいペルシア人貴族に押しつけた。娘が妊娠すると、今度は娘の子供が王としてアジアを統べる夢を見たので、信頼する部下ハルパゴスに赤子を殺すよう命じる。しかし王には男の後継者がなく、万が一の場合には王女が即位する可能性も高い。ハルパゴスは恨みを買いたくないと考え、王に仕える牛飼いに全てを押しつけた。牛飼いの妻は死産直後だったので、その児の死骸をハルパゴスに渡し、赤子を自分の子として育てた。

 十年の時が過ぎ、その子が友達と「王様ゲーム」で遊んでいると、偶然の経緯からメディア王に面会する事になった。一目見てその子が自身の外孫だと悟った王はハルパゴスを呼ぶ。問われるより先にハルパゴスが罪を正直に告白したのでその場は許したが、腹の虫が治まらない王は残忍な仕返しを企む。つまり、外孫の無事を祝う宴で、ハルパゴスの息子の屍肉を彼に供したのである。ハルパゴスは王の「褒美」を平伏して受け取った。また、夢占い師にかつての夢を相談すると「子供の遊びとはいえ王に選ばれた事で夢は成就した」という解釈だったので、王は心配を忘れた。

 更に十数年が過ぎた。立派に成長した運命の子は父方の祖父キュロスの名を継ぎ、ペルシア人の大部分をまとめてメディアに反旗を翻す。王の仕打ちを恨みキュロス二世を影ながら支援していたハルパゴスが公に裏切った事もあり、メディア王は囚われの身となる。かつての宴の件で王を罵るハルパゴス。王は、彼の恨みそのものに対しては反論しなかった。ただ、「個人的な怨恨によって行動し、自らは王になろうとせず、メディアの民をペルシア人の奴隷にしたお前は、愚かな悪人だ」と断じた。ハルパゴスの反応は記されていない。


■第9話
・少年エウメネスの友人関係;
 体格の良いニコゲネス、飄々としたトルミデス、ひ弱そうな子、彼女ペリアラ。

・エウメネスは足が早い。

・拳闘の勝負を眺めながら、夢の女の動きを重ねるエウメネス。



■1巻のまとめと考察。
・表紙は地球儀を手にするエウメネス(年齢は物語冒頭時)。裏表紙は背中を向けて歩いて行く少年エウメネス。

・アリストテレスのスパイ容疑について。;
 アリストテレスは生まれながらにマケドニアと関係が深く、小アジアに赴くという決断にもフィリッポス二世の意向が少なからず反映されている。現地でもヘルミアスとの軍事衝突を思い止まるようメムノンに手紙を出すなど両者の調停を何度か行っていた為、我が国における哲学者のイメージ(=政治などの下世話な世界にはあまり関わらない)からすると意外な印象を持つかもしれない。

 作者の「なんとスパイ容疑である」という語りはそうした読者の心情を前提としたものと思われるが、当時のこの地域においてアリストテレスがマケドニアの後援を受けている事、ペルシアの情勢を探っていた事、外交上の役割を担っていた事、哲学者として名を成していた事、研究に勤しんでいた事などは一個人の中に矛盾なく並立できるものであった(イメージとしては、戦国時代の毛利の外交僧・安国寺恵瓊に近いかもしれない)。

 エウメネスがアリストテレスの政治的な側面に無知だったのは、彼がリアルタイムで諸国間の外交交渉を知りうる立場になかった事や、彼が読んだ書物がアリストテレスの学術的な側面を扱ったものばかりだった事が原因ではないかと思われる。

・夢の話について。;
 物語の中では直接描写されていないものの、上記の注釈で紹介したように、キュロス二世の誕生と最期には夢が深く関わっている。誕生の話からはソフォクレス「オイディプス王」を連想した方も多いと思うが、夢の警告を誤解して調子に乗った瞬間に、あるいは上手く対処できたと安堵した瞬間にその人の運命が暗転するという考え方は、ヘロドトスだけでなく当時のギリシア人に広く受け入れられたものだったのだろう。

 エウメネスは、夢は自身の記憶にのみ由来すると考えている。つまりスキタイの記憶である。現時点では拳闘に活かせそうな描写もあり、夢はエウメネスに味方しているように見える。エウメネスは、夢や記憶を通して提示されるスキタイ流の行動で、難局を乗り越えて行くのだろう。しかし、それは永遠には続かない。彼が思い上がった時、スキタイ流の運用方法を間違えているにもかかわらずそれに気付けなかった時、彼の命運は尽きるのかもしれない。


テーマ : 漫画 - ジャンル : アニメ・コミック

大人向けの漫画とは?

冷蔵庫の残り物を一気に消化してやるぜ!と色んな具材を入れて料理をしたら大量のカレーが残ってしまった今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。美味しいので三日連続だろうが朝からだろうがコツコツ食べますが、ちょっと調子に乗りすぎたかなと反省はしております。。

それはともかく。


本屋さんに行くと色んなキャンペーンがあって、本棚を一つ使って特定のテーマに沿った作品を集めていたりとか、そうして選ばれた作品群を見るのはとても楽しいものです。とはいえ取り上げられるテーマは無限にあるわけではなく、大抵はどこか別の書店でも見たようなテーマがほとんどです。

ふらっと立ち寄ったお店のコミック売り場で「大人の漫画」というコーナーがありました。常設ではなく、かといって力を入れたイベントというわけでもなく、そしてそこには歴史に絡んだ作品が多く集められていました。以前にもどこか別の場所で同じようなセレクトを見た記憶があるのですが、さて、では「大人向けの漫画」って何だろう?というのがこの文章の発端であります。


まず、大人向けの漫画を考える前に、子供向けの作品について考えてみましょう。より正確には、いわゆる「子供騙しの作品」とは何か?を考えてみます。個人的な意見としては、
・子供にとって未知の領域の話であり、
・しかしその分野に詳しい人はもちろん、少し知っている程度の人にとっても物足りない内容である事
が子供騙しの作品に該当するのではないかと思います。

逆に言うと、子供にお薦めの作品とは、
・子供にとって身近なテーマを扱っていて、
・彼らの純粋な好奇心を満たせるだけの内容を伴っている事
なのかもしれません。子供を騙すには領域を広げるのが良く、一方で彼らに親しみのある分野の話で、もしくは特別な知識を必要としない話で楽しませる事は、相当に難しい事だったりします。

では、本日のテーマである、大人にオススメの漫画とは?
・広く多分野の話題を扱っていて、
・しかも各々の領域においても、さらにはそれらを組み合わせた作品全体としても深みを感じさせる事
というのが、一つの解になるのかなと思ったのでした。そして歴史漫画が大人向けとされるのは、作品を充分に楽しむ上での前提知識を多く求められ易い事が原因なのではないかと。


さて、ここに一つの作品があります。岩明均さんの「ヒストリエ」です。この作品が怖ろしいのは、おそらく歴史的な前提を知らなくとも楽しめる事=上記の話から言えば「子供にお薦めできる作品」である上に、歴史にまつわる詳しい知識を持っている人ほど「なるほど」と考えさせられる描写が随所にある事=上記の定義では「大人にオススメの漫画」でもある点です。

ここでサボり癖のある自分を戒める為に宣言しておくと、「ヒストリエ」の各巻を再読して、歴史上の結末も含め気になった点を書き記していこうと思っています。普通のレビューとは違う形になるでしょうし、何より先の巻のネタバレを避けつつ歴史的なネタバレはやる気満々という変な条件付きなので匙加減が難しそうですが、まずは今出ている9巻分を楽しみながら完成させられたら良いなと思っております。


そんな感じで、最後は余計な話になりましたが、本日はこれにて。

今年の反省と読んだ本について。

時の流れは早いもので気付いたらもう年の瀬どころか大晦日でございますが、皆さま新年を迎える支度は万全でしょうか?来年も宜しくお願いします。

という事で、今年の反省と例年通り読んだ本について適当に書いてみます。まずは前者から。


■今年の反省

何かと時間に追われて、去年までならできていた事が余裕が無くて断念…というケースがちらほら見られた年でした。年内にできれば書いておきたいと思ったネタをつらつらと挙げると、STAP関連の雑感、80年代の音楽ネタ、訃報を聞いて読み返した本の話、サッカーの話などがあります。どの話も突き詰めて考えると難しく、興味があって詳しく考えるが故に逆に文章としてまとめ辛くなるという、哀しい隘路に迷い込む事が多かったと思います。

また、ニュース等を見ていると20〜30年前の出来事が歴史の中の話のような扱いになりつつあり、話者にとって実体験ではないが故に見過ごしていると思われる事柄が少し気になっていました。当時の感覚としてはこうだったとか、通説として成立する過程で捨象されたものを補足する文章を幾つか書いてみたかったのですが、それも手が出せずじまいでした。

そして今年に限らずここ数年の傾向ですが、ユーモアが少なく文章が必要以上に複雑になる悪癖が解消できなかったのも残念でした。来年は頑張ってエロい話なども書いてみたいと思います(笑)。


■読んだ本の中から:中公文庫の「日本の歴史」シリーズについて

確か秋の読書週間前だったと思うのですが、Twitterの「初学者向け歴史本まとめ」的なリストをたまたま目にして、その中にあった本シリーズ9巻「南北朝の動乱」が気になったのが切っ掛けでした。

さっそく本屋さんに向かったところ、シリーズ26冊(+別巻1)の中で見事に本書だけ在庫切れで。。自分以外にもあのリストを見て買いに来た人がいたんだと何だか嬉しくなって、別の書店で全巻を大人買いしました(笑)。

歴史関連の書籍は新書中心に読んでいる方だと思うのですが、日本の歴史をシリーズで通して読むのはおそらく小中学生以来になります(世界史は何度か機会があったのですが)。購入に踏み切る前に不安だったのは、半世紀近く前に刊行されたシリーズを今読む意味があるのか?という事。そして読み切れるのか?という事でしたが、結果的には二点とも杞憂でした。

本を読む事は、究極には著者と直接対峙する形に至ります。半世紀前に当時一流の方々を集めて構成された本シリーズは、作品ごとに質の違いはあれども、密度の濃い対話の機会を多く与えてくれました。そして一冊読了ごとに著者とゲストの対談を別巻で読んだのですが(別巻にシリーズ全著者の対談がまとめられています)、ゲストのお歴々も実に興味深い人選で、対談を早く読みたくて本編の読破が進むという相乗効果(?)が得られました。

また、シリーズを通して読む事で普段は見過ごしがちな時代や地域を知れた事も、大きな収穫の一つでした。例えば上記の作品だと、南北朝時代の南九州の動向などは全く知識のない状態だったので、概略を知れて良かったです。

もちろん、科学分野の発展と同様に歴史分野の研究も半世紀の間に随分と進歩があり、そうした新しい通説が反映されていないのは確かに残念でした。同じく室町期を例に出すと、将軍義政の時代に「三魔」と呼ばれた一人である今参局は、現代では義政の乳母で確定しています。それが本シリーズでは愛妾と説明され注釈もなく。。そうした既に否定された事柄を目にすると、仕方のない事とはいえ興醒めするので、再販の機会などに出版社として何らかの対応をして頂けないものかと思う次第であります。


■今年もおしまい

そんな感じで日も暮れて参りましたので、今年はこれで書き納めとします。
では皆様、良いお年を。

推薦図書の憂鬱

何となく最近考えていた事で、ネタっぽい要素もありつつそれなりに真剣なお話。


まずは近頃の体験談から。自分は基本的に雑食なので勧められれば何でも読んでみる傾向がありまして、世間一般と比較しても先入観や偏見などは持っていないつもりです。だから漫画やライトノベル、2ちゃんねるまとめなども、「面白かった」と言う人があれば時間の許す限り読んでみるのですが。。

それらは確かに面白いものもあればイマイチなものもあり、そうした感想を(相手の感情を損なわない範囲で)報告したり、時には議論めいた事をする時もあります。他人が熱中しているものを必要以上に貶したり、そもそも内容の深さよりもエンタメ要素が求められているジャンルの作品をあれこれ批評するのは違う気もするので踏み込んだ評価は避けますが、何であれ読んだものについて人と語り合うのは楽しいものです。


さて、物事には方向性というものがあります。この場合だと勧める側と勧められる側が居て、それらは適度に入れ替わるのが健全だと思うのですが。。。

哀しい事に、自分が読んで面白いと思った作品を人に勧めたとして、それを読了して貰える可能性が低いのが、最近の密かな悩み事だったりするのであります。悩み事と言うと大げさですが、少し寂しいなぁ〜という感じでしょうか。


例えば、既にバブルは弾けたとはいえ今でも各出版社が力を入れている新書について。スポーツや芸能関連の作品ならば少し反応は違いますが、普通に真面目そうなテーマの作品だと、そのジャンルが何であれ、以前と比べて反応が鈍いなと思うケースが増えた気がします。

ましてや、興味が高じてそうした新書の巻末に記されている参考図書にまで手を伸ばした場合。残念ながら「凄いね」的な感想で話は終わり、該当書を読んで貰える事は最近ではごく稀になった気がします。。


そうした書籍の魅力を伝え切れていないのかもしれない、という個人に属する問題点はひとまず棚上げするとして。ここで問題提起をしたいのは、一般に読む事が推奨されるような書籍、いわゆる推薦図書の価値が、この数年で更に暴落しているのではないか?という問題です。

なお、話を散漫にしない為に、推薦図書という存在の是非についてはここでは問いません。以前に少し書いた気もしますが、ある人にとっては人生の糧となる作品が、別の人にとっては人生を誤らせる程の影響力を及ぼす事はままあります。故に(特に相手が成長途上である場合には)勧める側には慎重さと経験が求められるわけで、そうした可能性を思いやる事なく推薦図書のリストを押し付けて読書嫌いを増やす結果をもたらす方々は害悪と言っても言い過ぎではないとも思うのですが、それについては、これ以上は(笑)踏み込みません。


さて、この問題に対する反応として、例えば以下のようなものがあります。曰く「別に一般に読まれなくても、自分が面白いと思うものを読めば良いのでは?」と。しかし、面白いと思ったものを人と共有したくなるのは自然な感情だと思いますし、また、何かのテーマについてより詳しく知りたいと思う場合、その知りたい気持ちが真剣であればあるほど、他人の介在を求めるものだと思います。つまり、学びという行為における独学の危険性は、それなりの年齢の人にとってはその長所とともに十分に認識されている事だと思います。

あるいは別の意見として、「ブログや通販サイトの感想など、他者の意見を参照できる機会は以前より遥かに増えているのに、何故身近な人の感想を敢えて求めるのか?」というものもあります。しかしこれも、こちらの意見に対して何らかの指摘してくれるわけではない事、仮に自分がブログ等に感想を書いたとしても反応自体が稀な事、などを考えると、気の置けない人の率直な意見を求めたくなるのも道理ではないかと思うのです。

更には「そんなに誰かと語りたいなら、地域の読書会とか大学の専門の先生に渡りを付けるとかすれば?」という意見もあります。それは確かに魅力的な提案ではありますが、既に上級者の域に達するようなジャンルであればまだしも、初心者から中級者に脱皮しようかというレベルだと、やはり敷居が高いのではないかと思います。つまりここで問題にしたいのは、独学で読書を継続でき機会があれば上級者の仲間入りも果たせそうな人達ではなく、読書の習慣と熱意はあれどもそれが挫けてしまいそうな人達をどうすべきか?という事なのです。


昨今は趣味の多様化が進み、更にはデフレ傾向が長く続いた事もあってか「無理して真面目な本を読んでも得るものが少ない」→「気楽に読めて楽しいものが良い」という風潮が一般的なのかもしれません。真面目な本を色々と読んでいるはずなのに行動がアレな上の世代がニュースを賑わす昨今ゆえに、読んでも無意味と思われているのかもしれません(苦笑)。それで良い人はそれで良いと思いますし、無理強いをしようとは思わないのですが。。。

こうした傾向が続くようであれば、特定の分野に詳しい専門家と一般人の間を埋める人材が更に減り、両者の隔絶が更に顕著になるので、社会の諸問題を扱う際に対策を進めるのが難しくなるのではないかな?という大げさな心配事にまで至ってしまったのでした。


話を戻して、個人的に残念な気持ちと世間の傾向を危ぶむ気持ちとは、分けて考えるべきなのでしょう。前者については、残念ではあるけれども読みたいものを読むという姿勢を変えるつもりもないのでまぁ良いとして。後者ですが、一個人がどうこう案じたところで仕方のない事ではありますが、真面目な本を読もうと思えば読める方々が、世間の傾向ゆえに読まずに過ぎる傾向にあるのは、やはり長期的な問題点として認識しておくべきではないかな?などと思ったので、考察の経緯を含めて書き残してみた次第であります。


以上、今日はこれにて。