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阿佐田さん

更新が一月以上空いてしまったので、最近読んだ本の話を簡単に。

できればきちんと感想を書きたいと思っていたのですが、時間がないことに加えて、感想なんぞを書いている暇があるなら何度でも読み返したいと思えるような作品なので、こんな感じの手を抜いた記事にするほうがかえって良いのかもなと思いました。

ということで、ここ何日か繰り返し読んでいるのが以下の二作。

「色川武大・阿佐田哲也ベスト・エッセイ」
「吉行淳之介ベスト・エッセイ」(いずれも、ちくま文庫)

今回紹介したいのは、この二作で共通している部分。つまり、麻雀放浪記の頃に二人が対談を行ったのですが、その時に吉行が「阿佐田さん」と呼びかけた話を二人ともが書いています。

色川は「芸名の方で呼ばれたときは、私もとうとうこれが本職化したのだな、と思った」「吉行さんはあの人流の配慮でいくぶん口ごもりながらそう呼び、そのあとで私の反応をうかがっているような感じがあった」と書いていて。(p.329)

吉行は、仕事が終わったときに「阿佐田さん、と呼ばれたときには、ギョッとしましたよ」と言われて「色川武大としての小説について、志があったわけだ」と解釈しています。(p.317)

両人とも鬼籍に入って久しく、これらのエッセイで昔話として語られたことは、今では大昔のことになるのですが。それでも、時代を経ても通じる面白さというものは健在なのだなと。強引にまとめるならそんな感じです。四の五の言わずに読めば分かる、みたいな感じでしょうか。

以上、今日はこれにて。

今期のサッカー放送

お気楽な穴埋め記事。
とはいえ内容は、あまり明るいものではないですが。

スカパーでUEFAチャンピオンズリーグの放送がなくなったので、欧州サッカーセットを解約してJ-Sports 2&4のみ継続しています。つまり観られるのはイングランドのプレミアリーグのみ。それと、WOWOWで放送しているリーガ・エスパニョーラですね。

今期のCLについては、決勝トーナメントが始まるまでにDAZNと契約しようと考えていますが、面倒な気持ちが先に立って未だ動いていません。レコーダーのHDDにがんがん録画しておいて、時系列を無視して消費していくのが好きだったのですが、視聴形態が変わることに躊躇するのは歳のせいでしょうか。

過去の多くの試合をDVDやブルーレイに残しているのですが、それもたまに観るクラシコとCL以外はばっさばっさと整理しようかなと思ったり。音楽などもそうですが、個人でコレクションを抱えていてもあまり意味のない時代になっちゃいましたね。

それでも、結論は前向きに。そうした周辺的な悩みを吹き飛ばすような、観戦していて引き込まれるような試合に今期もたくさん巡り逢えますようにと。そう締めておきます。

では、今日はこれにて。

ワールドカップの日本代表雑感。

残念ながらベスト16で敗退してしまいましたが、サッカー日本代表の印象を簡単にまとめておきます。


■コロンビア戦

開始数分でのPK獲得&相手選手退場が全てだった試合ですが、それでも(特に後半に)試合運びを修正できたことが大きかったですね。
結果にも繋がりましたし、進歩を感じた部分でもありました。

初戦かつ予想外の展開だったので、細かな指摘にさほどの意味があるとも思えませんが、個人的に気になったのは以下のような点でした。

まず、前半の間は選手の意思統一ができなかったこと。
これは結果論で言えば、三戦目で最後のボール回しを監督が指示したことにも、四戦目の最後の失点(の直前のコーナーキック)にも繋がっている気がします。

そして厳密に言うと後半も、縦に急ぐ選択と完全に後ろに下げる選択のいずれかを、選手が決め打ちしている感じを受けました。
もちろん一つの選択肢に固執気味だった以前と比べると格段の進歩ですが、世界のトップは「状況を見て自動的に判断を下す」域にあるので、あとほんの一歩だけ頑張って欲しい部分です。
とはいえこの点に関しては、不満よりも進歩を感じ取れた喜びの方が大きかったのですが。

それに対して、守備時の戦術的な動きは微妙というか、観ていて怖かったのが正直なところ。
ただ、この試合ではそれを強く指摘しづらい部分もありました。
それは例えばペナルティエリアのすぐ手前で相手選手がフリー→落ち着いてトラップしている間に必死に寄せてボールを身体に当てる、といった「怪我の功名」とでも言うべき場面が何度もあったからです。
それと好対照だったのがベルギー戦で、相手選手の名に怯えてか一試合目よりも寄せが早く、結果としてワンタッチで躱されてしまうケースが何度かありました(二人目が必死に寄せて事なきを得ていたのは、一戦目と同様に良かったと思います)。

この辺り、どちらが良いとも言い切れないのがサッカーの難しいところで、ただ「個人の判断に頼っている部分が大きい」のは不安要素だなと。
つまり今は、「ある局面における最適解」が存在する場合(特にその判断をゴールのすぐ近くで求められる場合)には、「多くの選手がそのイメージを共有できないと厳しい」という時代だと思います。
勿論それは「戦術の最先端である欧州の基準に従ってプレイしろ」という意味ではなく、模範のイメージを共有した上で、「自分たちに合った行動を取る」という方向性が王道ではないか、という意味です。

具体的には、今大会ではほとんどの国が4-4-2で模範的な守備を構築できていた一方、我が国のそれは(しっかりと試合を観たわけではないですが、おそらく韓国やパナマも)微妙な詰めの甘さが残っていました。
その至らぬ部分を認識した上で、欧州式の模範に従って、あるいは自分たちがやりやすい形で、埋めれば良いのではないかと思うのです。
あちらでの積み上げを知りもせず「自分たちのやり方」を追及するのは、古来より我が国が陥りがちな傾向ですが、そちらの方向に行くのではなく。
古人曰く「彼を知り己を知れば」を大前提に、対策という部分で「自分たちのやり方」を発揮して欲しいなと、そんな感じですね。


■セネガル戦

内容的には一戦目よりも良く、日本代表の長所が出たと同時に勝ちきれない悪癖も出た試合だったと思います。

この試合で何よりも素晴らしかったのは、初戦で得た自信が選手たちから感じ取れたこと。
その結果、長所が短所をカバーするような。完全に守勢に回った時の不安を、攻勢に出る時間を長くすることで解消するような。そうした良い流れが生まれたのではないかと思いました。

例えば左サイドにおける乾選手の守備は、特に自陣深くまで攻め込まれた場合の対処には不安が残ります(高い位置から守備に入る時の動きは、巷で言われるほど悪いとは思えませんでした)。
しかしそれは最初から分かっている事で、そうした部分に目を瞑り攻撃面での活躍を期待して起用しているわけで。
試合の中でいかにその長所を発揮させ、同時に短所を出させないようにいかに組織を整えるかが重要だと思うのですが、選手も監督も「流れに上手く乗ってそれを可能にしていた」という印象でした。

もっとも、それを「理論的に組織を構築した結果」と受け取れるまでには至っていないのが、もどかしくもありました。
要は、チーム全員ではなく2〜3人、ピッチ全体ではなく局所でなら、「誰かがこう動いてスペースを作って」といった理論的な動きができているのに……という話です。
結果論になりますが、こうした組織的な動きを選手個々の経験や判断に丸投げしていたツケが、先発六人を入れ替えた三戦目で回ってきたと思います。

この試合でもう一つ言及しておきたいのは、交替選手の話です。

一戦目の本田選手はアシストを決めた以外は良いところがなく、ミラン移籍後の凋落を哀しんでいたのですが、チームの良い流れに救われて「試合終盤での選択の一つ」として考えられるまでになりました。
残念ながらその流れは三戦目で途絶えてしまい、四戦目は初戦と同様に不安定なプレイも見られましたが、この時点では存在感が回復基調にあったのも確かなので、それはきちんと明言しておきます。

三人目の交替が宇佐美選手だったのは意外で、今から思えば、ここから博打が始まっていたのでしょう。
監督としては攻撃面でのオプションを増やしたかったのだと思いますが、同点の場面で更に攻撃を偏重させるこの交替は「先を見据えすぎている」「目の前の試合を軽視している」とも受け取られかねない采配で、もし失点していたら致命傷でした。
その最悪の結果こそ免れたものの、あの場面で「攻撃的な交替なし」で勝ち越し点を決められるような段階にはないと、監督自ら認めたような形になってしまったのがどう響くか。
それが杞憂に終わって欲しいと願いながら、ドローという結末を受け止めていました。


■ポーランド戦

先発六人を入れ替えた采配が完全に裏目に出た試合。
そして最後の十数分の振る舞いが世界的な話題になった結果、博打で得た大金を十秒で溶かすという結末に繋がった試合でもありました。

まず博打で得たものから。
決勝トーナメント進出と主力選手の休養という成果を得られた点は、リスクを掛けた価値が充分にあったと思います。

選手の見極めができた、という点は良かったとも言えますが、「使える」と思えた選手が出なかったのは悪い結果とも言えそうです。

個人的には、右サイドに酒井選手を二人並べる形は、守備面では悪くないと思いました(攻撃では物足りなかったですが)。
宇佐美選手は守備を批判されることが多いのですが、この試合では頑張っていたと思います。しかし彼に求めるのは攻撃なので、二戦目に出場した流れを汲んでもこの結果では「大事な場面では使いづらい」という評価も仕方がないのかなと。
山口選手と槙野選手は守備の位置や飛び込むタイミングが怖くて、見ていられないと思った場面が幾つかありました。
武藤選手は周囲と動きが合っておらず、やはり途中交代では怖くて使えないという印象でした。

彼らにとって不運だったのは「監督が戦術的な動きを『具体的に』提示できない」事で、上述したように共通モデルを選手たちが自ら構築する必要がある為に、「連携ができていないので動きがバラバラ」という哀しい結末になりました。
たとえ世界最高の選手を擁しても、「チームではなく個人の集まりに過ぎないのであれば勝てない」とは、アルゼンチンが身をもって示してくれた事です。
前監督の名前を出すと話がややこしくなりそうですが、それでも敢えて言うのであれば、こうした部分でハリル的な要素(戦術の引き出しが豊富)が必要だったと思いますし、同時に「オールジャパン」が今回の好結果を生んだのも確かです。
巷では「これからの日本サッカーの進む道」みたいな話が多く語られていますが、私は単純に「両方とも必要」だと考えています。

話を戻して、明確に「裏目に出た」と言えるのは岡崎選手の負傷交替で、これで攻守両面で計算できる途中交替の一手が失われてしまいました。
その結果、大迫選手を(次いで乾選手も)出さざるを得なくなり、何よりも柴崎選手を休ませる事ができませんでした。
更には、「今いる選手たちでは、点を入れるよりも入れられる可能性が高い」と受け取られかねない、自力でのグループリーグ突破を諦める采配にも繋がっている気がします。
逆に言えば、満身創痍に近い状態で何とか最低限の結果(一点差負け)を得た試合だったという事ですね。

残り十数分の段階で時間稼ぎに入った事は、上記の理由により選手への弁明は必要だと思いますが、外部から非難されるには当たらないと思います。
セネガルが追いついたらピエロなので、それなりの時間を残してのあの選択はリスキーでしたが、残り数分であの状態なら多くの国が時間稼ぎに入るはずです。
その場合でも非難をすると言い切れるメディアだけが「石を投げる」資格があると思いますし、雑音は遮断して済ませれば良かったのですが。
四戦目に、我が国の生真面目な性格が、一番嫌な時間帯に出てしまう展開に繋がってしまいました。


■ベルギー戦

ラスト十秒で全てが泡と消えた事も含めて、現状のサッカー日本代表の全てが出た試合。
選手はもちろん監督以下のスタッフも含めて、彼らを誇りに思える試合だったと思います。

まず前半の途中から、そして後半に一点を取られてからは完全にベルギーの時間帯で、そこを一失点に抑えたのは大したものだと思います。
あの二点目は仕方がないですし、言い方を変えれば、一つ目の失点は悔いが残るし決勝点は本当に勿体なかったと思います。

スタメンから「キーパーの川島選手を外すべきか」という議論は、開幕前にも出ていましたしコロンビア戦の後は更に熱を増していました。
その声に対して、西野監督は「三戦目に川島選手をキャプテンとして出場させる」事で応え、川島選手のプレイも上向きになりました。
これはこれで筋の通った対応ですし、他のキーパーなら一点目を防げたかもしれない一方で、別の場面で失点していたかもしれず、そう考えると川島選手を責める気にはなれません。
誰が悪いというのではなく、「サッカー日本代表としての守備の在り方」みたいな話に繋げて欲しいなと思います。

決勝点の伏線は2-0の時点からありました。
ドン引きして守るのは、既に述べた組織的な理由から、そしてこの大会では他の国々もそれに失敗しているケースが多い事から推奨できません。
とはいえ三点目を狙った結果、打ち合いの様相を呈していたのは少し疑問で、上手く時計の針を進めるプレイをもう少し挟みたかったのが正直なところです。

選手の意思が統一されていたと言えば聞こえは良いのですが、実態は地に足が着かないまま「何となく」三点目を狙うという心理状態に全員が陥っていただけで、「何としても」三点目を取るとか失点を防ぐとか、そうした雰囲気は感じられませんでした。
観ていた我々も含めて「勝てるかも」という気持ちが出てしまった結果だと思いますし、経験不足が出たとも言えそうです。

最後のコーナーキックからのカウンターに対しては色んな意見を見聞きしました。
本田選手は時間稼ぎをして延長に持ち込むか少なくともキーパーが取れない場所に蹴るべきだった。センターバックを残してカウンターに備えるべきだった。山口選手があの位置から一か八かで奪いに行くのは論外だ。誰でも良いからカード覚悟で止めて欲しかった。などなど。

それらに対する反論も色々ありました。
延長を戦えるだけの余力が果たして残っていたのか(確かに)。決めに行くという判断は責められない(後述)。あのボールをキャッチされてデ・ブライネに渡された時点で詰んでいる(私もあの瞬間に絶望しました)。必死に走っても追いつけなかったからこその悔し涙ではないのか(切ない)。などなど。

個人的には「一撃で決めに行く」と同時に「外れた時点でタイムアップになるように時間を調整」すべきだったと思います。
ただ残念ながら、この試合で時間稼ぎを行うことは、生真面目な性格の選手たちには不可能でした。
かろうじて、「勝っている状況でアディショナルタイムに入っていれば時間稼ぎもあったかもね」という感じだったかと。

ここで交替選手の話をしたいのですが、まず柴崎選手と替わって入った山口選手はやはり微妙で、しかし最後はどうしようもない(プレイの選択は間違いだけど、我慢して撤退しても結末は同じだと思う)ので、責められるのは可哀想だなと思います。

本田選手はボールが足に付かなかったり守備時の動きが微妙だったりで、それほど効果的とは思えませんでしたが、モタモタしたプレイが逆に時間を進める効果を生んでもいました。
最後のコーナーの蹴り方からも推測できるように、本人の意思は「早い決着」を望んでいた一方で、そのプレイは「決着を先延ばしに」するような、攻撃のリズムを止めるような動きが多く、アンビバレントな切なさがありました。
誰だったかが「本田が理想とするパスサッカーに、本田自身が一番合っていない」と語っていたのをどこかで目にしたのですが、南アフリカでワントップとして起用されて以来、ついにその矛盾は解消できなかったかと思うと、何とも言えない気持ちになりますね。
野球に喩えるならば、「剛速球で鳴らした投手が投球術を覚えぬまま衰えた」のに似た切なさを覚えました。

話を戻して、本田選手を始めフィールド上の十一人には「時間をギリギリまで使う」という選択は不可能だったと思いますし、そこを責めるのは可哀想だと思います。
では監督がそれを指示すべきだったかというと、やはり三戦目の事があっただけに、難しいでしょうね。
むしろそれができるのなら、2-0の時点でもっと明確な指示が出せていたはずで、八方塞がりとはこの事かと慨嘆したくなります。

この場面で責めるべきは選手でも監督でもなく、我々が陥りがちな「空気」だと私は思います。
時間を掛けてコーナーを蹴るという選択を、選手も監督も考えなかったはずはないわけで。
しかし三戦目に対する世界規模の批判が、関係者全員を「小細工抜きで勝負に出る」という心理状態に陥らせ、その結果があの結末だと思えてならないからです。
その意味では、「オールジャパン」の問題点がここで出たとも言えるわけで、もしも監督が外国人で、空気を読まずに「時間を稼げ」と指示を出していれば、それだけであの結末は防げたのではないかと。
ただ、その場合は「果たしてここまで来られたのか」という疑問が出ますし、結果が覆せない以上は、この経験を未来で活かして欲しいなと、そんな感じですね。


■これから

辛い結末に終わりましたが、今大会の日本代表は贔屓目なしで客観的に言っても「観て良かった」と思える試合が多く、特に最後のベルギー戦は、普段はサッカーに興味がない人にもお薦めできる試合でした。

その要因の一つは、スタメンの大半が日頃から世界最高峰の選手たちとしのぎを削っている点にあると私は思います。
そこで得た経験や知識を「日本代表」という集団の中でどう活用するか、その答えを上手く出せたからこそ、観る人を魅了するサッカーになったのではないかと。

もう一つは、日本代表が「弱小国らしからぬ試合をした」という点です。
強豪国と対戦する時に、他のアジア諸国を始め弱小国は基本的に「引いて守る」選択をしました。
勿論それは引き分けのあるグループステージゆえの選択で、決勝トーナメントでは違っていたのかもしれませんが、日本代表は当初から「ドン引き」をしませんでした。
内情を言えば、「引いても守りきれないから打ち合い気味に行くしかない」という話なのですが、観る側としてはそのほうが試合を楽しめますよね。

私は、これら二つの要因を軽視して欲しくないなと思います。

伝統的に我が国は、海外の文物を取り入れて改善することに長けている一方で、それがある程度の域に達すると極端に内向きになってしまう傾向があります。
外からのインプットを絶やさず、同時に我が国に合った形を模索することを、今後も続けて欲しいなと思います。

また、今回の結果を見ても「強豪国にあと一歩だ」などと思わず、「今回できなかったこと」を今後に繋げて欲しいなと思います。
例えば強豪国がなぜオープンな打ち合いに応じるのかというと、地力が上だという自覚があるからです。
練習試合ではそれで何度か勝つこともありますが、こうした舞台で安定的にベスト8やその先を見据えるのであれば、「強豪国に対策を取らせるようになってからが本番だ」とも言えます。

もちろん今でも「日本の左サイドを狙う」とか「高さのミスマッチを」といった攻撃面での対策はありますが、「戦術的に日本の長所を殺す」ような動きはほとんど無く、唯一コロンビアが香川選手の動きを封じるために前半で選手を替えた程度です。
その後のセネガル・ポーランド・ベルギーはいずれも選手の能力差で押すような戦い方で、そう思うと、より組織的な相手と対戦できなかったのは残念でした。
まあ、それはアジアとの戦いで経験すれば良いという話もあるのですが……。


■リンク

Yahoo!で読める記事にざっと目を通した中で、印象に残ったものをまとめておきます。
これらの他に個人ブログにも面白いものが幾つかあったのですが、文章に癖があるものが多いこと、ごく一部しか確認できていないことから、そちらの紹介は控えます。

・第一戦
【岩政大樹】ハメス投入が逆効果!日本は巧みにコロンビアの狙いを外した
オシムが語るコロンビア戦。「日本は相手の退場で勝ったのではない」

・第二戦
個で上回っていたセネガルの誤算。日本のビルドアップの高度な工夫
林舞輝の日本代表テクニカルレポート第2回:日本対セネガル

【岩政大樹×セネガル戦】守備を助けた攻撃との好循環。自信を深めた勝ち点1の価値【ロシアW杯】
オシムがセネガル戦を絶賛。「日本の強さはポーランドより上」

・第三戦
【オシムの教え】西野監督の判断を支持「間違いではない」…先発6人変更には疑問

・グループステージ総括
強豪国の苦戦が目立ったグループリーグ
効かなくなったハイプレスと撤退守備 西部謙司


・第四戦
【岩政大樹】怯まず挑んだベルギー戦。「日本らしいサッカー」は輪郭を見せ始めた
イビチャ・オシム氏「素晴らしい試合だった、日本はもっとできる」世代交代の必要性も

「同じ名前ばかりじゃないか」と怒られそうですが、変に細部に拘ったり指摘が的外れな記事が思いのほか多く(他山の石としたいですね)、これぐらいしか残りませんでした。


■おしまい

書き終えて毎回のように思うのですが、「簡単にまとめる」ってたぶん使い方を間違えていますよね。
ここまで長々と読んで頂いて、ありがとうございました!

以上、今日はこれにて。

ワールドカップで寝不足です。

サッカー日本代表の話はまとめておきたいなと思っていたら、まさかの決勝トーナメント進出おめでとうございます&予想してなくてごめんなさい。

まとめ記事を書くのが一日でも遅くなることを、一つでも上に勝ち進むことを願っています。

では、今月はこれにて。

クラシコCL雑感。

昨今は、試合のダイジェスト程度ならいくらでも動画サイトで確認できる時代ですので、以下ではざざっと気になった部分だけを書き残しておきます。


■12月のクラシコ

一つ目の話題は、失点時のコヴァチッチの動きについて。

メッシを警戒するあまり、ラキティッチのドリブル独走をお膳立てするかのような動きになったのですが、現地ではそれほど酷い言われようではなかったみたいで何よりでした。そう思う理由は二つ。

この時のモドリッチとカゼミロの位置および動きを確認すると、彼らにも責任の一端があるように見えるのが小さい方の理由。

そして大きい方の理由は、2015年のCL決勝を思い出して欲しいのですが、当時ユベントスに属していたピルロがメッシを警戒して距離を詰め、それによって生まれたペナルティ・エリア内のスペースにイニエスタが走り込んで先制点に繋がりました。

でも、このピルロの動きを批判した人って(指摘した人は少なからずいましたが)あんまり記憶にないんですよね。

少なくとも今回のコヴァティッチほど責められてはいなかったはずで、個人的には「そう動きたくなる気持ちは分かる」という意味で類似のプレイだと思うだけに、お咎めなしみたいで何よりでした。


二つ目の話題は、解説の宮本さんについて。

前半の終わり頃からハーフタイムの辺りで「バルセロナの中盤の守備の曖昧さ」について話題に出されていたと記憶しています。

で、私の印象としては「局所的には宮本さんの論が正しい」けれども、「チーム戦術として、あるいはピッチ全体として見ればどうかなぁ?」というものでした。順を追って説明していきます。

まず一つ目ですが、基本的にバルサやレアルそれにスペイン代表というチームは「センターバックやキーパーに踏ん張って貰ってなんぼ」という傾向が少なからずあります。

十年ほど前を思い返しても、プジョルやバルデスが身体を張ってギリギリ防いだ試合はいくつもありましたし、カシージャスがW杯決勝でロッベンとの一対一を凌いだ場面を思い出す方もおられるかと。今ならピケやラモス、それから両キーパーが活躍するシーンが、一試合に何度か見られます。

それから二つ目は、局所の最適解を積み重ねるのが全体にとって最善かというと、それは違うというお話。

そもそも、緩い部分を厳密にしていくと、どうしても肉体的・精神的な疲労が溜まっていきます。選手が機械ではない以上は限度があるわけで。なのにそこに拘る宮本さんの解説を聞いていて、指導者として大丈夫かなと少し不安になりました。

三つ目は二つ目と少し重なりますが、例えば両クラブとも、サイドバックの裏のスペースは守備では弱点になります。でも攻撃の主導権を握って相手を押し込めば、それは問題ではなくなります。

それと同様に中盤の守備が緩いことは、最終ラインが相手の攻撃に耐えた暁にはカウンターに繋がります。一方で、レアルの中盤の選手たちの技術の高さを見るに、厳密に守備を整えてもボールを奪えるとは限らず。ならば攻撃に繋がる姿勢を見せる方が期待値は高くなるかもしれません。

最後の話は所詮は仮定の話ですし、バルセロナの守備に緩さがあったのも確かですが、極端な話「斬り合う気が満々でこの形を選択した」のであれば、改善する必要はないんですよね。

強調しておきたいのは、「局所の最適解」を導けるのは褒められるべき事です。でもその最適解の「使いどころ」を間違えてしまえば、どうにもならないわけで。

宮本さんと言えば、将来的にはガンバや代表の監督をと期待されている存在だと思うので、「部分を気にしすぎて全体を崩してしまう」事のないように、着実に成長して欲しいなと思って書き残しておく次第です。


■5月のクラシコ

長くなったので手短に。
最近のバルセロナの問題点について。

今シーズンもリーガと国王杯の二冠を獲得しているとはいえ、ここ数年は終盤の大事な時期に乗り切れない印象が強いです。

新監督になって守備の安定感が向上したと言われますが、結局は一発勝負のトーナメント戦(CL)でも、無敗優勝が見えてきたリーガの試合でも、守備に綻びが出てしまったわけで。

では、やはり問題点は守備なのかと言えばそうは思えず、むしろ「点を取るべき時に取っていない」ことが響いた結果という印象です。

で、この流れで攻撃の中心たるメッシの話になるのですが、最近はクラシコですらスロースタートな感じで、止血用のガーゼを噛みながら本気のプレイになったレアル戦の辺りから、そうした傾向を感じていました。

早い話が、メッシを筆頭に選手たちのモチベーション管理に失敗しているのではないかと。

そして、昨シーズンのCLでパリを相手に逆転で勝ち上がった時には「バルサのレアル化(=最後には勝つ)」みたいな気配を感じたのですが、今のところは「やらかす傾向」のほうが勝っていて。

一方のレアルは、中盤のパスや連携などではバルサを上回って久しい状況です。そうした「バルサ化」に加えて勝負強さが並外れているだけに、大事な試合ほど負けるイメージが湧かないというのが正直なところです。


■CL決勝

実際、先週末のこの試合でもサラーが交替するまでの15分間は見応えがありましたが、以後は「いつもの」という感じでした。

ジダン監督の采配には時に素人でも首を傾げるような疑問手があって、その辺りが実績の割には微妙な評価に繋がっているのだと思います。

おおむね「戦術面では褒めそやすのに不安が残る一方で、モチベイタとしては超一流」みたいな評が一般的かと。

ただ個人的に凄いなと思うのは「勝負の流れを完璧に踏まえている」ように見えることで、「負ける時には負けておく事で勝負所で勝ちを逃さない」とでも言えば良いのか。あるいは失敗がより良い未来に繋がる感じで、敵にしたくないなと強く思います。

例えば昨シーズンのCLバイエルン戦では敵地で先勝しながらもホームで追いつかれて延長戦になり、結局はロナウドのハットで勝ち上がりました。その結果、メッシを抜いてロナウドが単独得点王になりました。

希望を見せておいて延長で三点取って勝つという、バイエルンにとっても一番嫌な形ですが、メッシにしても「なんじゃそれ」って言いたくなるような展開だったと思います。

少なくとも私がメッシの立場であれば心が折れる自信がありますし、「ロナウドに点を取らせるために、わざと延長にしたのかよ」と難癖を付けたくなるレベルですね。


おそらく、ジダン監督のレアル・マドリードは、負ける時にはあっさり負けると思います。でも大一番になるほど(決勝に近いほど)負ける姿が思い浮かばなくなります。

強いて言えば、やはりバルセロナ相手が一番結果が読めないものの、安定感や地力で差があるだけに、来期も優勝争いはマドリーが中心になるのでしょう。

そうした構図の中で、意外なクラブや新たな選手の活躍を楽しみにしたいと思っていますし、その前にワールドカップも楽しみですね。


そんなところで、今回はこれにて。

近頃のMac

二月末に書いたことの続編です。

OSを10.13 High Sierraにした結果、起動時から各種ソフトの使用時まで、細かな部分で色々と問題が発生しました。

特にテキスト周りの不具合が私にとっては致命的で、ある程度以上の文字数を(概ね一万字、時に三千字でも発生)入力した際に、文章が途中から消えてしまう(ように見えるだけで実際には消えていない模様。でもその状態でセーブを重ねると消える)ケースに何度も遭遇しました。

今までも、万が一に備えて古いバージョンのOSを起動できるようにはして来ましたが、それらが役に立つ場面はほとんどありませんでした。

Power PC時代のファイルを読めるように10.3 Pantherを、
OSの一つの到達とも思えた10.6 Snow Leopardを、
そして安定感のあった10.11 El Capitanを、
それぞれ今も起動できる状態で保っていますが、
メインで使うMacのOSをアップデートしてからは、ほぼ立ち上げることなく過ごして来ました。

今回も、それらが役に立ったかというと微妙です。

私にとっては初めての経験になるのですが、このたびOSのダウングレードを実行しました。

10.13 High Sierraで使用していたSSDに、10.12 Sierraをクリーンインストールして、
1月末に問題が生じた時にHDDの別パーティションに保存しておいたデータを引き継ぎました。

SSDをフォーマットする前に保存しておいた10.13 High Sierraのデータを引き継げたら理想的でしたが、それは叶わず。
とはいえ、二ヶ月弱の使用期間で大幅な変更を加えた箇所はなかったので、何とか手動で最新環境に移行して事なきを得ています。

今後のOS環境がどうなるのか、私には専門的なことはよく分かりませんが、セキュリティアップデートやOSのバージョンアップをして酷い目に遭うような事態は極力避けて欲しいものです。

古いものを切り捨てるのも、より斬新なシステムを目指すのも反対はしませんが。
とにかく使い易ささえ維持して貰えれば、定期的に買い替えて売り上げに貢献しますので、よろしくお願いしますと。

そんな感じの結論で、今月はこれにて。

理解力のお話。

最近ちょっと思った事。
端的に言えば、人によって理解力の違いが凄まじいんだなぁ、というお話。

例えば、誰かプロのスポーツ選手がドーピング検査を「受けた」というニュースがあったとして。
それを正確に理解できる人たちがいて。
それをドーピング検査に「引っかかった」と受け取る人たちがいて。
更にはドーピングは犯罪で、犯罪を犯した人には人権などないと考える人たちがいて。
一方でドーピング=危険薬物だと(例えば覚醒剤のような)考える人たちがいて。
そしてそれらの誤解を全て盛り込んだ理解をする人たちもいて。

こうした事は意外に珍しくないんだよなぁと。
そして、もしも自分や身近な人がそうした誤解を受けた時にはどう対処すれば良いんだろう、などと。
そんなことをふと考えてしまった年度末でした。

以上、今月はこれにて。

最近のMac

適度にWinを併用しつつも基本的にはMac使いなのですが、最近ちょっと微妙に思うことが立て続けにあったので、メモ的に書き残しておきます。


・アップデート問題

先月末だったか、1月のセキュリティアップデートと、使用しているウイルスソフトのバッティングによって、Macが立ち上がらなくなりました。

最初は使用しているHDDかSSDに異常が起きたと思ったのですが、古いOSを残してあった外付けHDDで立ち上げてみると、それらには問題が見当たらず。

とりあえず外付けHDDのパーティションを切って、現行のシステムをそのままコピーした上で、OS(Sierra)をクリーンインストールしました。

しかし各種ソフトをインストールして再起動させたら再び立ち上がらなくなって。

色々と検索をしたり検証を重ねた結果、El CapitanとSierraの環境下で上記の現象が発生するという結論に辿り着いたので、今度はHigh Sierraをクリーンインストールした上で、HDDにコピーしていたシステムからデータを移行して復活しました。

今回の事態の引き金が「セキュリティアップデートを実行したこと」だったのが微妙なところで、ウイルスソフトとかち合ったことといい、真面目に対策をしている人ほど馬鹿を見ているような気がしました。


・HFS形式(Mac OS 標準)でフォーマットされたCD-ROMを開けない

さて、そんな経緯によってOSがHigh Sierraになってしまったのですが、SierraからはHFS形式(Mac OS 標準)でフォーマットされたCD-ROMが開けなくなったとは知りませんでした。

たまたま見付けた古いソフト(WinとMac両用の辞書ソフト)を購入してインストールしようとしたところ、全く認識してくれず。慌てて検索して上記の変更を知りました。

その時に見付けた対応策として、ディスクユーティリティを使って無理矢理CD-ROMを読み込んで、[ファイル]→[新規イメージ]→[イメージ作成]によって.dmgファイルを作成するという手段を知りました。しかし私の環境では上手く機能せず。

仕方なく今回も、古いOSを残してあった外付けHDDを立ち上げてCD-ROMの中身をコピーして、改めて最新のOSで立ち上げてそれを実行することで何とか辞書をインストールできました。


・Delicious LibraryとAmazonデータベース

これはApple社の問題ではなくサードパーティの問題なのですが。

私は長い間、所有の書籍と音楽CDのリストを、Delicious Library(1および2)というソフトで管理してきました。

しかし昨年の秋頃から、ソフトがAmazonのデータベースを参照できなくなったみたいで。

その辺りは企業間の契約の問題なので個人ではどうにもできないことですが、使っていない机の上にデータ未入力の本がどんどん貯まっていく(本棚に収納できない)現状を何とかしたいので、早く改善するよう願っています。


・mac miniとiPod Touch

これは付け足しみたいなものですが、これらの新作が発売されれば私は迷わず購入しますので、新製品が発表される日を心待ちにしています。



以上、今月はこれにて。

最近の傾向。

最近の傾向として、

・流行りの事柄への興味がますます薄れてきた
大相撲とかビットコインとか、それら自体には興味が無いわけではないのですが、世間的に話題になっているような方向性から見ることには興味を惹かれないという感じです。

・自分の視点や論理展開が変だと自覚する機会が増えた
上記の流れを汲んでいますが、その結果、自分が考えている事をどんな風に伝えたものかと、説明の順序に悩む時があります。

・相手の基礎知識や理解力や思考能力が読めなくて困る時がある
上記に加えて、どの程度の説明なら省略しても良いのか、逆に補足すべき情報はどれぐらいあるのか迷う時があります。

こうした認識を抱く場合がしばしばあって、年を取って来たということかなぁと、少し嬉しく少し寂しい気持ちでいる今日この頃です。

三項目目について言うと、例えば高校生とか大学生向けの講義をまとめた本がありますが、そうした書籍の中で語り手の先生方が、聞き手(高校生や大学生)の反応を探りながら話しておられるなぁと思う場面があって。

一昔前だと、読みながら「もう少し踏み込んでも大丈夫」とか「そこはもう少し説明を加えた方が」とか思っていたものですが、そうした中間的な立ち位置から徐々に遠ざかって、年配の先生方の位置に近付いているのだなと、そんなことを思ったりします。


以上、近況報告のような記事でした。
今月はこれにて。

CL決勝雑感。

今更ですが、クラシコの話をする前に書いておきたいと思ったので、半年前のチャンピオンズリーグ決勝のお話をば。


■スタメン

キーパーはナバス。
DF右からカルバハル、ヴァラン、ラモス、マルセロ。
中盤底にカゼミロ、その前にモドリッチとクロース。
トップ下にイスコ、2トップにベンゼマとロナウド。
基本は4-3-1-2で、守備時にイスコがサイドハーフの守備に入りフラットな4-4-2になる時も。

キーパーはブッフォン。
DF右からバルザーリ、ボヌッチ、キエッリーニ、サンドロ。
中盤右からアウベス、ピヤニッチ、ケディラ、マンジュキッチ。
トップ下にディバラ、1トップにイグアイン。
守備時はこの4-4-1-1が基本で、攻撃時にはサンドロを中盤に上げマンジュキッチを前線に押し出した3-4-3と考えると分かりやすいかと。


■点を取る形

ユベントスは、ボヌッチから前線左サイドのマンジュキッチを狙ったロングボールを明確に狙っていた印象があります。そして得点シーンも、ロングボールを受けたのはマンジュキッチではなったもののゴール前でボールを繋いで、最終的には彼がシュートを決めたのだから、まずまず計画通りと言って良かったかと。

ただ問題は、このメンバーの中で潜在能力が抜けているディバラを活かせなかった点にあったのかなと思います。ハーフウェイラインまで戻って組み立てに加わる場面が何度かあり、そのセンスは流石だなと思わせるものがありましたが、ゴールから遠いこんな位置でプレイしてもなあ……というのが正直なところでした。

対するレアルはロナウドに点を取らせる形が明確で、守備面での怪しさを補って余りある形になっていました。とはいえこれは結果論と言えば結果論ではあります。以下、レアルについて。


■ジダン監督

この試合でも、中盤の守備という点では色々と怪しい場面がありました。またシーズンを通して振り返っても、変なところで負けてしまったり調子が上がらない時期もあり。監督にも、多くの人が首を傾げたくなるような奇妙な采配が何度かありました。

それでも、勘所は外していないという印象で。この試合でも失点の危険性は(中盤の守備の緩さの割には)あまり感じませんでしたし、シーズン二冠を達成しましたし、采配の失敗が尾を引くこともありませんでした。

グアルディオラ監督と比較すると解りやすいと思うのですが、彼が消化試合を除く全ての試合で完璧を目指そうとするのに対して、ジダン監督は何と言うか、失敗できる時には失敗しているという印象があります。それが結果的にはタイトル獲得に至る安定したルートをもたらしているという気がします。

これは考えてみると、とてもバルサらしい、とてもマドリーらしい在り方に思えます。会長の存在も含めた、ラポルタ政権下のグアルディオラ、そしてペレス政権下のジダンという対比には、色々と考えさせられるものがありますね。


■個人と組織

グアルディオラ監督の登場以来、個人と組織のどちらが大事かという問いは複雑さを増しました。つまり、並外れた個人を活かすためにトップレベルの選手達が組織を作れば最強ではないか、という主張が結果と共に提示されたからです。

しかし組織の複雑さは年を追うごとに高まり、その完成度の前には、世界最高レベルの個人であっても単独では突破が不可能に思える域にまで至りました。

つまり、ビッグクラブであろうとも欧州での戦いを勝ち抜くためには、緻密な組織の構築と、同時に超一流の個人を確保するのが必須となりました。

この試合を観ていて、やはりメッシとロナウドを擁しているバルサとマドリーの優位性を思わずにはいられませんでした。更に、この両クラブは二人の後釜とも言えるネイマールとベイルをも擁していました。あれから半年が過ぎた今、片方はチームから去り、片方は怪我が絶えないからと放出候補にさえ名が挙がりかけていますが、この時にはそんな風に思ったのでした。


■CLの行方

事実、この四年間は両クラブが優勝を分け合っています。そう言うとマドリーのファンからは不満を言われそうですが、四年間に三度の優勝を誇るマドリーも、そしてバルサも、お互い永遠のライバルを直接下しての優勝はありません。それどころか、以下のような事実があります。

2017年:バルサを破ったユベントスを決勝で下してマドリー優勝。
2016年:バルサを破ったアトレティコを決勝で下してマドリー優勝。
2015年:マドリーを破ったユベントスを決勝で下してバルサ優勝。
2014年:バルサを破ったアトレティコを決勝で下してマドリー優勝。
2013年:マドリーを破ったドルトムントを、バルサを破ったバイエルンが決勝で下して優勝。
2012年:マドリーを破ったバイエルンを、バルサを破ったチェルシーが決勝で下して優勝。

なお2011年は、準決勝でクラシコを制したバルサが優勝しています。今シーズンもこの流れが踏襲されるのか、それともスペイン以外のリーグから5年ぶりに優勝クラブが出るのか。

もちろん相手のある勝負である以上は、他のクラブの動向にも左右されます。特に今シーズンは各国で、クリスマスの時点でリーグ首位を独走しているクラブが多く出ています。マンチェスター・シティ。バイエルン・ミュンヘン。そしてパリ・サンジェルマンといった顔ぶれを相手にすると、スペインの二強であっても勝負は予断を許しません。

それでも、そうしたクラブの側からすればやはり、この二つのクラブの動向が気になるのは間違いないと思います。単にリーガ・エスパニョーラの優勝の行方を左右するに止まらず、CLの行方にも影響しかねない両チームの対決が、先日行われました。いわゆる、クラシコです。


■つづく

明日か明後日に書けると良いなぁ……(書けなかったらごめんなさい)。