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最近のバルセロナとメッシ。

色々なことが決まってから書くべきなのだろうとは思いますが、才能に恵まれ努力も重ねた末に史上最高の選手の一人にまで至ったメッシが、長年所属してきたクラブに対して移籍を要求する事態になるとは、何だかやるせないものだなと思う今日この頃です。

とはいえ、最近のバルセロナの試合には、正直あまり興味が起きませんでした。
それは一体いつからだったかと考えていたのですが、既にマドリーの監督がアンチェロッティだった時代から、戦術的に凌ぎ合うマドリー勢のほうに興味をそそられていたように思います。

試合の中で4-4-2と4-5-1とを使い分けつつ時に5-4-1にも変化するアトレティコや、ディ・マリアにどの二役を負わせるかを探りながら選手個々の実力を解き放てる布陣を追及したレアルと比べると、バルセロナはペップの遺産で食い繋いでいる印象が強かったからです。

それでも新しさこそ見られないものの強さは感じられたし、エンリケが許容したMSNは強力無比でした。
ただ、それで勝ち続けられるほど、ヨーロッパのサッカー界は甘いものではありませんでした。

そしてネイマールが去りイニエスタが去った後は、メッシが組み立ててメッシがチャンスを作ってメッシが決めるというアルゼンチン代表と瓜二つの姿を呈するようになり。
メッシの個人技を、あるいはメッシを中心とした連携プレイを観たいなと思う時はありましたが、試合を、あるいはチームを観たいと思う事は、年を経るごとに少なくなっていきました。

そして遂に起きた今回の事態ですが、第三者の無責任な希望を言わせて貰えるなら、メッシほどの選手をチームの一員として活かせるような組織や戦術を観てみたいし、そうした高度な組織や戦術の中で活きる個人の姿も観てみたいわけで。

甘い期待かもしれませんが、今回の騒動を後から振り返った時に、あのタイミングで事を動かして良かったとクラブと選手の両方が思えるような結末になると良いですね。

以上、今月はこれにて。

God Knows (From "The Melancholy of Haruhi Suzumiya")

日付が変わった18日で、京アニ放火殺人事件から一年が過ぎました。
今さら重苦しい話は書きたくないので、表題楽曲の歌詞を意訳したものを以下で披露して、追悼の代わりにしたいと思います。

思春期の無垢な情熱を反映した歌詞は、この作品に(原作とはまた別の)アニメ的な世界観を伴わせているように感じられて、訳していてとても楽しかったので、オリジナルの日本語版を知っている人もそうでない人も目を通していただけると嬉しいです。


Haruhi Suzumiya - "God Knows" (FULL) | ENGLISH ver | AmaLee


This empty heart runs past you time and again
I’m sorry that I can’t be any help to you

心を空っぽにしては何度も何度もあなたに思いを馳せていた。
何らの手助けもできない自分を悔やみながら。

I wish I could, but more I wish that you understood
That even now, your pride won’t let me share your pain

あなたを助けることができるといいのに。いいえ、それよりも。
心に負った傷を頑なに打ち明けようとしないその性格をせめて自覚してくれたら。

I’ll live on and leave all of this fear far behind me
I’ll get back on the track
All without looking back on this lonely rail

私は前を向いて、こうした弱音を全て置き去りにする。
元の道へと戻って、
これまでの孤独な道のりは振り返らずに。

You know that I will follow you, no matter what we go through
Bring all the darkness the world can offer
Because you’ll shine no matter if the future is bleak

あなたは知ってるはず。何があろうとも、私はあなたについて行くって。
世界にあまねく暗闇を、もたらすことになったとしても。
どんなに暗い未来でも、きっとあなたは輝けるから。

We’ll aim out just beyond the boundary
And even if it scares me
Nothing can shatter my soul

限界を超えたその先を見据えよう。
怯える気持ちはあるけれど、
私の魂は決して砕けない。

Because your way is my way
Forever on this railway
As if we were God blessed

だって、あなたが進む道を私も歩くのだから。
いつまでも、この道のりを、
あたかも二人が神の祝福を受けたかのように歩んで行くのだから。


This tenderness - a feeling that I cannot express
Melting my walls, it finds a home inside my heart

愛情とでも言うのだろうか。言葉では表せないこの感情が、
私の心の壁を溶かして、その内側に特別な場所を築き上げた。

We don’t need fate - no rhyme or reason to correlate
Only the now, that overflows, lovin’ you

私たち二人には運命なんて必要ないし、筋の通った理由もいらない。
あなたを愛してやまない今の私、ただそれだけでいい。

Let’s escape and chase after the dreams we both create
And maybe then we’ll mend
So then you can transcend beyond your lonely heart

僕らを苛むものから離れて、二人でいっしょに描いた夢を追いかけよう。
たぶん二人の傷は癒やせるし、
君の孤独な魂もきっと克服できる。

Don’t you dare lie, it isn’t like you
Please, tell me it’s not true
Look in my eyes, we can work this out
We’ll put it in the past, so let’s begin the future today

嘘はつかないで。そんなの、あなたらしくない。
お願い、本当のことを教えて。
私の目を見て。きっと上手く行くから。
過去のことは置いておいて、今は未来を切り開くのよ。

Even if everything around us seems as if it’s hopeless
I am prepared to take on the world
It’s all for my wish - I ask if it will come true
But that only God Knows …

たとえ二人を取り巻く全てのことが絶望に満ちていても、
私はそんな世界を受け入れられる。
私の願いはただ「それ」だけ。叶えて欲しいのはただ「それ」だけ。
なのに全ては、神様だけが知っている……。


I’ve found where I belong
I once was all alone, but now you’re standing here
The world around could disappear

私が見つけた私の居場所。
独りぼっちだった私の隣には、今はあなたがいてくれる。
ここ以外の世界全てが消えてしまったかのようだ。

The beauty of our dream
We’ll capture it on canvas
You and I can trace over our permanent scars

そんな時には、二人の夢をキャンバスに描き上げて、その美しさに酔いしれてもいい。
あなたが望むのなら、決して消えることのない傷痕を二人で舐め合いながら過ごしてもいいから。


You know that - Please know that
I will follow you, no matter what we’re go through
Bring all the darkness this world can offer
Because you’ll shine no matter if the future is bleak

だから、あなたは知ってるはず。お願い、覚えていて。
何があろうとも、私はあなたについて行くって。
世界にあまねく暗闇を、もたらすことになったとしても。
どんなに暗い未来でも、きっとあなたは輝けるから。

We’ll aim out just beyond the boundary
And even if it scares me
Nothing can shatter my soul

限界を超えたその先を見据えよう。
怯える気持ちはあるけれど、
私の魂は決して砕けない。

Because your way is my way
Forever on this railway
As if we were God blessed

だって、あなたが進む道を私も歩くのだから。
いつまでも、この道のりを、
あたかも二人が神の祝福を受けたかのように歩んで行くのだから。


なお、原曲はこちら↑。


さて、この曲は京アニ製作のアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」の文化祭で披露された曲なのですが、残念ながら私はアニメ未見です。。
曲そのものも、今年になって初めて知りました。。。

ではどうやって14年も前の曲を知ったのかと言いますと、たまたま以下の動画を観たからでした。


【日本ギターの歴史!!】有名な日本のギターリフ・フレーズ30個を年代順に弾いてみた。【30 famous Japanese guitar riff!!】


この動画を観て、「God Knows...」で検索して出て来た上記の動画を観て、関連動画で英語のカバーを知って、じゃあ一周忌に当たる日に訳してみようと、こんな感じの流れだったのですが何だか不思議な縁ですよね。

私の拙い意訳(と勝手な解釈)を通して、この作品の良さが少しでも伝わるといいなと思いつつ。

では、今日はこれにて。

テーマ : アニメ・コミック - ジャンル : アニメ・コミック

ネット情報と理解の断片化。

今月はTwitterの「#30DaySongChallenge」に参加していたので(↓最下段参照)毎日あちらにログインしていました。

それとコロナ禍が不可避になりつつあった2月半ば頃から、情報収集の一手段として(つまり頼りすぎにならない程度に)Twitterを使っておりました。

それらの影響は、ここ一年ほどは低調だった「いいね」の数が急増した辺りに顕著なのですが、雑事に追われる毎日を送っていると知らないまま過ぎ去っていくような情報に気付けたことは利点と言って良いのでしょう。

あるいは、ネット上の付き合いがある方々の呟きも見逃すことが減ったので、「相変わらず面白いことをしてるなあ」とか「お元気そうで何より」などと頷きながら近況を確認できたのも良かったと思います。

一方で難しいなと思ったのがタイトルの件でして、情報の範囲が広がるのに反比例して個々の情報の理解度が如実に落ちるなあと実感したのも確かです。

例えば、先程「いいね」の数が急増したと書きましたが、内容の裏付けが充分にはできないまま「いいね」に入れて、後日それを外したことが数回ありました。

あるいはリンク先の記事を読んで納得していた事柄を、後ほど新書で読んで「うーん」と思ったこともありました。

問題は、Twitterに時間をかけると当然ながら他に割ける時間が減ってしまう事でして、興味を惹かれる問題やらテーマが増えるのは良いことですがそれらを深められるだけの余裕がなくて、それで浅い理解に留まっているのならまだ良いのに(ちょっと言葉遊びみたいですが)拙い理解で終わってしまう危険性が割と高いなあと実感した事です。

興味のある複数の分野についてそれぞれ理解を深めて行くと、全く別ジャンルだと思っていた複数の要素に親和性を見いだす瞬間というものがあります。

それは大抵の場合は唐突に現れるので、ビックリするやら興奮するやらで一言では表現しがたい気持ちになるのですが、幸せなことだし良いものだと一般には考えられています(私も同感です)。

ところが今回ふと実感したのは、前述のような拙い理解でも相互に結び付き合う瞬間というのがあるんだなあと。

まあ早い話が、陰謀論などもそれの一種と考えられるわけでして、断片化した拙い知識の間に繋がりを見いだしてしまって理解が更にぐちゃぐちゃになるのは恐怖だなと。

そんな取り留めもない話を書いたところで、今月はこれにて。




三月書房ともお別れ。

「イキっている」という言葉は否定的なニュアンスで使うことが多いのですが、とはいえ少しだけ長い目で見てみると、「イキる」すなわち「調子に乗る」という行為は悪いことばかりではないと思う時があります。

例えば中学生になって、鉄道やバスの運賃を大人料金で意気揚々と支払いながら、「俺ももう大人だなあ」なんてイキった事を考えていた経験は、誰もが多かれ少なかれ持ち合わせているのではないでしょうか。

そんな頃に、私は小林秀雄を知りました。

その著作を読みながら、「こんな調子で評論されたら、俺なんて塵一つ残らないぞ」と、胸を張って大人を名乗るには矮小すぎる我が身を自覚させられて、イキっていた自分が急に恥ずかしくなりました。

つまり、イキった末に鼻を折られるという一連の流れをこんなふうに体験できるのであれば、イキる事は有益ですらあると言えるのではないかと思うのです。


さて、ここから三月書房の話になります。

大学生になりたての頃、私は現代詩について「これからの時代は、例えばユーミンとか中島みゆきとか、そうしたポピュラーな楽曲の中で発展して行くのではないか」といった浅薄なことを口にしていました。

そんな折に、たまたまこの書店を訪れた私は、文字通り人生をかけて現代詩に向き合っている多数の方々の手による大量の著作と対面して、イキっていた自分をやはり恥ずかしく思いました。これらの作品のほとんどを知らない身でありながら、上記のような思い上がった発言をしていたからです。

その時は逃げるようにして書店を後にしたものの、数日後に意を決して書店を再訪して、そして鮎川信夫の作品を購入しました。

今でも時々取り出して、適当なページを開いては目を通しているのですが、そんな時にはいつも、己の小ささを教えてくれた三月書房のことも思い出すのが常でした。

お店に足繁く通ったわけでもなく大量に書籍を買い込んだわけでもないけれど、気が向いた時にふらっと訪れて、吉本隆明の著作や対談本を中心に数冊ずつ買って帰るという付き合い方が大学卒業後もしばらく続いて、けれどいつしか途絶えがちになっていました。


先日、何とか時間を作って、久しぶりに三月書房を訪れました。

早ければ今月末には閉店になるとブログで知って、最後にお別れを伝えたいと思ったからです。

店内には他のお客さんが二組ぐらい。特に気に留めず、私は店内の書棚を入り口から奥まで、奥から入り口に戻ってまた奥まで、並べられた書籍を全て目に焼き付けながら、書店の全体像を把握できないものかと、そんな思い上がった試みに意識を集中していました。

だから奥様を連れた定年前後ぐらいの男性と店主さんの会話が耳に届いたのは、偶然と言って良いと思います。ちょうど集中力が途絶えかけていた頃だったから聞こえただけで、店に入った直後だったら意識に上ることすらなかったはずです。

レジで支払いを済ませた男性は閉店をしきりと残念がって、子供さんは後を継がないのかという内容のことを、表現を変更しながら何度か繰り返し問いかけていました。

それに対する店主さんの返答は誠実なもので、しかしながら話が通じているようには思えませんでした。

書店の現状および先行きの見通しについて。唯一可能性があるかもしれない古本屋の計り知れない価値について。書籍を扱う商売ができる人材の稀少さと、それを育てるのにかかる労力と時間について。……これらの何一つとして、理解されたとは思えませんでした。

とはいえ男性の名誉のために付け加えるならば、こうした無責任でふわふわした応援の仕方をする人というのは、結果的には文化を守ることに寄与している率が案外高くて、そうそう馬鹿にしたものではないという事です。

むしろ私のように、排他的なある種の理想論を声高に叫ぶ面々のほうが、結果的には文化を損ねることになりかねないとは、肝に銘じておくべきでしょうね。


こうした会話で集中力が削がれたおかげで、棚を眺める私の目に変化が生まれました。それと同時に思い出したのは、かつて丸善の丸の内本店にて松岡正剛さんが開催されていた「松丸本舗」の事でした。

あの時も書棚を隅から隅まで眺めて回ったのですが、疑問に思った事が二点ありました。

一つは、ある分野に興味を持った初学者が読むとかえって害悪になりかねない作品が普通に並んでいたこと。もう一つは、引き算という方法論を考慮した形跡が見られなかったことです。

本を読むのは良いことだという風潮が定着して久しいですが、書籍に限らずある特定の作品は、ある特定の人間の性格や思考や時に人生すら、歪めてしまう危険性を孕んでいます。

そして、ただでさえ溢れんばかりの情報量が、年を経るごとに更に数を増して我々の周囲にひしめき合っている現代においては、有益な選択肢を提示することよりも無用な選択肢を除外することを求める人の数は、おそらく圧倒的に多いのではないかと思うのです。

そこで意識を戻して三月書房の店内を眺めていると、忌憚なく言えば「ちょっと知った風を装いたい人向けの作品がわりとちらほらある」んですよね。

これはもちろん商売という点でも有益です。そして先程述べた害悪、すなわち最悪の場合には人生すら歪めてしまいかねない作品を選ばせないという意味でもかなり有効だなあと、店主さんへの贔屓目が多々含まれていることに反論の余地はないのですが、やっぱり長年にわたって地べたの書店を経営し続けて来た方の強みだなと思ったのでした。


そんな事を考えながら、残った棚を眺めていきました。

漫画が並んでいる一隅では、「海街diary」や「宇宙兄弟」が並んでいる中にこっそりと(でもないか)、大ヒット中の「鬼滅の刃」20巻が置いてあったり。歴史関連だと、真面目な院生や地道な研究者なら見向きもしないような(けれど一般の読者には面白がられている)作品がちゃんと並んでいたり。

こうした作品の選択に、店主さんの想いが反映されているのだなあと思うと、やっぱりなくなってしまうのが惜しく感じられて。許されるなら写真にでも収めて残しておきたいと思ったのですが、とはいえ自分の本棚を晒されるのと同じかなと思うと無理強いする気も起きなくて、だからレジ近くの現代詩のコーナーまで含めて棚の全てを目の当たりにしてから、最後に買って帰る本を選びました。

返本できない作品(岩波など)を選んだり、あるいは稀少な本は避けて普通に売っているような作品を選んだほうが良いのかなあと思いつつ、そういえばと思い立って軽く見回してみたところ、かつて私がこの店で購入した書籍は一冊たりとも(本当に一冊たりとも)残っていませんでした。

それを確認して何だかふっ切れた気がしたので、若い人たちにそっと手渡してあげたい作品という基準で三冊選んで、レジにて長年お疲れさまでしたとお伝えして、支払いを済ませて書籍を受け取ると、私は一度も振り返らずに店を出て、そのまま一直線に家路に就きました。


私がイキりそうになるたびに、それを諫めて私の視野を広げてくれた三月書房。
おそらく店主さんは私のことなど記憶にないだろうけれど、最後に別れを告げられて本当に良かったと思っています。

お礼なんてもう書き尽くせる気がしないから、最後に一言。

三月書房さん、さようなら。

コロナ禍に追われた一ヶ月(reprise)

私は相変わらず元気に過ごしておりますが、それでもなんだか今月上旬が遠い昔のように思えて来ますね。

特に4/7の非常事態宣言の発令以後は、あれよあれよという間にお店がいっせいに閉まってしまって、通販でたいていのものは買えるとはいえ配達の方々のことを思うと不要不急のものをガンガン頼むのも気が引けますし、でも気のせいなら良いのですが少しずつ色んな物の在庫が減っている感があります。

食料品も少し珍し目のものは気軽に買うのが困難になってきて、それに時間帯によってはスーパーなども混み合っているので長い長い列に並ぶのも気が進まず結局ネットで……となるのがやはり申し訳なく、けれども家に居る時間が増えたせいでコーヒーやお茶などの嗜好品の消費量も増えているので買わないわけにもいかず、自分でも贅沢なのか慎ましいのかよく分からない買い物の履歴になっているなと思う今日この頃です。

まあ何を言っても状況は変わらないので、日々を頑張って過ごしましょうということで。
今月はこれにて。

コロナ禍に追われた一ヶ月

何だかタイトルにした通りの一ヶ月だった気がしますが、皆様お元気でしょうか。

さいわい私は息災に過ごしておりますが、新型のコロナウイルスが付近にうようよいる前提で、「もし罹っても症状を少しでも抑えられるように体調を維持する」という心構えで毎日を過ごしております。
先週末にちょっと本の続きが読みたくて夜更かししてしまいましたが(あかん)。

おそらく、こうしたピリピリした状態が最低でも何ヶ月かは続くのでしょうし、備えは万全にしつつも心の余裕を持てるように(ただし油断に繋がることは厳禁)心掛けたいものですね。

では今月はこれにて。

ジュンク堂書店京都店、閉店。

本日29日で2月も終わりですね。
そして今日を最後に、ジュンク堂書店京都店が閉店となります。

世間では色んなニュースが流れていますが、その大半が殊更伝える必要のないものだったり、事実からかけ離れたヒステリックな内容に思えてしまう私にとっては、この件ほど大事な話は他にないので、早朝につらつらと書かせて頂きます。


四条通の北側・富小路通の西側に位置するジュンク堂書店京都店は、昭和63年に開店しました。
435坪という床面積は今の感覚からすると手狭なようにも思えますが、90年代後半になって各地に千坪クラスの店舗が登場するまでは充分な広さでした。

ちなみに平成12年3月に近鉄百貨店京都店が全面改装をして、プラッツ近鉄として営業を再開した際に5階に入った旭屋書店が、京都初の千坪超えの書店でした。残念ながらプラッツ近鉄は平成19年2月末で閉店となり、今はヨドバシ京都店になっています。

更についでに、昭和44年に開店した紀伊國屋書店の梅田店(現・梅田本店)が880坪で、同じく昭和44年に開店し平成23年にビルの老朽化により閉店した旭屋書店本店が約750坪(この辺りから数字が曖昧です)、大阪でこれらの書店に初めて行った時にはビックリしたものです。

あとは、平成12年1月に倒産した駸々堂の京宝店が300坪ぐらい、平成17年10月閉店の丸善京都河原町店が350坪ぐらいだったかな。裏付けのない数字なので参考までにという感じですが、当時の感覚が少しは伝わるのではないかと思います。


さて、京都店閉店のニュースが流れたのは、先月の10日過ぎでした。

遠からず訪れることだと既に覚悟はしていましたが、実際にそれを目の当たりにすると、一言では言い表せない想いが次々と浮かんできて、とうに忘れ去ったと思っていた過去の記憶がいくつも蘇ってきて、難しい顔のまま机からしばらく動けませんでした。

暗い先行きを覚悟していたのは、三月書房さん(こちらも年内で閉店予定とのニュースが出ていて寂しい限りです)のメルマガを読んでいたからですが、五年前の時点でこんな感じでした。

「人文会ニュース」124号には会員出版社の営業氏が全国の特約店を訪問した報告が載ってます。その京都編によると、今年の6月時点でジュンク堂京都店の全体の売上は、丸善本店の開業の影響を受けて2割程度の減、そして丸善本店は当初の予定の売上には達していないとのことです。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/sangatu/hanbai-sokuhou/hanbai120.htm



それから、七年前はこんな感じ。

とくにおどろいたのは、閉店前の「BAL店」と四条の「京都店」の2店の売上を合わせても、1990年代の「京都店」1店の売上に届かないとはっきり書いておられることです。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/sangatu/hanbai-sokuhou/backnos11/115.htm



引用元は今でも読めるのですが、こんな感じです。

駸々堂は倒産し、京宝店のあとにはブックファーストが入ったがやがてビル建て替えのため撤退、京都丸善は、何とカラオケ屋になってしまった。結果的に、界隈の大型店としては、四条富小路の京都店とBAL店のジュンク堂2店が残った。「ライバルがいなくなって万々歳!」などとは、とんでもない。2店合わせても、かつて書店で賑わっていた90年代の京都店1店の売上に届かなくなる。書店が消えていくのに比例して、四条河原町を訪れる読者も減っていってしまったのだ。
http://www.jimbunshoin.co.jp/rmj/honyatocomputer124.html



今の感覚からすると何点か違和感があるのですが、結局のところは三月書房の宍戸さんも書いておられた通り、生産年齢人口が90年代後半から減少に転じたのが全ての根幹なのだと思います。

第二次ベビーブームの出生数が年に200万人、それが去年は90万人を割りました。
一学年あたり100万人以上が消えた形で、それだけの人数が学参や文房具などを買わなくなったと考えると、それは売上も激減しますよね。。

上記の引用文からは、そうした人口動態の変化を考慮せず、古き良き時代の専門書偏重主義に縋っているような印象を受けます。

それと、少なくとも私の周囲では、丸善が閉店した00年代半ばの時点でAmazonの優位は確定していましたし、Amazonを意識し過ぎるあまりロングテール幻想に陥っているようにも読めました(当時は私も人のことは言えない状態だったので、この批判はフェアではないと思うのですが)。

要は専門書を実書店に並べることだけに拘るのではなくて、むしろ専門書を買うついでに、どこででも買えるような売れ筋の本をこそ一緒に購入して貰えるような環境作りを目指すべきで、つまりは売上という側面とネット通販の要素をもっと意識的に織り込むべきではなかったかと思いました。

まあ昨今のヨドバシさんの動きを見た上での後知恵だし上手く行った保証もないのですが(学生さんの金銭感覚はシビアなので、売れ筋の本は割引の利く生協で買いそうですし)、敢えて厳しい言い方をすれば、業界が逆風にある中で戦略的にも後れを取ったのが今に響いているのかなと。


ともあれ、そうした門外漢の戯れ言はさておいて。
約30年もの間お世話になった書店に先日お別れを言ってきたので、以下ではその話を書きます。

夕暮れに訪れた京都店は、初めて来た時と何も変わっていないように思いました。
けれども中に入ると少量とはいえ漫画が並んでいたりして、西に少し行ったところにあったブックストア談が閉店した影響なのかもしれませんが、確実に時は流れているのだなと思わされました。

なお、初来店がいつだったかは覚えていません。

ジュンク堂書店の三宮店には、当時は同じビルの地下にCD店が入っていて(平成27年に移転のため閉店したHMVは平成12年オープンとのことで、それよりも前の時代です。フロアの一部を間借りする形だった気がします)、そこでTM NETWORKの「CAROL」というアルバムの再発盤を購入したので、平成3年の9月頃だったと判るのですが。

それと相前後する時期だったので、きっと同じ年の夏頃だったのでしょう。
当時は、まさか三十年の付き合いになるとは思っていませんでした。

話を現在に戻しますと、店内に入ってまずは五階までエスカレーターで上がりました。
それから全ての棚を一つずつ、ざっと見て回りました。
それを四階・三階・二階・一階と繰り返したのですが、眺めて歩くだけにとどめるつもりが気になる本を見付けて手に取ってしまったりで、一階の入り口に辿り着いた時にはゆうに二時間が経過していました。

冒頭で435坪は手狭だと書きましたが、実際に全てを見て回ると、自分が知らないことがこんなにもあるのかと驚かされ、少しは詳しいと自負していた分野でも新しい書籍が続々と増えていて、そんな中で昔からある作品が今も健在ぶりをアピールしていて、店舗の奥深さを実感しました。

そういえば、たしか四階だったかな、かつては四条通に面して机が置かれていて、そこでコーヒーを飲めたと思うのですが、今はすっかり棚で埋まっていました。
いつ撤去したのか書店員の方に尋ねてみようかなと思ったものの、随分と昔だった気がするし忙しそうに動き回っておられるので遠慮しておきました。

再びエスカレーターで五階まで上がって、最後に買って帰る本を物色しました。
目星を付けていた書籍を改めて手に取って、そのまま持ち出したり棚に戻したりしながら、一階ずつ降りて行きました。

実を言うと、来店前に買おうと決めていた作品群があって、それはこのお店で少しずつ買い揃えた新学社の近代浪漫派文庫なのですが、全42冊のうち内村鑑三・岡倉天心から三島由紀夫まで25冊ほどが家にあるので、この機会に綺麗に揃えておこうかなと考えていました。

けれども、私はどちらかと言えば多読よりも精読を好むタイプで、だから歯抜けの作品を購入して読むよりも既にある作品を読み返すほうに心を惹かれるなと、棚の前でしゃがみ込みながらそう考えたので、事前の予定はボツになりました。

それと理由はもう一つあって、私が無駄に全作品を買いそろえて手元で死蔵するよりも、これらを読みたいと思う人のところに届けて欲しいという気持ちもありました。

そんなわけで、私が最後に購入したのは、基本的にはどこの書店でも買えるような作品ばかりです。
いちおうは学参から専門書から文庫から新書まで、統一感がないように選びはしましたが、おそらく数年も経てば何を買ったかは忘れてしまうでしょう。

けれども、この書店で最後に買う本には、そうした扱いが相応しいのではないかと思いました。つまり、最初に買った本(きっと、どこででも売っているような普段使いの本だったのでしょう)と同じが良いと、そう考えたのです。

数冊の書籍とジュンク堂のブックカバーと閉店の挨拶が書かれた紙と紙袋とを受け取って、差し出した一万円札のお釣りとして千円札を一枚と硬貨を何枚か手渡されてレシートを貰って、こうして私の最後の買い物は終わりました。

そのまま店の入り口までゆっくりと歩いて、扉を引いて店外に出るとその場でくるっと向き直って、閉まりかけのガラス扉に手を添えて静かに元の位置まで戻しました。

もう一度だけ店内の様子を瞼に焼き付けて、歩行者に不審に思われない程度に軽く頭を下げて長年お世話になったお礼をこっそり伝えて、そして私はジュンク堂書店京都店に背を向けて、もう二度とこの店を訪れることはないのだと実感しながら、宵闇の中を家路に就きました。


以上、読んで頂いてありがとうございました。



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一月が早くも終わる。

時間の余裕がなさ過ぎるので、生存報告のみですが。
来月はちゃんと何かを書きたいと思っています。

では、今月はこれにて。

一年と十年の終わり。

あと一日で今年も2010年代も終わりですね。
この一年もこの十年も、振り返ってみるとあっという間でした。

特に今年に関しては色々と面倒な事が多くて、気楽にログインもできずに日々が過ぎてしまいました。
その間に、気が付けば姿が消えていたネットだけの知り合いの方々も何人かおられて、多忙になったり厄介事が舞い込むタイミングが似通っているのかなと思ったりもしました。

個人的には、今年はどうにも出会いがイマイチで、税理士さんや銀行関係や歯科医師さんやご近所さんといった方々に首を傾げる事が多かったです。
でも一年が終わって振り返ってみると、彼らを「イマイチ」と言えるのは今までに良い出会いが多かったからで、そうした友人・知人のおかげで面倒な事態には至らずに済んでいるな、とも思いました。

そして十年が経つと考え方も変わるもので。
それを特に意識したのは、例の京アニ放火事件の時でした。

私は今なお京アニの作品を観たことがないのですが(中二病の劇場版?を録画しているので、近いうちにと思っています)、たとえ自分には縁のない世界で生きる方々でも、ちゃんと頑張っている人たちが、ちゃんと報われて欲しいという想いが昔よりも遙かに強くなっていて。
だから理不尽な悲劇に巻き込まれた方々の無念さを思うと、ファンの方々の悲痛な様子を見聞きすると、どうしようもなくいたたまれない気持ちになりました。

前述の「イマイチ」な方々が世にはばかって、地道に誠実に仕事を重ねていた方々が志半ばで……と思うと本当にやり切れないですね。
こうした事態を少しでも減らせるような、そんな未来であって欲しいと私は強く思います。

来年、そして2020年代は、私ももっと周りの人の力になれるような、とはいえ大それた事は考えず、ほんの少しだけ周囲を明るくできるような、そんな甘っちょろい過ごし方をしたいものです。
つまり、そうして他に目を配れる程度には自分の中に余裕を持ち続けられるように、ほどほどに楽しくまずまず充実した毎日が送れると良いなと考えています。

皆様にとっての来年、そして次の十年が、後から笑顔で振り返る事ができるものになりますように。

では、今年はこれにて。
良いお年をお迎え下さい。

消えたら跡形も残らない

8月に書いたことと重なりますが、ネットに書いたら永久に残るという(世紀が変わる頃ぐらいに良く言われていた)話は何だったのかと思う事が最近は多いですね。

私事ですが今年は五月頃からSNSなどのチェックが殆どできない状況でして、んで先日気が付いたら、ネット上だけのお付き合いではあるけれど何度もやり取りをした方とか数回お会いした方とかがSNSから消えていました。
私の記憶が正しければ今年の春先までは普通にネット上で活動しておられたので、その後の半年で何があったのかと思うのですが、軽く調べてみても何の手掛かりも得られず。
検索(というかアーカイブ化)の方針が変わってからは本当にあっさりと痕跡が無くなってしまいますね。

ネット上からは消えてもリアルで平穏無事に過ごしておられるのならそれで良いのですが。
あるいは、不吉なことを言うのは申し訳ないですが、もしもそういう話なのだとしたら、簡単な思い出話を書くことで供養の代わりに出来るのですが、その辺りの事情が判明しない以上はどうにもできないわけで。

年号が変わる=時代の変わり目のせいか今年は訃報が多かったという印象がありますが、いつの間にかそっと居なくなってしまうというのは哀しいものですね。

とりあえず私は8月にも書いたとおり、月一の生存報告ぐらいは続けようと思っていますし、もう少しまとまった時間が出来たら内容のある記事も書きたいなと思っています。

そんな感じで、今月はこれにて。