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阪神が六連勝でシーズンを終える。

試合を観たのは最後の方だけでしたが、代打で出た鳥谷がショートの守備に向かう姿と、それに対する観客の反応に心を動かされました。

三位に滑り込むには勝つしかない最終戦でしたが、試合の流れに安心感があって、だからこそ勝敗以外のところに意識が向いたのかなと思ったりして。

安定の投手陣に加えて、新人ながら盗塁王を獲得した近本が足で魅せてくれたのも、甲子園を本拠地とするタイガースにとっては今後が楽しみですね。

これらは短期決戦でも重要なので、崖っぷちに追い込まれてからの矢野監督の采配も含めて、クライマックスシリーズに期待の持てる内容だったと思います。

そんな感じで、ニュースを見てたら時間が無くなったので今月はこれにて。

8月もおしまい。

どうしてこれほど時間に追われているのか自分でもよく分からないのが正直なところなのですが、相変わらず書きたい事は山ほどあるのに時間が足りない感じです。

そういえば、昔よく読んでいたブログが突然消えてしまうというのは珍しくない現象ですが、思い入れのある書き手がある日を境に忽然と消えてしまうと考えると、やっぱり慣れないなと思います。
その方の個人的な事情であれ、運営会社の都合であれ、つい最近までは確かに存在して簡単に読めたのに、それが跡形も無く消えてしまうというのは、やはり寂しいものですね。

という事で、このブログに思い入れのある方が存在するのかというとはなはだ疑問ですが、自分がされて嫌な事を人にしたいとは思わないので、内容のない更新でも月一で生存報告ぐらいは書こうと思っております。

とりあえずそんな感じで、今月はこれにて。

事務仕事の重要性

書きたいテーマは幾つもあるのにまとまった時間が確保できないという、ここ最近の傾向が今月も続いておりました。

なので簡単に済む話として、最近「事務仕事の重要性」を立て続けに目の当たりにしたので、それについて書いてみたいと思います。

食べ物のお店や雑貨店、あるいは弁護士や税理士や会計士などの士業から病院や診療所や歯科医院に至るまで、最近はネット上で評判を知る事ができます。
とはいえ、それらの評価を書いているのは普通の人たちで、つまり専門知識を持っていない場合が大半です。

その結果どうなるかというと、肝心の専門的な部分についての情報に触れている人はほとんどおらず、もっと入り口の、例えば受付の愛想が悪かったとか電話で問い合わせた時にけんもほろろだったとか清算の時に態度が悪かったとか、そうした事務仕事についての情報が多くを占めていたりするんですよね。

それでも飲食店とか小売店なら味や値段や品質を素人でも語れるので割と言及があるほうですが、専門家の仕事を評価する場合は「周辺の話」に留まることが多く、だからこそ余計に「事務仕事の不備」が目について低評価に繋がるのではないかなと思いました。

以上はネット上の評価の話ですが、私が今月実際に関わりがあったケースでも、専門的な仕事に至る以前の事務的な打ち合わせとか資料作成とか、そうした部分で顧客が不満を訴えている場面が何度かあって、私は当事者では無かったので特に被害を被ることも無かったのですが「勿体ないな」と思ってしまいました。

だって、専門的な仕事をさせれば凄腕の人でも、そこに至る前に「ダメだこれは」と思われてしまうと何の意味も無いわけですからね。

という事で、事務仕事って地味だけどとても重要だし、そこに意識を払って待遇とかも考えたほうが良いよと、そんな感じのお話でした。

以上、今月はこれにて。

新型iPod touchを入手しました。

時間が無いので先月の話の続きを書きます。

たしか第六世代も同じような感じだったかと思うのですが、発表された翌日には公式サイトで販売が開始されて、けれども一般の量販店にはなかなか商品が入ってきませんでした。

最初に32GBのシルバーが、次いで32GBの他3種類が入荷して、赤とスペースグレイは一番最後になりました。そして128GBでも同様の順番で、最後に256GBが購入可能となりました。ここまで至ると色の差はあまり顕著ではなく、全ての商品が出揃うまでの期間はおよそ一ヶ月弱といったところでした。

そんなわけで、この週末に無事に256GBの第七世代iPod touchを入手できたので、さっそく曲を転送してみたところ、およそ130GBほどを入れてアプリもそれなりに容量のあるものを(そのほとんどは物書堂の辞書アプリなのですが)入れているのにまだ80GBほど残っているという頼もしい状態です。

そして音楽を転送しながら思ったのは、アルバム単位で音楽を聴くのが少し億劫になっているなと。それはオリジナル・アルバムだけではなくベストも同様で、アルバムをフルで取り込むのではなく楽曲単位で聴ければ良いかなと考えている自分に気付きました。

とはいえこれはロック・ポップスに限った話で、むしろクラシックやジャズに関してはアルバム単位というかライブ単位というか、ひとまとめで聴きたいという気持ちが以前よりも強くなっているのだから不思議なものです。

ともあれ引き継ぎが無事に完了したので、手持ちのiPod touchの第三世代・第五世代・第六世代をどうしたものかと悩ましい今日この頃です。

過去の32bit時代のアプリを使えるように第五世代だけ残しておこうかなとか、Lightning以前の30ピン時代のアクセサリが使えるから第三世代も残しておこうかなと考えると、四年前とはいえこの中では一番新しいはずの第六世代がなぜか破棄候補のトップに位置しているという辺りが、これまた不思議なものですね。

そんな感じで二ヶ月続けて雑談に終始していますが、今月はこれにて。

iPod touchの新型が出たみたいで

去年出たMac mini 2018に続いて、つい先日には第七世代のiPod touch発売のニュースがあったみたいで喜ばしい気分の今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

量販店に入荷次第買うのは決定事項なのですが、ざっとスペックを見てみると。

まずCPUはA10 Fusionで、贅沢を言えばA12をと思いますがiPadの第六世代と同じと言われたら納得するしかないですね。iPhone 7と比べると三割ほどクロックダウンしているという話もまあ予想の範囲内かなと。

メモリが2GBなのも特に文句はなく、私の使い方ではバッテリもそれほど気にならないので良いとして。

悩むのは、iTunesに取り込んだ曲を少しでも多く持ち歩くのなら256GBですが、普通の使い方なら128GBでも半分ぐらい余ってしまうので難しいところです。

音源の大半を入れるなら500GBぐらいの容量が必要になるわけで、どうあがいても中途半端になるのなら128GBで良いかとも思ったり、でも倍の容量があるとiPod classic 80GBとiPod touch 5 64GB(うち音楽は30GBぐらい)の音源を入れられるな……などと考え出すと悩ましいですね。

基本的には音楽と辞書と読み物と簡単な調べものと、あとは一部のメールアドレスを運用できたらそれで良いので、ともあれ後継機が出てほっとしました。

この夏に出なかったらiPad mini 5を買うしかないかと思っていただけに、上記の通り即買いさせて頂きます。

できれば新型デバイスを使い倒せるぐらいの時間の余裕が欲しいところですが、来月はもう少し楽になると良いなぁ……。


以上、今月はこれにて。

譲位・践祚・改元

日本史の年表に「譲位・践祚・改元」という記述は頻出しますが、後ろ二つはともかく譲位をリアルタイムで体験できるとは思いませんでした。

平成の御代も残すところあと一日ですので、現時点での雑感を簡単に書き残しておきます。


さて、日付が変わって本日30日は、多くのカレンダーでは退位の日と書かれています。
譲位と退位の違いやら何やらは詳しい方々にお任せするとして、個人的には、今回の一連の出来事が今上の「おことば」から始まったという点が強く心に残りました。

それで私が思い出すのは、8年前の3月16日のことです。

東日本大震災の発生当日、少なくとも夕方の時点では、原発に関してはさほど深刻とは考えられていなかったと記憶しています。
地震発生直後に「稼働中の原子炉が緊急停止した」というニュースがあり、それでどこか安心してしまった部分があったように思います。

当時、たしかワシントンポストだったかの記事を読んだのですが、「ヒラリー国務長官(当時)が、水をはじめ必要な物資を日本に送る用意があると表明」といった内容で、それに対して「水って……おい、ヒラリーは馬鹿か?」「単なる水じゃなくて真水だろ。馬鹿なのはお前だ」といったコメントがあって心が和んだのを覚えています。

しかし、現実の原子炉は外部電源も非常用電源も喪失した状態に陥っていて、日本政府の対応も外部への表明も後手後手に回りました。

地震の被害を伝える国内の報道は見ているととても辛いので、当時の私はよく海外の報道に逃げていたのですが、日が経つほどに文章から切迫感が高まっていくのを感じました。

同盟国のアメリカをはじめ、各国は自国民の安全を守る義務と責任があります。
なのに日本政府の発表も行動も、とても信を置けるものではない。

海外の記事から伝わって来る不信感は、日本という国家の存在を無視して各々の国民のために動くべきだという声がいつ出ても不思議ではない域にまで近づきつつあるように思えました。

それは、国権(大辞林によると「国家が持っている,国内を統治したり外国と交渉したりする権力」のこと)の喪失を意味します。

そんな状況において、16日に今上がおことばを述べられました。

的確な状況把握に裏付けられ、適切な表現によって語られたおことばの内容が素晴らしかったのはもちろんです。
しかしそれ以上に凄いと思ったのは、それが陛下の「私はここにいます」という表明に他ならなかったからです。
敢えて直截的に言えば、あれは国権の存在を高らかに表明して下さったようなものでした。

これを境にして、日本国の統治権を否定しかねない論調は、海外の報道から完全に消えました。

ゆえに私は、当時リアルタイムで報道を追った者として、語り尽くせぬ感謝の念を畏れ多くも抱き続けています。


平成の世は自然災害が多く、経済も停滞して我が国の国際的な地位は相対的に低下しました。
それらは古代中国以来、特に前者は為政者の責任と捉えられてきました。

しかし二十一世紀を迎えた現在、そうした古い考え方は捨て去るべきだと思いますし、むしろそうした厳しい情勢にあっても今上がいて下さったからこそ助かったと、そう言ったほうがよほど適切だと私は思います。


先帝のポツダム宣言受諾の決断しかり、今上の震災時のおことばしかり。
たしかに超法規的な側面はありつつも、私たち日本国民の窮地を救って下さった二代の帝には、謹んで頭を垂れる以外の行動を私は思いつきません。

三十年の長きにわたって御代を統べられて。
今こうして譲位の日を迎えられるまで、日本国憲法の定める天皇としての責務を立派に果たされた陛下に最後に一言。
不敬な表現ではありますが、お疲れさまでしたと書かせて頂いて、この文章を締めくくりたいと思います。


以上、平成の世において私が書き記すことはこれが最後です。
令和が多くの人にとって良い時代となりますように。

イチロー選手の引退

 何を書けば良いのか分からない、けれど何かを書いておきたい。
 そんな気持ちに動かされて書くのなら、それは個人的な話になるのだと思います。

 1996年10月24日、オリックス・ブルーウェーブが本拠地の神戸グリーンスタジアムで日本一を勝ち取った日に、私はその場にいました。
 前年の日本シリーズでも球場に足を運びましたが、残念ながら敵地・神宮球場で涙を呑み、神戸に帰ってくる事はありませんでした。

 これらの行動には、きっかけがあります。

 オリックスが悲願のリーグ優勝を成し遂げた1995年、つまり平成7年の1月17日には、阪神淡路大震災がありました。
 腕の部分に「がんばろうKOBE」と書かれたユニフォームで躍動する選手たちに、どれほど多くの被災者が勇気づけられたことか。

 私を含め周囲の多くは阪神タイガースのファンでしたが、この2年間だけはオリックスを特別に扱っていた人が多かったように思います。

 応援する球団を変えたわけでも、ファンになったわけでもなく、でも他とは違った特別な扱いの球団。
 それが我々にとってのオリックス・ブルーウェーブでした。

 おそらく、「このタイミングでファンを名乗るのは、古くからのファンに失礼だ」という思いもあったのだと思います。
 だからこそ、ペナントで応援できないぶんを日本シリーズでと、そう考えた人は少なからずいて、私もそれに巻き込まれた一人でした。

 あの時には既にチームの顔として活躍していて、この先どんな記録を打ち立てるのかと騒がれていた二十代前半の若者が、まさか海を渡った先でも数々の記録を残してこんなにも長く現役を続けるなんて、誰一人予想していなかった。

 だから、もしも彼に何か言葉を伝えられるのならば。
 それは「長い間お疲れさまでした」の他には、もう一つだけしかありません。

 イチロー選手、あの時は本当にありがとう。



追記。

 昨日からネット上の記事を片っ端から見てwikipediaを読んで動画を見て、彼の選手生活を振り返って来ました。
 じんと来る記事もいくつかありましたが、一つだけ紹介するなら引退を伝えるこの記事が良いかなと思います。

米メディアもイチロー引退を続々報道「格好良く去る」「野球界にとって大きな穴」

アインシュタインの翻訳について

十日ほど前にブログ設置のメールフォームから質問を頂いたのですが、諸般の事情により昨夜ようやく気が付きました。

とはいえ、その辺りの説明は後回しにして。まずは質問への回答をさせて頂きます。
なお、該当の記事はこちら


まず一点目は、13段落2文目の "had not the common sense of nations~" の節についてです。その前の部分の "it would have been wiped out" から仮定法過去完了のif節の倒置が起こっているのではないかと思っているのですが、この認識は誤りでしょうか?加えて、もしこの認識が合っているとして、この様にhadだけでなくnotまでも倒置されて前に出てくるのは一般的なのでしょうか?



まず前半のご質問は、私もそう読みました。つまり、
"it would have been wiped out long ago (,if) the common sense of nations [had not] been systematically corrupted"
という文章からifを省略してhad notを前に出した形ですね。

そして後半のご質問ですが、一般的ではありません。例えば手元にある「ロイヤル英文法」でも以下のように書かれています。

文語調で条件節の if が省略されて,〈were [had, should など]+主語〉の語順になることがある。
(略)
否定は Had World War II not ended … であって,Hadn't World War II ended … は不可。
(§263 ifの省略)



ではなぜnotも前に出ているかというと、ここからは完全に私の勝手な解釈ですが、二つの理由を考えました。

一つは主語が長すぎるから。
notが否定するべきhadまでの距離が遠くなるので、一緒に前に出したという解釈です。

もう一つは、notの意味を強調したかったのではないかと考えました。
この前後の文章からはアインシュタインの憤りが伝わって来ますが、「これさえなければ」という気持ちが先走ってnotまで前に出てきたのではないかと。

おそらく一つ目の解釈が妥当で、二つ目は少し飛躍が過ぎると受け取られるかもしれません。でもこう考えると、アインシュタインがこの文章を書いている時の様子が思い浮かんで、何だか楽しい気持ちになりませんか?


2点目は14段落4文目についてです。この "coupled though it be with fear" のbeはなぜ原形なのでしょうか?私はshouldの省略かと思っているのですが如何お考えでしょうか?



こちらの質問は完璧にお答えできるので気が楽ですね。
以下はthoughを大辞典で調べて引用したものです。

【4】しばしば even thoughたとえ…でも,よし…にもせよ(even if)
though 節の動詞は古風な文体では仮定法を用いることがある:
I will have my revenge on him,(even) though he be a monarch. たとえ帝王であろうとも復讐する
(小学館 ランダムハウス英和大辞典)



2((正式))[しばしば even の後で] たとえ…(する)にしても(even if)《◆×even although は不可》∥
Even ~ he is [((文)) should be, be] the Premier, he shall hear us. たとえ彼が首相でも, 私たちの言い分を彼に聞いてもらう
(大修館 ジーニアス英和大辞典)



2 たとえ…でも, よし…にもせよ (even if).
★次のように従節内に仮定法の動詞を用いるのは古風な語法:
Even ~ I were starving, I would not ask a favor of him. たとえ飢えてもやつの世話にはならない /
Though he slay [slays, should slay] me, yet will I follow him. たとえ殺されてもついて行く.
(研究社 新英和大辞典)



ざっと確認したところ、中辞典クラスでもオーレックスやプログレッシブには簡単な言及がありました。
つまり結論を一言でまとめると「仮定法現在だから」になるのですが、shouldの省略という理解で大丈夫です。


さて、以下は理由説明……の前に。

まず、質問の文章を許可なく掲載する形になって申し訳ありませんでした。
もしもご迷惑でしたら引用部分を取り下げますので、そう仰って下さい。

そしてメールに気付くのが遅れてごめんなさい。

理由の一つは、メールフォームでお便りが来たのが初めてだったという事。
もう一つは、このブログを始めた頃(2007年!)に使っていたアドレスを最近ではほとんど使っていない事(月一ぐらいの頻度で確認する程度)。

なので、もしまた何かありましたら、お手数ですがメールに加えて「メール送りました」の一言で構いませんのでコメントを残して頂けると助かります。

最後に、私の翻訳への感想および質問を頂きありがとうございました。
自己満足で訳したものを「ついでだし公開しておこう」という程度の気持ちで更新したのですが、誰かのお役に立てて良かったです。

念のためにお名前は伏せたので呼びかけることができないのが少し残念ですが、○○○さんの参考になっていることを願っています。


以上、今日はこれにて。

橋本治さんのこと。

橋本治さんの死を聞いた昨夜の時点では、私に何か書けることがあるとは思えず。今日も一日の大半は、橋本さんを思い出さぬまま過ごしていました。

でも、先程ふと思い立って昔書いたものを読み返しているうちに気が変わって。そして今、こうして文章を書いています。


リンク先の「双調平家物語」の感想を書いたのが2010年の8月で、それ以前も以降も私は橋本さんの熱心な読者ではありませんでした。

「桃尻娘」シリーズを読んだのは第一作の刊行から20年ほど経ってからですし、人生相談は読んだものの桃尻語訳は今なお未読です。

私にとって橋本さんは、継続的に追う対象ではなくて。でも、時おり書店で著作を発見して、「この人の興味は今はこれに向いているんだな」と頷きながら作品を手に取るような、そんな距離感でした。

その意味では、私は追悼文を書くには相応しくないと言えるでしょう。

しかし、橋本さんの「平家」と正面から向き合ったランキングというものが仮にあるとすれば、僭越ながら私も割と上の方を狙えるのではないかと思います。

おそらく全国を探せば、橋本さんの「平家」を何度も何度も読み返した読者さんもおられるでしょう。一方の私は一度通して読んだきりです。

でも読んでいる時は一発勝負の気持ちで、描かれた時代の空気感や人物の動く様を、時には「そういうことか」と頷きながら、時には「それだと少し違和感が」などと生意気なことを思いながら、橋本さんと一緒に追体験したという感覚があります。その感触は今でもしっかりと残っています。

それはつまり、16ヶ月にわたって月一回の濃密な授業を受けた間柄と言っても過言ではないわけで(でも私が橋本さんを一方的に知っているだけなので、やっぱり過言でしょうね)。

その時間を過ごしたことで私が得た最も大きなものは、橋本さんが自らの裡にある疑問を発見してそれを納得に変えるまでの一連の流れを、身を以て体験したことでした。

私が未知のものと向き合った時、その後の行動パターンの中には橋本さん由来のものが確かに存在しています。それは私がこの世に別れを告げるまで、きっと無くなることはないでしょう。


だから私は、好奇心旺盛な先達に感謝の気持ちを込めて、この文章を亡き橋本治さんのために書きました。

毎月1冊ずつの刊行で全16巻。あの16ヶ月、本当にありがとうございました。

年末のご挨拶。

明日の大晦日に更新のための時間を作れる気がしないので、端的に。

今年の秋頃からはネットで最新情報を追うことすら難しい状況でしたが、何とか新年を迎えられそうです。
とか書くと借金の返済などに奔走している人みたいですが、そんな意味ではなくて単なる多忙です。

改元という30年前と90年前にあったきりの特別な行事が行われる来年が、皆様にとって良い年になりますように。

以上、今年はこれにて。